下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話   作:散髪どっこいしょ野郎

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久々に地の文が復活してます











咽雨 【後編】

 

青く晴れ渡るレース場。空に舞う、腹の底が震えそうな程に大きな声援。その中心となるのは紛れもなく俺の担当ウマ娘。

 

 

「やったよ、トレーナー!」

 

 

その笑みに、思わずこちらの頬も緩む。

 

駆け寄る彼女に手を伸ばす。触れる寸前、その姿は淡くぼやけて指の間をすり抜けていった。

 

 

…………………あ」

 

 

夜明け間近の浅い光が部屋を満たす。

 

薄く広がる無機質な天井。そこに俺は手を伸ばしていた。埃を漂わせながら。

 

どうしてあんな非現実的なことをあっさり受け入れてしまったんだろう。やらなければならないことは山ほどあるのにどうしてそんな都合のいい夢に浸っていられるんだろう。

 

叶わないから夢に見たのか、願っているから夢を見たのか。どちらにしても同じことだ。

 

力なく倒れ込んだ片腕で揺れる意識を殴りつけ、体を起こした。

 

 

 

 

 

 

「……トレーナーのせいだ」

 

 

ああ。

 

 

「トレーナーが、気づいてくれなかったから、こんなっ、ボクは……!」

 

 

そうだ。

 

 

「返してよ……!ボクのトレーナーなら、ボクの脚を元通りにしてよ!またいつもみたいに走らせてよ!」

 

 

言葉の端々から怒気が滲んでいる。寧ろ優しすぎるくらいだと思う。怒鳴り散らしながら俺を殴ったって、誰も責めやしない。

 

 

「テイオー……」

 

「……っ、もう、いい!トレーナーなんて、大っ嫌いだから!」

 

「俺は「もういいって言ってるでしょ!ほっといてよ!……どうせボクのコトなんて、どうでもいいって思ってるくせに!」

 

 

トレーナー室のドアを荒々しく開け放ち、どこかに走り去ってしまった。まだ痛みは引いていないだろうに。

 

彼女の喪失ぶりはここしばらく酷いものだった。それも当然のこと。今まで彼女は多感な時期に置かれる身でありながらも気丈に振舞っていた。俺という足手まといを引きずり、一度の敗北を味わいながらもへこたれること無く前を向いて。

 

そのツケと、二度目の怪我。加えて幼き頃からの夢が勝負の場にも立てずに破れたというあまりにも暗く惨い現実。

 

酷すぎる。

 

俺という人間がトレーナーになってしまったことも、こんな絶望に苛まれることも、そんな……酷すぎるじゃないか。どうして彼女がこんな不幸に遭わなければいけないんだ。

 

ここでいつまでも考えていたって仕方がない。テイオーはきっとどこかで痛みに耐えている。たった一人で。

 

追わないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部トレーナーのせいだ。トレーナーが頼りないから、こんなコトになったんだ。そうじゃなかったらなんなのさ。

 

トレーナーなんて大嫌いだ。

 

ごめんね嘘だよ嫌いなんかじゃないよボクの脚をいつも気遣ってくれてたのも知ってる。

 

うるさいうるさい……!元はと言えば向こうが悪いんだ。ボクをひっかきまわして困らせて、あのヒトのせいでこんな目に遭ったんだ。あのヒトなんてキライだ。大嫌いだ。

 

今になって蒸し返して、やっぱり引きずってたんじゃん。気にしてないとか言いながら結局ボクが一番、

 

うるさい……

 

………………寒いよ、トレーナー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空一面に広がる灰色。のっぺりとした重い空気を吸い込んで吐き出す。

 

他の子に聞き込みをしたところ、テイオーは”外”に走っていったらしい。ということなので学園の外を駆けずり回って彼女を探している。

 

何処にいるかの目星は全くつかないが、下手に協力を仰いで大事にでもなったらそれこそ逆効果だ。それにこれは俺が招いたことだ。俺がどうにかしなければならない。

 

どれほど走っただろうか。不思議と疲れは無い。ただ心配で心配で、それしか頭にない。

 

