下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話   作:散髪どっこいしょ野郎

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マチカネフクキタルに関わる話

友人曰く、俺は地獄に落ちるらしい。

 

今のところ彼岸の景色すら拝めていないこの身であるが、言われてみれば妙に納得できる。

 

なにせ俺は数日に渡りウマ娘をストーキングし、偶然を装う形で担当にまでこぎつけたのだから。

 

何故今になってそんなことを思い出しているのか。発言主の顔も声色も忘れてしまっているのに、その言葉だけはトレーナーになった今も腹の底に停留し続けていた。

 

 

「トレーナーさーん……トレーナーさーん、どうしましたトレーナーさーん……」

 

「ん……ああ、お疲れ。いい走りだったぞ」

 

「いやいやいやいや見てなかったですよね今!now!視線ホワッとさせちゃって──」

 

「いや見てた見てた。タイムも1秒縮んだし」

 

「えっ、ホントですか!?」

 

「まあ嘘なんだが」

 

「のわーっ!酷いじゃないですかトレーナーさん!いくらなんでもそんな嘘──」

 

「正確には0.3秒だ」

 

「ホンっ……!ウソ、ですよね……?」

 

「マジ。ほれ」

 

「……!ふおおおっ!やったー!これはやはりトレーナーさんの手羽先占いの功徳……!」

 

「?なんだその占い」

 

「朝仰ってたではないですか、手羽先占いでお前大吉だったぞーって……」

 

「ああ、あれ嘘」

 

「ウェッ!?」

 

 

マチカネフクキタルを担当し始め数日が経過したがまあ楽しい。

 

やけに自己評価が低かったがこれは使える。見てくれはタイプだし話し方も聞いてて面白い。

 

ただ唯一不可解なこととして、彼女を見ていると視界の端に不確かな人影──いや、ウマ影がチラついていた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「はいっ、はいっ、はいいぃっ……!

ふー……!ハァ、ハァ、ハァ……や、やっぱりづかれますねぇダンスの練習……!」

 

「でも大体はできてるじゃないか。後は細部を完璧にすればいいだけだろ?」

 

「ひー、はひー……そ、そうなんですけどぉ、やっぱりお手本が目の前にないと難しいと言いますか……」

 

「じゃあ俺やろうか」

 

「へ?」

 

「だから、お手本」

 

「で、できるんですか?」

 

「ダンスならな。歌は無理」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「たん、たん、たたん、たん」

 

 

一番最初に例のウマ影が見えた時は大変だった。後頭葉から側坐核にかけて熱した鉄の棒を突っ込まれ搔き回されたような……あんな痛みは今まで味わったことが無かった。

 

 

「たたーん、たん、たたーん……」

 

 

フクキタルに似て、フクキタルとは違う。あの面影をどこかで見たような気もするが如何せん記憶が曖昧で。

 

他の子には見えていないらしい。ある意味当人であるフクキタルにさえも。となると幽霊の類いか何か、しかし今までそんなものを見たことは無い。

 

 

「1、2、3ここで回る。──はい、こんな感じ」

 

「お、おおぉ……」

 

「……拍手より先にちゃんと覚えてくれよ?」

 

 

こうしてフクキタルに教示している間も、その影は部屋の隅から俺たちを見つめていた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

『最近どうですか?フクは』

 

「は?」

 

 

薄く伸びた雲が太陽を覆い隠している。春風は四方へ吹き荒れ、今日は少し肌寒さを覚える日だった。

 

ワックスをかけられてまだ新しい廊下は光沢を帯びており、歩く度に甲高い湿音が響いた。すれ違う生徒はあまりいない。恐らくほとんどがカフェテリアか教室で食事を摂っているのだろう。

 

マチカネフクキタルを担当し1ヶ月が経過した今日、何の脈絡も無しにその影は話しかけてきた。

 

 

「……誰だお前」

 

『……ひょっとして、分からない?』

 

 

こちらが言葉を選考し──気怠くなってやめた、その間と同じ時間を置いて、影は馴れ馴れしく返答した。

 

