下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
もしかしたら俺はこの学園で一番ツイてるのかもしれない。
なぜなら、最強との呼び声が高い″皇帝″シンボリルドルフの担当になることができたからだ。
いや今だから言えることだがあの時はめちゃくちゃ焦った。
スカウトの際、理由を聞かれた俺はあまりの高揚感から『お前の笑顔が見たいからだ』とつい本音を口走ってしまったのだ。他にも二人のトレーナーがいる前で。
マジであの時は終わったと思った。他の二人はめっちゃ手の込んだ計画表だとか研究資料だとか持ってきてたのに対し、俺はただ願望を述べただけだ……というのに、どういうわけか選ばれたのは俺だった。
今考えても不思議でならない。何故彼女は俺と契約したのか。まあなれたならそれでいいのだけど。
「トレーナー君、トレーナー君」
「……ハッ!あ、悪い悪い。ぼーっとしてた」
そんなことを考えてたらいつの間にかルドルフに呼びかけられていた。……おのれ。やはり顔がいい。
内心の動揺を悟られないようなるべくいつも通りに返す……が、それもすぐに無意味となるだろう。
「君が気を抜くなど珍しいな。体調が悪いのか?であれば、早急に休息を取ることをおすすめするが」
「いやいいって別に。こんぐらいなんてことな──って、な、ぁあっ!?」
「勤倹力行。君が日々業務に励んでいることは誰よりも測っていると自負している。だからこそ無理だけはしてほしくないんだ。……はは、彼女といい、君といい……私はどうにも近しい者に気を配りきれていないようだ。精進せねば」
「いやそういうことじゃなくって!普通に歩けるから!こんなお姫様抱っこなんて……!」
「?」
その理由がこれだ。
彼女なりの厚意なんだろうが、ルドルフメッチャぐいぐい来る。もちろんこれは俺に対してだけじゃなく他の生徒たちにもだ。
生徒会長という立場に置かれる彼女は、学園ひいては生徒たちウマ娘のために日々奔走している。だからこれもそういう在り方の延長線上にあると、分かってはいるが……
俺にはウマ娘の喜んでる姿と曇ってる姿を愉しみたい、ついでにエロやらしい目で見たいという願望があった。
がしかし早速エロやらしい目で見たい計画は頓挫し始めていた。こんな顔近くにあってそんな余裕保てるかってんだ。
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当然と言えば当然のことなのかもしれない。
だけどやっぱルドルフとんでもなく強い。
いやバケモンだろ彼女。生徒会の仕事バリバリやってそん中でレースやらトレーニングやらボイトレやらダンスレッスンやらやってるとか、普通に
だというのにレースはボロ勝ちするもんだから本当に俺の立つ瀬がない。
──気に食わない。
俺はトレーナーなんだぞコラ。なのに担当ウマ娘の方が頑張ってるとかどういう了見だ。
別に有能っぷりで負けるのはいい。だが努力の面で負けるわけにはいかない。
自分でもこんなプライドがあったことには驚いた。まさか俺にも誰かと張り合う気持ちが残ってたなんて。
それにだ。
一回でいいから彼女に普通の学生っぽくさせてみたい。なんかよく分かんないが今のルドルフがちょっとだけ気に入らない……いや気に入らないわけじゃない。
ただ……ただ……上手く説明ができないけどウマ娘の幸福を願い、そんな無謀とも言える夢を本気で叶えようとして、皆を導く″皇帝″であるがためただそれだけのために走り、身を粉にして、なんかよく分からない四字熟語とダジャレを嘯く彼女は……なんか見ていて満足できない。
もしもシンボリルドルフが今の地位に縛られず、『自由』に心の向くまま走っていたら。
彼女は、もっと──
「やあトレーナー君。すまないね、急に手伝わせてしまって」
「……いいってこれくらい。それに元々俺が志願したことなんだぞ」
今現在、俺は学園で開かれるちょっとした
あくまでルドルフは指示を出すだけだし、それ以外にもたくさん仕事を掛け持ちしている。手伝ったところで意味など無い。
