「おはようございます隊長!」
「おはようございます!」
「…おはよう。」
朝8時過ぎ。
煩いくらいに繰り返される挨拶をくぐり抜けながら、ヘレナは自身の隊室を目指していた。
ここはCCSR・カルコッツ諸島支部。それは老若男女問わずにカセキバトルを楽しむことが出来る商業施設における最大の防衛組織。人間では太刀打ち出来ない凶悪なノライバーひしめくこの島を守る為に、今日も多くの人員が忙しなく動き回っていた。
現状、ヘレナはこの島に常駐している数少ない隊長格のホリダーだ。
加えて、CCSRの中でも随分な古株で、年齢も他の職員たちと比べても比較的若い。
そのため、彼らに頼られる機会も何かと多く、交友関係もそれなりにあった。見知った顔たちの挨拶を切り抜けて、ヘレナはようやく隊室前に辿り着く。
「……ふぅ…。」
一呼吸置いて、気持ちの準備をしてポケットの中から簡素な耳栓を取り出す。防音の準備を済ませると、ヘレナは覚悟を決めてドアノブに手を掛けた。
……何故かというと、その理由は扉を開ければ直ぐに分かる。
「おっっっっっっっはよーーーーございます隊長!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
扉が開いた瞬間、先程までとは次元が違うくらいにやかましい挨拶が施設中に轟く。振動と音圧で吹き飛ばされそうになるのを堪えて、なんとか隊室前に踏み留まった。
エアロンやティラノの咆哮と張り合えそうなほどの声量の持ち主は、そんなヘレナを知ってか知らずかニコニコと楽しそうに桃色のアホ毛を左右に揺らしている。
「…………おはよう、レイシア…。」
「はい!!!!!おはようございますっス!!!!!!」
彼女の名は、レイシア・バーレイク。ヘレナの隊に所属している唯一の隊員だ。
原則、CCSRの隊長は一つの部隊につき、10〜20人の部下を持つ。彼らを守り、後進となる人員を育成することもまた、隊長に課せられた使命だ。
だが、ヘレナはこれまで上層部に色々と無理言ってたった人だけの部隊を貫いてきた。
だって、大きな部隊を動かすよりは1人の方が遥かに身軽でフットワークも軽くなる。それに、ヘレナが戦うのはあくまでも自分自身のため。過去の復讐を果たすため。そんな身勝手に、他の人物を巻き込みたくなかった。
だがそんな状況を、レイシアは持ち前の熱意と愚直なほどの真っ直ぐさで突き破った。ほぼなし崩しな流れではあったが、彼女は正式にヘレナの部下としての地位を確立した。
そして現在、2人だけの異色の部隊が出来上がるに至ったのだ。
基本的に彼女には雑務や、討伐での補佐を任せている。
「………あれ、隊長なんか今日顔色悪くないっスか?体調悪いっスか?
……あ、ダジャレじゃないっスよ!?隊長体調悪いとかいうそーゆーつまんないのじゃないっスよ!?」
「分かってるわよ…。それに、貴方の方こそ目の下に隈が出来てるわよ。」
「うええ!?マジっスか!?」
いつもの調子のレイシアを他所に、ヘレナは椅子に深々と腰掛ける。
昨晩はあの夢のせいか、あまり疲れが取れなかった。そんなところまでほぼ直感で見抜いてしまう彼女の勘の良さにはいつも驚かされる。
「そんなことより、紅茶を一杯くれる?」
「了解っス!!角砂糖2個入れてるやつでいいっスか?」
「ええ、それでお願い。」
レイシアはピシリと敬礼すると、お湯を沸かし、ティーパックを用意し、そそくさと紅茶を淹れ始める。
この隊室に置いてある紅茶や茶菓子は全てレイシアが用意してくれたものだ。彼女はどうやら相当良い家柄の生まれらしく、親から超高級品の仕送りが度々送られて来るのだ。
以前、『1人じゃ食べきれないっス〜!』なんて言って泣きついてきたため、それ以来消費に頻繁に手を貸しているのだ。
──そのせいか、最近少しだけ制服がキツくなった気もする。……未だ誰にも打ち明けられずにいるのが実情なのだが。
「どうぞっス!」
「ありがとう、レイシア。」
「うぇるかむっス!!」
湯気が立ち上る紅茶を机に置くと、レイシアはアホ毛をぴょこぴょこ揺らしながら自分の席に戻っていく。
あのアホ毛は感情とリンクしているのかやたらよく跳ねる。以前に軽く引っ張ってみたら、レイシアにしてら珍しく本気で怒っていたことを思い出す。曰く、『アホ毛はメガネの人のメガネと同じくらい大事なもの』らしい。分かるようで全くわからない言い分だった。
紅茶に軽く口をつけ、ホッと一息つくとヘレナは沈み込むように椅子に背中を預けた。朝一番の弛んだ脳に、甘味がいい刺激を与えてくれる。
そんな様子を嬉しそうに眺めるレイシアだったが、何かを思い出したようにピン、とアホ毛が立ち上がった。
