下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
⚠注意⚠
どの話よりも糖度が高いですがその分陰鬱とした部分があります。
IF話です。
相変わらずシリアスです
反省はしています。
トウカイテイオーというウマ娘を語るにあたり、何より外せない人物が彼女のトレーナーである。
狭き門であるトレセン学園の試験を一発で合格に収め、経験がまるでない新米の身でありながらも類稀な才能と身体能力に恵まれたトウカイテイオーの実力を余すことなく発揮させ、復帰は絶望的とも言われた足の怪我も治してみせた。
『奇跡を起こした天才トレーナー』
彼はウマ娘界隈ではそう呼ばれていた。
しかし彼が何を思いどんな理由でウマ娘を育てているかは誰も知らない。
彼と交流のある名門トレーナー家の桐生院葵、トレセン学園理事長秘書の駿川たづなでさえもそれを知ることはついぞ無かった。
「トレーナー!やったよ!走れたよ!ボク、また走れるんだよ!」
「…そうだな。よかったなテイオー。
本当に…良かった…」
再びレースに参加出来るという喜びで無邪気に飛び跳ねるトウカイテイオー。それとは対称的に彼は静かに微笑みを浮かべていた。
「…やっぱり疲れてるんだねトレーナー」 「え?」
「すごく辛そうな顔してる。何日も寝ていないでしょ。…今日のトレーニングは終わりにしてもう休もう?」
「いや…大丈夫だ。全然つかれてなんか───「むー!ダメだよトレーナー!どれだけ一緒にいると思ってるの!そんなウソついたってボクの目は誤魔化せないよ!」
「…それにトレーナーはボクのコトで何度も無理してくれたんだからさ。だから今日は休も?」
「いや──そうだな。今日は、今日は休むか。そうだ。それがいい」
頼りない足取りで立ち上がる。長く共に過ごしてきた彼女だけがその異変に気づいていた。
「…テイオー?」
「やっぱり疲れてるんだねトレーナー。
きょ、今日だけ特別にボクがキミを休ませてあげるよ!」
「あぁ…ははっ、それじゃ頼むよテイオー」
歩き出す2人。そこには何の曇りも憂いもないように見えた。
「どうだった…かな。美味しかった?」
「あぁ。すっげぇ美味かったぞ」
彼の自室。そこではウマ娘トウカイテイオーが自身のトレーナーに甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「そっか…そっかぁ…!えへへ…」
頬を上気させる彼女は、傍から見ても並々ならぬ感情を抱いていることが分かるだろう。
「お腹いっぱいになって眠くなってきたでしょ?明日は休みだしもう寝る?」
「うーん…じゃあそうさせてもらうか」
「じゃあさ…こんなのはどうかな」
自分の膝を叩きアピールするテイオー。
「…マジか」
「こんなの滅多に味わえないコトだよ?さぁさぁ早く寝てトレーナー!」
俗に言う膝枕というヤツだ。
彼の体には隠しきれない程の疲労が溜まっていた。
そのためか彼女の膝に頭を乗せると直ぐに意識が遠のいていった。
「ありがとう、トレーナー」
彼女の呟きは届いただろうか。
夢を見ていた。
彼女が、トウカイテイオーが走れなくなって泣いている夢。俺はそれを見て笑っている俺を見ていた。
今までの彼女との思い出が見えた。
笑って泣いて怒っているトウカイテイオー。
俺はそれを見て笑っていた。
汚らしく笑っている俺と泣き続けるトウカイテイオーを見た。
笑い続ける俺に俺はのしかかって何度も何度も───────。
俺はもう彼女の泣き顔は見たくない。
「今更相棒気取りか?それでトウカイテイオーを救えたつもりか?」
うるさい。何も言わないでくれ。
「散々彼女で楽しんできたお前がこれからも彼女のトレーナーでいたいだと?笑えるな。こんな愉快な話はない」
俺は嗤っている。何をしても黙ってくれない。
「下心にまみれたクズ男が将来有望なウマ娘トウカイテイオーに改心させられる話、とでも呼べばいいのか?ハハハ、馬鹿馬鹿しい。お前はそうやってどれだけの人間を蔑ろにしてきた?彼女のトレーナーになろうとするヤツらは大勢いたぞ?それだけじゃない。お前のせいでトレーナーになれなかったヤツもいるんだ。お前のせいで」
うるさい。俺がテイオーのトレーナーなんだ。
俺が彼女の怪我を治したんだ。
俺が彼女を勝たせたんだ。
「ああ、そうだな。お前のお陰でトウカイテイオーは奇跡の復活を果たした。だから彼女のトレーナーはお前だけ?違うんだよ。お前がいなくても、彼女は走れるんだよ」
彼はトレーナーとして非常に優れている。人間性はどうであれ、彼でなかったらテイオーが復帰することはない。
しかし彼は最悪のタイミングで彼女を愛してしまった。
そこで気づいた罪悪感と堪え続けていた体の負担が合わさり、彼の精神は限界に近かった。
また、彼には本当の意味でのトレーナー仲間や友人はいなかった。
真の意味で心を打ち明けられる相手などいなかったのだ。
もし彼の心情を桐生院葵や駿川たづなに発露しようものなら彼は軽蔑されこそすれ理解されることは無かっただろう。
─…ナー!! …レーナー…!!