どれくらい経ったか分からないが、ひとまず河川敷にて彼女を見つけることはできた。やはりテイオーは一人で泣いていた。こんな曇天模様の中呑気に散歩しているヒトなどいるわけもなく、ポツンと座り、小さな体を猫背に丸まっている後ろ姿がことさらに強く浮かんで見える。

 

俺は無力だ。こんな時に肩を貸してやることすらできない。だから歩み寄った。何もできなかったとしても見捨てるのは絶対に嫌だ。

 

確かに俺はクズだ。無能だ。トレーナーだというのに一方的に彼女を振り回して、力になってやることもできず今に至った。

 

それでも、折れかけていた俺を引っ張りあげてくれたのは紛れもなく彼女だ。なら、彼女が走り続ける限り、俺はトレーナーとして背中を押し続ける。

 

だが今の彼女は走れない。心も体も潰れかけだ。「希望」ばかりでは誰も救えない。手をこまねいていたって現実は変わらない。

 

 

「……ほっといてって言ったでしょ」

 

「俺がそんなことできる性格じゃないのはお前が一番知ってるだろ」

 

 

だから、彼女が抱えている思いも、憎しみも、俺が全て背負う。彼女が立てないと言うのなら、俺が無理矢理にでも引っ張りあげてみせる。たとえ何があっても、心の底から諦めていない限りは絶対に。

 

テイオーが振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しくしないでよ。なんで今になって、そんな。ボクは走れないのに。

 

なんで怒んないの。わざわざ探しに来たトレーナーにのしかかって、胸ぐらを掴んで散々文句を言ったのにずっと穏やかな顔でボクを見てて。意味わかんない。

 

 

「それだけか」

 

「え……?」

 

「それだけで終わりか。まだ言い足りないんじゃないのか」

 

 

なにそれ。

 

……ムカつく。ムカつくムカつくムカつく……!大人だからって余裕ぶっちゃって、ボクの前であんなに情けない姿で泣いてたくせに……!

 

 

「………………!」

 

 

怒鳴る。自分でも何言ってるのかわかんなくなってくるけど、頭がぐちゃぐちゃでもうなにがなんだかわかんない。

 

 

「……!…………!」

 

 

トレーナーの胸を叩こうとするのに、……するのに、なんで?力が入んない。なんで?なんでそんな優しい目で見てくるの?

 

 

「ごめんな」

 

 

ごめんな?ごめんなって、なにが。叩こうとしてるのはこっちなのに。

 

 

「でも、俺はお前のトレーナーだから。俺は絶対にお前をほっとかない。お前が”皇帝”を超えて”帝王”になれるまで、お前がどれだけ泣こうが喚こうが諦めさせない。ごめんな。俺にできるのはこれくらいしかないんだ。……好きなだけ殴ってくれてもいい。それでも、お前だけはまた走れるようにしてみせるから」

 

 

……なにそれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間レースやトレーニングといった運動は全て禁止され、テイオーには長い休暇が与えられた。

 

見舞いに来た友人に対してテイオーは明るく振舞っている。いつものようにあっけらかんとした態度で朗らかに話していた。

 

その代わりこちらへの当たりが強くなったように感じた。八つ当たりをされることも少なくない。

 

それでいいと思う。普段誰にも吐き出せず溜め続けていた鬱憤など、俺に全てぶつけてしまえばいい。そもそも俺がいなければこんなことにはならなかったんだ。

 

たったこれしきのことで彼女の負担が減らせるならいくらでも引き受けよう。俺に背負えるものならなんだってふっかけてくれて構わない。

 

担当ウマ娘とはいえ、どうしてこうも彼女へ献身できるのか。自分のことだというのにふと疑問に感じる。

 

責任感?バカを言え。俺はそんな高尚な人間じゃない。

 

理由なんてどうでもいいか。俺には夢なんて無いんだから。……だとしても、せめてテイオーの前でだけは、強くありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで言えなかった不満とか全部ぶちまけた。こうなった以上、ボクが本音を言えるのはあのヒトだけになっちゃった。

 

おかしな話だよ。こんな時になってトレーナーは心がガチガチになってるんだもん。ボクが何言っても怒らないし泣かないし、ちっとも悲しそうにしない。

 

子供扱いされてるみたいで腹立つ。前はあんなに弱ってたのに、今はトレーナーだからってボクが走れないからって心配してくるのがなんとなく嫌だ…………

 

