下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
うん、「また」なんだ。済まない。
「明日だっけ、ゴミ出し」
「……そうね」
あれから数年の時が経った。
「明日も早いし俺もう寝るよ、おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
もう俺の中にあの頃のような不安定さは無い。母さんのことを思い出して眠れなくなることも、自分を見失い存在意義が分からなくなることもほとんど無くなった。
それも全部彼女が、アドマイヤベガが隣にいてくれたおかげだからと強く実感している。彼女がいなかったら俺はもっと脆くひ弱な子供のままだっただろう。
現在担当している子は気立てがよく、こちらの言うことを素直に聞き要領よく吸収できる有望なウマ娘だ。
──俺は今も、トレーナーを続けている。
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「わー♪アヤベさん、お久しぶりですね!」
「……そうかしら」
「うふふ♪アヤベさんったら暫く見ないうちにもっとカワイくなってる。……ところで、お話したいことって何ですか?」
「私と、彼……トレーナーさんについてなのだけど。同棲しているところまでは言ったわね」
「………………はい?」
「それでその……今日相談したいことなのだけど」
「…………はい」
「……彼に────────────には、どうすればいいのか。カレンさんに聞きたくて」
「ちょ、ちょっと待ってください。えーっと……同棲しているんですよね?」
「ええ」
「お互い好きって言ったんですよね?」
「ええ」
「付き合って──」
「ないわ」
「────」
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担当ウマ娘に優劣を付ける気は無い。現担当の彼女もアドマイヤベガも俺にはもったいないくらい素晴らしい選手だ。
ただ、あの日から俺の心は囚われてしまったのか、アドマイヤベガのレース以外に価値を感じられなくなってしまい。
アドマイヤベガが卒業してからというもの、仕事に意味を見出せなくなっていた。
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普通になりたい。突出した才能や特技が無くてもいいから、普通のヒトらしくして普通のトレーナーになりたい。
中央で勤務している時点で俺はエリートの部類に属しているのは間違いない。が、だからといって俺が他のトレーナーより優れているとはどうしても思えなかった。
「おはようございます、トレーナーさん!今日もよろしくお願いします!」
こうして”彼女”と顔を突き合わせる度疑問に思う。俺のような欠陥品がトレーナーを続けていいものなのかと。
頼むからそんな真っ直ぐな目で見ないでほしい。
──というのは、横暴が過ぎるか。
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季節が巡る。
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「……あの、トレーナーさん」
「なんだ?」
それは烏が鳴く夜のことだった。
「……トレーナーさん、は、私のことキライですか?」
「──え、?」
出走先からの帰り道。学園へ続く道を並んで歩きながら、
「……いつも思ってたんです。トレーナーさんは私を、私よりも、遠くの誰かを見ている気がして」
俺は再び立たされていた。己の、諸有に。
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あのヒトが私の名前を呼ぶ度に、私の中で未踏の感情が増幅していく。
むず痒さと温もりと……よく分からない気持ちが入り混じっているみたいで。
だから私は今、ネギを焼いていた。
私は彼にどうしてもネギを食べさせたかった。
「……ただいま」
「おかえりなさい。……何かあったの」
「……聞いて、くれるか」
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いつかこうなるだろうとは思っていた。
私のレースにしか興味を示せない。トレーナーとしてあまりにも致命的な欠陥。
その歪みが、今回の形として表れてしまった。
「それであなたはどうしたいの」
「……分からない。分からない、けど、」
自分の所為で誰かを不幸にしたくない。それは彼の優しさでもあり強迫観念でもある。
「……このまま
私にも、このヒト自身にも、その呪いを解くことはできなかった。
だから今私ができることはネギを焼くことと──
「トレーナーさん」
「……?」
「大丈夫。あなたなら絶対に大丈夫だから」
「……うん。ありがとう」
こうして背中を押してあげることくらい。
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ずっと考えていた。アドマイヤベガのレースにしか価値を感じられないのならトレーナーでいる意味だって無い筈だ。
俺は一体、何がしたい?
