下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
ありがとう。グッドトリップ。
「首尾はどうだ、姉上」
「問題ないよ。お前はどうだい?オル」
二人でお茶漬けを食しながら近況報告を行う。やはり家族との時間はいいものだ。
オルは今も己が覇道を進んでいる。流石は美しく誇り高い、我が妹。
「
「そうか。それはよかった」
茶碗に目をやる。三割程残った昼食を前に、私は改めて箸を取る──より先に、オルが此方を見つめている。
「姉上は今、幸せか?」
「勿論。……この上なく」
▫▫▫▫▫
「ただいま帰りました」
「おー、お疲れ、ジャーニー」
私が仕事から帰宅すると、彼は言葉を返しながら資料に目を通していた。
最近のトレーナーさんは帰りが遅い。家に仕事道具を持ち込むことも頻繁にある。
それもそのはず、彼は新たにチームを受け持ったのだ。私にかかりきりだった頃とは違い、拘束時間は倍以上に増えている。
「────っと。よし、じゃお茶にするか、ジャーニー」
「……よろしいのですか?」
ご多忙な身でありながら私と羽を休める時間は必ず作ってくれている。その気遣いは心より嬉しく思うが、以前のように過労で倒れさせるようなことはあってはならない。
「大丈夫。チームつっても三人ぽっちだから」
「そうですか……。では、私がお淹れしましょう」
「いいのか?」
「ええ」
「そうか……。ありがとうな」
私が紅茶を淹れている間、彼は伸びを一回、欠伸を二回していた。デスクワークばかりで目も疲弊しているだろう。
「どうぞ」
「ありがとう」
手渡したのはルイボスティー。疲労によく効くハーブティーだ。
「……ぷはぁー、やっぱジャーニーが淹れると違うな。コツとかあるのか?」
「おや、気になりますか?」
「うーん……気になると言えば気になるけど……いや、やっぱ自力で改良してみるよ」
「ふふッ。かしこまりました」
独力でよりよい物へと昇華させる意地。ヒトによっては『子供っぽい』と思われるであろうトレーナーさんの性格を、私は好ましく思う。
▫▫▫▫▫
「…………」
「…………」
無言の時間を楽しめるようになってきたら、関係が成熟した証拠……というのは、誰の言葉だっただろう。
珍しく休日が重なった日は、何処かへ旅に行く──のもいいが、大抵は二人でこうして静かな時間を過ごしている。
生真面目なトレーナーさんは『せっかくの休日なのだからちゃんと休まないと損』と言って、逆に休日のプランを組んだりもしている。まあ大体が
サボテンに水をやったり、撮り溜めておいたバラエティ番組を見たりなど、彼がすることはごく一般の娯楽だ。
私は彼に従うのみ。とはいえ、それを苦に思ったことは一度も無い。
「…………ふっ」
現に今もこうして、テレビに映る芸人の方のギャグに小さく笑うトレーナーさんを、私は見ている。
そしてその度に思う。ああ、今幸せだなと。
▫▫▫▫▫
「ふあぁ……ねむ……」
いつものことだが、半覚醒の意識を無理やり起こし、外に向かう。ジャーニーを起こさないよう、静かに。……今日こそは、上手くいくといいな。
玄関のドアをゆっくりと開ける。よし、ここまでは順調だ。
そして軽くひとっ走りしていく。このひんやりとした空気が俺は好きだ。
一時間程度ランニングをし、マンションに戻る。ここからが勝負だ。
玄関に鍵を差し込み音を立てぬように慎重に開ける。今日は──
「おかえりなさい、トレーナーさん」
「……ただいま」
あーダメかー。今日も失敗だ。
いつも俺が勝手にやってるだけなのに、ジャーニーは俺の日課に合わせて早起きをしてくれている。ご丁寧にも朝食まで用意してある。
ジャーニーの出勤時刻まではまだまだ時間があるからゆっくり眠っていていい、と以前言ったのだが彼女は頑なに俺の都合に合わせてくれる。正直助かるがなんか申し訳ない。
「じゃ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
最低限の持ち物を準備し、俺はマンションを出た。
▫▫▫▫▫
正直、トレーナーの仕事は大変だ。
