「お疲れ様。おハナさん」
「ただいま戻りました」
「ルドルフとエアグルーヴか。丁度いいタイミングに戻ってきたな」
生徒会の仕事を片付けて戻ってきたルドルフとエアグルーヴにハナが顎をしゃくるようにしてレース場を指し示す。
そこにはスタート用の旗を持つフジキセキとスタートラインに並び立つミドリマキバオーとハッピーミークが見える。
「見ものだぞ。ジュニア世代最強のミドリマキバオーと、この夏合宿で目を見張るほどの成長をみせたハッピーミークの模擬レースだ」
「確かにこれはジュニア世代の今後のパワーバランスを占う上での試金石になりますね。本当にマキバオーを倒せるウマ娘が同世代にいるか否か。トレーナーはどう見ますか?」
「ミドリマキバオーだろうな、ほぼ間違いなく。この夏合宿で力をつけたとは言ってもそれはミドリマキバオーも同じだ。実際の力量差はまだ大きな開きがある」
「ではなぜ模擬レースを? 既に勝敗が分かっているならやる意味などないのでは」
「それは違うなエアグルーヴ。この模擬レース、目的は勝ち負けにない」
「ルドルフ、正解だ。ハッピーミークのトレーナーは彼女に決めさせたいのさ。遥か高みにいる相手を追い続けるか否かを。そしてこの模擬レースの目的はもう一つ」
「まだ何かあるというのか、おハナさん?」
「うちのチーム以外の参加者にいるだろう、もう一人。彼女が二人のレースを通して己の弱さに気付けるか否か――そのための模擬レースでもあるのだ」
そう言って移した視線の先。
そこには手を組んでマキバオーとミークを見守るライスシャワーの姿があった。
◇◇◇◇◇◇
「…………」
スタートの合図である旗が振られ、ついに始まったマキバオーとミークの模擬レース。
合同練習参加者として二人のレースを見届けるライスシャワーの視線はルームメイトのマキバオーでなく対戦相手のハッピーミークを追っていた。
先頭を悠々と行くマキバオーに対してその後ろを懸命に追うミーク。
何とか置き去りにされることなく喰いついているが実力差は歴然。それはまるでクラシックでミホノブルボンを、天皇賞春でメジロマックイーンを追っていた自分の姿に重なって見えた。
あの頃はただ我武者羅に遥か前を行く彼女たちの背中を追っていた。
――ついて行く。ついて行く。
だけど今はどうだろうか?
今の自分にはあの頃の様に全霊を賭して挑みたいと思える相手は――いない。
だからこそ思う。
「(ああ、いいなぁ)」
ライスシャワーはハッピーミークが――否、マキバオーと同世代のウマ娘全員が羨ましい。羨ましくて羨ましくて仕方ない。
胸を締め付けるほどの憧憬。
しかしそれが答えとなった。
「(ッ! そうか。そうだったんだ。私は……)」
ライスシャワーが陥っているスランプ。
走りも万全。体調も万全。だのに勝てない理由。わかってみると簡単なことだ。
ただ一人を倒すためだけに一年をかけて挑んだ
勝負に勝つこと以外の全てを削ぎ落し戦った
己が全てを賭けても勝てるかわからない圧倒的強者。そんな相手が居て初めてライスシャワーは“走れる”のだ。
圧倒的強者が存在しないと真の実力を発揮できない、ある意味でのメンタルの弱さ。
それが先のトレーナー陣の会合でも話し合われたライスシャワー不調の結論。ライスシャワーの抱えるスランプの原因。ライスシャワーの致命的弱点だった。
◇◇◇◇◇◇
「(……やっぱり綺麗)」
マキバオーの小さくも遠い背中を追いながらミークは思う。
入学式後のトライアルレースで初めて見て魅了された彼女の走り。彼女の様に走りたいと憧れた走り。
「(……でも何でだろう。……今までは綺麗で終わってたのに。……この心の内から沸き上がるモノは何だろう)」
憧憬は今も変わらない。
合同練習故に近くで見ることができた彼女の走りはさらに輝いて見えて、共に走る今は輝きから零れた眩いばかりの煌めきが身体に降り注ぐのを感じている。
「(……あの子の様に速くなりたい、……違わないけど違う。……あの子に勝ちたい、……違わないけど違う。……あの子に負けたくない、……違わないけど違う。……あの子に追いつきたい、……違わないけど違う。……あの子を追い越したい、……違わないけど違う)」
己が心に問いかけるが、どれもこれもしっくり来ない。
いずれも今までは実力が伴わず現実感がなくて、とても考えられなかったことばかりだ。
周りは力をつけた今のミークならもしかするとと言う。
けれどミークの心は違うと叫ぶ。
自身が望むのはもっと根源的なものだ。原初の体験に根差すものだ。
「(……ああ、そうか。……そうだったんだ。……私は――)」
ミークの望み。
それは――。
「(――……あの子みたい綺麗に輝きたいんだ)」