流星との出会い   作:zawadinosaur

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最近月姫とfgoとモンハンしてたら更新が2ヶ月ぶりと相成りました。 ヘレナさん編これにて完結です。


エピローグ 彼女の歩む道

 

 

それはとあるよく晴れた日のこと。

CCSRカルコッツ諸島支部、局長室にて。

 

「辞めます。」

 

極めて簡潔な言葉と共に、ヘレナは辞表を局長に提出した。

他に何か添えるべき言葉があったのかも知れないが、お互いよく知った相手だ。

着飾った言葉は必要ないだろう。

 

(…へえ、こんな感じなのね。)

 

それほど長くはないが、初めて勤務した職場を辞めるのは一体どんな感情が湧くのかと少しだけ気になっていたが、実際はそれほどでもなかった。

ほんの少し惜しいかな、と思う程度だ。

 

「うん、分かったよ。 君の後任にはレイシア君を推薦しておこう。 彼女なら、十分に君の代わりを務められる。 それじゃあ、今までご苦労だったね。 本日を以て、君のCCSR部隊長としての任を解く。」

 

提出された辞表を受け取ったエドは、驚くわけでも悲しむわけでもなく淡々と事務的に対応をした。

表情も、いつも通りのにこやかな笑顔だ。

ヘレナにはその反応がかなり意外だった。

あまりに自然体過ぎて、不自然だった。

 

「……あまり驚かないんですね。」

 

曲がりなりにも、ヘレナはエドの愛弟子を自負している。

そんな自分が何の前触れもなくいきなり辞めると言い出したというのに、ここまで彼の反応が薄いというのは予想外だった。

本音のところでは、もっと驚嘆して、悲しんで欲しかった。

自分の存在を、惜しんで欲しかった。

 

「……ん、まあね。 こうなることは任務を出した時から分かっていたから。」

 

エドはさも当然のようにとんでもないことを口にした。

 

「ーーーーは?」

 

ヘレナの口から掠れ声が漏れる。

 

「………分かっていた、です…か…?」

 

今回の一件、普段のスケジュールを崩してまでメテオールの撃破を指示したのは彼だ。

それはつまり、一連の出来事を全て彼が仕組んでいたと?

ヘレナが辞めるという結果まで想定して任務を任せたと?

でも、どうして。

何のためにそんなことを。

 

「…ああ、僕は君がメテオールの任務を通してここを去ることが分かっていた。 …いや、それは建前だ。 本心では僕は、君にここを去って欲しかったんだよ。」

 

「……私が、邪魔だったんですか?」

 

口に出した途端、背筋に寒気が走る。

彼がわざわざこんな手を使ってまでヘレナを追い出させたい理由なんてそれくらいしかないだろう。

それに、身に覚えがありすぎる。

部下を持ちたくないという我が儘を通して、組織の和を乱し続けている。

レイシアとたまに仕事をサボってお菓子を食べたり、やる気が出ない日にはレポートを割と適当に書いていた。

あと、これは極秘だがイズモに虐められすぎた翌日は腹いせに靴にしらたきを詰めたりもした。

正直、社会人としては中々に常識外れだ。

というか、控えめに言っても有り得ないだろう。

エドはこれらを見かねてヘレナを追放しようとしているのだろう。

 

「ああ、違うんだ。 僕もここも、君を疎ましくなんか思っちゃいないよ。 君は私たちの仲間で、僕の大切な教え子だ。」

 

ヘレナの沈んだ表情を見かねてか、エドは慌ててフォローを入れる。

その様子に、嘘や欺瞞は一切感じられない。

その態度に安堵の息を吐きそうになるのを堪えて、ヘレナはエドに向き直る。

 

「……じゃあ、何故ですか?」

 

「……………………そうだね……。」

 

ヘレナの質問に、彼は押し黙る。

10年前のあの時のように答えたくない、という雰囲気ではなかった。

何かしら事情があることを察し、ヘレナはエドの言葉を待つことにした。

 

