「ねえねえカイチョー、キスってどんな味なのか知ってる?」
それはとある日、雑務も少し落ち着いた所で休憩にと珈琲を口につける寸前の事であった。 くるくるとティースプーンでカップに注がれたミルクを混ぜながら何てことない風に聞いてくるのはトウカイテイオーだ。
また何かの漫画かドラマに影響されたのだろうか、それとも友達同士でのおしゃべりの話題として上がって来たのだろうか、どちらにしろ好奇心が強いこの娘の事だ。 納得が行く回答が得られないとなぜなぜ聞いてくるに違いはないだろう。
「また突然な質問だな、何故そんな事が知りたいんだ?」
「ん~あのね、誰に聞いてもちゃんと答えてくれないんだよね~だからカイチョーなら知ってると思ったんだ!」
「ふむ……例として聞いておきたいんだが、他には誰に聞いたのかな?」
「ん~っとね……マックイーンに聞いたら顔を真っ赤にさせて押し黙っちゃうし、ライスに聞いてみたらあわあわし始めてどっかに駆けて行っちゃうし、ゴールドシップに聞いてみたら焼いたら塩味、天ぷらなら醤油じゃねえの? なんだ、食べた事無いのか? って言うからさ~」
何故その人選をしてしまったんだ……と頭の中で考えてしまうが、恐らく仲の良いマックイーンの傍に居た娘達に手あたり次第に聞いてみただけだろう。
ライスシャワーはあのメジロマックイーンと友達の様だし、ゴールドシップは何時の間にかマックイーンの傍に居る事が多い。 身近な娘に聞いて駄目だったから私なら色々と知っているだろうと聞いたという所か。
「ゴールドシップが言っているのは魚の鱚の事だな。 まああり大抵な誤解とニュアンス次第ではどうとでも取れる言葉の弊害という奴ではあるが……彼女の場合意図的にボケているのか、それとも本気でそう思っているのかは分からないが……さて、テイオーの質問に対してだが正直私にもよくは分からないよ。 俗説ではファーストキスはレモン味とよく言われているがね」
「俗説って……一般的にって事? 実際にはやった事ないの??」
「頬にはあるかもしれないが、テイオーが聞きたいのは好きな異性にする唇にするキスの事であろう? まだ学生の身としては元より、生徒会長として した事がある と大っぴらに宣言する事は如何なものだろうかな」
「むう……じゃあじゃあ、してみたい人とかは居る? 学園を卒業すれば学生では無くなるから出来るようになると思うんだけどさ」
ふむ とルドルフは手を顎に当て考えるそぶりを見せる。 一番真っ先に思い浮かんできた人が今自分を担当してくれているトレーナーであった。 訓練であろうと、日常であろうと自分を支え、励まし、共に理想を叶えようと断言してくれた彼ならば……悪くはない。
しかしするにしても状況はどうだろうか、誘う側? 誘われる側? 普段は温厚であるが彼も芯が通った一人の男であるし……身長的には彼の方が上であるから顎に手を当てられて上に向けられるのか? これはギャップという奴なのだろうか? 普段は頼りになる者が色恋沙汰になると一歩引いてしまうのでそこを彼に引いて貰うという事か。 成程確かにそれも良いかもしれない。 やはり手綱は握るより握られていた方が……いやしかしそれはそれでダメな気もするな。 自分に付いてくれば良いと言った手前、やはりその面でもリードはとらないといけないのではないだろうか。 彼の頬に手を添え私に任せればいい と……いや、それはそれで良いかもしれないが今の私では知識が不足しているだろうな。 恋愛沙汰ならば誰に聞くのが良いだろうか? エアグルーヴはダメだ、彼女は私と同類であろうからあまり参考には出来ないだろう。 ふむ……やはり一度自分で調べるべきであろうか、とりあえずそういう類は雑誌で読むのが一番良いであろう。 そうと決まったら今日の放課後は仕事を早めに済ませ書店に向かうとするか……
考える仕草をしたままルドルフの耳はぴょこぴょこと動き回る。 伊達に幾多もの書類を捌きながら分別し、その答えを導き出し何処に根回しが必要か、誰の許可が必要か、打合せや予算、実現するには何が必要かを考えながら作業をする事に慣れているルドルフにはこの位の事は容易に考え付くしその対策もいくつか浮かんでくる。
そんなルドルフをテイオーとしては何か上機嫌だな~ と思いながら見ていたが、テイオーとしては自分の質問に正面から目線を向け、考えてくれるルドルフは嬉しいものであった。
「にししっ、カイチョーにも誰か居るみたいだねっ」
「っ! ごほんっ!! 私の事は良いとして……聞いてくるという事はテイオーにも誰か居るという事かな?」
「ん~……ボクね、気になる人は居るんだけどそれがそうなのかはよく分からないんだ。 好きな人とキスをすると強くなれるって本に書いてあったんだけどね、心から好きな人じゃないと駄目なんだって」
やはり何処かの漫画が雑誌が情報源だったようだ。 尻尾が揺れ動いている事から興味はあるのだがそれがどの様な物が当て嵌まるのかが分からないらしい。
「心から好きな人って言われてもさ、好きに上も下もあるのかな? ボクは友達としてマックイーンの事は好きだし、何だかんだで面白いゴールドシップも、話を聞いたりしてくれるカイチョーの事も好きなんだよ? それは多分心からそう思っているんだけど、そうじゃないんだってさ~……何がどう違うんだろうね?」