罪滅ぼし?それがトレーナー業と何の関係がある。
存在理由の証明?バカを言うな。そんなもの、俺にはあってもなくても変わらない。
俺がアドマイヤベガに望んだもの、原初の欲望は──心からレースを楽しんでほしいということ。
……なんだ、そうか。
そうか。それでよかったんだな。
──バカだな。俺は両親の模倣に夢中になるあまり、そんなことにも気がつけなかったのか。
バカだ。彼女を傷つけるだけでは飽き足らず自分自身の目的さえ見失ってたなんて。
──そう、バカ。バカだ。なら、バカなりに修正しないと。
普通に成れないのなら、普通の演技をすればいい。
「なあ」
「はい?」
「あの時の質問、答えるよ」
「──はい」
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何故こうまでしてトレーナーを続けるのか。
決まってる。
一人でも多くの笑顔を見たいからだ。
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「ただいま〜。あ〜つっかれたぁ……」
「お疲れ様。お風呂入れてあるから」
トレーナーという仕事上、彼の帰りが遅くなるのはよくある話だ。
だけど今日は違う。明日は滅多にない休み。だから多少羽目を外しても問題はない筈。ということで、
「ん──どうしたんだ、そのお酒」
「……久々に、どう?」
少しばかり晩酌に誘うつもりだった。
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「……うひひひへへ……アドマイヤベガー……」
「……本当に弱いのね。あなた」
以前から知ってはいたけれどそれにしてもこのヒトは出来上がるのが早すぎると思う。低度数の缶チューハイ一本でここまで豹変できるのは一種の才能なのではないだろうか。
私はまだ缶を開けてすらいない。今回の晩酌はこのヒトを酔わせる為にあるのだから。
カレンさんとあの子から聞いた方法の中で最も手軽でやりやすいと感じたのがこれだったものの……この調子では私の目的は達成できそうにない。
それでもこのヒトがこんなに楽しそうにしてくれているのは嬉しかった。近頃は仕事に忙殺されてまともに食事もできていないようだったから。
「謝りてーなぁ……」
「……何を」
「生まれてきたこと……んぉ、どうした?そんな顔して」
……このヒトは。このヒトは、未だに自分を許せていない。子供を救って、私と走りきって、それでも尚因縁の鎖は深く。
「……あなたが生まれてこなかったら、私の走りも見られなかったよ。いいの、それでも」
「………………やだな、それは。……ふふふー、やっぱ優しいなーアドマイヤベガはー」
「…………」
最近はこのヒトからコスプレ(?)をお願いされる頻度が更に増えた。それが私に対する感情の表れなのかと思うと断りきれなかったけど……私の方からも一つくらい頼み事をしても許されるのでは?
そんなことを考えている間に──
「腹減ったな~……なんか作っかなぁ」
「酔っている時に包丁と火を使うのは危ないと思う」
「ん?ん……それもそうか。じゃあ缶詰……は、ちょうど切らしてるし、あー……ってか動くの面倒に……なっ……、て、き──」
……眠ってしまった。簡単に。
「…………」
「…………」
彼を抱えてベッドに運ぶと、はだけた服の隙間から例の傷痕が見えた。
……これが、このヒトが一つの命を守りきった証。そう思うと何故か急に寂しくなって。
「スー……スー……アドまぃ……スー……」
「…………」
眠る彼の横顔を、しばらく見つめていた。
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「アドマイヤベガって弟いたのか!?」
「……ええ」
話の流れでいきなり出てきたけどアドマイヤベガって弟がいたのか。在学中全然そんな話しなかったからてっきり一人っ子なのかと思っていた……。
「えーマジかー!なんで紹介してくれなかったんだよ~俺すぐ会いに行くのに」
アドマイヤベガのお父さんにも挨拶しときたいし、なるべく彼女の家族と関わりを持ちたい。俺はアドマイヤベガに世話になりまくってるし。
あっそうだ手土産も用意しとくか。男の子ってなると──
「……あなたをとられちゃうって思ったから」
「……!?!?」
…………………………??????!?
▫▫▫▫▫
「つかれた~……あ゛ぁ゛~つ゛か゛れたぁ……」
トゥインクルシリーズが佳境に入ると当然仕事が激化する。担当を支える為とはいえ体にガンガン負荷が入ると心も参ってしまう。
そこで、俺は定期的にアドマイヤベガに話を聞いてもらうことになった。
俺のくだらない愚痴を袖にせず聞いてくれるアドマイヤベガには感謝してもしきれない。俺の心の九割は彼女に助けられていると言ってもいいくらいだ。
「……あなたはよく頑張ったわ。えらいえらい」
「!?」
っえっ、え、え、なに、え、あ、たま、頭、撫でられ、え、ええっ……!?
「ちょ、な、なにを……」
「……ふふ、えらいえらい」
あ、ああえ、撫で、頭撫でられて、うおあ、あ、
俺は死んだ。突然のいい子いい子に魂が耐えられなかったのだ。
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「毎回毎回、よく飽きないわね……」
「……っく、うおお……!やっぱめっちゃカワイイ……!」
いやほんとにもう、俺死ぬのかもしれないってくらいカワイイ。
まったくいい年こいて元担当ウマ娘にメンコを着させてるなんて、父さんには絶対言えないな、ウン。
「……たまには私の方から言ってもいい?」
「へ?あ、ああ俺にできることなら」
珍しい。彼女から何かお願いされるなんてそうない。折角だ、俺にできることならなんだって全力でやってみせよう。いつも色々してもらってるしな。
「……お姫様抱っこ、して」
「…………!?」
…………この前 アヤベさんの真似をして…………
布団乾燥機をかけてみた……
………………なかなか気分が良かったぞ……