ウマ娘にとって何よりも大切な『走る事』への責任が常に付随してくる。親御さんにご心配をかけさせないように根回しもしなければならない。努力に対して結果がついてこなかったら尚更だ。
俺の受け持ったチームは三人組。早くも成長の度合いに差が生まれ始めている。
ありがたいことに全員未勝利戦は勝てた。それだけでも十分すぎるくらいに恵まれたトレーナーライフだが、ウマ娘という生物はやはり上を目指すものなのか。全員重賞を狙いにいっている。それもまあ当然か。
「ハァ……」
今日も走る子たちを眺めながら息をつく。あの子はスタートが苦手だな、あの子はペースが乱れてるな、などなど考えることは尽きない。
全員に添ったプラン、全員に添ったトレーニング、全員に添った接し方、どれもミスったら速攻お陀仏だ。
……いけないいけない。あの子たちの前でため息をこぼすわけにはいかない。シャンとしろ、俺。
▫▫▫▫▫
カフェテリアは便利だ。美味い昼食を摂られるし、軽い会話もできる。
今日もチームの子らと話しながら食事をした。その中でも特に目をキラキラさせて聞かれたのが、妻……要するにジャーニーとの馴れ初めだった。
こういうのはあまり言いふらすものでもないが、年頃の少女となるとそういった話には目がないようで。根負けした俺が掻い摘まんで説明することに。
昔からの幼なじみ、トレーナーと担当ウマ娘からの禁断の関係……とまあ、盛り上がる要素は山ほどあった。挙げ句には辺りにいた他のウマ娘にも質問攻めを受ける程の賑やかさを伴った昼の一幕だった。
▫▫▫▫▫
トレーナーの仕事は大変だが、やりがいは確かにある。自分の育てたウマ娘がレースで勝ってくれると、やはり嬉しい。そこまで血の滲むような努力をしてきたのであればより一層喜びの純度も高まる。
何が言いたいのかというと、なんやかんやで毎日楽しいということだ。
それに今の俺には帰る場所がある。それだけでも日々を頑張る理由になる。
「よしっと……じゃ、帰るか」
「あの、トレーナーさん」
「あれ、どうしたんですかたづなさん」
理事長秘書であるたづなさんが部屋を訪れてきた。珍しい。一体何の用だ?
「トレーナーさんに会いたいという方がいまして──」
▫▫▫▫▫
校門前で待っていた少年は、初めて見る顔だった。精悍な目つきが特徴的な。
「突然のお呼び立て申し訳ございません」
「ああ……いや、大丈夫だけど……君は?」
問いかけると、少年は懐から一枚の写真を取り出した。
「このヒトをご存じですか」
「────」
思わず絶句した。なぜなら、その写真に写っていたのは、
「────母さん」
俺の母親だったからだ。
▫▫▫▫▫
「僕とアナタは異父兄弟です」
「………………は?」
情報に次ぐ情報の連続で頭が保たない。ひとまず目の前のコーヒーをぐいっと呷り、現実ごと飲み干す。
流石に校門前で立ち話とはいかなかったから、近場の喫茶店に寄ることにしたのだが席に座ったやいなやそんなことを告げられる。
「あー……その……色々聞きたいことがあるんだけど、母さんは再婚したの?」
「はい」
少年は若々しさに溢れていたが少なく見積もっても中学生くらいだ。となると、俺を捨ててすぐに子供を作ったということか。
思わず拳を握り締める。
「……それで?君はどうして俺に会いに来たの?」
剣呑な目つきになってしまったが許してほしい。はいそうですかと飲み込むには、足りないものが多すぎる。
「現在我が家は金銭面で非常に困窮しております。資金の援助を賜りたく馳せ参じました」
「困窮って……父親はどうした?」
「死にました」
少年の言葉は平坦としているが、嘘ではなさそうだ。
……なるほど、この子もそれなりに苦しみを味わってきたのだろう。纏う雰囲気にはどこか疲労感が感じられた。
「つまり母さんから俺を頼れと言われて、来たわけだ」
「はい」
嘆息する。やはり俺は都合のいい金蔓としか思われていないのか。
躊躇い、困惑、怒り、悲しみ……。
俺を満たす感情は、どれもいいものではなかった。
「どうして俺が中央でトレーナーやってるなんて分かったんだ?」
母さんと再会した日、俺は自分のことを何も語らなかった。それなのに何故、俺がトレーナーだと判明した?