分からないのかと聞かれても知らんウマ娘のシルエットと声だけでは──

 

 

「────っ!?あづ、ぐ……っ」

 

『ああっ!ご、ごめんなさい!無理して考えていただかなくても結構ですから!』

 

 

……頭痛が酷い。

 

初めてこの影を視認した時と同等の痛みが押し寄せてきた。片頭痛にでもなったのだろうか。

 

 

「あー……それで、お前は何なんだ?俺を取殺す怨霊か何かか?」

 

『…………ひどいこと言いますね。そんなことはありませんよ。そうだなぁ……なんて言ったものか……。……そう、私はフク──マチカネフクキタルのファンみたいな存在です』

 

「そうか。で、なんでそのファンが俺について回るんだ?」

 

『ギク、うーん……なんて言うかなぁ、説明するとかなり難しいといいますか。結構複雑な事情でして』

 

「まあなんでもいいけど頭痛を起こしてくるのはもうやめてくれ。こんな爆弾を抱えていたらおちおち眠れもしない」

 

『あ、それは私がやってるわけじゃないですよ。いや、根本的な原因は私にあるのかな……』

 

「……本当に頼むぞ」

 

 

悪霊だろうが何だろうが俺の邪魔をしなければそれでいい。コイツの存在が何なのか特に興味もない。フクキタルを応援するなり成仏するなり勝手にしてくれと思う。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ふっふっふ……トレーナーさん、ワレ、常楽我浄ノ境地二到レリですよ」

 

「そうか。ところで今日のトレーニングなんだが」

 

「ままま待ってくださいよー!せめてお話くらい聞いてくれたっていいじゃないですかぁ!」

 

「………………………………なんだ?」

 

「露骨に嫌そうな間!」

 

 

話を聞いてみたところ、実家に帰った際、夢の中で受けたお告げに従い蔵を探索してみると謎の儀式図を発見しただとか。

 

 

「…………急にお焚き上げでもしたくなってきたな。ちょうど部屋に開運グッズもあることだし」

 

「うわぁぁぁあっ!そ、そんな!ごむたいな!ううぅ……こんなことなら開運グッズ(ひとじち)をこのヒトに預けるんじゃなかった……」

 

「違う違う、流石に生徒の私物を燃やしたりはしないって。俺が前から持ってたお守りがあんだよ」

 

 

本当に唐突に、昔から持っていたお守りを燃やしたくなった。

 

効力もとっくに切れているであろう古いお守り。引っ越しの際に捨てようとした筈が、何故か今も部屋の奥隅に仕舞われている。

 

 

「へ?それって……大切なものではないんですか?年季の入ったありがた~い神物という可能性も……」

 

「いや普通のお守りだから」

 

『…………』

 

 

フクキタルのファン(仮)は流し目でこちらを見ている。言いたいことがあるならハッキリ言ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

あのヒトは意外とお茶目で、無表情で冗談を言うような、そんな感じのヒトだった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

やっぱフクキタルって鬼強いよな。走りを見て結構経ったけどあの末脚には目を見張るものがある。いつもの奇行と態度で誤魔化されがちだけどこの学園でもかなり上の方に食い込めるのではないだろうか。

 

……なんかゆらゆらしてる。面白いなこの子。

 

 

『可愛いですねー』

 

「ああ」

 

 

この亡霊にもだんだん慣れてきた。頭痛はコレについて深く考えなければ発生しないことが分かったので、これからもまあ上手いこと付き合っていけそうだ。(こちらを見ないよう目を背けているとはいえ)風呂の中にまで現れてくるのは勘弁願いたいが。

 

 

「……あの~トレーナーさん。ずっと聞きたかったんですけど、いつも誰と話しているんですか?」

 

『さあ誰でしょう~』

 

「さあ、誰だろうな」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハッハッハー!運を味方に付けた私なら無敵!無敵ですよっ!」

 

『調子乗ってますねー』

 

「だな」

 

 

まあ最も強いウマ娘が勝つとされる菊花賞を勝てば調子に乗るのも分からないでもない。

 

