下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
「ふあぁ~……よく寝た」
時刻は四時。まずは起き上がり、軽く体を慣らす。
払暁にはまだ早い。部屋は暗く、空気も冷えている。スポーツインナーを着込んでから俺は部屋を出た。
▫▫▫▫▫
「はっ、はっ、はっ……」
暗い彼は誰時の道を走る。
いくらストイックなウマ娘でもこの時間帯に走っている子は流石に少ない。
稀に非情な現実を前にして追い込まれた子が無茶なトレーニングをしているのを目撃することがある。そういった時は俺が相談に乗ってその子の担当トレーナー、または教官に軽く言い含めておく。
「……よし」
いい汗かいた。寮に戻ろう。
帰った後はシャワーを浴び、朝食を済ませ業務に入る。これから俺の一日が始まる。
▫▫▫▫▫
「おはようございます、トレーナーさん」
「ああ。おはよう」
早朝、まだ陽が昇りかけのトレーニング場はひんやりとした空気に包まれている。
周囲にはポツポツとウマ娘やトレーナーの影。ホームルームまでのちょっとした時間までレースに費やす努力家たちがこの学園には多い。
ジャーニーは走り出す。俺はノートとストップウォッチを手に取った。
▫▫▫▫▫
彼女が授業を受けている間は
俺はまだまだ未熟だ。ベテランとの差を埋めるためにも全力で事に当たらなければ。
トレーニングメニューから始まり有力ウマ娘や各コースの分析、戦略の練り方や栄養バランスの調整まで、やらなければならないことは山のようにある。
とはいえ無茶は厳禁。また倒れて迷惑をかけるようなことは絶対にダメだ。
「隣いいか?」
「ああ、トレーナーさん。どうぞ」
と、いうことでお昼時になり俺はカフェテリアに向かった。この学園の料理はどれも美味い。流石中央といったところか。
ジャーニーと一緒に食事ができるこの時間を俺は喜ばしく思っている。たとえ明日世界が滅ぶことになっても、この時間を過ごせただけで生きてきた甲斐はあったと。
ちょっと大げさな言い方かもしれないがこれがありのままの本音だ。
▫▫▫▫▫
「トレーナーさん。一度旅に出てみませんか?」
とある日のこと。落日の光が満たすトレーナー室で、ジャーニーはそう切り出した。
「旅?それならずっと──」
「いえ、今の関係とは違う……そうですね……軽く旅行でも、といったところでしょうか。無理にとは申しません。一つの案としてご留意いただければと」
……旅行かあ。ジャーニーと一緒なら、きっといいものになるだろうな。
「差し支えなければプランは私にお任せください。──極上の旅にご案内しましょう」
「ありがとうな、考えてみるよ」
▫▫▫▫▫
「えーっと、後は蹄鉄か……」
休日ということで俺は買い出しをしていた。メモを逐一確認し、要りようになるものを集める。
「ふぅ……」
欲しいものはあらかた買い揃えた。後は学園に戻るだけだが、少し休憩でも──
「あの……」
「────っ!?」
忘れもしない。
背後からかけられた声、その主を。
思わず振り向く。そこにいたのは、そこにいたのは──
「母さん……!?」
「……久しぶり」
▫▫▫▫▫
立ち話もアレだということで近くの喫茶店で一息。両脇には買い物袋があるがその重さは微塵も気にならない程に俺は驚愕していた。
「……まずは、ごめんね。何年もほったらかしにしちゃって」
「……顔を上げてくれよ、母さん」
謝って済む問題ではない──というのは、
そんなことよりも、俺は久々に『家族』との時間を過ごせることに浮かれていた。
「確かに寂しかったけど、俺はもう気にしてないから」
「……そう」
それは嘘だ。ジャーニーがいてくれるとはいえ、長年に渡る孤独で空いた穴は塞ぎきれていない。
だがそれも今日で終わりだ。なにせ母さんが帰ってきてくれたのだから。
やっぱり俺を捨てたのは一時の気の迷いだったんだ。
やっぱりトレーナーとして名を上げたのは無駄じゃなかった。その副次効果としてこうして再会できたんだから。
やっぱり母さんは、俺を愛してくれて──
「──ところで今、お金ってある?」
