下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
「や、久しぶり」
「……トウカイテイオー?」
懐かしい顔だった。俺の初めての教え子、トウカイテイオー。彼女が卒業してから二年は経っている。
「ひさっ……しぶりだなぁ。元気してたか?」
「まあそれなりに」
あの頃の景色が胸に過る。俺は新米で、彼女の才を活かしきれるか悩んでいた時のこと。
「立ち話もアレだし、どこか話せる所行かない?」
「そうだな、そうしよう」
俺たちは並んで歩き出す。その光景に、ふとあの頃の空気を感じた。
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「なんか懐かしいね、こうやって二人で話すの」
「……ああ」
どことなくノスタルジックな雰囲気に包まれる。
俺たちは学園近くの喫茶店にて、近況報告を行っていた。積もる話もそこそこということか、会話は中々途切れない。
久々に会ったテイオーは大分大人びていた。あの激動の青春を過ごしただけのことはある。
「今度一緒に飲み行かない?もう飲める年齢になったし」
「いいけど……俺下戸だぞ。そんなに付き合えないと思うが」
とりあえず新しい連絡先を交換し、その場はお開きとなった。……あの子供だった彼女がこんな風になるなんてな。なんだか感慨深い。
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その日はすぐにやってきた。
「よ」
「……来た。じゃ、行こっか」
ちょうど仕事も一区切りつき、激務で有名なトレーナー業にしては珍しく休みもできた。俺は酒への耐性が全く無いからジュースぐらいしか飲めないが、万が一彼女が潰れた時の介抱くらいならできる。
……こうやって二人で歩くのも久しぶりだな。もうお互い別の道へ進んだつもりだったが、たまにはこういうのも悪くない。
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──なんて、息巻いていたのはいいものの。
「大丈夫?顔赤いよ?」
「ああ……」
畜生、居酒屋に来るといつもこうだ。
辺りの雰囲気に酔いが回って、頬が上気してくるのを感じる。酒は一滴も飲んでいないのにも関わらず、だ。
介抱するどころか逆に気を遣われる。まったく情けないばかりだ。
とはいっても理性は保たれている。運動は微妙なところだが、会話ぐらいなら余裕でできる程度の酔いだ。
「ん~……まあ、俺のことはいいんだ。聞かせてくれよ。お前の話」
「んっく、んっく……え、私の話?」
「……私?」
おかしい。テイオーの一人称は『ボク』だった筈。
「流石にいつまでもボクって言うのは変かなって思ったから変えたんだ。それとも、キミは前の『ボク』の方がよかった?」
いたずらっぽく笑ってみせるテイオー。そういう所は変わってないんだな、と安心に近い変な気分。
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本当は一目見たら帰ろうと思っていた。
どんな時も″トウカイテイオー″を見続けてくれたトレーナー。三冠を取れなかった時も、無敗でなくなった時も、怪我に苦しんでいた時も、あのヒトは傍にいてくれた。
やがて私はトレーナーに憧れるようになった。あのヒトのような、芯の強い指導者になりたいと。
だから、ケジメをつけるために一目だけ見て帰ろうと思っていた。
だけどダメだな。
我ながら一途だなって思う。それもしょうがない。初恋だったんだもん。
あの頃の思い出にいつまでも後ろ髪を引かれる。ボクが通ってきた青春、その残り香に。
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トレーナーと飲みに行ってから数ヶ月が経った。スマホの画面にはあのヒトの新しい連絡先。
「トレーナー……」
迷惑かな。トレーナー業は忙しいって聞くし、こちらからかけるのも……。そうやって暫くダラダラと画面を見ていたら、手を滑らせて顔面に落としてしまって。
「あ゛だっ……」
ヤバい。弾みで電話をかけちゃった。
『もしもし、どうした?』
「あー……ごめん、間違って電話かけちゃった」
苦笑交じりに呟く。こんな見え透いた嘘、トレーナーならすぐに分かっちゃうだろう。
だからほら、私がするべきことは謝ってすぐに電話を切ることだ。
「……今ちょっと話せる?」
……本当にダメダメだ。ボクはまだ、あのヒトを望んでいる。
『今か?うーん……十分後にかけなおしていいか?』
「うん。じゃあ、それで」
一旦電話を切る。そこにいたのは、望外の約束に口元を歪めている自分だった。
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「トレーナーはどうして嫌がらないの?」
「え?」
久しぶりに夕食を一緒に摂りながら、私は疑問をぶつける。
だってそうだ。忙しい筈なのにこちらの誘いを断ろうとはしないし、嫌な顔一つ見せない。
「嫌がる理由が無い」
「…………そっか」
そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
けど、私の中には一つの確信がある。
──トレーナーはまだ、私に負い目を感じている。
叶えられなかった三冠の約束。あの日からトレーナーはボクが何をしても受け入れるようになった。
「そうだ、お前トレセン学園に顔出してみないか」
「え?」
提案は、OGとして学園に来ないかということ。
正直迷った。過ぎた春に思いを馳せるのは、停滞することと変わりないんじゃないかって。
でも他ならないトレーナーの提案だったから、少し考えてからボクは受け入れた。
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後日。私はトレセン学園の校門前にいた。たづなさんには話が既に通っているらしく、賓客用の名札を貸してもらってから入ることになった。……あのヒト年取らないな。
「やっほートレーナー」
「お、来たか」
「この方が……あのトウカイテイオーさん」
芝の眺めも、トレーナーの声も、何もかもが懐かしくて、思わず息が漏れる。
トレーナーの新しい担当ウマ娘は綺麗な子だった。纏う雰囲気はあの頃のボクからかけ離れている。
そういえば、だけど。トレーナーはどんな子がタイプなんだろう。
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テイオーを走りに誘った理由には担当ウマ娘のいい刺激になるのでは、という下心があった。
これで″貸し″は更に増えた。返していくにはあとどれだけの時間がかかるだろうか。
「ハァっ、ハァっ……や、やっぱ鈍ってるなー体」
確かに現役時代と比べればその走りは精彩を欠いていたが、それでも見事な疾走模様だった。
「ありがとうございます、トウカイテイオーさん」
「俺からも、ありがとうな、テイオー」
「そんな、お礼なんて」
態々貴重な時間を割いてまで協力してくれたのだ。結果は出さなければ。
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夢を見ていたのかな、と思うぐらいにふわふわした時間だった。
あの日から新しい担当の子のことをサーチするようになった。トレーナーへの気持ちもあるけど、応援する思いも負けないくらいある。
……力に、なれたかな。
「…………」
未だに飾ってある昔の勝負服。それを見る度、苦しくて、辛くて、嬉しかった日々が過る。
「トレーナー……」
やっぱり、会いたい。あのヒトに、会いたい。
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『見たよ、レース。凄かったじゃん』
「見てくれたのか?っはは、だろ?」
担当のレースが終わってすぐに、彼女から電話がかかってきた。
笑ってから──気づく。
俺は何笑ってんだ?彼女の夢を壊しておいて、いっちょまえにトレーナー気分でいやがるのか?