「あ、そうだ隊長!!ボスから新しいミッション届いてるっスよ〜!」
「…ん?」
踵を返した彼女は、ガサゴソとデスクから分厚いファイルを取り出した。
手渡されたファイルを受け取り、パラパラとページを捲るとそこには数多の書類が綺麗に整頓され、ファイリングされている。これは日々彼女が補佐役として記録、保管してくれている調査ファイルだ。
レイシアの事務処理能力の高さは、ヘレナから見ても本当に優れている。
見た目と言動からは、とてもそうは思えないのだが。
「…それにしても、次の任務まで随分早いのね。連続で来たのってこれが初めてじゃない?」
「確かにそうっスね…あのオッさん、何考えてるんスかね?……ハッ、まさか何かヤバい裏稼業でも始めたんじゃ……!!」
「やめなさい失礼よ。」
「イテッ!」
レイシアの額を指で小突くと、ヘレナは内容に目を通す。
そこに記載されていた任務は、新たに出現した危険ノライバーの調査、及び可能であれば本個体の討伐。
個体名は、『メテオール』。
翼が通常の個体よりも一回り大きく、異形化したディルエースだ。飛行の速度が通常個体と比較すると異常に速く、その高速で動く姿からそのように命名されたらしい。
本来リバイバーの復元において不完全な形で生まれる確率はほぼ0%。だがこれはエボルバーの研究の過程で誕生した失敗作。
そういった個体は機会こそ少なかったものこ、何体か見てきた。
そのほとんどがオリジナルに劣るか、何かに秀でる代わりにどこか大きな欠陥がある。ハッキリ言って、大した敵ではない。
この個体の場合、警戒すべきなのは素早さ、そして攻撃力くらいだろうか。だが、攻撃性能を上げた代償に防御面はお粗末なものなのだろう。
通常のディルエースよりも若干小柄な体格が、それを如実に示している。
「それで人的被害は…………って……え?」
不思議なことに、この個体による人的被害は研究所から脱走した際に職員数名に重軽傷を負わせたのみ。それ以降の人的被害は皆無で、ゴンドラのワイヤーの切断やATMの破壊などの物的被害が大半を占めていた。
リバイバーが感情を持つことは、何も特別珍しいことではない。彼らに心があるからこそ、ホリダーとリバイバーは心を通わせ絆を育むことが出来る。
報告書にメテオールが感情を持っていることは間違い無いだろう。そして、人間に対して並々ならぬ憎悪を抱いていることも。
だが、一つだけ違和感がある。人間が憎いのなら、何故手当たり次第に目に入ったホリダーを襲わないのだろうか。
研究所職員と、一般のホリダーの間にある線引きは一体何だろうか?
リバイバーを研究し、作る側と、それらを消費する側。
何故、こんなにも中途半端なのか。そんなことを考えていると、なんだかイヤに胸騒ぎがした。悪い予感というよりは寧ろ、何かの予兆のような…。
「………ねえ、レイシア。」
「何スか?」
「──今回の任務、私が一人でやるわ。」
「ほえ〜隊長はスゴいっスねぇ……………………ってえええええええええぇえええええええぇぇぇええええぇえ!!!!!!!!!!!!???????」
部屋の中に驚嘆の声が響き渡る。彼女のアホ毛が無理解を示すようにバインバイン跳ねている。
暴風雨のような音圧に、耳栓をし忘れたことを心の底から後悔した。だがヘレナのことなどお構いなしにレイシアは手をブンブンと振りながら猛抗議を始める。
「ちょちょちょ、待つっスよ隊長!!一旦深呼吸して落ち着くっス!!!いくら隊長でも危険ノラ相手に一人じゃデンジャラスっスよ!!
大体!!ウチはアタシしか部下いないんですからタイマン張ることになるんスよ!?」
「大丈夫、死ななきゃ安いわ。」
「そういう話と違うっスよ!!!」
CCSRでの任務は危険が付き纏う。何せ、猛獣など目ではないほどの巨大生物と真正面から立ち向かうのだ。命を落とすことだって、珍しいことじゃない。普段のヘレナなら、何重にも保険を用意して不確定要素を限界まで減らしてから戦いに臨んでいた。
だが、ヘレナはメテオールとの戦いで何かを掴める予感を感じている。自分の人生を大きく変えるような、歯車が噛み合い大きな事態が動き出すかのような期待を。
これは最早、確信に近い。
「とにかく。」
尚も食い下がろうとするレイシアの言葉を遮り、ヘレナは席を立つ。
「貴方はボスに前回の任務の報告書と、今回の件を引き受けることについて報告してきて。話は後で聞いてあげるから。」
「ぶ〜。どーせ戻ってきたらいないクセに…。」
レイシアは頬を膨らませて、痛いところを言い当てる。
納得はしてくれなかったようだが、レイシアは報告書を携えて大人しく部屋を出て行った。
今回の話は長くなりすぎたのて2つに分けました。次回から新キャラ出てきます。