だから今俺がやっていることも目的とは大きくかけ離れてしまっている。というのに、俺はどういうわけかボランティアを志願していた。
彼女の負担を少しでも減らしたい。何故そう思ったのかは分からないがその先に俺の求めるものがあるような気がした。
「どれ。私からも少し助力させてもらおう」
「え」
結果としては、本末転倒だったが。
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『────!──!────!』
実況の声が聞こえる。
『シンボリルドルフ!三冠達成シンボリルドルフ!』
確かそんな感じのことを言っていただろうか。
彼女は無敗のまま突き進みサラッと三冠ウマ娘になってしまった。
何故だろうか。歴史的快挙だというのにあまり心が沸き立たない。元々レースに対する熱意が無かったのもあるが、どこかそこに俺が入っていないように感じて。
上手く言葉にできないが、なんて言えばいいのか……ああ、アレだ。
『俺たち』で達成したように思えないんだ。
周りの観客もどこか当然のことのようにこの三冠ウマ娘、シンボリルドルフを受け入れている。
意外性が無いんだ。
そりゃそうだ。中央トレセン学園の生徒会長張るぐらいなんだから強くないわけがない。
で、実際にルドルフはアホみたいに強かった。だからこの結果も必然だと、そう思われてるわけだ。
そこに至るまでどれだけの努力や苦労があったのか知られることも無い。俺自身にさえも。
彼女は最強と言って差し支えない程に完成されていた。俺はトレーナーなのに、俺から彼女にしてやれることは少なかった。俺の″努力″なんて、彼女を助けるどころか
「なールドルフー。俺っている?」
「……これはまた草卒なことだな」
レース帰りの最中、そんなことを問いかけてみた。
「君がいるから私は走っていられるんだ。そこは忘れないでほしい」
……そうは言っても、今の俺は″皇帝″のおこぼれを頂戴しているだけだ。真の意味で彼女の杖となれるのはまだ先かもしれない。
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半分冗談で言っていたが割と本気で自分の存在意義が分からなくなってきた。
俺じゃなくてもよかったんじゃないか?俺より優秀で彼女の才能を活かせるトレーナーだっていたはずだ。まあ俺の本懐はレースの上には無いんだが。
──よし、ちょっと本気出すか。
俺がルドルフのためにできること。それを突き詰める。
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彼の不惜身命ぶりは輪をかけて酷くなっている。精励恪勤なのは好ましいが、何事にも限度というものがある。
有力ウマ娘の分析からトレーニングメニューに至るまで、トレーナー君は一切休もうとせずに仕事に打ち込んでいる。見ていて不安になる程に。
だからといって仕事を奪うのは逆効果だろう。彼は私に力添えをしたがっていたから。彼は存在意義を求めていたから。
喜ぶべきか、はたまた悲嘆に暮れるべきか。
彼は新人の身でありながら急成長を遂げている。いや、寧ろ新人だからと言うべきか。
私の杖となるため。そのために、彼は心身を捧げている。
今の私に足りないものは何だろうか。
そうだ、なんでもない、たわいない会話をしよう。相互理解を深めよう。まずはそこから始めてみるのもいいかもしれない。
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どうやら俺の満足閾値は思ったよりも低いらしい。
イチャイチャするまでもなく、話すだけで心は満たされるくらいなのだから。
理由は分からないがルドルフは俺と話す時間を作ってくれるようになった。することといえば当然、とりとめのない話。
彼女自身話が説教臭くなってしまうことは自覚しているようで、そういった所の矯正も兼ねて俺たちはコミュニケーションを図っていた。
……あれ?
今の俺……結構幸せなんじゃないか?
