下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
ネイチャが曇るし湿ります
書きながら(いっぺん■してやろうかコイツ……)って思ったぐらいには主人公が元気です
全話中二番目に長いです
「なあっ、お前、俺の担当ウマ娘にならないか!?」
「──────え、アタシ?」
どうせ自分はキラキラできないんだって諦めてた。いや、諦めようとしてた。
それでもあのトレーナーさんに声をかけられた瞬間……もしかしたら、なんて希望を持ってしまった。
一緒に走ってた
このヒトから見た自分は他のキラキラしてる子よりも光る何かがあるんじゃないかって、赤の他人の眼に期待してしまった。だって
我ながら卑屈だなーなんて自虐してみたり。自分に期待できないからって、他のヒトにそれを望むなんておかしな話。
何はともあれあのヒトとの契約は即決だった。そう、アタシはスカウトされたことで浮かれちゃって、まともな判断ができてなかったんだ。
俺は心の中でそれはもう見事なガッツポーズを決めていた。こんなにもあっさりと俺の担当ウマ娘になってくれる子がいるとは。念入りに選抜レースを見た甲斐があるというもの。
晴れて受け持つことになったウマ娘、ナイスネイチャ。
彼女は自分に自信を持てないタイプの子だった。少し話をしただけで分かる。
口元が歪む。
彼女はよくて三着しか取れないなどと自嘲していたが、俺のような未熟者が一目見てすぐに分かるぐらいには素質がある。
そもそもウマ娘は皆勝利と闘争を求めて走っている。それは本能に刻みつけられた絶対の欲求。口ではいくら誤魔化そうと本当はネイチャも勝ちたいと思ってる筈なんだ。
だから俺が担当してめっちゃくちゃに勝たせてやる。それを可能にするぐらいの素質が彼女にはあるんだ。
─────────それに、
自己肯定感がうっすいネイチャならイイ感じに信頼を勝ち取れてあわよくばイチャつけるんじゃないか?
諦めて見ないフリをして隠した勝利への渇望。それを俺と彼女が協力して満たすことにより好感度も爆上がりで、
そんでもって上手いこと彼女の才能を花開かせられたらば、彼女は自分の実力だとも考えず俺に少なからず好意的な感情を向けてくれるのでは────。
そんなことを考えてウッキウキしていた。
少しばかり浅慮かもしんないがやってやる。
俺はなんとしてもネイチャとあんなことやこんなことをするんだ──────!
「よォし!今日もよかったぞネイチャ!」
「アハハ……どうもどうもー……」
ジュニア級初のレースに向けてアタシは毎日トレーニングをこなしていた。
今日も声をかけてきたトレーナーさんに適当な返事をしてから寮に戻る準備を始める。
他の子はとっくに支度を済ませていて、お夕飯なに食べるかだとかを楽しみそうに語り合いながら帰っていた。
こういうのが”青春”ってもんなんですかねーなんて頭の中で呟きつつ、アタシは誰もいなくなったロッカールームで着替えてからその場を後にした。
正直、バカなことしちゃったなーって後悔してる。
トレーナーさんは少なくともトゥインクルシリーズの間──短くても一年程は一緒にいることになるパートナー。契約する時はウマ娘側もスカウトしてきた相手を「信頼できる」と踏んでからするものなんだって、授業でも散々やったことなのに。
で、アタシは見事「そういうヒト」に引っかかっちゃったってワケで。
普段のトレーニング時とか
「あーこのヒト明らかにアタシを
そりゃあそうだよね。アタシは他のザ・主人公タイプって子と違って大した武器とかないし。アタシなんかを見込んでくれるトレーナーさんなんて来るはずないんだって、いい加減分かってたつもりなんだけどなー……。
途方に暮れてついつい上を見上げながらため息をついてしまう。
レースの日は近づいてきてる。空はキレイな夕焼け色に染まってるのに、観戦しに来てくれる商店街のみんなを思うとそんな景色さえも憂鬱に感じてしまって。
「あは、は……どうしますかねー……」
自室までの短い道を歩きながら誤魔化すように笑った。
彼を知りて己を知れば、百戦して
