下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
「ん……」
「おはようございます、トレーナーさん」
目を開けると、穏やかな光が視界に差し込む。ここには昼も夜も無いが、温かな光が世界を満たしていた。
「……シャワー浴びてくる」
「はい」
ここには穢れも汚泥も無いが、習慣づいたものは中々やめられなかった。
「ふー……」
シャワーはいい。体を洗い流してくれる上に余計な思考を吹き飛ばしてくれる。
風呂から上がると着替えとバスタオルが用意してあった。まったく、本当に気が利くな、お前は。
「上がりましたか。では、一緒にいただきましょう」
「ああ」
手を合わせる。目の前には簡素でありながら洗練された朝食。
「「いただきます」」
▫▫▫▫▫
ここには病気も瘴気も無い。故に自分で朝食を摂ることが可能となったが、彼女の望みで数日に一回は食べさせてもらっていた。
「「ごちそうさまでした」」
「……さて、今日は何するか」
「トレーナーさんがよろしければ、散歩はいかがでしょう」
「いいな。じゃ、水筒にお茶入れてくる」
食事はゆっくりでも、準備はテキパキ。一緒の時間を過ごせる。それだけでもう幸せだった。
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「日差しが気持ちいいな」
「そうですね」
トレーナーさんとの時間。会話。繋がれた手。どれもが私に至上の喜びを享受させていた。
……幸せ。世間体や金銭面を気にする必要は無く、永遠に彼と過ごせる毎日が。
もう恐れる理由は無かった。私はトレーナーさんを愛している。
「お、今日もやってるのか」
散歩の経路にソレはあった。歓声が並んで歩く私たちの耳に飛び込む。
「今日も賑やかですね、あそこは」
「……行きたいか?」
「……少し、興味はあります」
私の本能と戦ってから久しくそこには訪れていなかった。
光に包まれたレース場。私が、血を焦がした場所。
▫▫▫▫▫
「あ、スティルさんじゃん」
「史上二人目のトリプルティアラウマ娘……やっぱオーラが違うね~……」
囁き声と視線。……思わず縮こまってしまいそうになるけど、私の隣には彼がいる。そう確認できれば恐れは無かった。
……いつかの頃は、中々気づかれなくて驚かせてしまうことが多々あった。それなのに、この光溢れる世界では私の存在感も大きいものになっているらしい。
「スティル」
「っ、は、はい」
「お前はどうしたい?」
「私、は……」
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ゲート入り特有の圧迫感。誰かと競うのは久方ぶり。動悸さえ感じてしまうほどに私は緊張していた。
「……トレーナーさん」
それでも、彼が見ている。ならば情けない走りは許されない。
「……見ていてください」
絶対、勝ちますから。
▫▫▫▫▫
「はァ──ッ!」
最終直線に入り一気に追い抜く。
いつぶりだろう、この、懐かしい感情。……走ることが、楽しい。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……全て、喰らい尽くした。それでも本能は表面化しない。
「……楽しかった」
こんな風にレースと向き合える日が来るとは思わなかった。穏やかな希望が胸を染めていく。
どこか夢心地でトレーナーさんの元へ急ぐ。すると彼は──
▫▫▫▫▫
「……どうして泣いているのですか?」
「お前が……っ、お前が、走る事を楽しめたのが、嬉しくて……っ。──それでいい。それでいいんだよスティル。お前は、ウマ娘なんだから」
やっとだ。やっとスティルは、心の底からレースを楽しめるようになった。
それがただひたすらに嬉しくて、涙が止まらない。感情に任せるまま、俺は泣いていた。
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それからは度々レース場に足を運ぶことになった。時には遠出をして違う場所で違う相手と戦うこともあった。共通して言えるのは、彼女はどのレースでも誰よりも輝いていた。
俺は所詮、運と環境に恵まれただけのトレーナーだ。彼女が望むなら、どんなレースにだって出してやる。それぐらいの気概がなければスティルのトレーナーを名乗れない。
「ねえねえ聞いた?次のレース、ラモーヌさんが出るらしいよ?」
今日は観戦をしようということで観客席で並んで座っていると、そんな噂話が届いた。
メジロラモーヌ。かの有名なメジロ家出身。トリプルティアラを初めて獲得した、超一流のウマ娘。
「……うわあ、本物だ」
「…………」
観客席越しでも分かる、重厚な威圧感。
このレース場ではたくさんのウマ娘が連日走っている。コース脇にある光の特に強い陽だまりでは、レースの疲れがあっという間に癒えるだとか。だから走ろうと思えば無限に走れるらしい。
その中でも特に輝く俊英が一人。
「ラモーヌも速いな……」
思わずそう呟くと、スティルは突然立ち上がった。
「ん?どうしたスティル」
「…………」
無言で駆け出すスティル。追いかけようとしたが、視線で咎められた。……彼女の前で誰かを褒めるのはやめた方がいいのかもしれない。
▫▫▫▫▫
光のシャワーを浴びるラモーヌさんに駆け寄る。既に勝負服には着替えてあった。
「なにかしら」
……胸の奥を灼かれる。濃厚な灼熱が視界に点在するような気さえした。
「もう枯れた花などと侮りません。だから、決着をつけましょう。私の方が、速いです」
「相変わらず吠えるわね。なら、証明してくださる?貴方の愛を」
「はい……!」
「
「──ジェンティルドンナさん……!」
誰が相手だろうと関係ない。トレーナーさんとの契りが胸に残る限り、私は勝ち続ける……!
▫▫▫▫▫
「ぜ、ェッ、ゼエッ、はぁ、はァ……ッ」
「フー……。いいわ、今の貴方、よくってよ。愛しているのね」
「ハァ……ハァ……。……
……勝った。勝った。私が、ラモーヌさんに、ジェンティルドンナさんに勝った。
コース脇の強い光を浴びるよりも優先して、彼の元へ駆け出す。
「……はぁ……はぁ……」
体が熱い。くらくらしてしまいそう。それでも、
「……トレーナーさん……」
それでも、この愛を証明する。
▫▫▫▫▫
「トレーナーさん、勝ちました」
息を乱れさせながら俺の元へやってきたスティルが勝利宣言をする。今見たレースはしばらく忘れられそうになかった。
「お、おお。よく頑張っ──、スティル?」
鼻先が触れてしまいそうな程に近く、そして強く、彼女の両腕が俺の頭を掴み視線をかち合わせてきた。
「……わたしだけを、見て」
「……ふっ、やっぱり可愛いな、お前は」
とあるモブウマ娘の呟き
「うわ~、白昼堂々大胆だね~……」
「ここには昼も夜も無いけどね。……いいなー、私もあんな恋人欲しかったなー……」