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少しずつ彼のことが分かってきた。
彼は謹厳実直とは言い難いが、きっぱりとした性格の持ち主だ。
話してみると存外にユーモアに富んでいて、私の気性も丸くさせられていくような……そんな好感触を感じられる。
「で、そこで俺は言ってやったわけよ。『それはミミズクとカキツバタだ』ってな」
「ふふ……そうか。ところでトレーナー君」
「なんだ?」
正直、聞こうか悩んでいる所ではある。彼の本心にずけずけと踏み込むには、私たちはまだ未成熟の関係だ。
だからといって黙するのは違う。同じ理想を追い求める間柄として、″これ″は避けて通れない道だ。
「君の望みは、今叶っているか?」
「──俺の、望み?」
意表を突かれたように反芻するトレーナー君。
「ん~……まあ、そこそこって所か?」
その答えに内心胸をなで下ろす。よかった。私たちはまだすれ違っていない。
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なーんか……。
長年の目標が呆気なく叶って燃え尽き症候群って感じだなぁ……。
……まあでも、やりたいことが無くなったわけじゃないか。
ルドルフの成長を見守る。それも悪くないかもしれない。
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「──ッ、ふぅ……」
「やっぱ速えなあ、お前の走り」
最強は最強に更新され続ける。
当たり前のことだが、ルドルフは強い。彼女に勝てるのはこの学園でもほんの一握りだろう。
「じゃ、後はクールダウンして終わりにしよう」
「ああ」
視線を感じる。それもかなり遠くから。さりげなく確認してみたがこの距離だと誰が誰だか分からない。
ルドルフのネームバリュー的に視線を投げかけられることは多い。だが、この刺すような威圧感は未だ味わったことがないものだ。
その正体は放課後に分かることとなる。
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今なら。今ならハッキリ言える。
私たちは確かに二人三脚で歩んでいけている。
遠慮なく言えば三冠を達成した頃は未熟な部分が多いトレーナー君だったが、急成長を遂げた今は私の確固たる支えになってくれている。
私の悲願──全てのウマ娘が幸せになれる世界はまだ遠いが、確実に二人で目指すことができている。
──待て、一度情報を整理しよう。
あの時、私と契約を結んだ時の彼を思い出す。
「…………?」
微かな違和感。彼は『シンボリルドルフを笑顔にしたいから』と言った。対して私が望むのは全てのウマ娘の幸福。
放課後、すっかり暗くなった辺りを彷徨きながら思惟に入る。
すると、そこには彼女がいた。
「──シリウス」
▫▫▫▫▫
放課後、やることがあって辺りをバタバタしていると学園噴水前で話す二人のウマ娘の姿が確認できた。
アレは……ルドルフと、シリウスシンボリか。それとなく聞き耳を立ててみるとシリウスシンボリが多くの生徒──教官やトレーナーたちの指導を受けられない子たちを率いてコースを占拠していることを咎められていた。
シリウスシンボリは反論する。彼女たちに″次″は無い。個人を見なければ『今』は見えてこないと。
ルドルフは提言する。個人を優先した結果全体が綻んでは意味が無いと。
平行線を辿っていく両者の議論。つい足を止めて眺めていたが──
「おい、アンタ。コソコソ聞いてたんだろ?どっちが正しいか言ってみな」
「……俺?」
いきなり話のレバーを握らされた。
…………。
確かにシリウスシンボリの言うことにも一理ある。個人を見る。それはある意味教育において最重要項目の一つかもしれない。というか、俺のそもそもの行動理念は……
″皇帝″の仮面を剥ぎ取りたい。
完璧な傑物、万邦無比な指導者としての彼女ではなく、もっと根源的な……シンボリルドルフという一個人そのものを笑顔にしたいんだ。
気持ち悪いと笑うがいい。俺も自分でちょっとヤバいなって思う。だけど、誰に後ろ指を指されようが、これが俺の目指す果てだ。それに俺は、どんな意見の食い違いがあろうとルドルフを……ってアレ?」
……………………………途中から声に出てた……
「……オイ、オイオイオイ。聞いたか
「うおああああああああああ!!!!」
「あ、トレーナー君……」
俺は走り去った。ああ。明日からどんな顔してルドルフと向き合えばいいんだこの野郎!
▫▫▫▫▫
「ハハハハッ!まさかアイツがあんな酔狂な奴だったとはな!その″ご″慧眼も、身内相手には腐ると見える」
「いや、トレーナーだよ」
「……へぇ?」
「彼は確かに、私のトレーナーだよ」
「────まあいい。久々にアンタの面食らった
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いつものなんでもない会話の時間。ルドルフは気を遣ってくれたのか昨晩のことは口に出そうとしなかった。
俺はというと一人で勝手にギクシャクして羞恥心がヤバかった。
「……なあ、ルドルフ」
「なにかな」
「…………昨日のアレについてなんだが」
俺は自分から羞恥心の海に飛び込んだ。そうすることでしか切り込めない話題があったからだ。
「俺はお前の笑顔が見たい。これは最初に言ったよな」
「……そうだな」
「……気に入らねえんだよ」
「え?」
「お前はすぐなんでも一人で背負おうとするから、俺はずっとそこが気に入らなかった。少しでもいい。俺を頼れよ」
「……しかし、今のままでも十分すぎるくらい君は励んでくれている。これ以上負担をかけるのは──」
「そこが気に入らねえっつってんだよ!」
思えば、俺がルドルフに対して怒るのはこれが初めてだった。
「俺はお前の″トレーナー″だろ!大人なんだぞ!確かにお前は凄いよ。いつも他のウマ娘の為に心身を捧げていて、俺にはそんなことできねぇよ。だけどな、俺は大人で、お前は子供なんだぞ!~~……ああクソ、俺が言いたいのはそういうんじゃなくってだな……!」
肝心な時に言葉が出てこない。ったく、俺はいつからこんな情熱的になったんだ?火照った頭の隙間で僅かに考える。
だが。だが、だ。ルドルフをこのままにするのは一番気に入らない。俺にもトレーナーとして責任を背負わせてほしい。俺はルドルフの相棒なのだから。
「俺はそんなに頼りないか!?全てのウマ娘を幸福にするんだろ!それじゃあお前はどうなんだよ!」
荒く息をつく。そうしながら理解した。俺は″皇帝″の孤独がどうしようもなく嫌だったんだ。彼女が全てのウマ娘を幸せにしたとして、彼女自身の幸せは誰が保証する?誰が齎す?