という言葉に則りネイチャの脚にどれだけの可能性が秘められているかを時に感情論で時に理屈攻めで説き続ける。
彼女の言葉を借りて言うところの「キラキラした主人公」達との実力の差、どれだけ勝算があるか、贔屓や謙遜無しに比べ自分にも才能があることを知ってもらう。
レースに限らずメンタルや自信が勝敗を左右することは多い。そりゃもちろん実力もないとダメだがその前に気持ちで負けてたら終わりだ。
裏を返せば”気の持ちよう”は時として大きな武器になる。ということで俺はネイチャを褒めまくった。ものすごく褒めまくった。
やっててバカ楽しかった。彼女の持ち味や魅力なんかは探しだしたらキリがない。ぁんなめんこい女の子を合法的に褒められるってこと自体が楽しくて楽しくてもうやばかった。
しかし未だに彼女は自信が持てないようだ。と言っても特に問題は無い。
彼女のメンタルヘルスがどんな感じかぶっちゃけ全然分からないがコンディションはいい感じだ。あれなら初めてのレース、メイクデビュー戦はどうにでもなるだろう。
……少しばかり心配なことがあるとするならば、俺はネイチャの考えてることが全く分からないということだ。
俺はトレーナーだというのに彼女の心の晴れ具合がどうにもこうにも掴めない。
今はそれほど重要な問題ではないがいずれ目を向けなければいけないことだ。なんとしても彼女の気持ちを理解できるようにならないと。
トレーナーさんは毎日飽きずに褒めてくれるけど…………正直やめてほしい。
心にもないことを言われてるんだなって思うといくらアタシでも悲しくなってくる。そのくせして話は割と筋道立ってるのがどうにも文句をつけづらいところ。
……でもあのヒトがどれだけ熱く語ってるフリしてもこっちはあのヒトの本心を知ってる。
アタシは所詮
そう思うとやっぱり後ろ向きな考えが広がってしまう。ホント、なんでもっと慎重になれなかったんだろ。あの時の自分は。
そんなことばかり頭に入れてたらいつの間にかレースは目前まで近づいていた。
「──────ハァ……」
今日は明日の移動に備えて早めに寝なきゃいけない。
そう考えながらため息をついて、ベッドに入った。これまで何回ため息をついたか数えきれない。
そしてその憂鬱はパドック入りした後も変わらず。
「………………」
ゲートに向かう直前なのに、どうにも気持ちが休まらない。
分かってるよ。どうせダメなんだよ。
そう思ってるのになんでこんなにウズウズしてんだろ。勝てるんだったら勝ちたい。でもアタシには無理。しかも────言っちゃ悪いけどあんなヒトと組んじゃって、可能性なんて初めからありっこないんだ。
……………商店街のおっちゃん、おばちゃん、アタシに専属のトレーナーがついたって聞いてすごい喜んでたな。
あの感じじゃ多分今日のレースだって見に来てくれてる。アタシじゃ背負いきれないぐらいの期待を持ってきて。
──────────────。
「……それじゃ、行ってきますかねっと」
とりあえずやることはやろう。落ち込むのはそれからでもいい。
そうして出走したメイクデビュー。アタシは過去最速のラップタイムと自己ベストを叩き出して一着をとった。
笑いが止まらない。自分を大したことないと思ってる彼女が冗談みたいに勝ちまくってる姿を想像しただけで口角がつり上がる。この喜びは筆舌に尽くし難い。
メイクデビュー戦、彼女は他選手をぶっちぎって大差も大差、圧勝快勝大勝利を掴み取ったのだ。
走り終えた後の彼女が見せた、鳩が豆鉄砲くらったような顔は思い出すだけで幸せになれる。
自分が遥かに差をつけて勝ったことを信じられないのか、彼女はウイニングライブ前でもキョトンとした表情を浮かべて呆然としていた。本当に最高の顔だった。
俺は我儘なんだ。俺の欲を満たせて、なおかつ彼女が幸せになってくれないと腹の底から満足できないんだ。
まぁ曇ったら曇ったで愉しめばいい話……なのだが、なんかネイチャ相手だとそう思えないというか。
だから俺はとにかく彼女を勝たせる為に尽力する。
精々慣れない勝利の味を噛み締めろナイスネイチャ。
ブロンズコレクターが知ったことか。俺がお前を最高最速のウマ娘にしてみせるからな。
…………ん?