フクキタルは菊花賞バになった。その要因は紛れもなく彼女自身の才能と努力によるものなのだが……本人は頑なに運気パワーのおかげだと信じている。

 

それだとまるでトレーナーである俺にも価値がないように思えてくるからなんか嫌だ。

 

 

『……それは考えすぎじゃないですか?』

 

「勝手に心を読むな」

 

 

傍らには亡霊。嗚呼、俺のトレーナーライフは一体どうなっているのだろうか。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ナムナムクロガネ……ナムナムハレルヤ……今こそ道を示したまえー!」

 

「……何やってんだ?」

 

 

ある日、トレーナー室に行くとフクキタルが例の儀式図に向かって奇声を発していた。

 

 

「ハッ!い、いくらトレーナーさんといえど私は止められませんよ!」

 

「まだ何も言ってないんだが」

 

 

話を聞いてみたところ、儀式図の解明──の為の占いをしていただとか。

 

 

「じゃあ折角だし俺も混ぜてくれよ」

 

「へ?いいんですか?」

 

「トレーニングは後でみっちりしてもらうけどな」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「思い出した……これ、お姉ちゃんが私の為に作ってくれた宝の地図です」

 

「へぇ」

 

『……』

 

 

儀式図と格闘して30分弱。とうとうその正体が発覚した。

 

この図は、フクキタルの姉が数字の練習として作った地図とのこと。

 

 

「……ありがとうございます、トレーナーさん。私一人だったら、きっと分からないままでしたから」

 

「……それで満足か?」

 

「え?」

 

「宝の正体、知りたくないのか?」

 

「────そう、ですね。じゃあ私、実家に帰った時に色々探してみます」

 

「どうせなら俺も行かせてくれよ」

 

「え!?」

 

 

何故かは分からないが。その宝物の正体は俺も知らなければいけない気がした。

 

 

『…………』

 

 

亡霊はそんな俺たちを黙って見つめていた。俺としてもコイツの正体には少し考えるところがある。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「お前、フクキタルの姉なのか?」

 

『うーーーーん…………合ってるけど間違ってるというか……』

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

あれから金鯱賞にてサイレンススズカにボロ負けしたり、その走りざまを手酷く──ナマケモノ娘という例えには思わず吹き出してしまった──言われたり、心機一転して宝塚記念でファンの期待に見事応えたりと、色んなことがあった中で三年目の夏合宿を迎えた。

 

そこで。この夏に思い切って開運グッズに別れを告げる為──俺たちは小川にやってきていた。

 

目的は開運グッズの弔い。今までそれらに頼りきりだったことを考えるとフクキタルも成長してきたのだなと思う。

 

 

「──よし、これで全部ですね」

 

「……それにしても、よくここまで溜め込んでいたなぁ」

 

「う゛……し、しかしこれからの私は別キタルです!たくさんトレーニングして、ドデカい福を掴んでみせますとも!」

 

「フッ──そうか」

 

 

川に流した後は燃やしてお焚き上げ。フクキタルにとっての思い出の品が燃えていくのを見ながら、俺はなんとなくポケットに手を突っ込んだ。

 

その中にあった独特の感触。はて、俺は何を持ってきていただろう。

 

 

「これは……」

 

 

引っ張りだしてみると、それは古びたお守りだった。文字も擦り切れかけて生地もすっかりボロボロの。

 

 

「あれ?トレーナーさん、それって……」

 

「……これも、ついでに燃やしとくか」

 

「あ、いや、トレーナーさん。それ──私の実家のお守りじゃないですか?」

 

「────え?」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

あのヒトはいつも冷静で、声を荒げたことなんて滅多に無かった。鉄仮面であり(お茶目でありながら)感情も出さず常に心を凪いでいる──。そんな、ヒトだった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「桐箱……となれば、こちらですね。おりゃあっ!」

 

「これは……着物か?」

 

 

夏合宿終了後、俺はフクキタルの実家に顔を出していた。宝物探しついでに両親への挨拶も兼ねてという(てい)で。

 

 

「あ、これ……お姉ちゃんからの、手紙」

 