「ーーーー。」

 

「…………。」

 

長い、長い、沈黙だった。

聞こえるのは互いの呼吸音と、窓の外を飛ぶ鳥の鳴き声だけだ。

エドは、なかなか喋らない。

きっと、ヘレナに話すべきことは既に彼の中で決めているのだろう。

でも、どう言葉にすればいいか迷っている。

誤解がないように、自身の意図が完全に伝わるように。

そんな、重い沈黙だった。

 

「……あの」

 

『もういいです。』

この空気を見かねて、ヘレナがそう口にしようとした時、こちらの意図を読んだようなタイミングでエドは少しだけ息を吐いた。

 

「……僕はね、ずっと考えていたんだ。 10年前のあの日、君に差し出した二つの選択肢は間違っていたんじゃないかとね。 本当なら、あそこで無理矢理にでも君を普通の生活に送り戻すべきだったと今でも思う。 君から、人並みの生活を、手に入れられたはずだった幸せを奪っているんじゃないかと。」

 

「それはっ…。」

 

そんなことはないと、ヘレナは即座に否定したかった。

でも言葉が、出て来ない。

ヘレナ自身、心のどこかでそれを感じていなかったわけではなかった。

つい先日も、そんなことを考えてしまっていた。

でもそれを、『それしかなかった』、『仕方がなかった』と必死に今まで言い聞かせていた。

今の自分を、正当化するために。

けれど、今は違う。

後悔ばかりの人生だけど、少しずつでも前に進もうと思っている。

 

「ただ、こんなことを伝えても君はきっと聞いてくれない。 昔から頑固な子だったからね。 だから、まずは状況を作ることにした。 君、昔から自分と似てる子には感情移入しがちだったろ? レグルスちゃんの時も、そうだったから。」

 

確かに彼の言う通りだ。

自分自身がそうであるからか、ヘレナは身寄りがない者や孤独な者には非常に弱い。

というか、誰よりも率先して守ろうとしてしまう。

現在手持ちのリバイバーのレグルスは元々身寄りのないノライバーだった。

3年前、とある森で衰弱しきっているところを偶然発見され、CCSRに保護された。

その後、ヘレナは周囲の反対を押し切ってまで彼女を介抱し、熱心にリハビリに励み、歴としたリバイバーにまで成長させたのだ。

だがそれにしても、伝えるより前に下地作りとは彼らしくもない。

きっと、イズモの助言なのだろう。

 

「だから、探した。 レグルスちゃんのように君と似た境遇のノライバーの情報を。 その結果見つけたのがあのメテオールというわけだ。」

 

探した、と彼はさらりと言ったが、それは途方もない作業だったはずだ。

局長という責任ある立場にありながら、普段通りの業務と並行して星の数ほど存在するノライバーの情報を捜索し、そのバックボーンまで隅々まで調べ上げたというのか。

それも、ヘレナのためだけに。

 

「………本当に、エドワードさんには敵いませんね。」

 

この人は、本当に上に立つには向いていないと思ってしまう。

彼は、優しすぎる。

どこまでも、どこまでも。

部下の事情になんて目を瞑って、結果重視で利用し続ければいいものを、彼はしない。

不合理だと分かっていながらも。

でも、そんな彼だからこそヘレナはここまで付いてこられた。

憧れを抱くことが出来た。

彼に最大の敬意を、敬愛を。

ヘレナは深々と恩人に頭を下げる。

 

「……今まで、ありがとうございました。 あの日命を救っていただいた御恩は、生涯忘れません。」

 

「はは、忘れてくれていいんだよ。 この先、君が誰よりも幸せに生きていけるなら、それが最高の恩返しだ。」

 

彼の優しい言葉に涙が溢れそうになるのを必死に堪え、ヘレナはエドワードに悪い笑顔を向ける。

 

「………それはそうと、エドワードさんは私を退職後の援助なしでここから追い出そうとしたんですよね?」

 

「えっ………!? …………それは…確かに客観的に見ればそうなるか……。」

 

