「じゃあ改めて。スズカ――」
「「「「「「おかえりなさーいッ!」」」」」」
棒付きキャンディがトレードマークのスピカのトレーナーの音頭にスピカの面々はキャロットジュースが並々と注がれたグラスを高々と掲げる。
「ただいま、皆」
《本日の主役》と書かれたタスキをかけたサイレンススズカも、はにかみながらグラスを掲げる。
部屋には《祝! サイレンススズカ日本復帰!》の横断幕。
怪我からの復活後アメリカに渡り海外レースに挑戦していたサイレンススズカ。そんな彼女が今年から日本レース界に復帰するためトレセン学園へ帰ってきていたのだ。
「海外レースでも結果を残しての凱旋帰国。本当に大したもんだよお前は」
「ありがとうございますトレーナー」
「でも良かったのか、日本に帰ってきて? 向こうで挑戦したいレースがまだまだあるのだとばかり思っていたが」
「いいえ。今私が挑戦したいと思うレースはここなんです」
そう言ってサイレンススズカはスピカの面々を見やる。
ダービーウマ娘にして天皇賞春秋連覇、凱旋門賞ウマ娘も出走したジャパンカップを制した日本総大将スペシャルウィーク。
安田記念二連覇含むマイル路線で縦横無尽の活躍。日本ダービーや天皇賞秋も勝ったウオッカ。
驚異の連対率100%。トリプルティアラこそ逃しはしたが桜花賞、秋華賞を勝ちエリザベス女王杯も制したダイワスカーレット。
二冠ウマ娘にして三度の骨折から奇跡の復活を遂げたトウカイテイオー。
三連覇は逃すも天皇賞春二連覇。長距離のスペシャリストにしてターフの名優と呼び声高いメジロマックイーン。
まさかまさかの出遅れで宝塚記念三連覇を棒に振った稀代の破天荒。彼女を推す奴はバカだが推さない奴もバカと言わしめたハジケリストにして、誰が言ったか黙れば美人、喋れば奇人、走る姿は不沈艦のゴールドシップ。
「おい、ちょっと待て。皆と比べてあたしのだけなんか酷くねぇか!? まぁ、その通りなんだけどな! でも許さんッ! 表出ろコノヤロー!」
本人も認める順当な評価だからね。仕方ないね。
さて、さも当然の様に第四の壁をブチ破ってきたゴルシは置いておくとしよう。
「なるほどな。今の日本にこそ、お前の走りたいレースがあるってことか」
「はい。スペちゃんとの約束もありますし、それに――」
「今日見た新入生――ミドリマキバオーか。そりゃあ、あれ見れば火点くよなぁ」
「はい。出鱈目なフォーム、未だ軸の定まらない体幹であの走り。ジュニア、クラシックを経てどこまで速くなるのか。そうしてシニアに至ったあの子と私どちらが速いのか楽しみでなりません」
不意にトレーナとサイレンススズカの間で上がったマキバオーの話題に他のスピカの面々も話に混ざる。
「なになに? もしかして今日の新入生の話?」
「ありゃスゴかったよなぁ。横で見てたリギルのルドルフ会長も大絶賛だったし」
「そうですねぇ。『ただ一人先を駆ける姿はまさに流星一条』って言ってましたもんね」
「別にあんな子、全然たいしたことないよ」
「テイオー、あなた何だか機嫌悪くありませんこと?」
「べっつに~」
「ほら、やっぱり機嫌が悪い」
「コレはアレだろアレ。お気に入りの会長をアイツに取られたとでも思ってんだろ」
「そんなことないし~。会長はいつだって僕の味方だし~」
「まぁ、テイオーの悋気はどうでもいいや。なぁなぁ、トレーナー。あんたから見てアイツどうよ?」
「どうって何がだ? それよりも悋気ってゴルシの癖に難しい言葉使いやがって」
「んだよ。コレくらい一般教養だろイッパンキョーヨー。で、どうなんだよ? トレーナーから見たミドリマキバオー。減るもんじゃないし教えろよコノヤロー!」
そう言って徐にコブラツイストを極めるゴールドシップ。
「痛ででででッ! わかった! 話す! 話すから技を解け!」
「ほらよ」
「ったく何時ものことながら酷い目にあった」
「いいから早く教えろよ。じゃないと次はパロスペシャル極めるぜ」
「待て待て! 今から話す! だから本気で待て!」
眼を妖しく光らせジリジリと間を詰めるゴールドシップにトレーナーはわざとらしく咳払いし話す姿勢を見せる。
そんな彼の姿にスピカの面々は居住まいをただす。
何だかんだ言っても皆このトレーナーの鑑識眼には絶大な信頼を寄せているのだ。
「今日走ったのは芝1800、バ場は良。スピードは見た通りの快速。集団を避けたのはパワーがないからとも取れるが判断が難しいから保留として、下り坂で速度を抑えて見せたところから賢さは高い。まだまだ脚を残していた様子から距離適性はマイルから中距離のクラシックディスタンス。もしかしすると長距離もいけるかもしれない。脚質は一レースだけでは何とも言えないが逃げと先行は合ってそうだな。差しと追込みについては判断が難しいが全ての脚質を使い分けられるウマ娘というのは極稀だ。よって脚質は逃げ先行、もしかすると差しもできるかもってのが俺の見立てだ」
何という的確な分析!
これが日本ウマ娘の最高学府トレセン学園で強豪チームを預かるトレーナーの業前か!
「スズカも言っていたが体幹やフォームを鍛えていない身体のポテンシャルだけの――言葉は悪いがド素人の走りでアレだ。同世代にライバルになりそうな子もいるにはいるが日本ダービーまではほぼ確実にミドリマキバオーが取るだろうな」
「という事は――」
「無敗の二冠は堅い。シンボリルドルフ以来となる史上二人目の無敗の三冠ウマ娘誕生も十分あり得る話だ」
無敗の三冠ウマ娘。
勢い、運、実力。その全てを兼ね備えて初めて臨める頂点。
そんな至高の玉座にミドリマキバオーは入学時点で手をかけているという。それもことレースにおいては最大の信を置くトレーナーの評価にスピカの面々は怖気づく――ことはなかった。
「いいじゃん。会長以来の無敗の三冠ウマ娘」
「テイオー?」
「ってことはアレでしょ。シニアに上がってきたその子に勝てば無敗の三冠ウマ娘と同等の称号が得られるってことだよね。あ~あ、早く三冠取ってシニアに上がってこないかなぁ。そうしたら僕がやっつけちゃうのに」
「聞き捨てなりませんわね。無敗の三冠ウマ娘打倒の称号、それは名門メジロ家のウマ娘にこそ相応しいですわ」
「私だって負けませんよ! 何てたって日本一のウマ娘を目指してますから!」
「ふふ。私も負けないわよスペちゃん。そんなレースをするために日本に帰って来たんだから」
「ズルいですよ先輩方! 俺だって勝ってみせます!」
「待ちなさい! 先に挑戦するのは私であんたは私の後よ!」
「これはゴルシ様も本気を出さざるを得ないな。しゃあーッ! 景気づけに鯛でも釣りに行くか!」
既にマキバオーが無敗の三冠を取ったものとして誰が勝つかで盛り上がるスピカの面々にトレーナーは苦笑を漏らす。
「まったく。当のミドリマキバオー本人はデビュー前だってのに気の早い奴らだよ。でもまぁ、そうだな――無敗の三冠ウマ娘を蹴散らすお前らを見てみたいよ、俺も」
だがその瞳には彼女たちと同じ闘志が灯っていた。