東方耳かき話   作:雨宮季弥99

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レミリアと美鈴

「ふぅ……暇ね。また異変でも起こそうかしら」

 

 廊下の窓からどんよりとした雲に覆われた空を見つつ私はため息をつく。最近は特に面白いことも起きてないため退屈ねぇ。異変を起こそうかとも考えたけど、それもありきたりだし、何かないかしら。外の散歩でもして気を紛らわせようかしら。

 

「……あら?」

 

 そんな事を思いながらなんとなくその辺の部屋に入った私だが、そのときふと机の上に置いてある棒に目が行った。木でできているそれは長さはそんなに長くないけど、先端が曲がっていて、後ろには白い毛玉が付いている。一体何に使う道具なのかしら?

 

「誰かに聞いてみましょうか。咲夜……は忙しいだろうし、他に誰か……」

 

 その棒を手にして私はまず門に足を運ぶ。そこでは美鈴が暇そうに空を見上げていた。

 

「美鈴、ちょっといいかしら?」

 

「あ、お嬢様。お出かけですか?」

 

「そうじゃないの。こんな道具を見つけたんだけど、いったい何に使う道具かわかるかしら?」

 

「あ、それは耳かきというものですよ」

 

 耳かき? 聞きなれない単語ね。

 

「耳かき……ということは耳に何かするものなの?」

 

「はい。耳の中の汚れをそれで取るんです。耳の中の汚れは指で取れるものじゃないんで、そういう道具を使うんですよ」

 

 確かに、耳の中に入れるならこれぐらい細いほうがいいわね。でも、咲夜が私の世話をするときにこんな道具を使ったことはないわね。

 

「ねぇ美鈴。私は咲夜にこれを使われたことはないわ」

 

「あ、それはですね。耳垢の質だと思いますよ。耳かきは主に私や咲夜さんみたいなアジア系の粉っぽい耳垢を取るのに使うんです。お嬢様の出身であるヨーロッパ系の湿っぽい耳垢を取るのには向いてないんですよ」

 

 へぇ、耳垢にもそんな種類があるのね、知らなかったわ。……でも、おかしいわね。

 

「ねぇ美鈴。私の耳垢は別に湿ってはないわよ。むしろ、美鈴の言う粉っぽいものだと思うのだけど」

 

「え? 本当ですか?」

 

「本当よ。ほら」

 

 そう言って少し耳の中に指を突っ込み、爪で耳垢を穿って美鈴に見せると、彼女の目が僅かに見開かれた。

 

「あ、本当ですね。珍しいですねぇ。たまにそういう人がいるとは聞いたことはありましたけど、私も初めてみますよ」

 

「そうなのね。ねぇ美鈴。折角だしこの耳かきとやらで耳掃除をしてみてくれないかしら?」

 

 ここまで聞いたら興味も沸いてくるもの。いったいこれでどうやって掃除するのかしら?

 

「え? で、でも、私には門番の仕事が……」

 

「それじゃぁここでやればいいじゃない」

 

「それではお嬢様の服が汚れてしまいます」

 

「あら、少し位構わないわよ。咲夜には私がちゃんと言っておいてあげるから、やりなさい美鈴」

 

 拒否しようとする美鈴に命令すると、彼女は観念したのか少し息を吐いて肩をすくめた。

 

「……わかりました。それではお嬢様、私の膝の上に頭を置いてください」

 

 そう言って美鈴が正座したから、私は言われるまま頭を乗せてあげる。服が汚れるってこういうことだったのね。まぁいいわ。

 

「では、失礼します」

 

 一言の断りのあと、美鈴の手が私の耳を摘まんで穴を広げる。

 

「ん~と……あ~、ちょっと汚れてますねぇ。放っておいても特に問題はないぐらいですけど……折角ですから取っていきますね」

 

 そんな声が聞こえたと思うと、耳の外側に棒が当たり、そのまま擦り始めた。中をするものじゃないの?