…………なんで怒らないの。あんなに酷いコト言ったのに、まるでボクのコトを大切に思ってるみたいな感じで近づいてきて。どうせボクなんてどうでもいいんでしょ。もういいよ、そんな気遣わなくて。

 

……もういいって。

 

 

 

 

 

 

「ここまで何もできないとつまんないよ。なんとかしてよトレーナー」

 

「……ごめん」

 

「……まあいいよ。それより、今日せっかくカイチョーに会えたのに一緒に走れなかったんだよ?今はしっかりリョーヨー?するべきだ、みたいなコト言われちゃってさ……ホントに……」

 

 

放課後はボクとトレーナー以外部屋に誰もいない。だから一人で机に向かってなんかしてるトレーナーに思う存分愚痴っていられる。

 

ボクが文句言っても嫌な顔すらしない……と思ってたけど、最近一つわかった。ボクが「つらい」とか「苦しい」みたいなコトを言うとこのヒトは途端に表情を変える。

 

どうしてかわからないけどそれがなんだか嬉しくて、普段の学園生活で『元気に走るほかの子を見て今のボクと比べてしまってつらくなった』だとか『ずっと前からの夢が叶わなくなっちゃったんだよ』だとか、思ったコトを全部ぶつけた。

 

悲しいし苦しい。こうしてる間にもライバルからどんどん差をつけられて、勝てなくなっていくんだって考えるだけで泣きそうになる。

 

それもこれも全部トレーナーに吐き出す。

 

キミと違ってボクはホントにつらいんだからこれくらい受け止めてよって思いながら何度も何度も何度も。

 

ボクの話を真剣に聞いてるトレーナーを見てるとまたモヤッてする。

 

どうせそんなわけないってわかってるのに、でも、もしかしたらなんて、そんな、

 

 

「っ…………」

 

「どうした?大丈夫か?」

 

 

ボクが黙るとトレーナーは不安そうに覗き込んできた。心の底から心配そうにして。

 

………………あ。

 

 

「あ……」

 

「テイオー……!?どうしたんだ!?足、痛むのか?」

 

 

わかってた。最初からこのヒトはボクの為に頑張ってたんだって、本気でボクを想っててくれたんだって、もっとずっと前からわかってたのに。

 

向こうが嫌がらないからって、ボクのどす黒い気持ちを無理やり飲み込ませて。それでもトレーナーは変わらず見ていてくれたのに。

 

 

「ごめん……ごめん、ごめんね……」

 

「……!…………!?」

 

 

ボクってこんなに弱かったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が謝る必要がどこにあるんだ。こうなったのは俺のせいだ。そうでなかったらあんまりじゃないか。

 

これは不運な事故でも、テイオーの落ち度でもない。こんな「運命」なんてあってたまるものか。

 

だからいいんだ。いくらでも罵ってくれて構わない。なのにどうして謝るんだ。

 

 

「ボクね……ずっと、気づかないフリ、して、て、それで、」

 

 

言葉の意図が掴めない。彼女は泣きながら笑っている。何をしてやればいい?どうすればいつもの彼女に戻ってくれる?

 

 

「ごめん……でも……どうしても苦しくて……、……トレーナーは……ボクがどうなっても……ボクのトレーナーでいてくれる……?」

 

 

全力で頷き返す。俺は元からそのつもりだ。彼女が走る限り、何があっても見捨てなどしない。

 

どうしてやればいいかさっぱり分からなかったが、とにかくこれからも彼女のトレーナーでいることを約束した。俺にできるのはそれぐらいしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後もボクはあのヒトに悩みを打ち明け続けた。それでもあのヒトは変わらずにボクを見てくれていて。

 

頼っていいんだ。今までなんとなく気が引けてたけど、つらかったらあのヒトに吐き出してもいいんだ。

 

そう気づいたらちょっとだけ楽になれた……かも。ボクにはちゃんと支えてくれるヒトがいるんだって、すがれる相手がいるんだって。

 

怪我もやっと治って、復帰戦も上手くいった。GⅠレースでも一着を取れた。トレーナーとしっかり相談して、一緒に戦略も練って掴み取った勝ちだった。

 

