下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話   作:散髪どっこいしょ野郎

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どうしても書きたかったのでさらにもう一発書いてしまいました。アヤベさんの話は正真正銘これで最後です


禁断の二枚舌投稿二度打ち


超今更ですけどアプリ準拠にして40話~42話に於けるアヤベさんから主人公への呼び名は「トレーナーさん」にしました






















アヤベさんにメイド服を着せる話

「…………」

 

「…………」

 

 

静謐なトレーナー室内に神妙な緊張感が漂う。

 

目の前で視線を泳がせながらどこか呆れたように立っている彼女こそが、俺の担当ウマ娘であるアドマイヤベガだった。

 

 

「……何か言ったらどうなの」

 

「…………すげぇ……すっげぇ……カワイイ……」

 

「……ヘンタイ。本当に……ヘンタイ」

 

 

思わず自分の口元を覆う。

 

いやそれも仕方の無いことだ。なにせ、アドマイヤベガがわざわざ俺の選んだメンコを付けてきてくれたのだから。

 

いや……いやこれなんだ、これ、言葉が出ない。マジで彼女がかわいすぎて頭がフリーズしてる。

 

 

「スー……、スゥウウゥゥゥ…………そ、その、できればこれも……」

 

「どれだけ買ってるのよ……」

 

 

すかさず隠れて購入してあったメンコを取り出す。ますます冷たくなる視線も俺にとっては日の光みたいなものだ。

 

トレーナーとしては落第点もいいところだ。誰かにバレたらヤバいなんてものではないし今すぐにでも止めるべきだと、分かってる。分かってはいるのだが……。

 

 

「……ん」

 

「~~~~ッッッ!!く、ぅぅぉぉぉ……!!」

 

 

やっぱり無理だった。

 

彼女の優しさにつけ込んでいるという自覚がありながらも止められないあたり俺は真正のクズらしい。

 

だがしょうがない、こんなにも尊いのだから。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

「死にたくなった時って、どうすりゃよかったっけか」

 

 

それは問いというよりも殆ど独り言に近かった。

 

 

「────」

 

「……あ、ごめん。俺は何を……悪い、忘れてくれ。本当に……なんでもない」

 

「なんで、そんなことを」

 

「……悪い」

 

 

それ以降は私が何を言っても答えてはくれなかった。

 

どうして唐突にそんなことを言い出したのか、詳しくは知らない。

 

彼のお母さんに関係することなのだろうと、ある程度目安はついているけれどそれだけ。

 

結局あれから彼が何を思ったのか、何を考えているのか、私は何も知らない。

 

 

「……今日は晴れてるから、あなたもよかったら」

 

「……ああ、ありがとう」

 

 

だからせめて気晴らしになればと天体観望に誘う。

 

今日は晴天の小望月。

 

明日はこうもいかないけれど今日ぐらいなら彼がいても問題はない。

 

──大丈夫。私は忘れてない。

 

私は今も、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

「ダンスくらい普通に見たら」

 

「へ?」

 

 

現在所在地は学園内のダンススタジオ。

 

俺は普通にしてたつもりなのだが……何か問題でもあったろうか。

 

 

「一応聞くけどそれは何?」

 

「ああこれ?応援うちわとペンライトだけど」

 

 

ある日、学園にいた桃色髪のウマ娘を見てピンと来たのだ。

 

確かにこれなら指導以外の面でも彼女の力添えになれる。応援の力というものはバカにできない。それに俺は応援することが結構好きだったりする。

 

……なのだが、なんだか彼女はそこまで気に入っていないようだ。マズいことでも──いや待てよ。

 

これを彼女が目障りに思うかもしれない可能性だってあった筈だ。何故そこまで気を回せない。あまりにも視野が狭すぎる。

 

 

「あ……悪い。邪魔……だったか?」

 

「……別に、そうは言ってないでしょ。勝手にして」

 

「!ありがとう!じゃあ俺めっちゃ応援するよ!」

 

「…………」

 

 

それからはレッスンが終わるまでずっとパタパタしていた。しかしなかなかどうして楽しかった。あの桃色髪のウマ娘には感謝しなければ。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

いつものようにトレーニングをしている最中でも、「それ」は意識に映り込む。

 

こうなることは前からよくあった。あくまで彼の問題だからと見ないようにしてきたものの、流石にここまで来れば目に余る。

 

 

「食事、摂ってないの」

 

「え?ああ……そう、だな」

 

 