トレーナーさんはアタシ以上に喜んでた。帰る時もおかしいぐらいにゲラゲラ笑ってて、
「どーだこれで分かったかネイチャァ!!これがお前の 実力ってやつなんだよ!────お前はなぁ!本当はすっげえやつなんだぞこのやらあァ!!デャーッハッハッハ!!!!!」
ちょっとうるさいぐらいだった。
その日からしばらくの間トレーナーさんはずっとハイテンションで、なぜかアタシも破竹の勢いでレースを勝ち進んでいった。
アタシって結構現金なヤツなんだなって思う。
メイクデビュー戦以降どんどん勝ちを拾えるようになって、有り体に言えば調子に乗っていた。
アタシもひょっとしたらキラキラできるかも……?なんて自惚れちゃって、トレーナーさんの策謀にまんまとハマってしまった気がする。
……それはそうとして、
トレーナーさん、いつも元気にしているけど……最近なんとなく体調が悪くなってるように見えるというか……。
思えばあのヒトが休んでるとことか見たことがない。いつも何かしらの仕事をしていた。
……それでもジロジロ見てくるのはいつだって変わらなかったけど。
いや、きっと気の所為。能天気で、アタシを都合よく使おうとしてるあのヒトがアタシの為になにかしてくれるわけない。……きっとそう。
ヤバい。
ネイチャの担当やるの楽しすぎて仕事がやめられない。
確かにネイチャは才能がある。しかし他の名だたるウマ娘──所謂”天才”にも勝てるかと言われたら厳しいところだ。
─────だが、
それをひっくり返してとんでもない面子の中でも一着を掴み取り、何故自分が勝てたのかと困惑する彼女のことを想像すると俄然やる気が出まくってきた。
その為に俺は徹夜することだとかも増えた。彼女を勝たせる為に働き詰めるのが楽しすぎてどうしてもやめられないんだ。
やれ脚質だの戦法だの蹄鉄だのトレーニングメニューだの、突き詰めだしたら終わりはない。
ということで俺は毎日バカみたいに働きまくってネイチャのことばっか考えていた。
忙しすぎて「あっちのこと」を考える余裕はなかったがそれでも楽しいから結果オーライだ。
「よしよし、いい感じにラップタイム刻めてるな。クールダウンに軽く一周して終わりにするか」
「はいよー」
いつも通り、トレーナーさんの指示に従って走る。
今日も普通に芝の上を走った。それ以外特に変わったことは無し。
軽く一周して今日の練習も終わり。後は帰るだけなんだけど……少し気になったことがあったから隠れて残っていた。
なんだか色々慣れてきた。トレーナーさんの褒め殺しにも、苛烈さを増すトレーニングにも、出走前の緊張にも、予想外の勝利にも、慣れてきてしまった。
そんなだからアタシには「余裕」が生まれてきて、自然と視野も広まってきた。
それで気がついた。
トレーナーさん、多分まともに寝てない。
前々からそれっぽい予兆?的なものはあったけど見ないようにしていた。正直なところあのヒトが苦手だったから。
だけどいくらなんでもアレはやりすぎだと思う。初対面の時より瞼は重そうだし、頬もがっつり痩けている。
いつもアタシがあがった後にトレーナーさんは帰り始める。
で、いつもならアタシは見向きもしないでさっさと帰っちゃうんだけど今日は隠れてトレーナーさんの様子を見ていた。
予想的中だ。あのヒトの体にはかなり疲労が溜まっている。歩き方もフラフラしていて猫背なのが逆に目立つ。
…………ああもう、見ちゃいられない。
「トレーナーさん」
「うぇ?ネイチャ?なんで?」
「よかったら荷物持とうか?ほら、アタシウマ娘だから力強いし……なんちゃって」
何言ってんだろアタシホントになんでこんな、いやとにかく荷物を持とう今は何も考えないんだそうだそうしよう、
────────────。
こんなことする必要はない。どうせあのヒトは選手としてのアタシなんか別にどうだっていいと思ってるんだから、こっちだけが心配してあげる必要なんてないって、分かってる。分かってるのに────