 

「ねぇ美鈴、それは耳の中を掃除する道具じゃないのかしら?」

 

「そうですけど、それだけじゃないですよ。まずはこうして耳の外側の掃除をしつつ……ツボも押していきましょうか」

 

 壺? 何を言い出すの美鈴は。

 

「ねぇ、壺って何のこと? 壺なんて見当たらないけど」

 

「ああ、ツボと言うのは体にある、押すことで体に様々な刺激をもたらすポイントの事ですよ。お嬢様は吸血鬼ですから人間のツボとは場所が違いますけど、私の能力を応用すればどこがツボなのかを探せますからね」

 

 ふ~ん、変わった言い方をするのね。

 

「まずは外側の粉や薄~い皮を取り除いていきますね」

 

 サリサリ……カリカリ……

 

 ペリ……ゴソッ……

 

 聞き慣れない音を聞きながら美鈴の膝の上から外を見続ける。こんな開放的な空間で膝枕なんて初めてだけど、悪くないわね。贅沢を言うならもっと柔らかい膝のほうが良いけど。

 

「よし、汚れは取れましたね。それではツボを押していきますねー」

 

 耳かきが離れたと思うと、美鈴の指が耳の外側のいくつかの部分を順番にギューッと押してきて、そしたら耳の中の血流が早まり、そこから熱がじんわりと広がっていく。

 

「へぇ、血の流れを促進しているのね。それで効果を……あら?」

 

「気づかれましたか? 普通だとそこで終わりですけど、私は気を操れますからね。お嬢様の体の気も一緒に巡回させていっています。気持ちいいですか?」

 

「ええ、気に入ったわ」

 

 血と一緒に巡るエネルギーが体に満ちて気分が良くなる。これからはたまにこういうのをお願いしようかなと思っていたら、ついに耳かきが耳の中に入ってきた。

 

「痛かったらちゃんと言ってくださいね」

 

 カリカリ……ザリッ……

 

 ガサガサ……ズヂッ……

 

 耳の中を掻かれるという慣れない感覚に思わず体が動きそうになるけど、我慢して美鈴に身を任せる。普段触ることのない部分を初めての道具で触られるというのは中々に新鮮な感覚ね。

 

「お嬢様、痒かったり痛かったりしてませんか~?」

 

「大丈夫よ。……クッ」

 

 不意に耳かきが掻いた部分から猛烈な痒みが生まれて思わず手に力を籠める。

 

「ちょっと大きな汚れがありますねぇ。ちゃんと取りますから、動かないでくださいねぇ」

 

「ええ……わかったから早く取ってちょうだい。痒くて仕方ないわ」

 

「はい、了解しました」

 

 ガリガリ……ガリガリ……

 

 耳かきが痒い部分を更に掻いていく。それまでの汚れと違ってしっかりと付いてるみたいね、時間がかかってるけど、なんで汚れを取るのにこんなに時間がかかるのかしら?

 

「もうちょっとですからねー。もうちょっと、我慢してくださいねー」

 

「んん……わかって……るわよ……」

 

 不意に口から出そうになった声を飲み込みつつなんとか答える。なんだか、少しずつだけど、耳かきで掻かれるのが気持ちよくなってきてるんだけど、どういうことなのかしら?

 

 ミヂ……ミヂィッ……。

 

「よし、よし。取れましたよ、お嬢様」

 

 鈍い音と共に耳垢が引き剥がされるとスッ……と、耳垢のせいで空気に触れてなかった部分が空気に触れて気持ちよくなる。その気持ちよさにホーッ……と息を吐いていると、目の前に耳かきが映り込んだ。

 

「こんな塊がありましたよ、お嬢様」

 

 そう言って美鈴が見せてきた耳垢は、普段見るような黄色っぽい粉状のものではなく、赤黒く変色した指先ほどの塊であった。

 

「あら、こんなのが耳の中にあったの……いやね、いい気分はしないわ」

 

「まぁそう言わないでくださいよ、こうして取れたんですし。それにとるとき気持ちよかったでしょ?」

 

「……確かにそうね」

 

 恥ずかしいけど、耳掃除をされているとなんだか耳の中が気持ちよくなっていたし、耳垢をとるときはその気持ちよさの最高のポイントだったわ。

 

「では、後はこの後ろについてる梵天で細かいのを取っていきますからね」

 

 美鈴がそう言ったと思うと、耳の中に何かさわさわとしたものが入ってくる。それがあの耳かきの後ろについていた白い毛玉だと気づいた時には既にそれは大きく耳の中を動いていた。

 

「は……ぁ……」

 