案の定彼は何も食べてきていなかった。

 

曰く、仕事に熱中するあまり食事を忘れてしまう時がある──らしい。

 

だからといって顔色が悪くなるレベルまで打ち込むのはどうかと思う。私が今ここで言及したところで、このヒトはまた同じことを繰り返すだろう。

 

 

「まぁでも夜はちゃんと食ってるし大丈夫だって。それに俺元々小食だし──」

 

 

嘘だ。息をするように自分を追い詰める嘘が並べられていく。

 

このヒトは、ずっとそうだった。私の中に入っておきながら、自分のことは何一つ────

 

 

「……はぁ。もういい。明日から私が作ってくるわ」

 

「え!?いやいやいやいや悪いって流石に!担当にそんな手間取らせる訳には──」

 

「あなたどうせ口ばかりで直そうとしないでしょ。直したところであなたがちゃんとしたものを食べるとも思えないし。だったら私が作った方がいい。一人分増えるくらいならそこまで手間もかからないから」

 

 

手間がかからないというのは嘘。

 

一回ドトウの分を増やして分かったことだけれど、誰かのお弁当を作るというのはそこそこに労力がいる。走り終えて消耗した体では特に。

 

……でも、ことさらに体調を悪そうにする彼を見るよりかはいい。これは、それだけのこと。

 

 

「じゃあ俺がアドマイヤベガの分を作る」

 

「は?」

 

「好みは大体分かってるし食事の栄養バランスもトレーナーになる過程で勉強した。速く走りたいならその方がいいだろ」

 

「……分かった」

 

「よし!あーよかった~こうでもしないと釣り合いが取れないからな~。いやでも担当に飯作ってもらう時点でごにょごにょごにょ……」

 

 

……こうなると彼は梃子でも動かないから。だからこれは交換条件という形で話を終わらせただけ。

 

それ以外に何かあるなんてことは無い。

 

 

 

……彼が作ってきたお弁当は美味しかった。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

「ねえ。本当に今日は何もしない方がいいの?」

 

「勿論……つってもこれじゃ暇だしなぁ……テレビでも点けるか?」

 

「だったら少しでもビデオを見るなりして知識をつけた方がいいと思うわ。時間も無駄にならないし」

 

「だーっ!それだと休憩にならないだろ!頭だって休めないと──あ、そうだ映画見るか?」

 

「余計頭を使うことになると思うけど……」

 

 

昨日は少しアドマイヤベガに走らせすぎた。体の疲労具合も著しかったので、放課後の僅かな時間を使ってでも回復に当てることにした。

 

しかしさっさと寮に戻るよう促してみても彼女は一向に帰ろうとしない。なにかと理由をつけて自分のトレーニングに繋げようとする姿勢は美徳でもあるが取り扱いを間違えれば重大な事故に至る恐れもある。

 

なんとかして休ませなければ──そうだ。

 

 

「じゃあこれ!これはどうだ?頭空っぽにして楽しめるしそれに──ほら、ふわふわの物だって色々買ったんだ。クッションとかぬいぐるみとか──」

 

 

こんな時の為に様々な物品を用意していたんだった。パン作りを極めようとボクシングを始めるB級映画だとか、全長200cmくらいの巨大な低反発ぬいぐるみだとか。

 

 

「……いいのかな。こんなことして」

 

「ほら、始まるぞー」

 

 

俺に向けられたわけでもなさそうな言葉だったが、否応なしにソファへ座らせる。こうでもしなきゃ彼女は休んでくれない。正直もっと自分を大切にしてほしいところだ──が、それは俺がとやかく言うことでもない。

 

とにかく上映は始まった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「スゥ……、スゥ……」

 

「…………」

 

 

あと一時間程の猶予はあるが、アドマイヤベガ全然起きようとしない。

 

一応起こそうと思えば起こせるがあんまり気持ちよさそうに寝ているものだから少し躊躇ってしまう。

 

よほど疲れが溜まっていたんだろう。主人公が相手を過発酵の生地に見立てた激熱シーン辺りで完全に落ちてしまった。

 

あとそれもあるが、

 

 

「スゥ……スゥ……」

 

「…………」

 

 

片腕をめちゃくちゃしっかり掴まれて動けない。嬉しいやら気恥ずかしいやらで気分はごちゃごちゃだ。

 

こんなところを誰かに見られでもしたら、と思いながらも引き剥がす気にはなれず。

 

 

……この頃アドマイヤベガを見ているとかつて経験したことのない感情に覆われる。

 

たとえこの五体全てを失っても守りたい、一欠片の憂いすら感じさせたくない、彼女の為なら骨の一片血の一滴まで自分の何を犠牲にしても構わない。

 

誰かに対してそう思うのは彼女と出会う前から変わらなかったというのに、この充実感についてはなんだか説明が付かなかった。

 

胸の奥でジクジクと結露していくような、形而上的な何かが心を縁取っていく。

 

実際は俺が彼女に世話になりっぱなしなのだが──とにかく、そんな名状し難い温もりが今の俺を取り巻いていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「なんとっ!おめでとうございまぁぁぁす!!