初めて出逢った時とは違う意味合いになった、『彼女の笑顔を見たい』という根源。それが俺の全てだったのだ。
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「……悪い、声、荒げちまった」
私は彼に圧倒されながらも思考を続けていた。
およそ受けたことのない感情に戸惑ったが、正直に言うと、嬉しかった。私という個人を見てくれたことは。
彼と語らうこの時間は、いつしか私の中で特別な意味を持ち始めていた。それだけで十分すぎる程に力を貰っていたのだが──なるほど確かに、私は誰かに頼るということをしてこなかった。彼からすれば疎ましく思うのも当然。
思えば、以前と比べ直情的な言い回しが増えたような気もするな。彼の影響だろうか。
助けを求めるには私は成長しすぎた。……そう、思っていたのだが。
──少し、背を預けてもいいのだろうか。
▫▫▫▫▫
思い切って本音をぶつけたのが功を成したのか、ルドルフは俺を頼ってくれるようになった。生徒会の仕事の手伝いだったり、各委員会への言伝だったり。
思えば最初の頃と大分変わったような気がする。ウマ娘をやらしい目で見て、喜んでいる様と曇っている様を楽しみたいだけのクソガキだった俺から。
「──うし」
行こう。ガキの時間は終わりだ。今日も仕事が待っている。
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出走前だと言うのに、響めきが会場を支配している。
それもそうだろう。今年最後、そしてトゥインクル・シリーズ最後の大舞台。七冠を賭けた有馬記念。
調整は万丈。緊張も程よくほぐれているようだし、いつでも走りに行ける状態だ。
地下バ場にて出走に向かう彼女を見送る。俺は信じている。今日のレースを勝つのは彼女しかいないと。
「トレーナー君」
「……っ?ああ、なんだ?」
不意に声をかけられ、虚を突かれる。何か忘れ物でもあったのか?
「喝を頼む」
「──ああ。行ってこい。今日の主役はお前だ!」
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時には進退維谷まることもありながら、私たちはトゥインクル・シリーズを駆け抜けた。
いつも通り業務に追われていると、彼は突拍子も無い提案を立てた。
「なあルドルフ、一緒に温泉旅行行かないか」
「……え?」
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それからあれよあれよという間に日程は決まり、私たちは二人で温泉旅行に向かうことになった。券は彼が一人で買い物に行った際調達したものらしい。
「……いい湯だった」
「お、お前も今上がったか」
お互い、少し湯あたりを起こしてしまったのか、頬がほんのり赤らんでいる。
涼みに外へ出ると、彼は悪戯っぽく微笑みながら言葉を紡ぐ。
「なあルドルフ。俺がいて、よかったか?」
当然だ、と一口に答えるのは簡単だ。しかし私の中では一つ悪戯心が芽生えていた。それは夜風に乗せられて、私の口を離れていった。
「ああ。君の行動は英華発外と言えるものだったよ。まさに才気煥発、いや、率直に言うと──」
心の往くままに彼を褒め称える。すると、元から赤かった彼の顔はさらに血色をよくしていった。
「わ、分かった!分かったからちょっと落ち着けって──」
「フフ、どうしたトレーナー君。随分赤くなっているようだが?……夜は長い。もう暫し付き合ってもらうよ。そして知ってもらおう。
──君を離す気などないということを」