最近、村人たちが普通だ。
これまで私を猫可愛がりしてきた老人たちの態度がうって変わって、沙都子と私を同列に扱うようになった。そのこと自体は歓迎だ。だが問題は、なぜそうなったのかがわからないことにあった。沙都子に聞くのも、なんだか私が自惚れ屋みたいに思われそうで嫌だった。
この駄菓子屋の老婆も、以前ならばお金を払おうとすると恐縮され、拝まれ、なかばお供え物みたいにうやうやしく駄菓子を差し出してきていたはずだ。私はお財布から小銭を取り出してキャンディと換える。お金を払ったキャンディの味は、無償で提供されたそれと同じ甘ったるさだった。外気の熱で溶け出し、過剰な糖分が外袋にへばりついた安物の菓子。6月は湿気もあって、よけいに口の中が粘ついた。
あのころと変わらない6月だった。だけど今は昭和ではない。天皇が崩御して元号は平成にかわった。平らに成ると書いて、平成。私の胸が平らのままなのは、たぶんこの元号のせいだ。キャンディの味に飽きた私は苛立ちまじりにそれを噛み砕いた。甘みはほどなく消えていった。
ほかにもこんなことがあった。
お魎の私に対する態度が少しかわったのだ。
それは目に見えるほどのものじゃなくて、相変わらずお魎の目には私にたいする親愛の情がある。そういうことではない。彼女はこれまで、どこか崇敬とでもいおうか、私をオヤシロさまの巫女としての立場を尊重してくれていて、それゆえに私は、彼女を呼び捨てにできる唯一の人間だった。しかしいまや、少なくとも公式の場ではお魎の視線が気になって彼女を呼びづらくなった。そうこうするうちにお魎の体調がいよいよ芳しくなくなり、親族会議の場に姿を見せなくなったので、私が彼女を目にする機会も自然と消えていった。たまには魅音の家に遊びに行って、お魎の顔を拝んでこようか。その前に、お魎の様子を入江に聞いてみてもいいかもしれない。
言い忘れていたけれど、沙都子と私は今でも定期的に入江診療所へ通院している。沙都子の発症レベルはいまやL2マイナスほどで安定してはいるけれど、心的ストレスや気候の変化、体調によっては症状が悪化することもあった。それでも以前と比べたら劇的な進歩だった。かつて日に二本打っていた注射は、日に一本になり、今は症状が安定している時期は打たなくてもよくなった。
「たしかに、注射を打たなければならないというのはそれだけでストレスになりえます。しかし、糖尿病患者が美味しいものを食べることを制限されるのに比べたら、沙都子ちゃんの注射なんて大したことではありませんよ」
入江はそう言って、雛見沢症候群とほどよく付き合っていこうという立場を表明した。
「偏頭痛もちの人とか、食物アレルギーのある人とか。虫歯だって立派な病気ですよね。病気を抱えている人なんてこの世にどれだけの数いることか。沙都子ちゃん、自分だけが特別と思ってはいけません。これは何に対してもそうですが。自分だけが苦しいとか、自分だけが悲しい過去を持っているとか」
これは沙都子に言っているのだろうか? それとも私に言っているのだろうか?
入江は説教くさいのは自分の性には合わないと言って、いつものメイド談義を始めて沙都子を辟易させたが、私は入江の言葉がずっしりと耳に残っていた。羽入もかつて私に言った言葉。
自分だけが特別と思ってはならない……。
とはいえ沙都子が診療所に来る主目的は、実のところ治療ではなく見舞だった。地下室、北条悟史の病室だ。
悟史が目覚めてから一年ほど経ったが、彼は身体能力の大幅な減退を取り戻すべくリハビリを続けているのだった。長話に焦れた沙都子に圧され、入江は私たちを解放した。沙都子は小走りに悟史の病室へと向かっていく。そんな沙都子について行こうとする私を、入江が呼び止めた。
定期検診は、沙都子だけではない。
むしろ女王感染者たる古手梨花の経過観察のほうが、入江の職責を考えれば重要だろう。先週の検診について、検査結果を見比べながら入江が真剣な声で切り出した。
「少々気になることがあります、梨花さん」
「気になること?」
「ええ、ここの数値なのですが……」
専門的な説明は一切わからないから、とりあえず頷いておく。いつもメイドがどうのこうのとか言っている男に、わかっていないと思われるのも癪だからだ。
ともかく、私の検査で何かひっかかったのだろう。長く入江に協力してきた私にとって、こんなことは初めてで驚きだった。私は入江の話を懸命に咀嚼してみて、それが悪いことではないように思えたのだけれど、入江の様子は晴れないでいる。どうしてだろう?
