恐れていた事が、とうとう起きてしまった。
幻想郷の住民達が次々と<
「みんな、何をしてくるかわからないわ! 注意しながら戦って頂戴!」
霊夢の呼び声に一同は頷き、<
「さてと……」
本来ならばリグルはあまり大した戦闘能力は持っていない。スペルカードは灯符「ファイヤフライフェノメノン」や、蠢符「ナイトバグトルネード」、隠蟲「永夜蟄居」といったものだが、どれも標準的な弾幕を放つものでしかなかった。しかし今のリグルは<
(ひとまず、一発仕掛けてみるか!)
そう言って、霊夢は懐から一枚のスペルカードを取り出して構えた。カードは瞬く間に光となって霊夢の両手に集まり、やがて光の珠を作り出す。
「霊符「夢想封印」!!」
霊夢の宣言の直後、霊夢の両手に作られている光の珠は霊夢の手を離れ、七色の輝きを放ちながら、<
慧音が驚きの声を上げる。
「あれは……なんだ」
アリスが呟くように言う。
「鱗粉……じゃないかしら」
魔理沙が反応する。
「鱗粉? 毒蛾の粉みたいなものか」
「えぇ恐らくは。でも何で鱗粉なんか……」
アリスが魔理沙に説明をする中、霊夢は一瞬戸惑った。いつまで経っても、光の珠が炸裂する音が聞こえてこない。今のスペルカードで放たれた光の珠は、目標に着弾すると炸裂するものなのだが、あの黒い鱗粉の中に飛び込んでから、まったく変化が無い。中で何が起きているというのかと思ったその時、霊紗が戸惑ったような顔を浮かべて近付いて来た。
「どうなっている。何も起こらないぞ」
「私も同じ気持ち。中で何が……」
霊夢が言った直後、黒い霧の中から、霊夢の放ったものと思われる光の珠が飛び出した。一同がそれに驚くと、光の珠は空の彼方へと飛んでいき、やがて爆発四散した。
「なっ……!?」
霊夢は思わず驚きの声を上げてしまった。今空へ飛んでいって、爆発四散したのは間違いなく自分の放った光の珠だ。黒い霧の中で爆発せず、軌道を変えて飛び出し、爆発したのだ。そして光の珠の軌道を変えた黒い霧の方を見てみると、そこには悠然と立ち尽くしている<
「まさか、無傷……!?」
慧音が驚愕したような顔になる。
「霊夢の夢想封印が効かないなんて……!!」
幽香が驚いたような顔になる。
「まさか貴方の攻撃すらもあのようにしてしまうなんて、あの子、もしかしたら貴方の強さを超えてしまっているんじゃないかしら」
幽香の言葉には頷けた。霊符「夢想封印」によって放たれる光の珠は並大抵の運動能力では回避できないくらいの誘導性能を持っている。これまで、あの攻撃を避けられた者はいないため、自分の中では切り札のようなものだった。それを、懐夢の友達であり、懐夢と恋人になろうとしているリグルが、<
だとすればあのリグルは想像以上に危険な相手だ。博麗の力をも上回る力を持つという事は、幻想郷最強の存在である博麗の巫女よりも強く、その気になれば博麗の巫女を倒し、殺してしまえるという事だ。博麗の巫女である自分が倒されれば、幻想郷を守ろうとする存在はいなくなり、<黒服>の幻想郷の破壊計画は遂行されてしまう。そんな事は絶対に許されない。ここで死ぬわけには行かない。何としてでもあのリグルを打ち倒し、<黒服>の野望を打ち砕いて幻想郷に平和を取り戻さなければならない。
「そんなの許さないわ。あの子は異変……異変は解決されなければならないわ」
霊紗が頷き、拳法を使うような姿勢を取る。
「そうだ。私達は負けられない。何としてでもあの娘を止めるぞ」
霊夢は頷き、再度身構えた。そして、頭の中であの現象について思考をめぐらせた。
恐らく、あの鱗粉が原因だ。あの鱗粉には弾の軌道などを逸らす特殊な力がある。それは夢想封印によって放たれる光の弾の軌道すらも変えてしまうほどに強力だ。なんとかあの鱗粉を出さないようにさせなければ、攻撃するのは難しい。ならば接近戦で挑めばいいではないかという話になるが、<
「私一人であいつを止めるのは無理な話よ。みんなの力を貸して頂戴!」
他の者達が霊夢の呼び声に答えると、霊夢は再度<
「あいつの翼をどうにかしないといけないわ。あいつの翼から出てる鱗粉のせいで弾が思うように飛んでくれないみたい」
魔理沙が頷く。
「そのようだな。だって霊夢の夢想封印が滅茶苦茶な方向に飛んでいったんだ、私達の弾幕もあんな感じになるんだろうな」
