「海なのねー!」
「……海だー」
マキバオーとハッピーミークが並んで水平線に叫ぶ。
何言おう今日はトレセン学園夏の恒例行事、夏合宿初日。
とは言え、今まで接点のなかったマキバオーとハッピーミークがなぜ仲良く揃って海に叫んでいるか?
事の発端は数日前に遡る。
「すみません桐生院トレーナー。少しいいですか?」
ランニング中のマキバオーを監督していた葵に声をかけたのはハッピーミークの担当トレーナーだ。
「はい。何でしょうか?」
そんな彼の問いかけに葵は気さくに返事を返す。
マキバオーデビュー前にひょんなことから知り合った二人。
名門トレーナー一族である桐生院家の後継であり前期ライセンス試験トップ合格者の葵に畏敬の念から隔意のあった彼に対し、配属時期がほぼ同時だったことから同期の様な親近感を覚えていた葵が距離を詰めて今や友人と言って憚らない――最近では休日に二人でカラオケに行ったりなどしている――関係を築いていたのだ。
そんな二人の姿を見止めたマキバオーは生温かな視線を送ると二人の時間を作るためにあえて走る速度を落とすのだった。
「実は今度の夏合宿なんですけど、うちと合同練習しませんか?」
「合同練習! いいですね。先日の函館ジュニアステークスを勝ってジュニア重賞勝利一番乗りを果たしたハッピーミークさんとのトレーニングはマキバオーにもいい刺激になると思います」
「ありがとうございます。とは言え手放しに喜べません。距離適性の問題で世代三強が皆短距離を敬遠したからこその勝利ですから」
「確かにマキバオーとタイプムーンさんはマイル・中距離、アウセンザイターさんは中距離・長距離が得意距離ですからね」
「もし走るレースが1600mのサウジアラビアロイヤルカップや2000mの京都ジュニアステークスだったら今のミークではタイプムーンとアウセンザイターを相手取って勝てるかは良くて五分五分、ミドリマキバオーの場合は良くても分の悪い賭けってところですから」
「となるとハッピーミークさんはこのまま短距離路線に進まれるのですか?」
「そこが悩みどころなんです。驚くことにあの子、短距離から長距離まで全ての距離に適正があるんです」
「えっ!? それはすごいじゃないですか!?」
「はい。正に奇跡のウマ娘ですよ。だから悩むんです。同世代では敵のいない短距離路線を進ませて堅実に勝利を重ねるべきか、強力なライバルたちが待つクラシックレースに挑戦させるか……。ですからここで彼女に高い壁を用意したいんです。同世代最強ウマ娘、ミドリマキバオー――彼女をより近くで見せて彼女と同じ舞台に立つか否かをこの夏に決めさせるつもりです」
「そこまでハッピーミークさんのことを考えて……。わかりました! 私とマキバオーで良ければ微力ながらお手伝いいたします」
「微力だなんてとんでもない。しっかり本気を見せてもらってミークの壁になってもらいませんと」
「あははっ。これは一本取られましたね。では改めて――本気の私とマキバオーがお相手になります!」
「ありがとうございます。では合同練習用のトレーニングメニューを詰めようと思うんですけど――」
「それなら今夜お時間ありますか? 一緒に食事をしながら決められればと思うのですが」
「いいですね。桐生院トレーナーのお口に合うかはわかりませんが、いい居酒屋を知っているんです。そこでいいですか?」
「はい、お任せします!」
マキバオーが気を利かせたおかげで彼と食事の約束を取り付けることができた葵は上機嫌だ。
こうして夏合宿の期間限定だがミドリマキバオーとハッピーミークの合同練習と相成った訳である。
さて。当のミドリマキバオーとハッピーミークだが――。
「……おおー」
「ミーク何見てるのね?」
「……白い貝殻見つけた。……私たちみたい」
「本当なのね。真っ白で綺麗なのね」
「……はい」
「ぼくにくれるの?」
「……うん」
「ありがとうなのね! 大切にするのね!」
これこのように。移動中のバスの中ですっかり打ち解けて仲良しの間柄になっていた。
同じ白毛のウマ娘故か仲のいい姉妹のように見えるマキバオーとミークにトレーナー二人は顔を綻ばせるが、ここに来た目的を忘れさせるわけにはいかない。
「さあ、時間は有限だ! 荷物置いて着替えたら早速トレーニング開始だぞ!」
「マキバオーも、この夏合宿でさらなるベースアップを図りますよ!」
「……がんばります」
「がんばるのね!」
砂浜で、海で、山で――。
大自然の中で行われる夏合宿が始まった。