そうこうしていると、沙都子がやってきて、梨花と監督は目を離すといつもこそこそ二人で話していますのね、と私たちを咎めた。ほら、梨花。にーにーがあなたの顔も見たいって言っておりますことよ。私は沙都子に手を引かれ、地下階段を降りていく。悟史が待っている。
目覚めてからいくらか時間が経ったけれど、私は悟史に対して、なぜだかいまだにとるべき態度を計りかねている。悟史は古手梨花を、ただの妹の親友として扱ってくれているというのに、私にとって彼はただの親友の兄ではないからなのだろうか。
あの日は悟史の誕生日で、詩音と沙都子、私の三人で見舞いに訪れていた。彼は目を閉じたまま、穏やかな寝息とともに、また一つ歳を重ねた。
詩音が彼の左手を、沙都子が右手を握り、目を細めて、誰からも祝われることのない誕生日を祝ってあげた。時間はゆっくりと動いていた。私は同伴する入江とともに一歩二歩後ろでその光景を見つめていた。
沙都子にはある時を境に、入江が悟史を保護してくれている事情が語られた。その際に沙都子は一晩中泣き続けて、風邪をひいて翌日学校を休み、悟史のもとへ行こうとする沙都子を止めるため、一緒に私も休む羽目になった。それで沙都子に黙っていたのは、こうなることがわかっていたからだということ、だが注射を打たなくてもよくなったのを機に、沙都子に打ち明けることを前もって入江と相談して決めていたことなどを言って聞かせた。沙都子は幾分落ち着きを取り戻して、監督と梨花以外に誰か知っている人はおりますの、と私に聞いてきたので、私は詩音も知っていることを白状せざるをえなかった。
だけど沙都子はそれを聞いても平静なままで、ゆるい微笑を漏らしながら、詩音さんなら知っていても不思議ではありませんわ、私以外ににーにーのことを任せられるのは詩音さんしかおりませんもの、と言った。私は喉元までこみ上げてくるものを飲み込むのに時間を要して、言葉に窮してしまったが、そんな私の様子を察してか沙都子が言葉を続けた。
「もちろん、私にずっと隠してきたことを不満に思わないわけではございませんわ。でも、梨花や詩音さんが私のために話さなかったことなのでございましょう? かぼちゃばかりのお弁当を毎日毎日作ってくれていたころの詩音さんは授業中に居眠りばかりしていて、私は私のために早起きしてお弁当を作ってくれた詩音さんの厚意に気づいて、無理して飲み込んで、今ではちゃんと食べられるようになりましてよ。私にとってもう一人の家族のようなものですわ」
それで、私は沙都子にとって家族ではないのか、と意地悪く聞いてみると、もちろん、梨花は出来の悪い私の妹ですわ、と沙都子はいたずらっぽい笑顔で言ってくれた。
私はそんな沙都子の姿勢に慰謝されるところが大きかった。というのも、羽入が消えてからまだ日が浅くて、心に負った傷がまったく癒えていないころだったのだ。そういうわけで、毎週末に詩音と一緒に診療所に行くのが沙都子の楽しみになった。
その悟史のことだけれど、彼のための手作りの誕生日ケーキのろうそくの火を消して、入江がそれを四等分に切り分けていた時、唐突に彼は目覚めた。
あまりにもあっけなくその瞬間が訪れたので、私たちは喜びよりも前にただただ唖然としていた。沙都子と詩音が、遅れて入江が彼に駆け寄ったが、私はその場からなぜか動けずにいた。羽入もこんな風にケーキを独り占めしようとしたら、私のもとに戻ってきてくれるかもしれないな、と思った。
悟史が不恰好な微笑みを浮かべ、震える手を二人の頭へとゆっくり差し伸ばす。彼の掌は沙都子と詩音の髪で埋まり、二人は涙であふれた目を細め、顔をくしゃくしゃに歪めて幸福を表現した。
最初の喜びと興奮が過ぎ去って、悟史は二人に言葉をかけようとした。だが発語はうまくいかず、彼が何か言おうとするたびに言葉は崩れ去り、優しい息吹となって放射され、部屋を吹き抜けていった。たどたどしい口調、私たちは彼の唇や口の動きを読み取ろうと苦心し、悟史もそれを理解してなるべく単語で区切って話した。
長い夢を、見ていた、夢の中、真っ暗、ひとりぼっち、でも、ちいさくて、あたたかい、光が、真っ暗を、払った、光に、目が、慣れるのに、とても、長い時間が、かかった。そうしたら、目の前に、みんなが、いた、と。ぽつりぽつり、断片的に、口元の筋肉を必死に動かして言葉を繰り出した。沙都子に、そして詩音にただいまと告げ、二人はお帰り、と返した。これが物語ならそこで美しく終われたのかもしれないが、現実はそこからが悟史の苦闘のはじまりである。
入江によれば悟史は、詳しい検査をしてみないと断定できないが、もしかしたら言語障害が残るかもしれないということだった。消沈する悟史に詩音は、話せても話せなくても、悟史くんは悟史くんですと言って励ました。しかし、重度ではないものの全身に麻痺の症状がみられ、身体も思うように動かせず、彼の精神はなかなか安定しなかった。目覚めたとはいえL3クラスの兆候を見せていたので、かつての沙都子同様日に二度の注射を要し、悪化しないように気を配らなければいけなかった。