それからもボクはトレーナーに頼るようになった。思ったコトは全部伝えたし悩みも全部聞いてもらった。どんなにつらく当たってもあのヒトは決して傍を離れなかった。

 

だからこれからも頑張らないと。見放さないでくれたヒトがいるんだから。

 

……あのヒトの為にも。

 

 

 

 

 

 

でもやっぱり、二回の怪我で生まれた差はどうしたって埋められなかった。

 

ライバルの……マックイーンには、勝てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオーとメジロマックイーンのレース後、寮の自室に戻って直ぐにベッドへ倒れ込んだ。

 

このまま眠ってしまおう。ここしばらく碌に休めていない。これ以上起きていたら現実に目を向けてしまう。

 

数秒後にでも熟睡してしまいそうだった俺を揺り起こしたのは部屋のインターホン。甲高い音がいつも以上に煩く感じる。

 

ドアを開けた先にいたのはテイオー。それほど意外とは思わなかった。

 

 

「……ごめん。少し、こうさせて」

 

 

胸に顔をうずめられる。

 

テイオーが体を震わせるのを感じながら此処じゃないどこか遠くに目をやった。

 

やがてか細いすすり泣きが聞こえてきた。この現状から逃げることを許さないように。

 

何もできなかった。何もしてやれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライバルに負けた。三冠ウマ娘にもなれなかった。

 

でもみんな期待してくれてるんだ。ファンのみんなも、マックイーンも、カイチョーも。

 

だから……ボクは頑張らないといけないんだ。だって憧れたんだから。もっと勝って、もっと走って、カイチョーに勝たなきゃ。

 

トレーナーも疲れてるハズなのにボクを応援してくれてる。

 

トレーナーの部屋にはあの日のぬいぐるみが大事そうに飾られていた。殺風景な部屋の中でそれだけがやけに存在感を放っていて、あのヒトに泣きついちゃった時からその影がずっと頭の中を離れない。

 

でもそれはトレーナーに想われてるってコトなんだなって考えれば、少しだけ心が温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後どうしたか記憶に無い。気がつくと床の上で朝を迎えていて、冷えきった体を起こしいつも通り学園に向かった。

 

勝たせてやることができなかった。

 

何をしていてもその意識が付きまとってくる。だからたとえ一時だとしても忘れられるのならばと仕事に打ち込んだ。

 

もういいだろ。これ以上何があるというんだ。彼女は十分苦しんだだろ。頼むからもう何も起こらないでくれ。お願いだから。

 

幸いテイオーは調子を完全に取り戻したようで、以前までとはいかないが順調に勝ち進みファンも獲得している。

 

どうかこのまま季節が過ぎてくれたら。

 

そして、

 

そして、

 

 

 

 

 

 

三度目の怪我が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこんなコトになっちゃったんだろ。ボクもトレーナーも必死だったのに。

 

何か違和感があったらすぐに知らせた。苦手な病院にも我慢して通った。その度にトレーナーはボクの足を確かめてくれた。

 

そうやって一緒に頑張って、頑張ってきたのに、なんでこんな。

 

まだカイチョーに挑戦自体はできる。でも何度も怪我して休んで、コンディションはズタズタだ。それに休めば休むほど脚は落ちてく。いくら練習しても失った分の”カン”だったり”自分の走り”だったりは戻ってこない。

 

二回目の時はまだなんとか立ち上がろうと思えた。皇帝を超えるコトだけを目標にして死にものぐるいで走ってきた。それなのに、結局その努力は今こうして無駄になってる。

 

……諦めたらダメなんだよね。

 

みんなの応援に応えないと。トレーナーもボクが走るコトを望んでる。

 

疲れたなー……。いくら頑張っても上手くいかないんだもん。トレーナーも毎日クタクタになるまで動いてるのに、ボクはそれを裏切り続けてるんだ。

 

ボクがどんなふうになってもあのヒトは傍にいてくれたよね。だったら……ボクが負けても……

 

諦めたくないな……皇帝に勝ちたいし……無敗の三冠ウマ娘にだってなりたかった……。

 

でも疲れちゃった……でもみんなに背を向けるわけにはいかない……でも……

 

 

「トレーナー、今空いてる?」

 