予想だにしていなかったであろうヘレナの質問にエドワードは分かりやすく狼狽え始める。

そんな様子が局長にはとてもではないが似合ってなさすぎて、何だか彼らしいと感じてしまう。

 

「じゃあ一つだけ、お願いを聞いてくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…分かった。 じゃあ、手配が出来次第連絡を送るよ。」

 

渋々といった様子ではあったが、エドはヘレナの頼みを聞いてくれた。

それはそうだ。

ヘレナが彼にお願いしたものは、『現在使用されていない建物を一つパークから借り受けたい』というものだ。

島に間借りしているだけの組織がそんな要求を雇い主に出来るかは正直分からない。

ヘレナ的には、次の活動拠点はどこでも良いのだが、出来ればメテオールやハダル、レグルスを自由にさせてやれるこの島が好ましい。

 

「はい、お願いします。 それじゃあ、もう私は行きますね。」

 

話すべきことは話したし、要件も済んだ。

それにこれ以上彼と話していると、きっと泣いてしまう。

ヘレナはエドに背を向け、部屋を立ち去ろうとオートドアの前に立つ。

その時、

 

「ヘレナちゃん。」

 

「はい?」

 

エドの呼び掛けに、ヘレナは足を止めて振り返る。

振り返った先の彼はおもむろに席を立つとヘレナの前に立ち、手を差し出す。

 

「ーー良い明日を。」

 

エドの口から出たのは、何の混じり気もない心からの祝辞。

これから旅立つヘレナへの、最高のエール。

 

(卑怯だ、そんな言葉。)

 

ヘレナは全力で彼の手を握り返す。

 

「ありがとう、ございましたっ…!」

 

結局、涙は溢れてしまった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

局長室を出たヘレナが次に向かった場所は、自分の隊室だった。

立つ鳥跡を濁さず。

荷物の撤去は専門の業者がやってくれるが、自分だけ何もしないというのも据わりが悪い。

そんなわけでヘレナは机とロッカーの荷物を仕分けしていた。

 

「さて、こんなところかしら。」

 

ざっと仕分けを終え、自分の手で家に持ち帰るものを段ボールに詰める。

箱からはみ出すほどに入った荷物を見ているだけで、レイシアとの懐かしい思い出が蘇ってくる。

 

「………………………。」

 

だがヘレナは、当のレイシアには辞職の件を伝えてはいなかった。

彼女は、明日この部屋でヘレナの辞職を知ることになる。

これが彼女への最大の裏切りになることは分かっている。

でも、それ以上に……。

 

そんな思いを巡らせていた時だった。

 

「隊ッッッ長ッ!!!!!」

 

扉が勢いよく開け放たれ、肩で息をしているレイシアがそこに立っていた。

 

「レイ、シア……!?」

 

想定外の登場にヘレナは思わず面食らう。

そんな彼女を他所にレイシアはヘレナに詰め寄る。

 

「辞めるってどういうことっスか! 何でアタシには何も言ってくれなかったんスか!! どうしてアタシはいっつも置いてけぼりなんスか!! 」

 

返す言葉もない。

彼女にはいつも迷惑をかけっぱなしだ。

でも同時に、彼女なら許してくれるだろうという甘えがあった。

当の彼女は、それを心から気にしていたことにも気が付かずに。

 

「アタシはっ……! ただ隊長の役に立ちたいだけなのに…!! …アタシ、そんなにダメでしたか…? 悩み事の一つも相談できない、信頼できないダメな部下でしたか…?」

 

普段の口調も崩れて、レイシアの瞳から大粒の涙が溢れ出す。

ヘレナがレイシアに辞職の件を切り出せなかった理由は、これだ。

辞職する、なんて彼女に言えば、当然彼女は嘆く、悲しむ。

それが、嫌だった。

彼女の泣き顔を見るのが、嫌だった。

彼女を傷つけてしまうのが嫌だった。

 