結局ちょこちょこトレーナーさんに世話を焼くことが増えた。
いや、いやいや、そんな大したことをしてるわけでもないから、そんな深く考えなくたっていい。
………………とにかく、それからトレーナーさんに世話を焼くことが増えてしまった。
それで分かったんだけど、あのヒトかなり抜けてるところがあるというか、結構生活能力が低いヒトだった。
寝ようとしなかったり休もうとしなかったりと割と根本的なところからたまに服のボタンを掛け違えてたり靴下が左右逆だったりと軽くおっちょこちょいなところまで。(それでも掃除洗濯とかはちゃんとしていたのは意外だった)
極めつけはごはん時。
ごはんといったら寝ることに並んで重要事項、体を作り活力を生み出す生きる為に大切な行動。ごはんを生き甲斐にするヒトだっているくらいだ。
だというのにあのヒトときたら雑なもので、酷い時はブロック型の栄養補助スナック一本を美味い美味いと言いながら貪って一食分にしていた。
それを見て唖然としてたアタシに向かって「お前も食うか?結構イケるぞ」なんて言いながらそれを差し出してきたものだからとうとう呆れてしまった。
トレーナーさんはどうも料理自体そこまで得意じゃないようで、それに加えて最低限味が整っていればどんなものでも美味しいと感じるかなりの貧乏舌だった。
────見かねてアタシが余り物でお弁当を作って渡すと、心から美味しそうにパクついていた。
そんな大した手間もかかってないのにまるでいいとこの料理を食べたみたいに美味しい美味しいと言ってくるものだからこっちは何も言えなくなってしまう。
というかアタシはなんでわざわざお弁当なんて作ってあげちゃったの。あのヒトは貧乏舌なんだから下手に気を遣わなくたっていいのに律儀に「男のヒトなんだからお肉は多めがいいのかな」なんて考えちゃってさぁ……!
…………その後も頼まれてもないのにお弁当を作ってあげるようになってしまった。その度にトレーナーさんは美味しいと言って嬉しそうに頬張っていた。
実際アタシはトレーナーさんに対して特別な感情とかは覚えていなかった。だけどどうしても見ていられなかったから、ついつい手を伸ばしてしまっていた。
なんか自分がなっさけなく感じてならない。
いやなんていうか、ネイチャのシンプルな優しさがえらく心に沁みてくる。
そんな心配しなくたっていいのに結局なし崩し的に世話を焼かれるようになってしまった。
俺がトレーナー室にこもりきってテーブルワークばっかしてたら超自然な形で外に誘われたり、かと思えばどストレートに「トレーナーさん、寝て。お願いだから」と真剣な目つきで言われたりだとかして、体調をものすごく気遣われた。
それでも断ろうとしたら力ずくでソファーに寝かされて毛布をかけられてしまった。日中眠気が溜まってたこともあって俺は呆気なく即落ち。
そんなだからなんやかんやで睡眠不足は少しづつ改善されていった。させられてしまった。
おかげでエコノミークラス症候群とかは回避できたから感謝するべきなんだろうが……。
あと一番効いたのがお弁当だ。
俺は今まで女の子と付き合ったりしたことなかったからこういうのはめちゃくちゃ効く。
母親ではなくあんなめんこい年下の女の子に弁当作ってもらえるなんて生まれてこの方想像すらしたことなかったから、嬉しさやら自炊できない自分への情けなさやらで情緒がぐちゃぐちゃになった。
というか弁当作ってもらうことから誰かと付き合うことを連想してしまう自分の女性経験の無さにもげんなりする。
っていうか無理だ。俺、ネイチャと「そういうこと」できる気がしない。
よくよく考えてみりゃ当然のことだ。眺めてるだけで満足だったんだから触れることなんてできっこない。
顔が近いだけでアガってしまう俺が異性とイチャつけるわけなかったんだ……。
いや、俺にはまだやりたいことが残ってる。
ネイチャを勝たせる。それは今も前も変わらないことだ。
とにかく今俺がやるべきことはネイチャを全力でフォローするってことだ。
