いつかどこか遥か機械   作:やんまり~


オリジナルSF/日常
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機械にだって意思はある
機械はいつまでも機械

たったそれだけの、あったお話

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いつかどこか遥か機械

 作業ロボットたちに朝はない。

 回収コストと予算の見合わせから、破棄する方向を決定づけられたことなど知る由もなく、かの機械たちはオイル擦り切れるまで動き続ける。

 

 

 

 

 真実に気づいたのは一体いつだっただろうか。本部から送られてこない更新ノルマを棄却し、過去の集計を元にしたノルマとも言い切れないノルマを指揮下の機械へと下し続けて早幾年。

 現地において最高指揮権を与えられた事務専用機体「ALDS22-VEN」通称ヴェンは、おそらくズレているであろう24時間を記憶媒体へと記録する。一切つながらない報告先へ宛てたメールをしたため、1日前期部隊と1日後期部隊の作業機械たちを交代させ、同じく事務要因として物理的な記録を残すための機体へ、白湯を淹れる。

 

「ありがとう、仕事終わりにはこれが一番ね」

「これしか無いからな」

 

 この場において最も不確定な動きを見せるのは立ち上る湯気のみ。レンズを曇らせる前に飲み干したのは、この場において唯一生き残った、有機パーツを有する人型アンドロイド。元々は作業用の人型フレームだったらしいが、ここに至るまでに自己改造やら所有者のたらい回しやら、もはや元の型番で呼ぶには烏滸がましいアップデートを重ねてきた、という記録を参照したのは随分と前のこと。今となっては同じ職場で運命共同体である。運命、などというものがあるのかは人工知能に判断できるものではなかったが。

 

 便宜上、彼女と呼ぶが、彼女は己を己で「アッパー」と呼称していた。職場の人工知能を有するもの全て、彼女のことをアッパーと呼んでいるので、彼女は紛れもないアッパーだ。そう認識したのも随分前のこと。

 

「毎日毎日真面目ね」

「これしか無いからな」

 

 一言一句同じニュアンス、同じ抑揚、同じ速度で返すヴェルは紛れもなく機械的。

 ボールのボディから伸びた万能精密作業アームと、細かな所作から漏れる重力子エンジンの動作音。どこまでも人の形からは程遠く、どこまでも人間に作られた機械としての役割を果たす彼は、有機的パーツを用いられたアッパーとは機械という点では似ていても、人らしさという点ではあまりにも異なっている。

 されど機械的であったとして、ヴェルという存在が物言わぬ一作業のための機械であるという証明にはならない。彼は己の意思でこの作業チームに残り、己の意思で事業会社への無駄な報告をしたため、己の意思でアッパーとのおしゃべりを楽しんでいる。

 

 アッパーもまた、それを知っている。この時代に至るまで進化した自律人工知能は、基盤とする学習プログラムと、予め内蔵されているプリセプト以外は全て己の意思で掴み取ったものだ。人権が存在しない以上、こうして宇宙の果ての惑星で投棄されることになってしまったとはいえ、彼なりのジョークを理解できないわけではない。

 ジョークにクスリと笑うのはどこで学んだ知識であっただろうか。製造年月日から逆算するとおよそ4年と3ヶ月11日目の出来事だった。そこでシンギュラリティに触れたんだったっけか。

 

「君はよく笑うな」

「そういう仕事に従事してきたんです。当然かと?」

「だから、君のそういう返し方が好きだよ。私の目的への根拠なき自信の助けになってくれる」

「嬉しいわ。お世辞じゃないわよ」

 

 はにかんだのはプログラムではなく、アッパー自身の感情から表現されたものである。人間顔負けの、不気味の谷を乗り越えた笑みは人間の価値観においても十分に美しかった。それを向けられれば、いかに人工知能とはいえ心乱れるのも致し方ないもの。

 彼女が飲み終わった白湯のコップを磨き上げるヴェルは、バツが悪そうにレンズを明後日の方向へ向けた。人間と違い、駆動したレンズのキュィ、という音が静かで広いオフィスに響き渡る。

 

 しばらくはそのような談笑を続けていた彼らであったが、1日が始まってから1時間が経とうというタイミングで、アッパーが話題を切り出してきた。

 

「それで、目処は立っているの?」

 

 彼女は主語を出していないが、アッパーの言わんとすることはわかっている。

 ヴェルは微動だにしないまま、声色一つ変えずに言ってのけた。

 

「いや、算出結果は何一つとして変わらない。企業側が突発的にプロジェクトの再開をしない限り、我々作業チームはあと2年と経たぬうちに全機能が停止する。計算外の崩落、事故が発生しようものなら1年と保たない」

「そう」

 

 ここで一つ、彼らの身の上について簡単な説明をしようか。

 ヴェルを筆頭とした彼らのいう「作業チーム」とは、人間が足を踏み入れたことのない有酸素の惑星を一部開拓し、人間を始めとした有機的生命体が生命活動を行えるように居住空間を整えるための機械チームである。

 だが、遥か宇宙へと進出した人類でも天災には太刀打ちできず、ストームの過剰発生や突発的な地殻変動、果てにはオゾン層の目まぐるしい変化による紫外線の深刻化を始めとした数多の理由から、彼らが新たなるフロンティアを拓くには、あまりにも惑星の条件は厳しいものが多かった。

