下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話   作:散髪どっこいしょ野郎

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スティルインラブと元トレーナーがドロドロのグチャグチャになる話

「トレーナーさん、お食事の用意ができました」

 

「ああ。ありがとう」

 

 

 朝目覚めればそこにスティルがいる。それだけで、なんだかもうどうでもよくなってしまう。

 

 しかし、俺は知っている。この幸福も時が立てば水泡の如く消え去る。彼女に近づくほど、時間の感覚が曖昧になる。

 

 それでも、今目の前にスティルがいる。ならそれでいい。それがいい。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「はい、お口を開けてください」

 

「……いつも悪いな」

 

 

 朝食は決まって吐き出してしまう。その筈が、スティルに食べさせてもらうと何事も起こらず完食できた。

 

 朝日が差し込む、穏やかな時間。いつか来る破滅さえ覆い隠してくれそうな日常の記録。

 

 俺は今、幸せの最中にいた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 

 俺もスティルも、食事のスピードは遅い。けどもう誰かを気遣う必要はなかった。ここにいるのは俺と彼女の二人だけ。誰にも邪魔されない。

 

 

「今日はお出かけしましょうか」

 

「いいな。行くか」

 

 

 彼女に手を引かれて部屋を出る。その温もりだけが確かに存在していて、何もかもが朧だった。

 

 視界が切り替わる。

 

 

「波の音が心地良いですね、トレーナーさん」

 

「ああ……そうだな……」

 

 

 ざあざあ、ざぷん。ほら、今にも攫われてしまいそうな──

 

 

「行きましょう」

 

「……ああ……」

 

 

 紅は血の色、愛の色。手を引かれて、俺は再び歩き出した。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 捲られていくページのように時が過ぎていく。

 

 昼食時、手に付いたソースを舐め取るスティルの舌。その赤色。

 

 俺の手を引く彼女の温度。冷たいのに、温かい。

 

 足の感覚はもう曖昧。全てが紅く染められていく。

 

 

「トレーナーさん」

 

「……あ、あ」

 

 

 気づけば家に帰ってきていた。

 

 

「お疲れのようですね。夕食までお休みになりますか?」

 

「……ああ。じゃあ、また世話になる」

 

 

 俺は一人では寝られなくなっていた。彼女の存在が傍にないと、迷子の子供のように両腕を伸ばしてしまう。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「トレーナーさん。夕餉(ゆうげ)の時間です。起きられますか?」

 

「ああ……待っててくれ。すぐに行く」

 

 

 体が鉛のように重い。それでもなんとか立ち上がり、夕食の座についた。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 食器と衣擦れの音。それらを除けば静謐で、和やかな空間がそこにある。

 

 スティルは菓子作りが得意なだけあって料理の腕も確かだった。

 

 

「……美味しい」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

 俺の一言に表情を綻ばせる彼女。その笑みを、いつまでも見ていたい衝動に駆られた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……よし」

 

 

 今の俺の状態で包丁を使わせるのは危ないとのことで調理の役目は彼女が担っていた。しかししてもらうばかりというのはやるせない。

 

 ということで食後のコーヒーは俺が淹れていた。彼女は濃いコーヒーを望んでいるため俺の好みも自然とそれになっていた。

 

 

「はい、できたぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 歴史小説と濃いコーヒー。そして甘い菓子の三点セット。

 

 静かだ。ページを捲る音、僅かな呼吸音。夜闇の中に崩れ落ちていくような感覚。悪くない。

 

 夕食後は就寝時刻になるまでこうした静かな時間を過ごしている。そこには後悔も恐怖も焦りも無い。

 

 そんな幸福が、毎日だった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 やりたいことがたくさんあった。

 

 トレーナーさんと何処其処へ行ってみたい、何々を食してみたい、此れ此れの景色を見てみたい、そんな、細やかで贅沢なひととき。今ならきっとなんでもできる。

 

 

「おはようございます、トレーナーさん」

 

「ああ……もう朝か」

 

 

 紅い瞳。私とおそろい。私が笑うと、彼は決まって笑い返してくれる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「はい、あーん」

 

「……あーん」

 

 

 朝食をもどしてしまう、と聞いた時は目が眩むような思いだった。私の知らないトレーナーさんの闇。もっと知りたかったし、頼りにしてほしかった。

 

 それでも、私が食べさせるとトレーナーさんは無事に完食できるようになった。

 

 

「美味かった……けど、食べさせてもらうのはなんか恥ずかしいな」

 

 

 照れ隠しのようにそっぽを向く彼。ああ、ああ──本当に、愛おしい。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「今日は何処へお出かけしましょうか」

 

「俺が決めていいのか?」

 

「はい。普段私に合わせてくれている分のお返しです。……それとも、今日は家でゆっくりしますか?」

 

「そうだな……ありきたりだけど、映画見に行きたい」

 

「かしこまりました」

 

 

 お出かけに行く場合は必ず私が彼の手を握る。そして先導をする。その繋がりがあるだけで、どこまでも行けそうな気がしていた。

 

 

「つきましたよ、トレーナーさん」

 

「ああ……」

 

 

 胡乱な反応。……やはり、こうして連れ出すのは悪影響なのかしら。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー、久々にいいもの見た」

 

「はい。見ていてとても心が動かされるお話でした」

 

 

 動物と人間の絆を写した作品。手垢のついた話ではあるが、シンプル故の叙情的衝撃があった。

 

 ……絆。それは、このヒトとの間にも確かにある。……と、私は思っている。

 

 トレーナーさんは私がいないと幸せになれないと仰っていた。……正直に言うと、嬉しかった。しかしそれは彼を破滅へ導いてしまうことになる。

 

