トレーナーの朝は基本的に早い。 担当のウマ娘達の朝練があればそれの指導をしなければいけないし、次のレースやライバル達の情報収集、天気予報の確認や各種練習場の使用要望書、トレーニング器具の使用許可書等々……やるべきことはたくさんある。
平日は勿論、休みである土曜・日曜日でも平日に処理できなかった書類仕事を持ち帰って居るトレーナーも居る程だ。 チームを率いて多くのウマ娘達を指導するトレーナーはコミュニケーション能力と同時に膨大な書類を捌く事務処理能力も必要である。
また土曜日・日曜日にレースが開催される為、開催日近くとなると調整や本番で休日が無くなる日もザラではない。 レースに出ればその報告書が必要であるし、勝っても負けても練習で見えなかった課題点は多く出てくるのでその点を修正する為の練習メニューを考えたり、広報向けの文章を打ち合わせしたり……指折りで数えだすと両手で足りない程だ。
新人として一人のウマ娘を担当していれば一人分で済むのだが、チームを率いているトレーナーはその分負担も大きい。 サブトレーナー制度もあるので一人で全てを抱え込まなくて良くはなっているのだが、最後の最終決定権は結局自分の元に来るので、その事からもチームを率いる事がどれだけ優れたトレーナーの証明であるという事が良く分かる。
さて、そんな日々を送っては居るが今日は休日の土曜日だ。 転入生であるオグリキャップはまだメイクデビューに出走していないのでしばらくは練習で実力を付けて行く事になるのだが、先ずは学園に慣れてからで良いし、いきなり練習を突き詰めても体調を崩すだけだ。
何事にも順序があるし場所も時期も考えて行わなければただ体をいじめる事になるだけなのだから。 となると特に予定が無いように思われるが、今日はトウカイテイオーが遊びに来る予定となっている。
どうゆうことなのか と言われるとウマ娘は担当トレーナーに対して心理的に大きく頼る事が多い。 聞く所によれば彼女達は走る事が好きであり命である。
誰よりも早く、強く走り勝利する事が最高の喜びであり生き甲斐である事から自分を導き、支え道を示すトレーナーに懐く娘は多い。 故に学園側もウマ娘を精神的に支える事や、多感期である事からの諸問題に配慮する事をトレーナー側に指導している。
まあ……社会的に問題が無い様に指導しつつ、彼女達の調子を整えてあげろ という程度だ。
今日はトウカイテイオーが遊びに来る日、と言う様に私が担当しているウマ娘達はローテーションで休日を共に過ごす事になっている。 土曜・日曜が休みの日は日曜日が完全な休みとし、土曜日にルドルフかテイオーのケアに当たるという事にしている。
最も、それは基本形としてそうしよう と決めてあるだけで、月初めのミーティングで相談し日程を決めてゆく事にしているので祝日等でもお願いされればよっぽどのことが無ければなるべく要望に沿うようにしている。
時刻は未だ朝の8:00前……普段ならばもう学園で仕事をしている時間であり本来ならばもう起きていても良い時間だが、テイオーが来る予定の時間が10時くらいから という事で少し夜遅くまで持ち帰った仕事をしていたから少し遅い時間に目が覚めたようだ。
窓から外を見てみるとカーテン越しからも差し込む朝日が眩しい事から、どうやら快晴の様だ……さて、テイオーが来るまでにとりあえず布団や洗濯物を干してしまおう。
そう考え布団から起き上がると廊下に面するすりガラスに何かが写った気がした……いや、朝ももういい時間であるから誰かが通っただけでだろう。
背伸びをしながら自然に出る声に身を任せ、動くぞ~と身体に準備をさせてゆく。 声を出すのがおじさんくさい とはよく言われるが体を動かすのに声を出した方が良いと何処かの論文でも書かれていたのだから悪い事では無いだろう。
「……あっ、トレーナー起きたかな」
……廊下から聞こえた声が聞き間違えで無ければ、先ほど見えた窓の陰は今思い出してみるとウマ娘の耳にも見えた気がする。 もしテイオーであった場合寮の廊下で待たせるのも体裁があまりよく無いだろうし、5月とは言えまだ涼しい時期だ、体を冷やす事はあまりお勧めできない。
寝巻のままだが、玄関へと歩みを進めドアを開けるとあっ という驚いた声と自分を見上げる空を思わせる水色の瞳が自分を見上げてくる。
「……おはよう、テイオー」
「え、えへへ……おはよう! トレーナー!!」
「時間には随分早いけど……うん、まあ入って」
時間より早すぎるとか、まだ寒いんだからそんな所で待ってたら駄目だ とか色々言いたい事もあったが、元気よく挨拶をし尻尾を機嫌良さそうに振っていたものだからまあ……次からは気を付ける様に後で軽く伝えておこう。
お邪魔しま~す と慣れた様に靴を脱ぎ勝手知ったる何とやら でテイオーはリビングへと進んでいく。 今日は映画を見たい と言っていたのでその為にソファーに陣取る為なのだろう。
とりあえず寝室に戻って着替えてから朝食……は、昼食まで我慢しようか。 流石に待たせたまま朝食を取っているのも悪いだろう。
「ん~……あ、卵とベーコンとかはあるね。 じゃあ朝食はパンにしようかな」
「テイオー? 別にご飯は後でも……」
「ん~ん、良いよ。 ボクが作りたいだけだし早く来たのもその為だもんね。 トレーナーはとりあえず寝間着から着替えてきてよ。 その間にボクはご飯作っておくからさ」