……
知れば知るほどトレーナーさんのダメダメ具合が露呈してくる。あのヒト目を離すとすぐに仕事の鬼になっちゃうんだから、アタシがストッパーにならないと多分倒れるまで止まらない。
なのに普段は変なところで抜けてるというか、ちょっとしたミスをしたり観点がズレてたりする。
……で、トレーナーさんの仕事がどういうものなのかっていうと────ほとんどがアタシ関係のことってわけでして。
だからアタシもなんか怒りづらくなってしまう。でもほっといてられるかと聞かれたらそれはまた別で。
しょうがないなぁ、と思いながら面倒を見てしまっていた。
それは今日も変わらず。
「……トレーナーさん、アホ毛出てるよ」
「えッ!?マジか……、ど、どうしよ────
いつも通りというかなんというか、どこかしら注意が浅いとこがある。
ハンカチをお湯で濡らしてトレーナーさんの頭頂部を拭いてあげる。その後はいつも通りの髪型に戻った。
「ご、ごめんネイチャ……」
「はーいどうもー」
まったく、変なところでダメなんだからなーこのヒトは。
……アタシが見てあげなかったらどうなってることやら。
だんだん自分に対して腹が立ってきた。
レースは一応大丈夫。彼女はどんどん勝利を重ねている。
問題は普段の学園生活だ。常日頃彼女に気遣わせてしまっている。
体調管理といい食事といいおんぶにだっこになりかけている。こんなんでいいのか。俺はトレーナーなんだぞ。
そう考えるとこれまでの自分にもむかっ腹が立つ。なーにがウマ娘とイチャつきたいだゴミクズ野郎が妄想も大概にしろ大欲非道の木偶の坊がよ。
…………とにかく。
俺は俺を改めようと強く思った。
栄養補助食品だけじゃなくて普通の料理もできるように特訓を始めた。幸い俺は貧乏舌だから下手に手の込んだものを作る必要はない。
不味かった。俺の舌をもってしても不味いと感じるぐらいに酷い出来だった。
そう考えると彼女の凄さを改めて気づかされる。
にしてもネイチャは気配りとか生活スキルとか色々すごいなアレで本当に中等部なのか……?
俺が
いや教え子で何考えてんだよ妄想も大概にしろっつってんだろ殺すぞ俺。
最近のトレーナーさんはちゃんとするようになった。
まだ下手っぴだけどお昼は自分でどうにかするようになったし、身だしなみもキッチリしている。
これでアタシがいちいち気にしてあげる必要はなくなった。
それは別として、相変わらずアタシのことはベタ褒めしてくるけど……ぶっちゃけやめてほしい。
どうせ嘘なんだって分かってるし。
おべんちゃらもいいとこだって、分かってるけどさ。
……思っちゃうから。もしかしたらホントに
最近は色んなヒトからの称賛も少しづつ受け入れられるようになってきた。それに見合う結果もついてきたから。
「どうせアタシなんか」、って考えてしまうことは中々治らないけど「アタシもたまには」、みたいにも時々思えるようになった。
でもトレーナーさんは違う。どうせアタシは「そういう対象」でしかなくって、ウマ娘、ナイスネイチャなんかどうだっていいんだ。
だからあのヒトがいくら褒めてくれようと本心からくる言葉じゃないって理解できてるのに、
もしかしたら、ホントは─────
なんてありもしないことを一瞬考えてしまう。
ホントに、やめてほしい。
トゥインクルシリーズも早いもので、俺達はシニア級を迎えた。
最近になってようやく彼女の精神状態をほんのり読み取れるようになった。あくまで「ああ、今は負担が溜まってるんだな」とか「今は元気そうだな」とか、大雑把にしか分からないが。
しかし調子の善し悪しが読めるようになったのはかなり大きい進歩だ。ネイチャも三年目に入って若干自信がついたように見受けられる。
ただ気がかりなのがここんとこ彼女はどことなく辛そう……というか、何かがしんどそうに見える時がある。
まさか俺が毎日褒め称えていたのが嫌だったのかと強烈な不安に襲われたがそれは杞憂だった。