「だからって接近攻撃を仕掛けようとしようものならばさっきまでの私みたいになってしまうかもしれないわ。私だって瀕死だったわけだったし、貴方達があんな目に遭おうものならほぼ百%の確率で死ぬと思うわ」
幽香の言葉に、霊紗が鼻で笑う。
「それはどうかな。私達の力を舐めてもらっては困るよ」
「そうよ。私達だって無力なわけじゃないんだから」
アリスがそう言って、スペルカードを発動させる。
「偵符「シーカードールズ」!!」
アリスの宣言の直後、アリスの周囲に女の子を模した形をした人形が七体ほど出現し、<
攻撃を完全に無効化された事にアリスはごくりと息を呑む。
「なんて事なの。攻撃が通用しないなんて」
魔理沙がアリスに声をかける。
「火力が足りないんだよ! 私の魔法の火力ならどうする事も出来ないはずだ!」
そう言って、魔理沙は高らかにスペルカードを持った手を掲げて、叫ぶ。
「これでも喰らいやがれ!!」
魔理沙の声の直後、その手に持たれていたスペルカードは光となって、もう片方の手に持たれているミニ八卦炉に吸い込まれるようにして消えた。
八卦炉が強い光を宿し始めると、魔理沙はそれを<
「恋符「マスタースパーク」!!」
魔理沙の声の直後、ミニ八卦炉よりアリスのそれとは比べ物にならないほどの極太のレーザー光線が轟音と暴風と共に飛び出し、空気を揺らしながら<
「なるほど、なるほど。あまりに高出力の攻撃は乱反射させられないって事か」
霊夢も魔理沙と同意見だった。<
「そのためには隙を作るか、無防備な状態を作るか……!」
そう言って、<
「れ、霊夢! 後ろさだ!」
魔理沙の声が聞こえてきて、霊夢は咄嗟に振り向いた。そこには、今から攻撃を仕掛けてやろうと考えていた<
「しまっ――」
<
[おまえさえいなくなれば、おまえさえいなくなれば]
懐夢が手に入るとでも言いたいのだろう。<
「残念だけど……懐夢は誰のものでもないわッ!!」
霊夢は咄嗟に右手で拳を握り、目の前の所有欲の<
「このッ……」
包み込む<
[かいむをさわるてなんて、こわしてやる]
<
「あ、あんた、やめ」
ぼきぼきぼきッ。掴まれた指があらぬ方向に曲げられて、固い何かが折れるような嫌な音が手から聞こえてきたと同時に、指を千切られたような痛みが手を、腕に走り回り、霊夢は金切り声に等しい悲鳴を上げる。
「―――――――ッ!!」
普通、指をあらぬ方向に曲げて関節を外すことは容易い事ではない。だが、筋力が人や妖怪の域から脱している<
「この、この、このっ!!」
右手から全身へ巡る痛みに顔を歪ませながら、霊夢は<
「この……この……」
[おまえさえ、いなくなれば]
首を、絞め潰される。そう思ったその時、突然目の前から<
「な、何が……?」
あのやられ方から察するに、どうやら上から吹き飛ばされてあのようなことになったのだろう。すなわち誰かが<
「れ、霊紗?」
霊紗は高度を落として霊夢と同じ高さに来ると、心配しているような表情を浮かべて霊夢に寄り添い、霊夢の背中をさすった。
「大丈夫か、霊夢」
霊夢は驚きながら頷いた。霊紗の背中をさする力が程よくて、すぐに息の調子が戻り、霊夢は深呼吸をした。
「大丈夫よ。それよりも今、何が起きたの」
霊紗は霊夢から<
「なるほど、助けてくれたのは、霊紗だったのね……」
「君は私の大事な
「そうだったわね……」
霊紗は霊夢の右手に目を向けた。人差し指、中指、薬指の根元の関節が外れて、あらぬ方向に曲がってしまっている。これでは満足に術を打つ事も出来ないだろうし、何より痛みでろくに動く事すら出来ないかもしれない。治す際には強い痛みが走るだろうが、治さなければ内部で炎症が起きて腫れたり、指が思うように動かなくなる。
「すまない霊夢。右手、治すぞ」
そう言って、きょとんとしている霊夢の右手の三本の指を、霊紗はがっと掴んだ。霊夢の顔が苦痛で歪み、その苦痛を顔から感じ取って、霊紗もまた顔を歪ませたが、霊紗は構わずに、霊夢の右手の三本の指を元の位置へと戻した。
ぐきぐきぐきっという嫌な音が鳴り響き、霊夢はかっと目を開いて悲鳴を上げる。
「ぐぅ――――――――――ッ!!!」
すかさず、霊紗は懐から一枚の札を取り出して、元に戻った霊夢の指に張り付けて、胸の前に手を持ってきて人差し指を立て、宣言するように言った。