 それなのに……今日こうして一緒にお出かけできたことを喜んでしまう私は、卑しいかしら。いや、きっと卑しい。

 

 

「スティル」

 

「はい」

 

「ありがとうな。実を言うとあの映画に興味はあったけど見る気が起きなかったんだ。だけど今日お前が誘ってくれたことで新しい喜びを見出すことができた。だから……ありがとう」

 

「…………ふふ」

 

 

 こんなに幸せになっていいのかしら……。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……悪い。夕飯までちょっと眠りたい」

 

「かしこまりました。それでは」

 

「ん……」

 

 

 帰宅後。ベッドに体を投げ出す彼に頭を寄せて、魔法の言葉を囁く。そうすると彼は安心したように寝息を立て始めた。

 

 

「…………」

 

 

 ……愛らしい、寝顔。できることならこの時間を永遠に味わっていたい。それでも、どんな物事も終わりがあるから美しい。

 

 

「……支度しないと」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「お、今日はプリンか」

 

「はい。卵が安かったので」

 

 

 彼の淹れたコーヒーと、甘いお菓子。幸せの二乗法。

 

 食べ終わった後は心ゆくまで活字の世界へ没頭。……幸せ……。

 

 明日は何をしよう。そんなことに思考を巡らせる、それだけで幸せだった。

 

 

「ふぁ~あ……そろそろ寝るか」

 

「ああ……もうこんな時間」

 

 

 彼といると時が経つのが本当に早い。ベッドメーキングをしなければと思い、本に栞を挟んだ。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、おやすみ」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 

 と言っても、部屋にベッドは一つしかない。要するに同衾しているというわけだ。

 

 一人では眠れない俺。では、彼女は何をするのか。答えは簡単。

 

 

「──愛してる」

 

 

 彼女が耳元で囁く。

 

 

「愛してます、トレーナーさん」

 

 

 それが魔法の言葉だった。目覚めればまた紅い朝がやってくる。

 

 互いの感情で窒息してしまいそうだ。でも、それでもいい。それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 彼の(かいな)に抱かれて眠る。嗚呼、なんて幸福。

 

 貴方が私にそうしてくれたように、私の全てを貴方に捧げる。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「正面から触れてみたい……ですか?」

 

「ああ。今で、お前なら、大丈夫な気がする」

 

 

 ある正午過ぎ、俺はずっと恐れながらも求め続けていた欲求を彼女にぶつけることにした。

 

 立ち上がり、手掌を首辺りまで挙げて佇むスティル。美少女は何をやっても絵になる。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 正面に、立つ。思い返されるあの日の景色。

 

 

『誕生日おめでとう!』

 

「……っ、あ」

 

「ご体調が優れないのであれば、やめます」

 

「……いや、待ってくれ。あとちょっとなんだ」

 

「……はい」

 

 

 ──壊したい。

 

 俺が一番恐れているのは殴られることではなく、俺が危害を加えてしまうのではという衝動だった。

 

 美しいと思った。ターフを駆けるその姿が。だからこそ、壊したかった。

 

 

「いいですよ。貴方になら壊されても」

 

 

 こちらの思惑を見透かしたかのような言葉。スティルなら、俺が何をしても受け入れてくれる。だけど″それ″だけは越えてはならない一線だ。

 

 重なった掌。白磁の如く清らかなマヌス。指先を絡めながら空いたもう片方の手で、彼女を引き寄せた。

 

 

「んっ……」

 

「…………」

 

 

 俺の根幹は。誰かに笑顔でいてほしい。例えそれが怯えから来た感情であったとしても。例えその善意が何度踏みにじられたとしても。

 

 『お前』が表れるようになったのは両親への防衛本能から。だけど、もういいんだ。

 

 だから、ありがとう。さようなら、『俺』。

 

 ……そして、思ったことだが。

 

 ……愛される、ってえのは、存外悪くない。

 

 そうか。俺は、愛されたかったのか。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 激動のトゥインクル・シリーズからどれだけ経過しただろう。遠い日の夢を見ているような感覚だった。

 

 出かけられない日が段々と増えていく。食事も以前ほど摂取できなくなったし、視界の赤さは日に日に増している。

 

 それでもいい。それでいい。それがいい。

 

 幸せだった。例えこれからどんな道へ墜ちたとしても、それだけは胸を張って言える。

 

 

「スティル、まだ起きてるか」

 

「はい」

 

 

 ベッドから体を起こす。俺の両腕に包まれていた彼女も自然と起きる形となった。

 

 

「俺は、お前と出会えて。お前と走れて。お前と笑えて。幸せだった」

 

「……やめて、行かないで」

 

「俺はどこにも行かない。ずっとお前の傍にいる」

 

 

 その瞳が潤いだす。あー、泣かせるつもりはなかったんだけどな……。

 

 

「……を、ください」

 

「なんだって?」

 

「契りを、ください」

 

「分かった」

 

 

 彼女の頬に手を添える。

 

 

「もう離さないでください。どこにいても、何があっても」

 

「ああ。誓う」

 

 

 不確かな月明かりの中、俺はお前を求めた。

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 溶け合ってしまいそうなほど甘く、熱い時間だった。

 

 

「スティル……どこだ……?」

 

「お傍におります」

 

 

 ……少し、眠くなってきたな。

 

 ちょっとだけ眠ろう。彼女は傍にいる。そして起きたらこう言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん」

 

 

 彼女は身を寄せる。男の(かんばせ)には、最早何の曇りもなかった。

 

 

「これからもずっと、いつまでも一緒ですよ。トレーナーさん」

 

 

 少女は(うた)うように微笑んだ。

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