特賞『温泉旅行券』、出ましたぁ~~~!!」

 

「……わぁ」

 

 

一人商店街で買い物をしていたら福引き券を貰ったので、とりあえず引いてみることにしたらなんと特賞を出してしまった。

 

嬉しいと言えば嬉しいがどう使おうか思いあぐねる。一人旅に行く気分でもないし友人を誘う気にもなれない。

 

こんな希少な機会なのだからもっと有意義に使ってくれる誰かに渡すべきじゃないだろうか。

 

そう考えるとやはりアドマイヤベガに受け取ってほしい。同室のカレンチャンでもいいし同期の子から誰かを選んでもいい。少なくとも俺よりか選択肢は多い筈だ。

 

 

「……よし」

 

 

そう思いを固め歩を進めた先に見えたのは道路を駆ける一人の子供だった。

 

 

「────」

 

 

視認したと同時に体は動いた。過去最速のスタートダッシュを切り、最短時間で最高速へ至る。

 

買い物袋を投げ捨て目標まであと1メートル強といったところで濃厚な死の匂いが横顔を焦がす。

 

不思議なことに俺は子供へと迫る車両を確かめるよりも先に走り出していたらしい。

 

その事実を理解しても尚、躊躇いなどというものは無かった。

 

ひたすらに夢中で子供を抱え道路脇へと全身の筋肉を駆使し投げ飛ばす。痛いだろうが、今の俺にはこれが精一杯だった。

 

そして、勢いを殺し完全に無防備となった俺に広々としたフロントボディが迫り来る。ハイビームは網膜を焼き、視界を白く染め上げた。

 

 

「かあ、さ────」

 

 

死の予感が数秒遅れの警笛を鳴らす中、俺は同じようにして生涯を終えた母を覚える。

 

何もかもが眩しく光る新春の日、

俺は英雄になった。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫

 

 

 

 

 

心電図と彼の寝顔を交互に見比べ始めてどれだけ経っただろう。

 

サイドモニタの音は想像以上に高くて大きくて、神経をほじくられているような感覚が嫌でも意識に潜り込んでくる。

 

私の前でどこにも行かないと言った彼は、私の前でだけ見せた寝顔を晒していた。

 

見舞客が次々に入れ代わり立ち代わる中でも私の中には何も無かった。赫怒も、悲嘆も、憐憫も、歓喜も、、、、、、、。

 

こんなことをしている暇は無い。今すぐにでも学園に戻って走らなければいけないのに、足は力を無くしてこの場から動かなかった。

 

私の足。私の左足。

 

あの時、菊花賞の前から痛みはあったのに。いつの間にか消え失せて──

 

何故今になってそんなこと、違う。それよりも。

 

どうして今まで忘れていた?何もしないで負傷が治ることなんてない。私は、どうして忘れて──

 

 

「──あ」

 

 

楽しいと思ってしまった。私の役目、私の使命を忘れて──

 

 

「ああ、あ……」

 

 

一体私は何をしていたの?誓いを忘れておきながらそれをこのヒトの所為にして、逃げて──

 

──自分の為に走っていた。

 

 

「う、あ」

 

 

彼に甘えていた。彼はいつだって「私」だけを見ていたから、だから私は、それにつけ込んで、

 

あの火照りを、喜びを──このヒトがくれた感情をこのヒトを通して甘受して、

 

私はあの子の為に走らないといけなかったのに。そんな形而下的な幸せに逃げて、

 

今の今までずっと、ずっと、ずっと──!