「活」
霊紗の宣言の直後、札は柔らかい大きな光となって、霊夢の指に吸い込まれた。苦痛が止んだのか、霊夢は再度深呼吸をして、顔を上げた。先ほどまでの苦痛による歪みの表情は消えて、代わりに落ち着いたような表情が浮かんでいる。
「あ、ありがとう霊紗。あんたも使えたんだっけ、この術」
「これでも元博麗の巫女だからな」
互いに微笑み合った直後、二人の様子を少し離れていたところから見ていた魔理沙、アリス、幽香、慧音、懐夢の三人が二人へ近づき、その中の一人である魔理沙が霊夢へ声をかけた。
「霊夢、無事か!」
やってきた魔理沙の方へ顔を向け、霊夢は頷く。
「なんとかね。霊紗の助けがなかったら危ないところだったわ。っていうか、なんであんた達助けてくれなかったのよ」
幽香が溜息を吐くように言う。
「やったわよ。でも放った光弾とか弾幕は全部鱗粉に邪魔されて届かなかったわ。さっきの貴方たちの周りには鱗粉の壁が出来ていたからね」
アリスが顔を青白くする。
「それにしても、あのリグルは不気味だわ。無言で襲いかかって、無言で霊夢の首を絞めて鱗粉をばら撒いて……」
慧音が頷く。
「あぁ。あんな凶悪なリグルは見た事がない」
霊夢は思わず「は?」と言ってアリスを見つめた。<
「何を言ってるのよ。あいつは喋っていたわ」
一同が一斉に首を傾げ、幽香が呆れたような顔をする。
「貴方こそ何を言っているの? リグルはさっきから無言で戦っているわよ」
霊夢は驚き、皆を見回す。
「え、え? あいつは喋ってる……」
懐夢が心配そうな表情を顔に浮かべる。
「霊夢、大丈夫? リグル、喋ってないよ」
「貴方も聞こえていないの」
どうやら誰も<
「懐夢、霊夢の傍で霊夢を守れ。あの娘の狙いは、霊夢だ」
「リグルは霊夢を狙ってる?」
「そうだ。これだけの者がいる中、あの娘は霊夢を優先的に攻撃した。そして霊夢を一気に殺害しようとしている。お前の使命は、霊夢を守る事だ。友人なのか恋人なのかわからないが、容赦はするな」
懐夢は一瞬俯いてから、顔を上げて頷き、霊夢の傍に寄り添うようにして、身構え、下を向いた。かと思えば、懐夢はすぐに驚いたような顔になり、声を上げた。
「み、みんな、リグルを見て!」
懐夢の声に、一同は下にいる<
[かいむは、わたしのものだ]
<
[かいむがすきなのはわたし、かいむがすきなのはわたし、かいむをあいしてるのはわたし]
徐々に声は強くなる。
[かいむは、わたしのものかいむは、わたしのものかいむは、わたしのものかいむは、わたしのものかいむは、わたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのもの]
雪崩のように連続する異形の声、所有欲の<
「嫌ぁ!」
突然悲鳴を上げる霊夢に一同は驚き、懐夢が声をかける。
「れ、霊夢どうしたの!?」
さらにその直後に、魔理沙が下を指さす。
「お、おいお前ら、あれを見ろ!」
魔理沙の声が聞こえて、霊夢は耳から手を放し、魔理沙の言う下を、所有欲の<
「一体何が……?」
霊夢が呟いた直後、地面に立ち込める黒い霧が突如として爆発し、猛烈な強風が一同に襲い掛かった。台風や竜巻が来た時のような暴風に、一同は大きく後退させられて、顔を手や腕で覆うなどし、<
一同の中央にいる霊夢が驚愕したような表情を浮かべて、呟く。
「そ、空が暗く……!?」
慧音が辺りを見回しながら、続ける。
「まさか、これも鱗粉の力だというのか……!?」
幽香が驚きの表情を浮かべる。
「驚いたわね……まさかこんな芸当まで出来てしまうなんて」
懐夢が下を向いて、「あっ」という声を上げる。
「みんな、り、リグルが!」
一同は再度地面にいる<
しかし、その時霊夢は気付いた。リグルの身体に浮かび上がっている模様が、これまで見てきた<
「あれが、あれが私の教え子のリグルだというのか……」
魔理沙が冷や汗をかく。
「リグルっていうか、完全に化け物だな」
アリスがごくりと息を呑む。
「何よあれ……まるで
変わり果てた友人の姿に懐夢が戦慄していると、霊紗がその肩に手を置いた。
「怯えるな、懐夢。あれは<
「わかってます」
続けて、霊夢が一同に声をかけた。
「みんな、気を付けて! 第二回戦の始まりよ。今度こそ、あいつを止める!」