───────────────────────────────────────────────────────────────────────。
▫▫▫▫▫
「ジャーニー先輩のトレーナーさん?うーん……ごめんなさい、見てないです」
「あっ、そういえば買い物に行ってるらしいっすよ!俺出かけていくとこ見ました!」
「そうですか……ありがとうございます」
休日ではあったが軽く相談したいことがあり、彼を探していた。
買い物に行ったのであれば下手に探すより待つ方が賢明か。少し長くはなるが校門にて待っていよう。
──と、判断したのはいいものの。
「……遅いな」
夜は更けていこうとするも、未だに帰ってこない。そう遠出もしてないようだったから門限までには帰ってくると思ったのだが。
胸騒ぎがする。言いようのない、漠然とした不安。
私は夜の道を往き始めた。
▫▫▫▫▫
発見したのは学園からそう遠くない場所だった。
夜の公園。薄暗い街灯の下に、彼の姿が映し出される。
「……トレーナーさん?」
「…………」
買い物袋を両脇に抱えながら、嗚咽を漏らすわけでもなく、ただただ静かに泣いていた。
私が声をかけても一切反応は無く、その表情からは一切の感情が削ぎ落とされていた。
彼はいつも静かに泣いている。昔からそうだった。決して誰かに助けを求めようとはせず。
買い物に行っている間何があったのか、それは私の知るところではない。
だとしても、せめてこの方の
「トレーナーさん」
「…………」
反応は無い。尚も涙を流し続ける彼の頭を、そっと胸元に抱き寄せた。
▫▫▫▫▫
あれからどうやってその場を後にしたかは覚えていない。気づけば息を切らし、学園近くの公園で座っていた。
……母さん、母さんがあの時言った言葉。
金。結局母さんも父さんもそれが目当てなのか、俺という一個人はどうでもいいのか。
所詮、偶然鉢合わせただけの再会だ。もう確かめる術は無い。……向こうからアクションがあれば別だが。
それでもたった一つの分かったこと。俺はずっと──虚構を愛していたのか。
なんとも滑稽な話だ。唯一の本当だと思っていた愛情が、こんな、吹けば飛ぶようなものだったとは。
……?
なんだか酷く落ち着く香りがする。少し微睡むが、鋭く尖った意識は眠ることを許さない。
「ジャー、ニー?」
「はい。貴方のジャーニーです」
……そういえば、俺は買い物をしていた。早く帰らないと。時刻は何時だ?
「さあ、帰りましょう。私の手を掴んでください」
いつの間にか片方の荷物を彼女が持っていた。悪いよと言いたかったが言葉が出なかった。
彼女に手を引かれて帰り道を歩く。とめどなく溢れる涙で視界は殆ど分からないが、先程まで俺を包んでいた香りを頼りに帰路についた。
▫▫▫▫▫
次の日になってもショックは抜けなかった。
仕事以外の時間はあのやりとりに思考のリソースが割かれ、何もせずにぼうっとすることが増えた。
空虚。
何をしても、求めたものは両手をすり抜け、徹底的な現実を叩きつけられる。
俺は愛されてなどいなかった。
もしかしたら、これは早合点かもしれない。たまたま金が必要になっただけで、心の奥底では俺を想ってくれていたのかもしれない。
そんな希望も俺の中の他人が否定する。
本当は分かっていた筈だ。子供を捨てる親に、そんな情は無いということを。
『何があったかは知らんが──分かっているだろうな。姉上は貴様の人形などではない』
分かってる。
でも、ジャーニーは、ジャーニーだけは、『俺』を必要としてくれている。
だから求めるのか?両親から受け取れなかったものを?お門違いにも程がある。
第一ジャーニーは家族じゃない──いや、少なくとも彼女の家は俺を家族のように扱ってくれた。
けれども俺が彼女に向ける感情はそんなものではない。
これは──
「トレーナーさん」
「……ああ。なんだ?」
気づけば彼女に目を覗き込まれていた。胡乱げな返事しかできず申し訳なく思う。
ジャーニーは昨日何があったか、聞かないでくれている。その優しさに報いる気持ちも、今は疎らだ。
「少々、お時間いただきます」
すると彼女は座っている俺の頭部に両手を回し、ジャーニーの肩にもたれさせるように傾けた。