「……ごめんね、レイシア。 でも違うの、そうじゃないの…。」

 

だって、心が張り裂けそうなほど辛いから。

自分にそんな資格がないと分かってはいたが、それでも彼女を抱きしめる。

泣きじゃくる彼女の柔らかい髪の毛を撫でるが、そんなことは贖罪にすらなりはしない。

だからせめて、自身の胸の内にある全てを伝える。

 

「……私、やりたいことができたの。 …ずっと、自分のことが分かってなかった。 私が本当に望んでいたのは、復讐なんかじゃなかった。 …大事なことを、あの子が気付かせてくれた。 私は、他の誰かのために生きてみたい。 独りぼっちの誰かに寄り添って、私みたいに道を踏み外さないように、色々な人を支えたいの。」

 

「ーーーーー。」

 

嘘偽りない今の目標を彼女に話す。

ヘレナの過去を知るレイシアはきっと分かってくれると信じて。

 

「…………。」

 

少しの沈黙の後、レイシアは大きくため息を吐き、ヘレナの腕から抜け出す。

呆れとも怒りとも取れるような表情をした自分の顔を、納得の儀式のようにレイシアは軽く2度つねる。

 

「……分かったっス。 隊長が自分勝手なのはいつものことっスもんね!!」

 

「ゔ。」

 

『自分勝手』と言う言葉が心に刺さる。

少し以前まではその評価を不本意だと思っていたが、最近は反論の余地もない。

レイシアはビシリと敬礼をすると、満面の笑顔を咲かせてみせた。

 

「不肖レイシア・バーレイク、精進するっス! 隊長が辞めても、アタシがここを守り抜いてみせるっス! 隊長がいた時よりビッグにグレートにしてみせるっス! だから安心して行ってください!」

 

「ーー。」

 

なんと心強い言葉だろうか。

きっと彼女なら今言ったこと全てを実行できる。

それだけの能力が彼女にはある。

でも、きっとこれは虚勢だ。

新しい道へ踏み出す自分に心配をかけさせたくないが故の虚勢。

彼女はきっと勘づいている。

もう、ヘレナを止めることはできないと。

それでも、必死に気丈に振る舞っている。

その健気さが愛おしくて、哀しくて、

 

「レイシア。」

 

「わぷっ!」

 

目と鼻の先の彼女を、再び思い切り抱き寄せる。

彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ありがとう。 貴方が私の部下で良かった。 貴方に出会えて、私、幸せだったわ。」

 

「………せっかく、我慢、したのに……。 また泣いちゃうじゃないっスかぁ…隊長のバカぁ……。」

 

ヘレナの腕の中でレイシアは今日何度目かも分からない涙を流す。

レイシアからは見えなかったが、ヘレナの瞳からも涙が零れていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

レイシアにも別れを告げたヘレナは、一直線に出口へ向かっていた。

親しいエドやレイシアはともかくとして、他の関わりの薄い職員にあれこれと詮索されるのが面倒だった。

付け加えるなら、イズモに会いたくなかった。

辞めるなんて彼に知られたら何を言われるか知れたものではない。

そんな心情からヘレナは足早に出口を目指していた。

だがその前にあと1人、挨拶しておきたい相手がいた。

 

「や、ヘレナ。」

 

「リーラ。」

 

後ろから掛けられた声に全速で動かしていた足を止める。

振り返るとそうそこにはいつも通りの態度のリーラがオペレータールームの扉に背を預けていた。

ヘレナが探していたのは彼女だ。

探す手間が省けたというものだ。

エドやレイシアと同様に彼女と色々話すことがあるが、今は一つ言っておきたいことがあった。

 

「………貴方でしょ、レイシアに私が辞めること教えたの。」

 

隊員への情報は局長からまずはオペレーターに回される。

そして情報の確認や、その後の行動等の指示をオペレーターが精査してから隊員へ伝わる。

本来、この行程は軽く3時間以上掛かる。

初めからレイシアがヘレナの離脱を知っていたことには違和感があった。

あの時点でヘレナの退職を知っていたのは、エドとリーラの2人だけだ。

ヘレナの隊専属オペレーターのリーラが、その事実だけをレイシアに教えたと考えれば辻褄が合う。

 

