その日、彼女は⬛︎⬛︎筈だった。
 しかし、三女神はその結末を嘆いた。

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 流れに便乗すると共に、久々に筆を取りました。
 そして、その中でたまたま知った【彼女】があまりに印象深く、そのレースの動画を見て、泣きました。

 短いですが、どうぞ。


ヴァイオリンの製作者

 狂奔する。例え、此処で肺が裂けようと。

 芝を穿つ。心臓が、脈打つことを辞めたとしても。

 しかしそれは、私視点での話であって。現実はこれ以上なく、ゆっくりと進んでいるんだろう。

 

 せめて、せめて走り切ることくらい、神様は許してくれる。

 此処はウマ娘たちの意思が、ドラマが、願いが渦巻くレース場。

 人が、ウマ娘が、喜怒哀楽全てを体現する大波乱の見本市。

 悪魔だって泣いたりするんだ。神様が、三女神様が微笑むくらい、あるだろう。そう思いたい。

 

 しかし、悲しいかな。現実は息することさえさせてくれない。冷たい息を吸えば吸うほどより苦しく、体は重く。より一層、足を止めた瞬間に訪れる終わりを想起させる。

 

 恐ろしい。脚を止めることが。

 怖い。その先に待っている結末が。

 観客たちのヤジが遠く聞こえる。微かに聞こえるのは「おせー!」だったり「もう終わりだよ!」だったりと、民度の悪さに苦笑いしたくなる。

 

 これは確かに、マイ先輩も走るのが嫌になるわけだ。尤も、先輩は連覇記録を止めたからこその嫌われようだった訳だけど。

 

 それに比べたら、私は違う。

 何せ、もう脚を踏み出すことをキツイ。

 芝に一歩踏み出す度、首に掛かる死神の鎌がより深く食い込んでいくのを自覚する。寒風を切る度、よりその鎌の刃が鋭くなっていくことを知る。

 

 “もう16着は確定してるんだ。足を止めたって、誰にも文句は言われる筋合いはない”

 

 残り50mを切った。全開で走り切った後のターボちゃんよりも、ノロノロとした足どり。

 死神の甘言が頭を過ぎる。それでもいいかもしれないと、足がもつれる。ズブズブと芝に脚が沈み込んでいく感覚。体幹が左右にゆっくりとズレ始めた。

 最期には、スーホのウマ娘のようになれるかなぁ。なんて、バカバカしいことを思う。

 酷く、眠い。そうして。

 

『──脚を、止めるな!!!!』

 

 大きな、大きな音がレース場に響く。

 目が覚める。聞き覚えのある、声がする。

 

『できる限り全力で踏み込め! 苦しいのは百も承知だ!! 少しでも、少しでも全身に血液を回す事に専念しろ!!! これは──生徒会副会長の命令だ!!!!』

「──ハハッ」

 

 全く、無茶を言う。

 でも、貴女が言うなら、まあ無理ではないんだろう。プライドの塊のような人で、自他共に厳しい。

 そして言動の厳しさの割には……違うか。厳しさは、優しさと期待の裏返しか。

 自分以外の誰も彼もの可能性を信じて疑わないような、そんな人。

 全く、困ったものだよ。テイオーにとっての会長のように。

 私が敬愛する貴女にそんなことを言われてしまっては。

 

「諦め、る、ハッ、なん、て……ハッ!! ……それ、こそ──無理ィ!!」

 

 ごめんなさい、死神さん。もう少しだけ、鎌はよしてくれ。

 何せ、今の私はどうしようもないくらい彼女に惹かれてる。死なんて目じゃないくらいずっと。

 何かを覆したような、そんな感覚。そして、全力で芝を踏み抜いた。フォームも何もない、力に任せた、気力だけで前へと踏み出す。

 

「頑張れー!!」

「走れー!!!」

「もう少しだー!!!」

 

 スピカの面々や、ターボちゃん、マイ先輩にトレーナー氏の声が、観客たちの声援が、確かに聞こえる。

 体は何も感じない。それなのに、バグったように体は前へと踏み出す。

 寝起きのような足取りで、芝を踏み抜く力だけは自壊するように。

 その度、私の中で何かが壊れる音がする。

 けれど、その音は脚からではない。

 もっと大きな、体の内にない『何か』を砕く音。

 

『今、16番『アマーティ』大きく遅れながらもゴールに到達しました!!」

 

 観客席が沸きたった。気がつけば、ゴールに辿り着いたらしい。

 そうして、最後にまた何かが砕け、そうして散っていった。見えずに私を縛り付けていた何かが、木っ端微塵になった、そんな感覚。

 

『────』

 

 そして、私は芝の海へと突っ込んだ。誰かが私を揺さぶったような、そんな気がした。

 

       

 

『目が覚めたとき。目の下にクマを作った敬愛するウマ娘がいた時の心境を述べよ』

 そんなクソのような問題がテストに出たとして。

 

 今の私の心境としては「神様で悪魔であれ三女神様であれ許さん」でFAである。拙い英語ながらFワードを叫びながら中指を立てる自信しかない。気分はキレッキレの時のシャカ先輩か極めて機嫌の悪い時のゴルシちゃんである。

 私は、人の顔が曇っていくのは好きじゃない。例えそれが現実であれ創作であれ。

 

 だからこそ、彼女が見せた安堵に、優しく私を抱擁してくれる彼女の温かさに、やっと私も安堵した。

 そうしてやっと、あの時自分の首に掛かっていた鎌の鋭さを自覚して、震えて涙することしか出来なかった。

 

「……ごわがっだぁ……!」

「よしよし……怖かったな。よく、頑張ったな」

 

 抱きしめられて、胸に顔を埋めて、泣き濡らして。

 やっと生きていることを自覚できた瞬間に、やっと現実を噛み締めることができた。

 

『急性心不全ですね。よく、持ち直しました。恐らく、最後の50mで見せたあの踏み出す力が命運を分けたのでしょう。脚に掛かった力、芝を踏み抜いた時、足裏へと掛かる圧が擬似的な心臓として機能し、────』

 

 あの後、副会長と入れ替わりで病室に入ってきた先生の小難しい話を思い出して、結局の所レース復帰に関しては当分先になりそうだ。

 何せ、いつ弦が切れるかわからないバイオリンと同じような代物が今の私だ。厳しいものがある。

 

「でも、カンケーないね」

 

 弦が切れそうなら、変えればいい。

 変えたばかりで馴染まない弦であっても、馴染めばそれが使いやすくなる。

 私の憧れた空の高鳴りのように走る彼女へ、届くように。私は走ろうと思う。高々と。

 

 ゴルシちゃんやターボちゃん、トレーナー氏が顔面涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら病室に突っ込んでくるまで、おおよそ一分。そこから追い討ちをかけるようにギャン泣き過呼吸気味のマイ先輩が突撃してくるまで、おおよそ三分。そんな事になるなんて知らない私は、決意を新たに『心臓に負担がかからないトレーニング方法、考えないとな』なんて考えていた。


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