ホシノ先輩が2年前の雰囲気に戻った時の話   作:John.Doe

1 / 3
前編

 砂嵐に飲まれた日本式の住宅街を擁するアビドス自治区。その象徴的存在であるアビドス高等学校。そのアビドス廃校対策委員会に、途轍もない衝撃が走った。

 

 

 

 砂狼シロコが姿を消したという報告だった。それも、恐らく拉致か何かで、だ。

 

 

 

 かつてカイザーコーポレーションに便乗し、小鳥遊ホシノという実験体として確保しようとした男がいた。「シャーレの先生の介入」といういずれの勢力にとってもイレギュラーである出来事によって、アビドスにとっては一旦の終息になったのがつい先日のことである。

 当然、そんな出来事の記憶が新しい今になって起きた彼女の失踪は、アビドス廃校対策委員会にとって喫緊の事態だと認識させるに十分すぎる事件である。

 

「手がかりは何かあった? セリカちゃんの時みたいに、携帯をある程度トラッキング出来たり……」

「それが、携帯そのものが道端に捨てられていて……GPS機能の履歴から考えると、直前まで自転車か何かに乗っていたようで。不自然に速度と経路が変化して、最終的に止まったままだったようです」

 ホシノの問いアヤネが答え、ここにいないシロコを除いた4人が肩を落とす。以前セリカが敵に身柄を奪われた際には解決の糸口になった方法なだけあって、皆の期待も大きかったようだ。

 

 

「そもそもシロコ先輩が襲われたことに気づいて、応戦しなかったわけがないわよね」

「つまり、それだけ数か質を揃えられる相手、というわけだね」

 シロコは単独で相当の戦力である、という対策委員会メンバーでの共通認識を基に、セリカが腕を組んで考え込みながら漏らす。

 時折、いやそれなりの頻度で合法ではない、有り体に言えば他人を襲ってでも目当てのものを手に入れようとするシロコ。その思考回路の危険性は兎も角、その思考を実行に移せるだけの実力がある彼女が、襲われて何もせずに拉致されたとは考えにくかった。

 

 珍しく、僅かに眉間に皺を寄せたホシノは、先日自分を捕らえた相手のことを思い出していた。大人の狡猾さや潤沢な資金からくる装備、人数という「数と質」を備えたPMSCという相手。そしてその後ろで蟻地獄が如く待ち構えていた「黒服の男」の存在。

 あの時、ホシノはシャーレの先生が「切り札」を以て救出された。その時に漏れ聞いた「次善策」とも言える実験体の話が、ホシノに不安を与えていた。

 

 

 

「先生との連絡は? 携帯追跡が出来なくたって……」

「勿論連絡は取っています。が、あまり有効な情報は出てこなくて……失踪地点が厳密にはカイザーコーポレーション所有の土地ということもあって目撃証言も多くないみたいで」

 件の事件が一旦落ち着いた現在でも、土地を売ってしまった事実は変わらず、住民らも影響を受けていた。住む場所を変えざるを得なかった人もいる。あるいは、そういう場所を狙ったかのように。

 

 とっかかりも無く、手詰まりの感さえあった。あとはそれこそ、当てもなく足で探すくらいしかない。しかしアビドス自治区の外に出てしまっているなら、それさえも難しい。

「現地も戦闘の痕跡で手がかりらしい手がかりもありません。携帯がほとんど無傷で落ちていたのも、シロコ先輩を捕らえた後に……」

 

 

 対策委員会の部室を、鉛の様に重い空気が包む。そんな中、セリカはちらりと、先程からひと言も発していないノノミを見た。クッションの代わりとでも言うように自身の武器である機関銃を抱えて無言で俯いていた。

 

 セリカとアヤネのように、シロコとノノミは同じ時期にアビドス高等学校にやってきた関係である。あまり表に出すことは無いが、互いに対策委員会で最も気を遣わずに済む仲だ。

 ノノミ自身が人を気遣うことが出来る優しい性格である事と、セリカとホシノに続けてという状況が相まって、かなり精神的に参っているらしい。

 

 

「今回は他校を頼る事も難しい。唯一外部の協力者である先生も、現状有力な情報は持っていない。となると」

「足で探す以外は無い、ってことでしょ」

「そうですね……まずは、現地に行ってみましょうか。見落としていることがあるかもしれません」

 一言もしゃべることが無いノノミを外に連れ出して気分を変えさせる、という目的も含めて、対策委員会は出動した。

 

 

 

 

 

「まー……分かっちゃいたけど何にもないね」

 ホシノが、いつもの調子に戻ったような口調で呟く。とはいえ目つきはまだ「2年前」の時のそれであり、彼女の内心が穏やかではないことを如実に示していた。

 最初にここを調べた時に拾った唯一のシロコの手がかりである携帯以外、落ちているのは砕けた瓦礫くらいのものだ。薬莢1つ残っていない。皮肉なほどに完璧な仕事、と言えるだろう。

 

「……あれ? これって……」

 しかし、一度時間を置いたからか。セリカが声を上げて、釣られるように他の3人がセリカのもとへ集まる。恐らく、下手人が逃げた時には目に映るものではなかったのだろう。残されたわずかな痕跡は、風で運ばれてきた砂で、彼女らが視認できる程度に浮かび上がってきていた。