「……ああ」

 

 

そうだった。聞きたいコトがあったんだ。

 

 

 

 

 

 

二人で適当な所をブラブラ散歩する。なにかする気にもなれなかったしこれぐらいがちょうどいい。怪我は大体治ってきてるからそれほど負担にもならない。

 

風がぬるくて少し気持ち悪いけど、ボクにはこれぐらいがちょうどいいってコトなのかな、なんて下向きに考えてみる。こんなネガティブな考えはきっとボクらしくないんだろうなー……。

 

 

「ねえ」

 

「…………なんだ」

 

 

そんな心配そうな顔しないでよ。大した質問じゃないんだからさ。

 

 

「トレーナーはさ、ボクに走ってほしい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……たとえそれが修羅の道となろうとも、彼女が少しでも勝ちたいと思っている限りは諦めさせたくない。どんなに可能性が薄くても、それが「俺の」負担になろうとも、「彼女が」走りたいと思うのなら俺は足掻き続ける。

 

初めて出逢ったあの頃、挫けることを知らず夢に向かって目を輝かせていたテイオーを、俺は身勝手な理由で担当ウマ娘にして足を引っ張ってここまで叩き落としてしまった。

 

どんな時もトレーナーとして手を抜いたことは無い。だがこれは俺のせいで、俺が招いたことなんだ。そうじゃないといけないんだ。

 

そうだ。だから俺は、彼女の夢を叶えさせないといけないんだ。

 

 

「俺は、テイオーに走ってほしい」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

 

怪我が完治した後、テイオーは敗北を重ねていった。その度に反省を繰り返し、次に向けて努力を重ねても結果は振るわず。

 

入着はしても一着は取れない。

 

そんなことが増え、今までのような快勝具合は消え失せていた。

 

信じてもいなかった神に祈った。声が掠れても声援を送った。それでも先頭の景色には届かない。

 

彼女はこれまで幾度も障害を乗り越えてきた。学生の心が複雑な時期だというのに本当によくやってきた。彼女の心境を思うだけで胸が潰れそうになる。

 

しかし尚も勝てない。

 

ダメだ。こんなところで挫けてたら今までの軌跡は何になる。

 

約束したんだ。俺は、テイオーとの約束を果たさないと、

 

あ、れ?

 

約束……何の約束をした?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全然勝てなかった。やれるコトは全部やった。それでも勝てなくなっていく度に心がすり減ってしまって。

 

あんなに好きだったレースがつらくて仕方なかった。みんなの期待を裏切るのがつらかった。

 

ボクを見てくれるみんなの為にも勝ちたいって思ってるのに、最後はあの頃のボクに背中を追い越されてしまう。

 

三回目の怪我がトドメになったのかもしれない。

 

でもよかった。

 

どんなに頑張っても勝てなくて、どうやってもダメだった時も、トレーナーは支えてくれていた。それがなんだかどうしようもないくらいに温かくて。

 

だから寄りかかった。ボクが勝てなくなったとしても、このヒトだけは離れないでいてくれる。ボクだけを見ていてくれる。

 

そんなでも皇帝との勝負まではなんとか進んでこれた。だけどその頃にはとっくに心が折れかけだった。トレーナーほどの熱意は持てなくなってしまって、憧れには届かないと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ」

 

 

奇跡というのは都合のいい理不尽のことを言うんだろうと思う。確かに彼女は奇跡を起こした。それでも、この必然は避けられない。

 

 

「ハハッ、ハハハハハハハ、ハハハハハハハ!」

 

 

笑いが止まらなかった。

 

なんで?どうして彼女がこんな目に会わないといけないんだ?