トウカイテイオーは俺という存在に惑わされた。三冠の夢は、俺の手によって呆気なく打ち砕かれた。
今も時折あの頃の景色が追いかけてくる。俺の所為で打ちのめされ、テイオーが深く悲しんでいた頃の景色が。
『どうしたの?』
「──っ、ああいや、なんでもない」
思考と同時に言葉が詰まる。流す価値のない涙がせり上がってくるのを感じながら、誤魔化そうと口を動かした。
『……ねえ、またどっかご飯行かない?』
「ああ。いいぞ。再来週の日曜でいいか?」
仕事はいつも余裕を持って終わらせている。かけだしだったあの頃とは違い、事務処理能力も向上した。
彼女との食事は、正直楽しみだ。向き合う度に苦痛を伴うがそれ以上に彼女の成長を喜ばしく思う。
電話を切ってからも、どこか胸の奥が温かくなるような感情に襲われた。
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「ねえ、トレーナー。まだ好きって言ったら、引く?」
「…………え?」
あの日、彼女が卒業する日、俺は告白された。
返事はいらないと言っていたから、俺はそれに甘んじて答えを出さなかった。最低だ。
そんな最低な俺なのに。どうしてお前は、まだ──
「……なんで俺なんだ?」
女子校であるトレセン学園に在籍していた頃とは違い、今の彼女は様々な男と関わってきただろう。当然、俺なんかよりも良い男はごまんといる筈だ。
「んー……理由は色々あるけど……やっぱ好きだから、かな」
ほとんど返答になっていないがその気持ちに嘘はないらしい。
……俺は、彼女をどう思っている?
「トレーナーはさ、
答えを出す時が来たようだ。
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ボクが改めて告白すると、トレーナーは思い悩んだ様子で口をつぐんでしまった。……もうちょっと段階を踏んだ方がよかったかな。
「……俺は、お前との約束を果たしてやれなかった」
あーやっぱり気にしてたんだ。何度も味わった怪我と、三冠ウマ娘になれなかったことを。
「今でも時々……考えるんだ。俺がお前のトレーナーでよかったのかって」
トレーナーと一緒に起こした奇跡。輝かしい栄光も、時が経てば錆びついてしまう。
あの有馬記念で、ボクのパートナーに相応しいのはこのヒトだって知らしめたつもりだったけど、本人は納得いってないらしい。
「じゃあ何度でも言うよ。
「……っ」
再び口をつぐむトレーナー。
「……ありがとう。そう言ってもらえるのは本当に嬉しい。……それで、俺の気持ちなんだが」
本題に入って緊張感が漂う。ボクの長年の思いが今、決着する。
「お前のことは好きだ。今も大切に思ってる。けど、恋愛対象として見ることはできない」
「……そっか」
半分分かっていた。純粋に好意からボクに付き合ってくれていたことは。その感情の中に負い目があることにも。
だけどトレーナーにとってボクは『大切な教え子』ってだけで、その線引きは決して超えられない。
「悪い。応えてやれなくて。けど、これが俺の気持ちだ」
「──ありがとう。それだけで十分だよ」
精一杯の虚勢を張る。あーダメだ。なんかもう辛い。
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多分これからも誘えば付き合ってくれる。あのヒトなりに気を揉んでもくれるだろう。
でもボクはずっと元担当ウマ娘のトウカイテイオーでしかなくって、求める関係性にはきっとなれない。
「ちぇ、ボクじゃダメかぁ」
一人きりの──あのヒトは送ってくれようとしていたけど断った──帰り道。誰に言い聞かせるわけでもなく一人呟く。
「ボクを振ったんだから、幸せになってよね。トレーナー」
ボクの一世一代の告白。皮肉にも、その結末がようやくボクを前に動かそうとしていた。
口直しに貰ったキャンディを口の中で転がす。
甘くてほんのり苦いキャラメルフレーバー。それが私の失恋の味だった。