悟史は週に一度の詩音と沙都子のお見舞いを楽しみに、苦しいリハビリに耐えていた。私はなんとなく彼を避けていたけれど、入江が話してくれたところによると、身体を動かすたび想像を絶するような痛みが走っているはずなのに、彼は沙都子や詩音の前では決して泣きごとを漏らさずに、一人になったころを見計らって、これまで堪えていた痛みと屈辱の入り混じった涙をとめどなく流してシーツを濡らしていたという。
それでも時間が少しずつ解決してくれたこともあって、少なくとも彼は以前に近い運動能力を取り戻せる見込みらしい。相変わらず言葉はうまく話せなくなってはいたが、指先の不自由がなくなってからは文字で言葉を伝える楽しさにも目覚め、詩音の来ない平日に、その日思ったことや感じたこと、痛みをやわらげるための身体の動かし方、詩音が興宮の図書館で彼のために借りてきてくれた本の感想などを日記に書き留めて、それを詩音に渡しているという。
悟史は今もリハビリを続けていて、詩音の告白を現実的に受け入れたのも、彼の苦悩を詩音が包み込んでくれた感謝の念によるところが大きいのかもしれない。
診療所から出ると陽はすでに傾きかけていた。私は沙都子と連れ立って、行きつけの豆腐店を訪れる。すると、富田大樹が店番をしていた。眼鏡をかけた痩身の彼もまた、改めて見ればかつての面影を感じさせはするものの、すっかり変わってしまっている。成績優秀だった彼は興宮の高校ではなく、岐阜市の進学校を目指していたのだが、家業のことを考えて断念したらしい。同じ高校に通っていてもクラスが違うので、彼と会うことは滅多にない。
富田は慣れた手つきでお金を受け取り、私に豆腐を手渡したが、その視線は沙都子にばかり向いていた。
「あ、あのさ、北条……」
沙都子を呼ぶ声が妙に震えていて弱々しい。そういえば彼は昔、沙都子に好意を寄せていたのだったか。ならば当然、誰かが沙都子に想いを伝えたことを聞き知っただろう。
彼は長年の感情を心の裡にしまいこんできたことを後悔しているような目で沙都子を見る。だが沙都子は屈託のない笑みを浮かべつつも、どこか他所行きの口調で彼に応対した。それで富田は二の句が継げなくなった。
彼はショックを受けているのか。
私は彼に助け舟を渡そうとしたが、沙都子はそれをさえぎって、毅然と身をひるがえし、別れの言葉も告げずに歩きだした。私は沙都子のあとをあわてて追いかける。
帰り道、別れるまで沙都子とは言葉を交わさなかった。
部屋に戻るとすぐテレビをつけて、沈黙を追い払って息苦しさを紛らわした。私の人生とは無関係なテレビの音が、言い知れない孤独を癒してくれる。
昔、あらすじの決まったテレビドラマを見るのが嫌いだった。けれど、今はテレビを見ていて飽きることがない。次にどんな展開になるのだろう? どんなにくだらない内容のものでも食い入るように見ているのだと言った私を、相変わらず沙都子が子供扱いする。梨花はいつもいつも変わりませんこと。沙都子はどちらかと言えばすぐ飽きる性質だ。
突然、沙都子に告白したのは富田だったのではないかという考えが脳裏を過った。
ブラウン管の向こうでは男と女がプラットホームでお互いの姿を探しあい、何度もすれ違っている場面を映し出していた。滑稽に見えるけれど、彼らは真剣だった。男が女の名を叫ぶ。女がその声に気付く。向かい側のホームからお互いの声が聞こえてくる。電車が二人を遮る。ありきたりのワンシーンだった。いつもならそれでもずっと見続けているのに、この日の私はリモコンを操作して、公共放送のニュース番組に変えてみる。画面いっぱいの天気図が、明日の雨模様を伝えている。目下のところ彼らのすれ違いよりも明日の天気が晴れか雨かの方が、私にとっては重要なのかもしれない。
今でも空を眺めることはあるけれど、突然の雨を願うことはなくなった。実際的には傘を用意したりしなかったり、生活の利便にばかり目がいった。もしくは明日の体育のプールが中止になればと淡い期待をかけたりした。ようするに今の私は予定調和を歓迎していた。あらかじめ何かが定められているという心地よい調和。それがいけなかったのだろうか? 古手梨花は変わってしまったのだろうか?
羽入が消えたとき、私の中の何かが変質してしまったと思っていたけれど、もしかしたらそれは真逆の話なのかもしれない。つまり、私が変わってしまったから羽入は私のもとから去ったのだ、という考え方。でも、変わることが悪いことだとは私は思わない、だって、運命が変わった日、百年間止まっていた私の人生の時計が動き出したとき、あなたは祝福してくれたじゃない?
ねえ羽入。
さわれても、さわれなくてもいいから、あなたの声が聞きたい。
ねえ羽入。
もう辛いものは食べなくなったよ。だから、私のもとに帰ってきて。