 

よくよく思い返してみろ。これが俺の望んだことだ。

 

もしかしたら全てが俺のせい、というわけではないのかもしれない。それでもこれが俺の望んでいたことだ。招いた結果だ。

 

テイオーは勝てなかった。これでトゥインクルシリーズは終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボク、引退しようと思うんだ」

 

「………………は……いや……まだ大丈夫だ、ドリームトロフィーリーグだってあるんだ。だからお前が輝ける舞台は、ちゃんと……」

 

「もういいよ、トレーナー」

 

「ッ、でも、お前は、まだ、なんにも、だから、いや、大丈夫だ、手続きとか諸々の準備とかなら俺がいくらでもするし、お前が望むならいつまでだって支えるから、だから」

 

「もう、いいんだ。トレーナーもそんな頑張らなくたっていいんだよ」

 

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の夜から降り始めた雨は昼過ぎになっても止まなかった。長く細く降り続ける雨だった。

 

窓際から代わり映えのない景色を眺めていたテイオーは振り返ると、

 

 

「ちょっと外行ってみない?」

 

 

と言った。

 

何も宿さないその瞳には、俺しか映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

並んで傘を差し、やってきた先は俺達が初めて出逢った公園だった。木の下で雨宿りをしたがそこも雨にさらされてグズグズに濡れていた。

 

あの日、ここでテイオーは突っ立っていた俺を飛び越しこの木に引っかかっていた帽子を見事掴み取ってみせた。忘れるわけがない。

 

どちらが力を加えたわけでもなく、当然の事のように俺達は木陰へ体を投げ出した。前日から段取りを立ててそうすることを決めていたのかと錯覚する程にごく自然な形で。

 

ソファーと比べると寝心地は最悪だ。泥は跳ね、服は濡れ、何者にもなれなかった俺に似合っている。

 

俺とテイオーは泣いていた。

 

互いに欠けてしまった心を重ね合わせて隙間を埋めていた。これ以上凍えてしまわないように。

 

冷たい。暖かかった彼女の手が、冷たい。だからより強く引き寄せる。

 

もう二度と鳴らないファンファーレの残響がいつかの記憶に染み付いて離れない。

 

そうだ。俺は、

 

いつだって元気でひたむきで、決して諦めず、前を向き続けていた彼女に惹かれていたんだ。

 

それを、殺した。俺が。

 

でも、俺は、

 

たとえ赦されなかったとしても、

 

あの時のお前も、今のお前も、全部、手を伸ばせなくても、大好きなんだ。ただそれだけだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイチョーは今でも大好きだよ。でもね、ボクはカイチョーみたいな凄いウマ娘にはなれなかったんだ。

 

マックイーンも、好きだよ。今はライバルって言えるほどじゃないけど。

 

もう悲しいなんて思えなくなっちゃった。トレーナーがいてくれるから。

 

今のボクにはなんにも残ってない。全部なくなっちゃったけど、トレーナーだけは、そんなボクでも見放さないでいてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はもはや立つことすらできない。自分の手でトウカイテイオーの希望を打ち砕いたというこの現実以上に、彼を抉るものは存在しない。

 

自分一人が傷つくだけなら彼の心はいくらでも再起を望めたことだろう。その仮定も、今となっては意味を成さない。

 

彼女には望む限りの”先”が残されている。だとしても、夢を叶えられなかった現実からは逃れられない。これから先どれほどの栄光を掴もうとも、その過去は拭えない。

 

捨てたのではなく、初めから何も得てはいなかった。たった一つの感情を除いて。

 

二人は互いを想い合い、互いの為に尽くしてきた。その献身が実を結ぶことはなく。

 

しかし皮肉にもそうなったことで両者を縛る枷は解けていた。

 

 

 

 

 

 

「トレーナー」

 

 

 

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

「ごめんね。

 

 

 

 

 

 

それと…………好きだよ」

 

 

 

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

ありがとうとは言えなかった。皇帝を越えられなかった瞬間から、感謝の言葉などというものは永久に失われてしまった。そんな資格は、敗者に与えられない。

 

(なが)い雨はようやく止み始め、雲の切れ間から茜色の光が差し込む。二人の瞳を乾かせることなく、燦々と照らし出して。

 

 

 

 

 

























Q︰主人公(コイツ)はどうすればよかったの?

つ 16話終盤(具体的に言うとくっらい部屋で右手がバキバキになっている最中)の主人公視点


半年間これを書いてきたせいか主人公にちっとばかし愛着が湧いてしまったので一回とことん曇らせよう!ということでこの話書いたんスけど、

今はこんな暗い話書いた自分に対しての殺意がバキバキに湧いてきたのでもし次にテイオーの話書くよーってなった時はもうちょいハッピーエンド寄りにしようと思います。


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