「たはは、流石にバレるか。」

 

「本当、貴方は何でもレイシアに教えるわね。」

 

「そりゃね。 可愛い可愛い後輩だから。 でもさ、ここで何も教えないであの子の前から消えたら、ヘレナ一生恨まれてたよ?」

 

確かにそうだ。

あそこでレイシアが現れなければ、彼女はきっと自分の不甲斐なさを責め続けていたに違いない。

天真爛漫な普段の彼女では、なくなってしまっていただろう。

 

「………確かにね。 その点だけは感謝しとくわ。」

 

レイシアとも後腐れなくお別れが出来たのも、彼女のおかげだ。

冒しそうになった過ちを正してくれた以上、感謝すべきだろう。

 

「それで、これから何するの?」

 

リーラは何だか心配そうに首を傾げる。

当然の疑問だ。

ヘレナは世間一般の常識的なことは知っていても、俗世の流行のような話題には滅法弱い。

加えて、リーラ曰く、『ヘレナはちょいちょい抜けている』らしいため、彼女の心配ももっともなものだろう。

 

「分からないわ。 まだ、殆ど決めてないから。」

 

殆ど決めていない、というわけでもない。

大まかに計画していないこともないが、それでも未来へのプランというには杜撰過ぎるものだ。

折角エドに建物一つを借りられるように交渉したが、もしかすると失敗する可能性だってある。

それでも、ヘレナは前に進みたい。

いつまでも過去に縛られていたくはない。

 

「そっか。 まあ、ヘレナならどこでも上手くやっていけるさ。」

 

リーラは踵を返すと、寄り掛かっていたオペレータールームの扉を開ける。

 

「ああ、そうだ。 一個聞き忘れてた。」

 

こちらを少し振り向いたリーラは、ほんの短い質問を口にした。

 

「ーーーヘレナはさ、今幸せ?」

 

それは、いつかと同じ問い掛け。

あの時は答えが出て来なかったが、今なら胸を張って言い切れる。

 

「…そんなこと知らないわ。 でもきっと、これから進む先にそれはたくさんあるはずよ。 だから私は前に進むの。 幸せになるために。」

 

ヘレナの答えを聞いたリーラは、一瞬驚いたような顔をした。

だがそれは直ぐに消えて、いつも通りの飄々とした態度に切り替わる。

 

「そっか、安心した。」

 

心の底から安堵したような笑顔でリーラはこちらに背を向け歩き出す。

 

「それじゃあね、何かあったらいつでも連絡よこしてね。 離れてても、ババアになっても、アタシはいつだってヘレナの親友だから。」

 

「ええ、そうね。 ありがとう、リーラ。」

 

抱擁も握手も必要ない。

彼女との別れは、言葉だけで十分だ。

それだけ、お互いを信じ合えているから。

 

「ああ、あと一つ予言しといたげる。」

 

「ん?」

 

「アンタの初めての彼氏はきっと、高身長イケメンのダメダメ男子だよ。」

 

「…ぷっ、何よそれ。」

 

別れの時くらいはせめて笑顔で。

そんな彼女のさりげない気遣いが伝わってきた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

リーラと別れ、後はここを去るだけだ。

いつもの通路を通って出口に向かっていたその時。

 

「………チッ…。」

 

それはいつかと同じシチュエーション。

そして同時に最悪の想定の実現。

出口にはイズモが通せんぼのように立っていた。

挨拶の一つくらいしようとも思ったが、正直話すのも気が乗らないので、ヘレナは彼の横を素通りする。

 

「ここを去るそうだな、ヘレナ。」

 

すれ違いざまの声に、足を止める。

きっとエドから聞いたのだろう。

相変わらず耳の早いことだ。

 