なぜなら俺が褒めちぎっている時の彼女から
とはいえ彼女の悩みを大人しく放置するわけにはいかなかったのでどうしたらいいのかとやきもきしていた。
俺はネイチャみたいに細かい気配りとかはできない質だから、どうしたってバカ正直に切り込むことでしかあたれない。そんなだから俺は誰かの悩みを解決したりだとかはとことん向いてなかった。
トレーナーとして致命的な欠陥だ。
蹄鉄を買いに行った時、商店街をぶらつく時、ミーティングをする時、トレーナーさんの挙動不審っぷりにどうしても目が行く。
明らかーに気を遣われちゃってる。別にトレーナーさんはアタシのことなんて気にするようなヒトじゃないのに。
こっちからどうしたのと聞いてみると観念した子供みたいにおずおずと口を開いて、「……最近……ネイチャが……くっ、悩んでるように見えて……」なんて言ってきた。
思わず笑っちゃった。なにそれ。それじゃまるでトレーナーさんがアタシのことを
にしてもやっぱ分かりやすいなートレーナーさんは。アタシだからまだよかったものの他の子だったらどうなってたことやら……たはは……。
そんなふうに、上辺だけなんだろうけどトレーナーさんはアタシに対して変に優しくなってきた。
お弁当も身だしなみも、もうアタシからしてあげられることは無くなっちゃったのに。なんで急に優しくしてくるの。あのヒトは。
「トレーナーさんや、こういうのはもうやめにしませんかね?」
「へ?」
もはやルーティーンと化したネイチャへの賛美。彼女への言葉を並べ立てていると唐突にそんなことを言い出した。
「……トレーナーさんも、いい加減しんどいでしょ?思ってもないこと言うの」
この二年間、彼女は戸惑うことはあれど一度だって咎めてくることはなかった。それが、何故今いきなり?
「いや、俺嘘つくの下手だし。お前も知ってるだろ?」
こないだも変に回りくどく彼女の悩みを聞こうとしてすんなりとバレてしまった。そんな俺が心にもないことを言えるわけがない。俺からネイチャに言ったことのほとんどは本音だ。
「…………そうですかー。……あー……いやー……困るなー人気者は……なーんて……」
それ以降このルーティーン?について何か言及されることはなかった。なんだかやけに引っかかってしょうがない。
まあでもそろそろある程度自信はついてきた頃だろう。こんなヘンテコなメンタルトレーニングもお役御免になる時が来たのかもしれない。
あのヒトから「そろそろやめるか」と言われてアタシは今までの人生の中で最も上手に自分の気持ちを誤魔化せた。それは動揺をまったく悟らせない完璧な嘘で。
いや、あの時のアタシは自分にも嘘をついたんだ。後になってそれに気づいてしまった。
アタシに心の武器を付けさせる為にと始まったトレーナーさんからの褒め殺し。最初はそんなことでメンタルが鍛えられるわけがないって思ってたけど後々効果が表れてきた。
おかげでアタシはほんのちょっとだけ自惚れられるようになった。今なら相手がどんなに強いウマ娘でも「ひょっとしたらイケるかも……?」ぐらいには調子に乗れる。かも。
でもトレーナーさんの言葉は信じられなかった。騙していい気にさせようって調子のいいことを言ってるだけなんだとしか感じられなかった。
それが、アタシを欺いていたのはアタシの方だったんだって、今になって分かった。
その言葉が欲しかったんだ。たとえ本当に思ってなかったとしても。あのヒトにもっと騙されたかったんだ。
いい気分だった。それを聞いてる間は自分が特別でいられてるみたいに錯覚して、すっかりその気にさせられちゃったんだ。
たとえキラキラできなくてもあのヒトにとって
今は色んなレースで勝てるようになった。一着を取った時はまぐれ勝ちかななんて考えながらも胸を張ってライブできたし、商店街のみんなやファンのヒト達にもたくさん褒めてもらえた。
それでもあのヒトの言葉が欲しい。
あのヒトにとっての一着はいつだってアタシだけなんだって、思わせてほしい。
あれ?