冷蔵庫を覗き込んでいたテイオーが材料を取り出し、キッチンへ並べながら持ってきたエプロンを付けている。 白い生地に所々蒼い飾りが付けられた勝負服に似た色使いのエプロンを手慣れた様に私服の上に付けつつ、戸棚からフライパンを準備してコンロにかけ始めた。
ここは言葉に甘えておく方が良いだろう。 そう判断して寝室へ戻り寝間着から普段着へと着替える。 仕事では無いからゆったりとした服装で良いだろう。
「トレーナー、ご飯できたよ~! とりあえず洗濯物ボクにくれて良いから座って食べちゃってよ」
「洗濯籠に入れておくだけで良いよ。 後で洗濯するからさ」
「そう言って夜に洗濯機回して室内干しするじゃん……天気が良いんだからちゃんと外で干そうよ」
「むう……じゃあ宜しくね」
「うむ、テイオー様に任せておきたまえ~」
両手を差し出してくるテイオーに寝間着を渡し、用意された朝食を頂く事にする。
バターを塗ったトーストに目玉焼きとベーコンにほうれん草が炒められたソテーと珈琲が淹れてある。 トーストはサクサクとしておりバターが丁度良く溶け自分好みに仕上がっている。
「んじゃ、次は布団干しておくね~」
「何度も言うけど、そんなに気を使わなくても良いよ?」
「良いから良いから、ご飯食べ終わったら水につけておいてよね」
パタパタと手を振り、こちらの返事を待たずに寝室へと消えてゆくテイオー。 やりたいからやっている と毎回言うのだがそんなにも寝不足の様に見えるのだろうか……
布団は干した方が気持ちよく眠れると言われているので、気を使って干してくれているのだろう。
ガラガラッ と引き戸を開く音が聞こえ、続いてバンバンッ と布団を叩く音が聞こえる……ベランダに干した布団を叩きを使って埃を落としている音だろう。
「トレーナー! とりあえず布団干しとか終わったよ~」
「ありがとうテイオー、こっちも片付けが終わったから映画の準備しておいて」
朝食を終え、キッチンのシンクへ食器を片付けているとテイオーがリビングへと戻ってくる。 丁度良くこっちも食器を片付け終えたので、冷蔵庫からテイオーが良く飲んでいるハチミツのドリンクを片手にリビングへと戻るとエプロンを外し、ブルーレイレコーダーに向かい今日見る予定のディスクを挿入している所であった。
「今日はね~……そうそう、これを見たかったんだ!」
テイオーが取り出した物は少し前に流行った某呪い系の映画であった。 何やら古井戸から霊が出て来てそれを見続けると呪いで殺されるやら、足の無い浮遊霊が死神の鎌を持って、私を見た奴は皆死んでしまう と叫びながら追いかけてくるとか……
他にも色々な怪異が出てくる映画の様だが、とりあえず怖いものをごっちゃ混ぜに入れすぎた為か、怖さよりもシュールになりすぎて逆に笑えてくると言われた映画だ。
プレーヤーにディスクをセットし、ソファーに戻ってきたテイオーはさも当たり前の様に自分の膝上にその身を委ねる。 担当トレーナーとして傍に居た年月が長いからか、テイオーと二人っきりの時はこうして自身の膝上に乗り、腕を前で交差させる……まあ、軽く抱きしめる様な恰好が好みの様だった。
一度暑苦しいんじゃないかと、ソファーの隣を勧めた事もあったのだがその瞬間、ブンブン振っていた尻尾が真下に落ち、耳も水平器を置いたら真っすぐを示すであろう垂れ具合を示し絶不調です と表現されたので、テイオーが飽きるまではこのままにしておこうと決断した。
当人のテイオーはご機嫌そうに耳をピコピコと上下させ、ハチミツのドリンクを飲んでいる所であった。 完全にリラックスしている状態だが、それも映画が進んで行く事に少しずつ落ち着きを無くしていく。 おどろおどろしい音楽に周囲をわざと見せない様に映し出すカメラワーク、出演者達の緊迫した声にテイオーは引き込まれている様だ。
映画を作った人が見たら冥利に尽きるだろう、ここまで真剣に映画を見て怖がってくれているのだから……ちなみに自分は現れた怪異がどんなギミックで動いているのか とか、走っている場面や推理しているシーン等で何かヒントは無いものかな と職業病を発症しているのであらすじ程度しか頭に入ってこない。
あ、ここ驚かすシーンが来るな と思うとその通りに怪異が現れる。 お決まりの王道を行き過ぎて逆に予測が出来てしまい自分は全く怖くないのだが、テイオーは違う様で声にならない声をあげギュッ っと私の腕を抱き寄せた。
怖い時は他の誰かに縋りつくとはよく言われているので少しだけテイオーを抱きしめる力を入れるとテイオーの体が少しだけビクッ っと反応したかと思ったら背中を押し付ける様に背中を預けてきた……安心したのなら幸いだ。
映画は悪霊退散、と叫びながら銃をぶっ放す筋肉モリモリマッチョマンと愉快な仲間達が、現れた怪異達を片っ端から銃撃・砲撃・爆破によって全て消し飛ばして解決させていた。
推理シーンとか怪異に纏わる話とかは何だったのか、結局最後には火力が全てを解決させるのか……この手に限る と最後に呟いていた彼の笑顔が脳裏に焼き付いた映画であった。
「面白かったね、トレーナー!」
まあ、テイオーが満足ならそれで良いかな。
我々は待ったのだ! セイウンスカイ実装おめでとうございます。 次はタマモクロスかエイシンフラッシュ、メイショウドトウが来る迄落ち着いてサポートカードを回します。