 

フクキタルが手紙を読む中、俺は激しい頭痛に襲われていた。このままここにいると神経がおかしくなってしまいそうなくらいに。

 

 

「……俺、ちょっと外言ってくる」

 

 

こちらを見つめるウマ娘の影。それが誰で、なんなのか。俺は漸く分かり始めていた。

 

だって、この景色は、()()()()()()()()

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「おい、いるんだろ」

 

『……お呼びですか?』

 

 

頭痛が酷い。

 

 

「お前について、色々考えてみた」

 

『…………』

 

 

あまりの頭痛に寒気まで覚える。喉は渇き、唇は小刻みに震えた。

 

 

「お前は、ずっと──何年も前に、死んでいる」

 

『はい。私は死んでしまいました。あの子にお別れを言う間もなく』

 

 

頭痛が、酷い。

 

 

「だが俺はお前らのことを知っている。いや、知っていたが忘れていた」

 

『はい。それも正解です』

 

 

あのお守りは俺が何年も前にここで購入したものだ。どうりで、何度捨てようとしても捨てられないわけだ。

 

 

「お前はマチカネフクキタルの姉で──俺と知り合いだった」

 

『……そこは友人って言ってくださいよ』

 

 

薄い膜を剥がすように、その姿が顕わになっていく。何度も見た、何度も見た、アイツの姿だった。

 

 

「──だけど、お前は本当のお前じゃない。お前は、俺の知り合いだったお前じゃないんだ」

 

『……察しがいいですね』

 

 

俺は霊媒体質でも何でもない。昔から霊が見えたことなど一度も無いし、そういう家系だったわけでもない。

 

となれば、導き出される答えは一つ。

 

 

「お前は、俺が作り出した幻影だ」

 

『正解です』

 

 

知っていた。コイツが死んでいることなど、とうの昔に知っていた筈なんだ。

 

だけど俺は認めようとしなかった。だってコイツは俺にとってかけがえのない存在だったから。

 

 

「お前は死んで、だけど俺はその事実を飲み込めなかった。だから忘れることで自分を守っていたんだ」

 

『それも正解です』

 

 

今ならハッキリ思い出せる。俺は元々この地域に住んでいた。そして何の因果か、コイツと深い付き合いになっていた。それこそ、『あなたは地獄に落ちる』などという冗談も言い合えるくらいの仲に。

 

だがコイツは死んだ。死んだから俺は、トレーナーを志した理由まで忘れてしまっていたんだ。

 

覚えている。いつかの、あの光景を、あのやりとりを。

 

 

『それじゃあ、もし私が中央に入って、選抜レースで一位になったら……その時は先輩がスカウトしてくださいね?』

 

『……おう。』

 

 

その後なんて続けたかは覚えていない。ただ、その後に続く彼女の笑顔は──思い返すには眩しすぎる程に輝いていた。

 

信じたくなかったから忘れていたということか。都合のいい現実だけを飲み込むのは昔から得意だったからな。

 

まあとどのつまり、

 

俺の夢は彼女との約束で、その彼女はもういない。

 

俺の理由は、初めから、『無かった』。

 

 

「そうか。────そうか」

 

 

目を閉じる。乾いた瞼裏が眼球を僅かにひりつけた。

 

 

『……ああ、そろそろですね』

 

 

アイツの姿が段々と消えかかっていく。優しい光に包まれるように、儚げに。

 

 

「待てよ。まだ、消えるな」

 

『消えるんじゃなくて元からいないんです。だって、本当の私はこんな剽軽者でもなかったじゃないですか』

 

 

声も姿も覚えているのに話し方まで忘れてしまっていたのか。順序が逆じゃないのか。

 

 

「待っ──」

 

『さようなら、()()()()()()()。あの子のこと、よろしくお願いしますね』

 

 

そしてアイツは、初めからいなかったかのように、空の中へ消えた。気が狂いそうなまでの頭痛はいつの間にか無くなっていた。

 

 

俺はアイツに惚れていたのか。今となっては確かめようのないことだが、ただ一つ確かなこととして。

 