そう尋ねると少年は初めて目を丸くした。
「
……なるほど。トレーナーとして名を上げた反面、母さんに気づかれてしまったということか。
「無理を承知でお願いします。どうか、援助の程を」
誠実な子だ。母親からの愛情を受けて健やかに育ったのだろう。
──俺のことは、捨て置いて。
▫▫▫▫▫
ひとまず少年には一度帰ってもらい、ジャーニーに相談することにした。
猶予は一週間。それまでに、答えを用意しなければならない。
「──っていうことがあって……」
正直こんなことをジャーニーに背負わせたくなかった。これは俺たちの問題だからだ。しかし金の問題となると勝手に持ち出すわけにはいかない。
「私にお任せくださればすぐに解決いたしますが」
「……ジャーニー?」
長い付き合いの俺だからこそ分かる。
物腰こそいつも通り柔らかだが──ジャーニー、ちょっとキレてる?
……父さんの時のように、彼女に任せてしまえば確かに解決するかもしれない。
だとしても、俺はもうあの頃の俺とは違う。自分のケジメは、自分でつける。
それに──どこまで行っても俺と母さんは家族だ。その中に混在する感情がどれだけ負に彩られていたとしても。
「いや、この問題は俺がなんとかする。だから金も俺のところから出したいんだけど……いいか?」
「…………」
熟考する様子のジャーニー。俺も思わず閉口する。
「……私は、貴方の人格を尊く思っております。だからこそ、許せない。貴方の衷情が踏み
そういえば彼女の学生時代にもそのようなことを言われたような気がする。俺の性格は、彼女にとっていいものらしい。
「お金の問題ではありません。その選択によって貴方が傷つくようであれば、私は心身を尽くして貴方の障害を排除したい」
……認識を改めよう。俺は自分で思っている以上に大切にされている。
たとえ母親が俺に何も思っていなかったとしても、ジャーニーは俺を認めてくれている。
──後は俺の選択だ。
▫▫▫▫▫
「……おまたせ」
「いえ」
約束の時間より数十分前から少年は待ち合わせ場所にいた。
……この子は何も悪くない。分かってる。分かってはいても、嫉妬や憎しみは湧いて出る。
「はい、これ。これが手切れ金ってことで頼むよ」
ボストンバッグに詰めたまとまった金。本来であれば銀行口座に振り込むのが常識だが、母さんとの繋がりを中途半端に持ちたくなかった。
「この御恩は決して忘れません」
「忘れていいよ。それじゃ」
「ええ。それでは」
それが最後の会話だった。
▫▫▫▫▫
「…………」
「おかえりなさい、トレーナーさん」
玄関まで迎えに来てくれたジャーニー。俺の、世界で一番大切な存在。
「トレーナーさ──、おっと、いかがなさいましたか?」
再度呼びかける彼女を抱き締める。それと同時に、俺は決意を口にした。
「……絶対、絶対に、幸せにするから」
「……ふふッ。ええ。楽しみにしています」
六十年後
「なあ、ジャーニー」
「はい」
「俺、ジャーニーが初めての担当でよかったよ」
「それはそれは……光栄なことです。……今日は空が綺麗ですね」
「そうだな。……ごめん、少し眠る」
「お気になさらず。私はいつでも貴方のお傍におりますから」
「…………ああ、ありがとう」
「…………………………」
「……………………」
「………………」
「……暫し、お待ちください。私もいずれそちらへ向かいます」
貴方が寂しがり屋なのは、ちゃんと存じ上げておりますから。
……思えば、今日まで長く短い、幸福な旅だった。
彼は最期まで純粋だった。一心に私と担当ウマ娘のことを思い、いつの日も尽くしてくださった。
旅の終わりが近い。
今日まで数多の旅を見てきた。道半ばで果てる者、偉業を成し得た者、その他多くの、その方にしかない旅があった。
そして、私の旅も終わりが近づいている。
また、彼と会えるだろうか。いや、どこにいても私が探しだそう。
生涯の伴侶となった方、共に旅を続けてくださった方。それが彼なのだから。
そして、また会えたら、こう言おう。
「愛しています。トレーナーさん」
誰の話が一番よかったっスか……?
-
ゴールドシップの話
-
ヤエノムテキの話
-
ナイスネイチャの話
-
マンハッタンカフェの話
-
アドマイヤベガの話
-
メジロアルダンの話
-
マチカネフクキタルの話
-
ケイエスミラクルの話
-
シンボリルドルフの話
-
ドリームジャーニーの話