「トレーナー!!」
「────っ!!」
「大丈夫…?うなされてたけど──うわっ!?」
「……!……!!」
眠りながら苦しむトレーナーを起こしたテイオー。
彼女は突然震えながら抱きしめてきた彼に驚きながらも抵抗することは無かった。
「大丈夫…大丈夫だよ…」
迫りくる自分自身を嘲笑う声は、その時だけは聞こえなかった。
やっぱりトレーナーは無理をしていた。あの日からトレーナーはボクにあまり関わろうとしなくなった。
かと思ったら何かに耐えきれなくなったかのようにボクにくっついて離れなくなる日もあった。
今まで何度もボクのコトで無理をさせてしまった。
なんて後悔をしてる暇はない。ボクはトレーナーにいつも助けられていたんだ。
だから今度はボクがトレーナーを支える。
ボクはトレーナーが大好きだ。だからトレーナーになら何をされても構わない。
それどころか嬉しいと思ってしまっている。
トレーナーがボクに全部を話してくれたのは、どしゃ降りの雨の日だった。
「わ…すごい降ってきたね。戻ろうか。トレーナー」
トレーニングの最中、突如降り出した大粒の雨。
ぼんやりとそれを浴びている彼にテイオーは声をかけた。
「ね?戻ろうトレーナー?風邪ひいちゃうよ?」
「ああ…」
上の空といった様子で動こうとしない彼の手を取るテイオー。
冷えきった肌と幽鬼の様な虚ろな目。
彼は今にも仄暗い空に消えてしまいそうだった。
「テイオー…」
「なに?」
テイオーは無理矢理引っ張ろうとせず、彼のしたいようにさせていた。
彼はポツリポツリと話し始めた。
自分がトレーナーを志した理由、たくさんのウマ娘の中からテイオーを選んだ理由、走れなくなった彼女を見て気づいた事…
降りしきる雨に攫われてしまいそうな小さな告白を、彼女は一言も聞き逃さなかった。
「お前を見てると声が聞こえてくるんだ。俺が俺の事を嗤ってるんだ。でも、お前といる時だけそれが聞こえなくなる。…おかしいよな。いくらお前から離れようとしても、耐えられなくなるんだ。どうしても」
「…ごめんテイオー。俺はお前が好きだ。こんな最低なトレーナーなのに、お前が好きで好きでどうしようもないんだ。ごめん」
遠い目をしてそれきり何も話さなかった。
テイオーは彼を押し倒した。
力無く立っていた彼は呆気なく練習場の芝の上に転がった。
背中に水の冷たさを感じながらも動けない。
ウマ娘は一般的な人間のそれを遥かに凌駕する力を持っている。
彼は身じろぎ1つ出来なかった。
雨は更に激しさを増し、練習場には2人を残して誰もいなかった。
「勝手にボクを助けて勝手にボクを幸せにさせて勝手にボクの前からいなくなるなんて、そんなの許さない。絶対に許さないから」
抑えられた肩が砕けそうになるくらいに力が加えられる。
「キミを見てると胸の奥がドキドキして、ズキズキするんだ。───キミが好きなんだ。好きで好きでおかしくなっちゃいそうなんだ」
「キミがボクを幸せにしたのに、ボクより傷つくことなんて許さない」
彼の幸せを願い彼の為に尽くす。それは到底恋とは呼べなかった。
「キミがキミを傷つけるなら、ボクがその声を消してあげる。ボクが見続けてあげる。ボクの為にボクから目を離すなんて認めない。
だから────好きだよトレーナー」
彼は指導者として決してあってはならない愛情を抱いてしまった。
しかしそれはテイオーも同じ事だった。
トレーナーとウマ娘という隔たりなど、ハナから存在し得なかったのだ。
少女は芯から幸福そうに笑っている。
彼の目から零れた熱い雫。それは少女の髪から滴り落ちる雨と共に血と汗と思い出が染み付いた芝の中に冷たく溶けていった。
それから2人は決して離れようとすることは無かった。
もうどうしようもなく彼は少女に溺れていた。
それでも2人は笑っていた。
お互いがお互いに混ざっていくようにドロドロに心を侵食させあっていた。
有マ記念。
トウカイテイオーとシンボリルドルフの決戦の日。
控え室に2人はいた。
「テイオー」
「うん?」
「ありがとう。俺をトレーナーでいさせてくれて」
「…うん。見ててねトレーナー。キミがボクだけのトレーナーだってことを、証明してみせるから」
元より目を離す気などなかった。
故に彼女が負ける筈が無かった。
勝利の女神は、彼の愛バ トウカイテイオーに唇を落とした。
冬
URAファイナルズも終わりを告げ、2人はすっかり暗くなった道を歩いていた。
「───ぴぇっ!?と、トレーナー?」
ズブ濡れになったあの雨の日が嘘のように手を繋いだだけで顔を赤らめる無敗の三冠ウマ娘トウカイテイオー。
その愛らしい姿に、奇跡を起こした天才トレーナーは顔を綻ばせた。
彼らはどうしようもなく溺れあっている。
それでも彼らを否定することは出来ない。
例えそれが呪いだとしても歪んでいるとしても、純愛を否定出来る者などいはしない。
2人を見守るようにして街は静謐を湛えていた。