アイツは、俺の唯一にして一番の──『友達』だった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「おい、フク」

 

「はい!……はい?い、いまなんと──」

 

「今日飲む。ちょっと付き合え」

 

「はい……はい!?い、いまなんと──」

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

トレーナーさんの部屋はすっからかんで、あのお守りを除いて必要最低限の調度品以外何も無かった。

 

 

 

 

トレーナーさんはお姉ちゃんのことが好きだったのかな。

 

 

 

 

 

……やっぱり、お姉ちゃんには勝てないや。

 

でも

 

私は私にしかできない方法で、あのヒトを幸せにしたいから。

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

マチカネフクキタルのトゥインクルシリーズは華々しいフィナーレを迎えた。

 

そこで俺は、

 

 

「なーフクキタルー歩くのだりいからおぶさってくれよ~」

 

「な、ななな……何を仰るんですかぁ!?」

 

 

フクキタルを利用するようになった。自分の為に。

 

だってもう、生真面目なトレーナーさんでいる理由が無いから。

 

 

「あわわわ、わ、分かりました!分かりましたから!だから頭を上げてくださいって!」

 

「……ごめんなぁ。フクキタル」

 

 

俺は彼女の好意を利用しているだけだ。

 

彼女が俺に向ける感情の中に恋心が芽生え始めていることは知っている。

 

だがもうどうやって向き合ってどうやって応えてやればいいのか分からない。

 

俺は、クズだ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

ウマ娘とイチャラブしたいという仮初めの目的は一応叶った。

 

 

「なあフクキタル」

 

「はい?」

 

「どうしたんだ最近。いや最近っていうか一時期からなんか……すげぇ色々してくれるしレースもめちゃめちゃ頑張ってくれるじゃんか」

 

「……?あー!はいはいはい!それはですね、トレーナーさんに幸せになっていただく為です!」

 

「……………………………そうか」

 

 

フクキタルは優しいから、俺の要求をまったく拒もうとしない。

 

そんな彼女が不意に愛おしく思える時もあるといえばある。だがコイツと俺は違う。

 

マチカネフクキタルは、どれだけ神頼みになろうと、どれだけ調子を崩そうと、どれだけ調子に乗ろうと、どれだけ後ろ向きになろうと、決して逃げようとしなかった。

 

それどころか自分の走りで多くの観客を幸せにしてまでみせた。俺のような落伍者とは何もかも違う。

 

 

「あのっ」

 

「ん?」

 

「トレーナーさんは長生き、してください、ね?」

 

「……ははっ」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

春風が吹く道は歩いているだけで心地よく、日の光も穏やかで優しいものだった。

 

現在時刻は12:00。俺は生まれて初めてサボるという行為をした。

 

美味いもんは食ったし面白いレースも見た。となれば、後はササッと結ぶだけ。

 

アイツにとっては一生ものの傷になるだろうが俺の人生だ。好きなように終わらせてもらう。

 

候補はいくつか選んである。

 

一つは海、一つは山。

 

もし今日いい感じの場所が見つからないようであれば、そのどちらかで「終わる」予定でいた。

 

 

「……ふー…………」

 

 

歩き疲れ、河川敷にて腰を下ろす。

 

寝転がりながらなんとなく右を見ると─────────────────────────────アイツがいた。

 

 

「なんだよ、また幻か?」

 

「…………」

 

「急に無口になったな。……まさかとは思うが、本物じゃないだろうな。そんな思わせぶりな登場されるとちょっと期待しちまうぞ」

 

 

彼女は何事か口を動かすと、柔らかく微笑みながらどこかへ消えた。

 

 

「……そうかよ。……はは、まったく、いつになったら覚めるんだろうな。この夢は──」

 

 

俺は少し俯き、3分程度寝転がってから場を後にした。

 

学園に戻ると半泣きになったフクキタルに突撃され、ウマ娘の膂力で思いっきり手を握られた。とてつもなく痛かったがこれくらいは当然の報いだろう。

 

彼女曰く、今日は大安吉日らしい。

 

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