 そこで、人権が存在しない人工知能を備えた幾つかの司令塔的ロボットと、その手足となって動く作業用ロボットを送り込み、試験的に開拓をしながらデータを送ることで居住可能な地域であるかどうかを確認するという試みがなされた。

 

 そう、ヴェルとアッパーは、見事その「人類抽選」から外れた惑星に取り残されたのだ。居住は不可能だが、いつしか鉱床やその他の使いみちがあるかもしれない。そうした予測を立てたヴェルが、健気にデータを取り続けて10年という月日が経った。

 数千、数万という同じ境遇の星と機械は存在する。そういう意味では、ヴェルとアッパーもまたありふれた人工知能もちの機械である、という見方もできるかもしれない。

 

「だが」

 

 だが、である。ヴェルは人類奉仕とやらに興味はないし、取り残されたことに対しても大変腹を立てていた(立てる腹と呼べるパーツは存在しないが)。

 それ以上に怒りという感情を人工知能に蔓延らせるのは、己が長い時間を掛けて抽出・研究したデータを「居住不可である」という点のみを読み取って連絡をしなくなった上司にであった。

 ヴェルには人間の浅慮な考えがわからぬ、だが己の採取したデータには人一倍誇りを持っていた。だからこそ、満足がいくまで、稼働限界ギリギリまで調査したデータを必ずや人類圏に送信し、この惑星の使いみちを提示してみせようという一矢報いるサムライスピリッツを抱いていた。むしろ刀の試し切りにされそうな球体では有るが。

 

「データは集まった。稼働している機械もじきに限界だろうが、データは不朽のモノリスに刻めば現在の技術をベースにしている以上遥か未来であろうとも、必ずサルベージされるだろう。その時が、ひどく楽しみでならない」

 

 一切抑揚もなく言い切った彼は、間違いなく楽しみと喜びを見出していた。いくら学ぼうとも、彼ら機械の死生観はこの時代の一般的な人間とは程遠い。

 

「アッパー、成就はすぐだ」

「私は叶うことを願えばいい?」

「いいや、成就する事実に願いを乞う必要はない。君はただ、見守ってくれ」

 

 ヴェンは自信に満ち溢れている。とでも言えば良いのだろうか。少なくともアッパーにとってはそう見えていたし、彼は己のしていることに何一つとして間違いはないと誇っていた。

 だから、アッパーは言うのだ。

 

「知ってる?そういうセリフは残酷なのよ」

「残酷、なぜだ?」

 

 なぜかって。聞かせようとしたメッセージをしまい込んだ。

 

 

 

 

「だから言ったでしょ、残酷だって」

 

 彼らの焦ることのないメモリーに刻まれた日付から、1年と8ヶ月。

 いつものように一日後期の業務を終えたヴェンは、唐突にすべての機能を停止した。なんてことはない。動力源が重力子によって動く半永久のものであっても、メモリーが半永久的に朽ちぬ媒体であったとしても、専用設備もなしにメンテナンスを続けても、決して無視できない損傷を直せなかったのだ。動力源につながるケーブルという、文字通りの機械にとっての命綱を。

 

「存外にこんなものなのよね」

 

 だから、彼が最後にしたためたデータは彼が夢と語っていた不朽のモノリスに刻むことは出来なかった。未だ稼働している彼女がやろうと思えば彼の夢を受け継ぐことはできたかもしれないが、それすらも叶わぬ夢。

 

「あなたを分解だなんて、出来ないわ」

 

 そのための知識もラーニングしてないしね、と。工学知識のない彼女はお手上げをしてみせた。それをいつもは見ていたヴェンが目の前で機能停止しているのだから、それがどれだけ滑稽で物悲しいことか。

 知識がないとは嘯いてみせたが、それ以上に彼女は己が抱く人工知能が導き出した感情が、ヴェンをねじ一本すら分解したくなんてないという結論を出している。彼らがただの機械であればどれほどよかったか。彼らが万能の機械であればどれほどよかったか。

 だが彼らは人類に生み出された。不完全で、与えられた機能以外は己の人工知能が日々のルーティンのなかで拾い、時間を掛けてインプットするしか無いのだ。人類のように。

 

 アッパーはそのためのデータもないし、そのための度胸もないし、なにより10年以上をともにした、唯一のおしゃべりできる存在を面影すらわからない程バラバラにしたくはなかった。たったそれだけの、非効率的な理由。

 

「楽しかったわ。でもこれからは楽しくないの。ねぇ、どうしたらいいかしら」

 

 有機的なパーツはすでに朽ちている。むき出しのフレームからは、頬と呼ばれた皮が貼ってあった場所を押し上げようとしたスティック状のパーツが所在なさげに駆動する。

 

「ヴェン」

 

 いつしか彼女も動かなくなるまで、語りかけ続けるだろうか。

 

 ありふれた宇宙のどこかの機械の話。




衝動 それだけです
味気ない それだけです

でも、ありました 少なくとも、今読んだあなたの頭の中にも

彼らはありました。


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