 上下に動き、時に回転し、耳の中を動き回る毛玉に思わず息が漏れる。程なくして毛玉が引き抜かれた時には思わず小さく息を吐いていた。

 

「では、最後に失礼しますね」

 

 余韻に浸っていると美鈴の声がさっきまでより近くで聞こえて、何事かと思っていたら。

 

「ふぅ~……」

 

「ヒャッ……」

 

 耳の中に吹き込まれた息に思わず体が跳ねる。

 

「……何のつもりかしら美鈴」

 

「あ、い、いや。これは耳かきが終わった後のお約束というか……すみません、もうやりませんから」

 

「……別にいいわ」

 

 こんなので怒るような短慮なんてできないわ、当主としての威厳があるもの。それに……気持ちよかったし。

 

「では、反対側をやろうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 

「いいわよ。よっ……と」

 

 体を動かして美鈴のほうを向く形になると、彼女のお腹がよく見えるようになった。なんだろう、なんだか無性に顔を埋めたくなるのよね、このお腹。

 

「では、こちらもやっていきますね~」

 

 そんな事を考えている間に、残る耳の耳かきが始まり、私はそちらに意識を集中させることにした。

 

 

 

「ん……あれ?」

 

「あ、起きましたかお嬢様」

 

 ふと気が付くと私の目の前には美鈴のお腹が映ってた。……ってあれ?

 

「……ねぇ、美鈴。私、寝てたの?」

 

「はい。耳かきの途中でお休みになりました。幸い特に汚れもなかったので耳かきはあんまりする必要もありませんでしたし、起きても大丈夫ですよ」

 

「そう……ふぁ……」

 

 小さく欠伸をしつつ体を起こして空を見上げると、そこには特に変わらない様子の空が映った。そんなに寝てたわけじゃなさそうね。

 

「ねぇ美鈴、なんで私寝ちゃったのかしら?」

 

「あ~。耳かきって他の人にやってもらってるとなんだか眠くなっちゃうんですよね。膝枕してもらってるからっていうのもあると思うんですけど、なんででしょうね」

 

 あら、美鈴も知らないのね。じゃぁ後で調べてみようかしら。しかし、面白いものを知ることができたわね。耳かき……新しい体験だったし、美鈴には褒美を与えないと。

 

「美鈴、ちょっとこっち向きなさい」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 こっちを向いた美鈴の顔を両手で挟むと、そのまま彼女が反応するより早く口づけをする。あら、顔が赤くなっちゃって。

 

「ん……耳かきのご褒美よ。当主自らのキスよ、ありがたいでしょ?」

 

「は……はい、光栄です」

 

 顔を赤くしながら俯く美鈴を見てると楽しくなる。ふふ、これからも美鈴に耳かきをしてもらおうかしら。そのたびにキスをしてあげるのも悪くないかしらね。

 

「お嬢様、こちらにいらっしゃいましたか」

 

 不意に聞こえた声に振り向くと、そこに居たのは咲夜だった。

 

「あら、咲夜。なにかしら?」

 

「そろそろ紅茶のお時間ですのでお呼びに参りましたが……なぜ服が汚れていらっしゃるのでしょうか? 美鈴。貴女、何をしたの?」

 

「え。えーと……お嬢様に耳かきをしましたが……」

 

 美鈴の言葉に咲夜の視線が鋭くなって美鈴に向けられる。

 

「……美鈴。このような野外でお嬢様に地面に寝そべらせたの? 貴女、それでもこの館に仕える一人という自覚はあるの?」

 

「やめなさい咲夜。耳かきをするように命令をしたのは私よ。こんなの大した汚れでもないんだから気にしすぎよ」

 

「……かしこまりました」

 

 私の言葉に咲夜は美鈴を睨むのをやめて、美鈴も安心したのかホッ……と息を吐いてる。

 

「紅茶の時間だったわね。それじゃぁ行くわよ咲夜。美鈴、門番の仕事もサボっちゃだめよ」

 

 そう言い残し私は館の中に入っていく。ふふ、今日は良いことがあったわね。耳かき、中々に気持ちよかったわ。そうだ、私もやってみましょう。

 

 パチェの図書館に本が置いてるかしら。後で探しに行きましょうか。まずは咲夜や美鈴で練習して……フランにもやってあげましょう。きっと喜んでくれるわよね。

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