「タイヤ跡……この進行方向なら、ある程度場所も絞れます。ブロックパターンで、使った車も分かるかも」

 僅かながら。厚い雲からこぼれたかのような微かな日差しであっても、彼女たちにとっては光明に違いなかった。カメラで撮影し、その場で砂の形を中心にタイヤのブロックパターンをデータとして抽出する。すぐにシャーレの先生にも共有された。

 

 

 

「皆お疲れー。まずはセリカちゃんが見つけたタイヤ跡の解析結果を待とう。それ以上の手がかりが無いし、車で遠距離まで移動されているなら私達には追う手段がない。結果が出た時に備えて、身体を休めておくように」

 陽が落ち、照明が照らす校舎に戻った彼女らを振り返ってホシノが告げた。焦って先走るな、という先輩からの釘刺しでもあった。

 

 一層落ち込んでいたノノミを含めて、各々が疲労と焦燥による重い足取りで帰路につく。茜の割合が少しずつ少なくなり始めた空に、星々がちらちらと瞬いていた。

 

 

 

 

「どこへ行くつもり?」

「はぁー……タイミングが悪いね、先生」

 夜の帳が下り、砂を運ぶ風の音だけが僅かに聞こえる夜のアビドス高等学校。その校門を出たところのホシノの背に、反対側からやってきていたシャーレの先生が声をかけた。

 バツの悪そうな、しかし気の抜けた声色のホシノ。しかし振り返って先生へ向けた彼女の表情は、やはり「昔のホシノ」のそれであった。もっとも、ホシノの過去をほとんど知らない新任の彼にとっては、いつもと雰囲気が違うな、位の認識であったが。

 

 声をかけ、それにホシノが振り向いてから、僅かながら沈黙が場を包む。どうやって先生を振り切ろうか、と勘案するホシノと、それを見抜いてそうはさせまいとプレッシャーを放つシャーレの先生。

 

 その均衡が生んでいた沈黙は、シャーレの先生がホシノへ向けて歩き出したことで破られた。

「ホシノ。君1人で全部背負うつもりかい?」

「……違うよ。これは"私"が招いたこと。あの子達は関係ない」

 

 詰められた距離を取り直すように、ホシノが一歩後ろへ下がりながら拒絶する。これ以上来るな、という明確な拒絶。しかしシャーレの先生は更に一歩距離を詰める。

「なら、君が捕らわれた時だって、関係なかったはずだ。彼女達にとっても、私にとっても、もう無関係なことじゃない」

 

 さらに一歩ホシノが下がり、先生が詰める。ホシノは更に白を基調に黒を差し色にしたショットガンを向けるが、先生が銃口に怯む素振りは無い。

「なんでっ……なんで、私に関わるとロクなことが無いって、もう分かってるでしょ!?」

「それでも。私達は、皆を守る為に前に出る、その背中を見てきてる」

 更に一歩。距離を詰めた先生はホシノへ手を差し伸べる。その差し伸べられた手に、ようやくホシノは心を溶かした。

 

「ずるいじゃん、そんなの……そんな風に言われたら……頼っちゃいたいって、思っちゃうじゃんか……」

「君が皆の先輩なら、人に頼る方法を教えたっていいんじゃない? それに、私は先生だからね」

 差し伸べた手を、座り込んだホシノの頭に伸ばす。先生の胸に顔を埋め嗚咽を漏らす彼女を、先生は彼女が落ち着くまで抱き留めながら頭をなで続けていた。

 

 

 

 

「とりあえず、シロコを連れ去った連中の目的地はある程度絞ることが出来た」

 そう言って、シャーレの先生は集まった対策委員会の面々の前で、タブレットの地図アプリを呼び出してプロジェクターを経由して広げる。

「台風と同じように経路を予測して、予測円の範囲にある人を攫うのに向いた地形をピックアップしてある」

「結構あるわね……10つくらい?」

 セリカが指摘した通り、赤い円で示された予想進路にかかっている建物らしき青い枠は2桁ほど存在する。とてもではないが、これを全て調べることはできそうにない。

 

「勿論、ここから更に絞った。同一の進路上にある候補をいくつか抹消して、衛星写真で近辺を探ったら、現場にあったブロックパターンと同じタイヤの車がある施設を見つけた」

 タブレットを操作して、地図の表示を次の段階へ進めた先生。すると、進路予測は1つを残して全て消え、建物を囲う青い枠も順次消えていく。

 

「ここ、は……」

「うん、以前ホシノが見つかったのとほど近い施設だ」

「つまり、今回も……」

 ごくり、と誰かが固唾をのみ込んだ音が聞こえた。それだけ一同に緊張が走った証拠だった。以前ホシノを騙し、捕らえた男。黒服、とだけ名乗った彼が関与している可能性が、極めて高かった。

 加えて、今回は相手も「シャーレの先生の切り札」を知った上で仕掛けてきているであろう以上、その効果も薄い。

 

「……やっぱり、皆には――――」

「よし、早速準備して出発するわよ! ほら、ホシノ先輩もノノミ先輩も早く早く!」

 何かを言いかけたホシノに被せて、セリカが発破をかける。セリカとほぼ同時に準備に動き出したアヤネと、一歩遅れて持ち出す品を取りに動き出したノノミ。部室に取り残されたホシノは先生と視線がぶつかって、ウィンクを返された。ほら、皆この通り、とでも言いたげな笑顔で。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。