テイオーの言葉に嘘・偽りはないのだろう。 友としてライバルとして、又は目標として親しみを込めた好きは彼女の傍にはあふれている。
それを素直に言葉に、行動に出来る彼女に惹かれるのであろうか……眩しいものだ、正に青春を生きていると言えるだろう。
「そうだな……例えばだが、心の奥底から好きだ という事はそういった言葉に出来る事では無いとも言われるな。 その人の事を考えると力を貰える、又は励まされる様な事。 愛おしいという気持ち、傍に居て欲しいと願う気持ちの事を纏めて好き という短い言葉に纏めている事だ」
「ん~……言葉を掛けられると頑張れる人って事?」
「そうだな」
むむむっ……と少し悩んでいたテイオーが突如耳をピンッ と立てて、閃いたと言わんばかりに表情が明るくなる。 頭上に電球が見えたのは気のせいのはずだ……多分。
「ならトレーナーがそうなのかな!!」
咄嗟に声を出さなかった事に自分自身を褒めたいくらいだ。 自分で自分は見えないが耳と尻尾が高く持ち上がり、今必死に感情を出さない様に押さえつけている所である。 大丈夫だ、会長は慌てないし狼狽えない……よし。
「トレーナー君か……理由を聞いても良いかな?」
「だってだって、レースとか練習とか、トレーナーが頑張れって言ってくれればボクもっともっと頑張れるんだもん! カイチョーだってそうでしょ? 自主練習してるよりトレーナーが一緒で練習を見て貰ってる方が、走っているときのタイム良くなるもんね!」
「むっ……確かにそうかもしれない。 それは私を信じ、期待してくれている彼に少しでも報いたい。 又はその信頼を裏切りたくないという気持ちがあるからだろう。 レースでも同じことだ、走りを見に来てくれている人、期待している思いや願いに少しでも応えたいと思えば力は自ずと出てくるものだ」
「ん~……でもね、ファンの人とトレーナーはなんか違うんだよね~。 皆応援してくれてることには変わりはないよ? でもさ、体の奥底から力が湧いてくるというか、心の底から頑張りたい!! って思えるのはやっぱりトレーナーの声なんだ。 例え幾千、幾万の声があっても、トレーナーの声だけはちゃんと届くみたいな感じ!」
「それは……」
頑張れ という励ましの声 お疲れ様 という労いの声 大丈夫か という心配する声……そう、彼の声は何時だって覚えている。 テイオーの気付いた好きという事は特別な事を示す事。 つまりテイオーもトレーナーが特別だという事だ。
「なら、テイオーも私と同じ人が好きだ という事になるな」
「ふえっ? あ、カイチョーの特別もトレーナーなんだ」
「ああ、やはり傍に居る期間が長くどうしても頼ってしまう所が多いからかな……時間を共有すればするほど、隣人は特別になりやすい。 それが自身を応援しもっと上へ、高みを見せてくれる相手なら猶更な」
「そっか~……じゃあ、これからはもっと頑張らないといけないな……ボク、もっともっとトレーナーに褒めて貰いたいし、見ていて欲しい。 けどカイチョーが相手だとやっぱり少し負けちゃっているかな……」
しょんぼりと耳を下げ顔を俯かせるテイオーに私は屈み目線を合わせてから手を肩に乗せる。
「そんな事は無いよテイオー。 君の直向きに頑張る姿はトレーナー君の目に良く映っている。 君のいない場所でだがよく頑張っていると褒めているよ」
「……ほんと?」
「勿論、それに甘えたがりだという事もな。 この前の休みなんて膝の上に乗って映画を見ていたとか」
「なっ! 何で知ってるの!?」
「知ってるも何も、トレーナー君が私に雑談として話してくれたからだが? 後はそうだな……」
「わーっ! わーっ!!! なしなしなしなし!! それ以上はだめーっ!!!」
泣いた烏がなんとやら 俯いていたテイオーはわあわあ騒ぎながら私の口を塞ごうとしてくる。 立ち上がり、ポンポン と頭を撫でながらもう大丈夫だな と問う。
「……良いの? ボク手加減しないからね」
「望む所だ。 譲られた勝利など願い下げ、皇帝は自分の力で勝利を奪い取るものだからな」
彼の一番は私だ、それはテイオーにだって譲らない。 ニコニコと笑いながら頑張らないとね~! と軽くステップを踏むテイオーに笑みを浮かべながらもそう決意をする。
カツカツ……と足音が聞こえてくるのと同時にテイオーの耳もピンッ と伸び、ドアの方へと振り返る。 この足音は恐らくトレーナー君だ。 何時もより少し来る時間が遅かった気がするが……そういえば何処かによって来る と言っていたと覚えている。
「お待たせ~! ルドルフ、テイオー! 新入生が来てくれたよ!」
扉を開けたトレーナー君が発した第一声がそれであった。 確かにそろそろ新入生であるウマ娘達が選抜レースを駆け抜け、各々自分の運命を託す相手を決めるべき時期だ。 そしてその勧誘は熾烈を極めるというが……
失礼する と一声かけてから入室してくるウマ娘に正直驚いた、身長は私とそれほど変わらないが独特の圧を感じる。 新入生でこれだという事は鍛えれば相当強くなるだろう……無論負けるつもりは全くないが。
「オグリキャップだ、宜しく頼む」
しかし、こんな有望な新入生を彼はどうやって迎え入れられたのだろうか?
タマモクロスの実装は未だですか??