「ええ、貴方の顔をもう見なくて済むと思うと、清々するわ。」

 

せめて最後にくらい、嫌味を言ってやる。

ここまで散々理詰めで言い負かされてきたんだ。

これくらいのことを言う権利はあるだろう。

これでも寛容なくらいだ。

 

「……もう2度と、ここには顔を出すな。」

 

イズモは表情すら変えずに、エドのエールとは真逆の言葉を吐き捨てる。

 

(……最後まで、そんな言葉を言うんだ。)

 

励ましの言葉くらいくれるかもという小さな期待を裏切られたことと、最後の最後まで嫌味な彼が心底気に食わなくて足速に立ち去ろうとする。

 

「ーーこんな狭い鳥籠にいなくとも、お前は何処にでも羽ばたいていける。 そのための道も、翼も見つかったのだろう?」

 

「ーーー。」

 

その言葉に、足が止まる。

 

「ここを出たのなら、まずは世界を見て回れ。 お前は未だに井の中の蛙だ。 多くの人と関わり、人間を知れ。 世界を知れ。 己というものを知れ。 それが私が出せる最後の課題だ。」

 

確かにその通りだ。

ヘレナはまだまだヒヨッ子の未熟児。

世界というものも、人間というものも知らなすぎる。

それにしても、『課題』という言い回しが何とも彼らしい。

だが、課題というのならばクリアしなければヘレナの沽券に関わる。

というか、何だか彼に負けた気がする。

 

「………分かった。」

 

だから、大人しくヘレナは首を縦に振った。

この課題をクリアして、教え子の成長というものを思い知らせてやる。

 

「………今まで世話になったわね。」

 

これまで散々いびられてきたが、今のヘレナが在るのは間違いなく彼のおかげだ。

どれだけ彼を嫌っても、その事実だけは変わらない。

彼もまた、エドと同様にヘレナの恩人だ。

だから、最後くらいは今まで呼んだことのない言い方で。

初めての感謝と、敬意を込めて。

 

「ーーーー先生。」

 

「…ふ、早く行け。」

 

その時のイズモの顔は見えなかったが、きっと笑っていたのだと思う。

 

 

 

 

出口から出たヘレナは、外のあまりの眩しさに目を顰める。

そう言えば今日の天気は快晴だったことを思い出す。

あまりに濃密な時間だったせいですっかり忘れていた。

 

「何処に行こうかしらね?」

 

独り言のように懐の相棒たちに問い掛ける。

当然答えは返ってこない。

でも、彼らの答えはきっとこうだ。

 

「………そうね、何処にだって行けるわ、きっと。」

 

そう言って見上げた青空は、うんざりするほど綺麗だった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ーーーーご、姐御、起きろって。」

 

肩を揺すられる感覚に、ヘレナは微睡の海から浮上する。

 

「ん………。 ゲンマ?」

 

薄らぼやけた視界には、いつも通り細目のゲンマが立っている。

 

「他に誰がこの店で働いてるってんだ。ついにボケたか?」

 

彼は呆れたような顔をすると、すぐに商品棚に向き直った。

どうやら、作業の片手間に起こしてくれたらしい。

 

「…私、どれくらい寝てた?」

 

「あ〜? 30分くらいじゃねえかな。 昼休憩中だったから起こさないでおいたが、もう午後の仕事始まるだろ?」

 

時計を見ると、時刻は13時。

彼の言う通り、そろそろ午後の仕事が始まる頃合いだ。

こういうところは、本当に気が利く。

だがまあ、バイトをドタキャンすることはしばしばあるわけだが。

普段からこんな感じならなと心底思う。

 

「にしても珍しいな。 アンタが仕事中に居眠りなんてよ。」

 

「………懐かしい夢を、ちょっとね。」

 

笑うつもりがなくても口角が勝手に上がってしまう。

それほど先程見た夢は、いや思い出は輝いていたから。

そういえば、あれは丁度1年前のことだった。

CCSRを辞めてから1ヶ月後、この雑貨店『Queen』を立ち上げた。

そしてその直後にゲンマと再開を果たし、彼をバイトとして雇うことになった。

それからずっと、いやたまにサボってはいるがゲンマはヘレナの理想に付き合ってくれている。

 