そうしたかと思えばトン、トンと落ち着かせるように後頭部を指で叩く。流しきったと思った涙が再び湧き始めた。
「……ジャーニー」
「はい」
「一緒に旅に出ないか?」
「ええ。是非」
▫▫▫▫▫
有給を取ってやってきたのは温泉街。観光スポットもそこそこあるようで、見て回るだけでも十分に時間を消化できた。
ジャーニーは外泊届けを提出済み。今日の旅は、一泊二日のお出かけだ。
「たまにはいいな。こういうのも」
「そう思っていただけたなら幸いです」
金……お金を普段そこまで浪費するわけでもなかったから、貯金はそこそこ貯まっていた。
たまにはこういうのも……というより、彼女と一緒だからか?こんなに心が満たされるのは。
「はぐっ、はぐ……お、美味いな、これ」
「ここの名産品を使った副菜とのことです。お気に召しましたか?」
観光がてら食べ歩きをし、そこの景色や味を楽しむ。実に理想的な旅だ。
▫▫▫▫▫
「ありがとうな、ジャーニー。今日は楽しかった」
宿泊先に向かいながら、改めて礼を述べる。
すると、彼女はいつものように微笑みながら満足げに目を閉じる。
「それはそれは……遠征支援委員長として喜ばしく思います」
「昔より上手くなってるな。旅行のプランを立てるの」
「今回の旅は以前より趣向を凝らしたものにしました。気に入っていただけたのであれば光栄です」
過去に思いを馳せる。一度だけ、俺とジャーニーは家族ぐるみで旅行に行ったことがあった。あの時だけは両親も争わず、俺と共に楽しんでくれた。あの時間がずっと続けばいいと思っていた。
そんなことを考えながら歩いていると宿に到着。後は温泉に入り、夕食を食べて寝るだけだ。
▫▫▫▫▫
「ふい~……」
湯船につかりながら体を伸ばす。運動は適度にしているため不調は無い。
それにしてもこんな間延びした声が自然と出るとは。俺も老化が始まっているのか?
……いい湯だ。火照った体が必要以上の思考を回さないのもいい。
まず初めに思い浮かんだのはジャーニーへの感謝だった。今日のためにわざわざプランを立ててくれて、その上付き合ってくれた。
俺は黄金を掴んだ。そしてこの衝動の理由も分かった。
ならばやるべきことは一つ。少し緊張するが、それでもこれはハッキリさせておきたい。
「…………」
マズい。長時間つかってた所為でのぼせてきた。そろそろ出るか。
▫▫▫▫▫
夕食を摂り、襖を一枚隔てた布団に寝転がり、俺は眠ろうとしていた。しかし現在の時刻はまだ八時。せっかくの旅行なのだから、枕投げ──なんてことはしないけど、もうちょっと楽しんでおきたい。
そういえばトランプを持ってきていた。必要ないかと思っていたが時間潰しにはちょうどよさそうだ。
「ババ抜きしないか?」
「かしこまりました」
二人っきりでババ抜きというのもやや味気ないが、これも旅の醍醐味ということで。
暫く二人でトランプに熱中していたが、ふと湧いた提案に任せ俺は言葉を投げかけた。
「なあ、ジャーニー」
「はい、なんでしょう」
「結婚しないか?」
「式はいかがいたしましょうか」
「そうだな。じゃ──」
▫▫▫▫▫
止まない歓声。私のドリームトロフィーリーグ最後のレースは、我ながら非の打ち所が無い走りだった。
胸が熱を持つのを感じる。私の旅の終着点。ウマ娘としての最後の大舞台。──そしてこれからは、彼との新しい旅が始まる。
私も年を重ねた。この学園を卒業するのも、そう遠くない未来の話だ。
「観客の皆々様!」
荒ぶる熱に身を委ね、旅の終わりを告げる。これが私の″黄金″であり、答えだ。
「──ありがとうございました」
更に歓声が上がる。……私は愛されていたのだな、と、改めて確認させられた一幕だった。
▫▫▫▫▫
彼は新しい担当ウマ娘を受け持った。勤勉な彼のことだ。きっとよい結末に導けるだろう。
私は時代を過ぎた。その担当ウマ娘に教示することはあれど、我を発することはない。
それにしても時間の流れは早いものだ。気づけばもう卒業の時間を迎えている。
彼はこれからもきっと変わらない。無垢な、よきトレーナーとして、彼だけの旅を邁進していく筈だ。
「卒業おめでとう、ジャーニー」
「はい。それでは──」
「ああ。それじゃ──」