たくさん勝って、たくさん嬉しい思いをしたのに……
おかしいな。
アタシってこんなワガママだったっけ……。
トゥインクルシリーズはそろそろクライマックスだ。
なのに彼女の精神状態は改善するどころか悪化するばかり。
最初は巧妙に隠していたが近頃はだんだんボロが出始め、トレーニングに集中できてないこともあるぐらいだ。
恐らく真っ向から聞いたところでどうにかなる話じゃない。そうして彼女の言動をよくよく掘り返し考え込んでいると、一つの可能性に思い至った。
まさかそんな、と笑い飛ばそうとしてみたがその疑問はいつまでも頭の中に残り続けていた。
同室のマーベラスはとっくに熟睡してるのにアタシは一向に寝つけなかった。そうなるとやることは考え事ぐらいしかなく。
トゥインクルシリーズは終わりに近づいている。そうなればあのヒトとの契約も終わり……だよね。
ドリームトロフィーリーグのこともチラついたけどあのトレーナーさんがいつまでもアタシの面倒を見てくれるとは思えない。
どうしたらあのヒトを─────いやいや何考えてんのさアタシ。
一度考え出してしまったら止まらなかった。
そうなればあのヒトは離れる。アタシもこれ以上変に悩まされなくて済む話。
アタシを勝たせてくれたあのヒトは、今はアタシだけのトレーナーさんだけど、いつか他の子の担当になっちゃう。アタシよりキラキラしてて、アタシよりかわいい子のトレーナーに────
──────アタシのトレーナーさんが、アタシのトレーナーさんじゃなくなる。
あのヒトは、なんにも、そういうんじゃなくて、あのヒトの一番はアタシじゃなくなって、
分かりたくない。あのヒトがアタシをどう思ってるかなんて分かりたくない。
「────、ぇ……?」
抱きしめた枕に雫が落ちている。小さなシミをいくつも作って、どんどん広げられている。
寒い。胸の奥が、刺されてるみたいに冷える。
「………………つ、ぅ……っ、」
真っ暗な部屋で凍えるように丸まりながら泣くことしかできなかった。
────────────。
あ、
そっか。
そういう目でしか見られなくたって構わなかったんだ。あのヒトがアタシを見てくれるのならそれで。
だから、あのヒトに迷惑をかけるだけかもしれなくても、アタシだけに微笑んでほしい、アタシのことだけを見ていてほしい……!
誰にも渡したくない。あのヒトの一番は、アタシ、ナイスネイチャ。だから、もう、我慢しなくていい。
誰かに取られる前に、アタシが。
さっさと認めるべきだった。もっと早くに気づいておけば彼女は走ることだけに集中できたのかもしれないのに。
彼女のような優しい子が俺のようなゴミクズに惹かれることなんて考えたくなかった。そんなこと認めたくなかった。
怒りで気が触れるかと思った。誰に対してでもない自分への怒りで。
俺という人間を果てしなく憎んだ。こんなに自分という誰かに殺意を抱いたことはなかった。
ハッキリさせるべきだ。
ネイチャは、俺を求めてしまってるんだって。
今までの言動にちゃんと目を向けていればすぐに気がつけた筈なのに、俺は目を背け続けてきた。
その現状を招いたのは他ならぬ俺だ。俺が望んだことなんだから。
なんなんだ
だったらせめて応えるんだ。彼女の想いに、俺のできる限りを以て返し続ける。
これは責任感から来るものなんかじゃない。そんな気持ちで彼女に応えるなんて絶対に許さない。
俺はネイチャの為だったらなんだってしてやりたいと思ってる。それぐらいには俺の中で大切な存在だ。
それがどういう種類の感情なのかは分からないが俺がネイチャを想ってることには変わらない。
だから、俺がするべきことは一つだ。
トレーナーさんを繋ぎ止めるために何をすればいいか考えていた。
誰かと話してる間もトレーニングの時もずっと考えて続けていたけど──────あまりにも唐突にその必要はなくなった。
「ネイチャ!ちょっといいか!」
URAファイナルズ決勝終わり、学園にやっとこさ帰ってきたところでトレーナーさんは声をかけてきた。
「いいか?悪い、いきなりで本当に悪いんだけど────好きだ!ネイチャ!」
アタシが求めてすらいなかった望みをいきなりぶつけられた。当然飲み込めるわけない。
「いいか何度でも言うぞ!俺はお前が好きだ!お前が俺をどう思ってるか分かんないけど、とにかく俺はネイチャが好きだ!」
何かの冗談?そんな急に言われて、アタシがはいそうですかと受け取れるわけないって。