「ねえ、ゲンマ。」

 

「ん〜?」

 

なら、言うべきことがあるはずだ。

ヘレナの我儘ともいえる現在に、何があっても付いて来てくれる彼に。

 

「ーーいつもありがとう。 貴方がいてくれて、本当に助かってるわ。」

 

ヘレナは満面の笑顔でゲンマに感謝を伝える。

彼は一瞬面食らったような顔をすると、すぐに目線を逸らしてしまう。

 

「………んだよ急に。 気味悪ぃっての。 ……まあでも、なんだ。」

 

ガシガシと頭を掻きながら、

 

「俺の方こそ、サンキューな。 一応こうやって恩返しは出来てるんだからよ。」

 

頬を朱に染めながらゲンマも不器用なりに精一杯、ヘレナに感謝を伝える。

頬を赤らめているゲンマを見たのは初めてで、なんだか不思議な感覚だ。

そういえば、リーラの最後の言葉を思い出す。

『初めての彼氏は、高身長イケメンのダメダメ男子だよ。』

イケメンかどうかは分からないが、高身長でダメダメという点は満たしている。

つまり、彼がヘレナの初めての彼氏になる可能性があると言うことだ。

そう思いながらまじまじとゲンマを見つめてみる。

長めの睫毛に、普段は閉じているが翡翠色の瞳。

それなりに整った顔立ちで高身長。

ここから導き出される答えは。

 

「………ないわね。 タイプじゃないし。」

 

「え、俺今ディスられた? 何でこの流れで?」

 

「何でもないわ。 いいから仕事再開しなさい。」

 

ヘレナの脳内を覗けない彼からすれば、いきなり感謝を伝えられ、顔をじっと見られてタイプではない認定されたのだ。

たまったものではないだろう。

 

「…ったく、詫びに茶に付いてきてもらうからなマジで。」

 

ゲンマはいつもの調子で軽口を叩く。

いつもなら聞き流す言葉だが、今日は違う。

ヘレナはメテオールの任務前に彼と初めて出会った時のことを思い出す。

あの時は手ひどく断ってしまったんだ。

一度くらい付き合うのは吝かではない。

いや、むしろ歓迎だ。

 

「いいわよ。 丁度私行ってみたい喫茶店があるの。」

 

予想だにしていなかったであろう答えに、ゲンマは瞠目する。

彼自身ダメ元で、いや冗談程度に言ったのだろう。

 

「……………………………マジ?」

 

「大マジよ。」

 

「なあ、姐御やっぱ今日なんか変だぞ? 何か悪いもの食べたのか?」

 

ゲンマは本気で心配したような顔でそんなことを言うものだから、何だか可笑しくて軽く吹き出す。

 

「別にそんなんじゃないわよ。」

 

ただ、今この時間が、関係が、何よりも大切なものだと再認識できただけだ。

沢山の人たちと関わって、絆を紡いで、悩める誰かの背中を押す。

自分を慕って付いて来てくれる人がいる。

自分を親のように想ってくれる人がいる。

自分の助言を必要としてくれる人がいる。

自分を大切だと言ってくれる人がいる。

嗚呼、今なら胸を張って言える。

 

「ーー幸せだなって、気付いただけよ。」

 

だって、こんなにも満たされて、胸が温かいんだから。

 

「…そっか、そりゃ良かったよ。」

 

ゲンマは少しだけ笑うと、パンパンと手についた埃を払い、緩んだエプロンを締め直す。

丁度昼休憩が終わると同時に、整頓を終えたらしい。

 

「お、いらっしゃい。」

 

「いらっしゃいませ。」

 

来店を告げる鐘は、今日も鳴る。




次回誰の話書くか迷ってます。 あとそろそろ曲ドロも再開したいです。
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