「「これからもよろしく」お願いいたします」
▫▫▫▫▫
時は少し遡り、俺はジャーニーの実家に顔を出していた。無論、結婚についてだ。
反対されないだろうかと僅かな不安が介在していたが、彼女の両親は快く了承してくれた。昔付き合いがあったのも理由の一つだと思う。
ただ一人、オルフェーヴルについて。
彼女の両親に挨拶した後、俺は一対一でオルフェと話をすることになった。そこに怯えは無い。俺の気持ちを思いっきりぶつけるだけだ。
……と、思っていたが。
「王命である。貴様の肉体精神全てを以て姉上を幸福にせよ」
意外とすんなりと認めてくれた。彼女に依存していた時期もあったことから雲行きは怪しそうかと考えていたのだが。
しかし、オルフェの一言にはちょっと思うところがある。
「悪いけど、それはできない」
「……なんだと?」
厳しくなる視線を真っ向から受け止めて、言い放つ。
「オルフェに言われたからそうするんじゃない。俺がしたいからジャーニーを幸せにするんだ」
「フ──吠えたな。ならば見せてみろ。貴様の覚悟が、凡庸でない証を」
こうして、俺は正式に家族として受け入れられた。
▫▫▫▫▫
こういうのは善し悪しで語るものではないが、それでもいい結婚式だった。
祝いに来てくれたゴールドシップが鰤を捌き始めるなどの異変もあったが、それも喜ばしく受け入れられ和やかなムードに包まれていた。
惜しむらくは、ここに俺の両親がいないことぐらいか。まあいたとしても雰囲気が良くなることはないだろうしいなくて正解だが。
それでもどうしても考えてしまう。親との繋がりを絶った俺は酷い人間なんじゃないかって。
「トレーナーさん」
「……っ!」
一握りの憂いを見抜かれたのか、お色直しの最中声をかけられる。
「貴方が何を恐れていようとも、これだけは理解していただきたい。私は、何があっても貴方のお傍におります」
「……ありがとう。はぁ……やっぱ俺、ジャーニーのこと好きだな」
ふと本音が漏れる。すると彼女は珍しく頬を赤らめて、
「……本当に、貴方は変わらないな」
照れたような気恥ずかしいような、そんな顔をしていた。
▫▫▫▫▫
「ただいま」
「お帰りなさい、トレーナーさん」
私たちは学園近くのマンションに住を移していた。共働きをしていることでゆっくりできる時間は少ないが、それでも週に一度は二人で羽を休める時間を設けている。
「ところでだけどさぁ」
「はい?」
「なんでまだ『トレーナーさん』って呼ぶんだ?別に嫌ってわけじゃないけど」
「貴方が私にそうしてくれたように、私もどこまでも貴方についていく。そのための決意表明、と言ったところでしょうか」
「??……そうか」
ピンと来ていないようだが納得した様子で彼は夕食に集中する。それを眺めながら、私は小さく笑った。
▫▫▫▫▫
「なあ」
「はい、なんでしょう」
「ジャーニーは俺より先に死なないでくれよ」
やっと出来た家族らしい関係。それをまた失ったら、俺はきっと耐えられない。
だから、酷な願いだとしても彼女には俺より長生きしてほしい。これは俺のたった一度のワガママだ。
「……旅にはいつか終わりが訪れます。私も、貴方も、きっといつか果てる日が来る」
今日まで長い旅路だった。しかしこれからも人生は続く。俺はきっと生きるだろう。終わりが来るその時まで。
「トレーナーさん。あの時の約束を覚えていますか?」
思い出す。確かあれはトゥインクル・シリーズが仕上げに入った時のこと。
『私たちの旅は佳境を迎えています。ですがこれからも旅は続く。……貴方も、ついてきていただけますか?』
俺はついていくと誓った。そしてまた彼女も俺についていくと言ってくれた。だったら、今は少しだけ見ないふりをしよう。
「ああ。覚えているよ」
血と魂の、誰にも侵せない契約。それは決して破棄できるものではなく、また反故にするつもりも無い。
「……いい子だ」
呟くと、彼女の掌で視界を覆われる。一体何を、と言う隙も与えずに、唇に柔らかい感触が伝わった。
誰の話が一番よかったっスか……?
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