「今年の新入生は注目株ばかりだな。1/6の重力でレース場を駈けると言われるタイプムーンに、ムラはあるがハマれば敵なしの大穴アウセンザイター」
「それにミドリマキバオーもだな。彼女は別格と聞くぞ。何でも願書に記載された参考レースタイム、歴代一位だったそうじゃないか」
「《皇帝》シンボリルドルフも彼女を高く評価しているらしい」
「だからか。新入生の担当トレーナーを決めるトライアルレースにしてはギャラリーが多いのは」
「まぁ、最初の三年が終わればチームに所属することも可能になるからな。有望株は今のうちに目をつけておこうってことだろう」
「確かにリギルとスピカはチームトレーナー含めて勢ぞろいのようですね」
「とまれ最初の三年に関しては我々の領分だ。彼女たちがチームに入ってからも活躍できるかは我々の手腕にかかっている」
「だな」
トレセン学園の敷地内レース場。
そこに集ったトレセン学園所属のトレーナーたちは体操服に身を包みレース場を疾走する新入生たちを見つめながら話し合う。
入学式を終えたウマ娘たちにとって最も大事な時期となる最初の三年。
その最初の三年を共にする担当トレーナーに実力を示すためのトライアルレースがここで行われていたのだ。
「さて噂をすれば次はいよいよミドリマキバオーの番だな」
「改めて他のウマ娘と並んでみれば小ささが際立つな」
「だけど見ろよ、あの落ち着きっぷり。大半の新入生が緊張から力を出し切れない中であの自然体は大物を予感させるぞ」
「いや、ただ単におっとりしているだけかもしれん」
「それは今からわかることだ。そら、スタートするぞ」
そこから先は圧巻の一言だった。
見ほれるほど綺麗なスタートダッシュを決め先頭を取るとグングン加速していく。
その速さに他のウマ娘は追いつくことができず差は広がるばかり。
最終直線になってもその脚は衰えるどころかさらにギアが上がる。
そんな絶対的な走りをするマキバオーの表情は一片の苦悶なく笑顔さえも浮かべていた。それ即ち彼女はまだ底を見せていないということ。もし彼女が限界の走りを見せた場合いったいどれほどのものになるのか。楽しみよりも末恐ろしさが先だった。現にマキバオーの後ろを走るウマ娘たちの表情は絶望に染まっていた。
そしてゴール。
二着以下に大差をつける圧倒的勝利。
まさに鎧袖一触。
この結果にトレーナーたちは騒然となった。
「おい。見たか……」
「あ、ああ。これはあまりにも……」
「っ! 二着!? ミドリマキバオーがゴールした時、二着以下の子たちはどこにいた!?」
「た、確かまだ250メートル以上後ろに……って、そんな!?」
「……Eclipse first,the rest nowhere.(唯一抜きん出て、並ぶ者なし)」
「そう。我が校訓に掲げられる諺。その由来は当時盛んだったヒートレースは一着から240ヤード――約219メートル以上離された場合は入着と認められないルールから来ている。この言葉を我々も唱える慣用句でなく直訳すると――」
「エクリプス一着、二着はなし」
「そう、まさに今のレースがそうだ。ミドリマキバオー一着、二着はなし。まさかこの諺を公式戦でないトライアルとは言え体現するウマ娘が現代に出てくるとは……」
「よもやよもや、ですね……」
「ああ。しかしこれは二の足を踏んでしまうな」
「ですね。これほどまでの素質を持つウマ娘。もし勝たせられなかったら、それはつまりトレーナーの腕に問題ありと見做される……」
「トレーナーとしてのキャリアだけを考えるとあまりリスクを取りたくないというのが本音だ」
「とは言え下手なトレーナーをつけて才能を殺してしまうのは避けたい」
「難しいところですね」
ミドリマキバオーの扱いをどうするかでベテラントレーナーたちが額を突き合わせる中、声をかけて来る人物がいた。
「あの先輩方」
「うん? ああ、桐生院トレーナー。どうしました?」
正面から見るとボブカットに見えるが実はショートポニーテールの若き新人女性トレーナー――桐生院葵だった。
「いえ、ミドリマキバオーさんのことなんですけど私に担当トレーナーをやらせてもらえませんか?」
「それは構いませんが、確かあなたは資質はあるも力を出し切れない子を導きたいと仰っていたはずでは?」
「ええ。確かに今まではハッピーミークさんを担当させていただこうかと思っていたんです」
「ああ、あの子か。確かにミドリマキバオーやタイプムーン、アウセンザイター程のインパクトはなかったが安定感はあったな」
「大人しい性格からか競り負けていましたが育て方次第で化ける可能性はいくらでもありますね。まさにあなたが求めていた子ではないのですか?」
「……少し可笑しなことを言いますが笑わないでくださいね」
「わかった。決して笑わないから教えてくれないか?」
「私見たんです。ミドリマキバオーさんの先を走るいくつもの影を」
葵の言葉にベテラントレーナーたちは笑いこそしなかったが首を傾げた。マキバオーの前を走る影など何も見えなかったのだから。
だが葵は確かに見た。マキバオーの前を走るいくつもの影を。
「その影たちを楽しそうにも必死に追うミドリマキバオーさんを見て思ったんです。ああ、この子はまだ力を出し切れていないんだって」
「あれでか? 俺たちからみてもかなり余力を残しているように見えたが」
「何といえばいいんでしょう。もっと速く走れるはずなのに何かが枷になって実力を発揮しきれていない……私にはそう見えました。だから私は彼女を導きたい。先を走る影たちにあの子が追いつき追い越せるように」
いささか非現実的だが話す葵の表情は真剣そのもの。
ならばこの新人に任せてみるのも一興か。
「桐生院トレーナーは新人ながら名門桐生院家出身。桐生院家が積み上げてきたノウハウがあれば彼女を任せるに不足はないか」
「じゃあ桐生院トレーナー、君にミドリマキバオーを任しても?」
「はい、お任せください。きっと私が彼女に本当の走りをさせてみせます」
こうしてマキバオーの担当トレーナーは桐生院葵に決まった。
ちなみにハッピーミークの担当トレーナーには様々な人物との交流からトレーニングに活かせるアイデアを思いつく葵と同期配属の新人トレーナーがつくことになったのだった。