 

 

「────」

 

 

私は私に依存するこのヒトに依存しているだけだった。

 

そうしてこのヒトに縋って、忘れさせてほしかっただけだった。

 

変われなかったのは私の方。

 

変わってしまったのも私の方。

 

 

「……あなた」

 

 

でも、でも。────でも。

 

失いたくない。

 

あなたにまた笑ってほしい。私の隣で呼吸をしているあなたを見ていたい。

 

だから、

 

これは──私の願い。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

今はただ帰ってきてほしい。たとえあの子があなたを望まなかったとしても。

 

そうして私は、夢を見た。

 

 

 

 

 

▫▫▫

 

 

 

 

 

なんだか懐かしい匂いがする。

 

気づけば俺は病院の一室にいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ベッド脇で嬉しそうに笑顔を浮かべている男──それが誰なのか理解している。

 

安らかな寝息を立てている赤子──それが誰なのかも理解している。

 

だからその赤ん坊を胸に抱いている女の正体も分かっている筈で。

 

 

「────ぅえっ、お、ぉうっ……」

 

 

胃が痙攣し喉が蠕動を始めても吐き出せるようなものは無い。病室の隅で嘔吐く俺のことなんて初めから視界に入っていないのか、男は笑い赤子は眠る。

 

ダメだ。

 

赤子を抱き上げる母親の顔だけはどうしても見られなかった。それを見てしまったら俺は今度こそ生きられなくなってしまう。

 

這うようにしてドアを開けて逃げ込んだ先は──

 

 

「俺の、家?」

 

 

俺が最も慣れ親しんでいる家、俺の実家だった。ただ昔と違う点は天井から輪になったロープが垂れ下がりその横で父親が項垂れている所だろうか。

 

 

ああ、そうか。これはこの為にあったんだ。

 

俺が死ぬ為にこのロープはあったんだ。だから父さんは今も生きているのだろう。

 

そう気づいてしまうと途端に気持ちが落ち着いた。自分の天命を知った時のような、清々しい気分だった。

 

 

『───、───────!』

 

 

知ってしまえば後は早かった。椅子に足をかけ両手でしっかり縄を掴み輪に頭を潜らせる。残る手順は踏み台を蹴飛ばすことだけだ。

 

 

▫▫

 

 

未練が無いわけではない。残されたアドマイヤベガのことを思うと凄まじい罪悪感が襲ってくる。

 

 

『────!────!』

 

 

だけどこれ以上生きる気力が残ってない。母さんを亡くしてから毎日自責の念で潰れてしまいそうだった。罪滅ぼしの為にと立ち上がるのも、限界が近かった。

 

 

─────────(ちょ、ちょっと待ってよ)─────(トレーナーさん)──────────(あなたがここで死んじゃったら)────────(お姉ちゃんもう立ち直れなくなっちゃうって)!』

 

 

 

 

アドマイヤベガは怒るだろうか。もしかしたら悲しませてしまうかもしれない。

 

それでも、

 

 

──────(運命を持って行こうと)────────(してくれるのは嬉しいけど)───────(それは私がやることだから)────────(だからお姉ちゃんと一緒に生きて)──()?』

 

 

いつか二人で見た星空はとても綺麗だった。

 

もし彼女が俺を拒絶する時が来てしまうとしても、あの時あの瞬間を過ごせただけで生きてきた()()はあった。

 

だから。

 

だから、もういいか。

 

 

今度こそ椅子を蹴り────

 

 

 

 

『お姉ちゃんにメイド服は着せた?』

 

「──は?」

 

 

何を、この期に及んで何を考えているんだ。

 

 

『きっとすっごくカワイイと思うよ~?なんたって私のお姉ちゃんだからね!』

 

 

アドマイヤベガの、メイド服姿か。

 

極限状態の中放たれた思考はなんともまあ気の抜けたもので、それ故に妄想が深まるのも速く。

 

 

「…………」

 

 

……………きっとめちゃくちゃカワイイだろうな。

 

 

「……ふふ、く、ククク……」

 

『でしょ!見たいでしょ?メイド服コスのお姉ちゃ……アドマイヤベガ!』

 

 

……ああ。確かに見たい。

 

そうだな。じゃあ生きないと。

 

 

▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

ロープを思い切り引きちぎり、さっきの病室へ駆け込んだ。

 

やることは一つ。赤ん坊を奪い取り縄で背中に括り付ける。男は驚いたような様子を見せるが俺にとっちゃどうだっていい。

 

いきなり動かされて驚いたのか赤ん坊が泣き喚く。これから何度だってそうしていくんだ。囀りながら生きていけ。

 

そして、病室の窓を勢いよく蹴破った────

 

 

 

 

 

 

 