「…………うそ」
「嘘じゃないぞ」
「……いや、ウソだよ。だって────」
「嘘じゃないったら嘘じゃない!俺はな、誰がなんて言おうがお前のことを最高のウマ娘だって思ってるし、レース以外のお前だって大好きだ!今まで言ってこなかったけど俺はお前のことが好きで好きで仕方なかったんだってんだよ!あ゛ァッ!!!!」
「え、ぇ?なんで?そんな、急に」
いやだってトレーナーさんってアタシをそういう対象にしか思ってこなかった筈でしょ?そんなのありえないって────考えようとしても頭は完全に処理を済ませていて、
「アタシ……重いよ?」
「それがお前の気持ちだってんならいくらでも背負ってやる」
「で、でも……」
アタシはホントにバカだなーって思った。せっかくこのヒトが受け入れようとしてくれているのに最後の最後に踏み切れない。
「ッ、分かったよ……!だったら……戻れなくなってやる……!」
手を引っ張られて素直についていってしまった。
トレーナーさんの後ろを歩いている間、なんで?とかいきなり?とか困惑がどうしても抜けなかった。
「トレーナーさんソレ、嘘なんでしょ?だって、アタシのことなんて、その、アッチの対象としか思ってなかったんでしょ?」
ずっと言い出せなかった爆弾を投下する。いきなりすぎるかもしれないけどトレーナーさんもそうだったんだからおあいこだ。
「………………………っ、ごめん。否定できない。確かに担当なりたての頃の俺はどうしようもなかった。お前の言う通りだ。…………でも、お前のおかげで俺はトレーナーとして頑張ろうって思えたんだ。初めて会った時からお前の脚に惹かれていた。それは間違いない。だから俺が今までネイチャを凄い凄いって言ってきたのは全部本音だし、ネイチャを誰よりも可愛いって好きだって思ってるのも本当だ」
どうしても信じられない。そんな、アタシなんかが他の子より想われてたなんて、考えてもいなかったんだから。
「……お前が嫌だってんなら勿論俺は────
「ち、違うから!……そういうんじゃないから……」
……でもやっぱりそうだったんだ。初めて会った時はアタシをそういう目でしか見てなかった。
やっぱトレーナーさんは酷いヒトだなって思う。そんなヒトを好きになっちゃったアタシも大概だなって。
「……よし、覚悟はいいか、ナイスネイチャ」
「ここって……」
商店街のど真ん中。アタシ達はそこに立っていた。この時点でそれなりに人目を引いている。
勢いよく息を吸い込むトレーナーさん。
まさか……まさかね。
「好ゥきだぁ!ネイチャァ!!!俺は!お前のことが好きだあぁぁあァぁァああッッ!!!!!!!」
「ちょッ……!」
周りから視線が一気に寄せられる。やっぱりそうだ。
このヒト、ものすごいおバカ……!
「トレーナーさん!見られてるって!みんなに!」
「いぃや、とにかく俺は言うぞ!好きだ!!!!ネイチャッッ!!!!!!」
恥ずかしいのなんのって。普通に仲のいいおっちゃんやおばちゃんもいるのにこのトレーナーさんときたらアタシの気も知らないで半分叫んでいる。
その後耐えきれなくなってアタシが顔真っ赤にしてるとトレーナーさんは後ろから結構強めにはたかれていた。
人の往来が激しいところでそんなこと言うもんじゃないと至極真っ当な意見で叱られていた。
それでもその後の商店街ではネイちゃんとトレーナーさんがデキてるだのなんだのと噂が広まって収拾つかなくなっちゃって、それがどうにも否定できるものじゃなかったのもタチが悪かった。
後日、トレーナーさんはすごい勢いで土下座して謝ってきた。
曰く、本気で好きだって示すためにアレしか思いつかなかったけど普通にネイチャには申し訳ないことしてしまった、とのことでとにかく謝られた。それとこれまでのことについても死にそうなぐらいに謝ってきた。
ホントに、トレーナーさんには振り回されてばっかり。
自分勝手で、向こう見ずで、この三年間何度も泣かされてきた。
……だからこれからは全部教えてもらう。アタシをどう思っているか、全部。
トレーナーさんの一着はアタシだけなんだって、今までの分の責任を思いっきり取ってもらおう。
ネイチャの湿度が高すぎる!!!!!
ハイ!!
ハイ!!
ハイハイハイワァオ!!
あるある探検隊!!!!!!!!
あるある探検隊!!!!!!!!
実は主人公の貧乏舌設定(何でもかんでも美味いと感じる)は割と初期の話から出てきてます