『よし、じゃあ運命(これ)は私が──って、え!?なんであなたが────』

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

一時は昏睡状態に陥る程の重症だったにも関わらず、彼は驚異的な速度で快復していった。寧ろ事故の前よりも体が軽くなったと彼は話していた。

 

彼のお父さんと初めて会った。窶れた顔に刻まれた皺は深く、髪も大部分が白く灰ばんでいた。

 

彼のことについて少し話をした。私も彼のお父さんもお互い消耗しきっていたから本当に少しだけ。

 

私が彼のことを言うとお父さんは一粒だけ涙をこぼした。彼が意識を取り戻したことを確認した後、彼のお父さんは来なくなった。『アドマイヤベガに会えて緊張してたんだよ』と彼は笑いながら言った。

 

 

そして今──

 

 

「ふぅー……、……ただいま」

 

「……おかえりなさい」

 

 

リハビリも終わり彼はトレーナーとして完全に復帰することとなった。今日からまた、彼とのトレーニングが始まる。

 

 

▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

「……相変わらずすげぇなぁ、アドマイヤベガの走り」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

彼に褒められて悪い気はしなかった。それはこのヒトが意識を取り戻してから、というよりももっと前から────

 

 

「あ、そうだ。アドマイヤベガ、これ」

 

「ん、なに?これ」

 

 

クールダウンも終わり寮に戻るという時に何かを手渡してきた。これは……

 

 

「あん時引いた温泉旅行券。よかったら誰かと行ってき──」

 

「あなたがいい」

 

「へ?」

 

「あなたとがいい」

 

 

そんな言葉が口を衝いた。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

心臓がぶっちぎれそうだ。

 

かつてここまで緊張したことはあっただろうか。トレーナー試験の合否判定の時よりヤバいかもしれない。

 

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

「ア、ハイ、ワカリマシタ」

 

「……?」

 

 

思わず片言になるぐらいガチガチだった──ものの、旅館に着く頃にはすっかり緊張もほぐれゆっくり温泉と食事を楽しめるくらいにはリラックスできるように。

 

 

「な、なあアドマイヤベガ。一つ頼みがあるんだが……」

 

「なに?」

 

 

そして一段落ついたのを見計らい、とうとう一生に一度レベルの頼みを切り出した──

 

 

「め、メイド服……着てくれないか」

 

「…………この為にわざわざ買ったの」

 

「……悪い、いくらなんでも調子に乗りすぎた。見なかったことに──」

 

「……別に少しならいいけど」

 

「!?」

 

「ヘンタイ……」

 

 

それからは(俺が)めちゃくちゃはしゃいで、終わってから色々話して、眠くなるまで話して、二人して子供のように眠った。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

私は彼が目を覚ます直前に一つ夢を見ていた。

 

私は自分を誤魔化すことをできるだけ止めることにした。それがあの子の望んでくれた私だから。

 

あの時見た夢は、私たちだけの秘密。彼にもお母さんにも内緒の大切な思い出。

 

 

それからも時折夢を見るようになった。起きた頃には内容は忘れてしまうけれど、とても嬉しかったことはいつも覚えている。

 

多分、もっと前から彼の存在は大きくなっていたんだと思う。私の中で膨れ上がっていく彼が怖くて、あの子が薄れてしまうことを恐れて見ないフリをしていたけれど。

 

でもそんな必要は無かった。あの子はずっと私の傍にい続けてくれた。()()()()()()()()()()

 

あの時からより一層あの子を近くに感じるようになった。手を伸ばせば触れられそうな程に近く。

 

それこそ、今こうして走っている間も──

 

 

「?どうかしたか?」

 

「──なんでもない」

 

 

いつになったら届くのだろう。もしかしたらこれは全て幻なのかもしれない。そう考えてしまう時もある。

 

だけど、

 

この温もりが支え続けてくれる限り私はもう止まらない。彼とあの子と、みんなから貰った私がある限り。

 

一等星はまだ遠い。それでも一歩ずつ、

 

同じ陽だまりの中で、

()()()と一緒に歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、あなた」

 

 

 

怖かった。それを口にしたら戻れなくなってしまいそうで、あなたが私に向ける感情は少し稚拙だけど真っ直ぐすぎて、必死に頭から追い出していた。

 

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

 

でもあなた、私が手を握っていないとどこかに消え去ってしまいそうだから。

 

だからこれは、あなたに伝える最初で最後の私の気持ち。

 

 

 

 

「……大好き」

 

 

 

 

 

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