東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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6 独占欲の<黒獣>

 <黒獣(マモノ)>リグルは更にその形態をより凶悪で強力な姿へと変化させた。リグルは懐夢を手に入れたいという独占欲から<黒獣(マモノ)>になったので、まさに<独占欲の<黒獣(マモノ)>>と呼ぶに相応しいと、霊夢は思った。

 近くに飛んでいる慧音の方へ目を向けてみれば、茫然としてしまっているかのような表情が顔に浮かべられている。普段教えている学童があのようなおぞましい姿になったのだ、当然の反応だ。一方懐夢はというと、自分を守るために側に飛んで、刀を持って構えているが、その身体はよくみれば震えている。自分を守るためとはいえ、普段何気なく遊んでいる友人が敵となっているこの状況に戸惑っているのだろう。そして、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>が狙っているのは自分だ。姿が変わってどんな攻撃を仕掛けてくるかわからないから、どのような対策をとればいいのかも不明だ。何とか対策を見つけ出して倒すしかない。そうしなければ、懐夢を……。

 そんな事を考えてる場合ではない。そう思って霊夢は首を横に振り、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の方へ目を向けた。次の瞬間、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はその大きな異形な腕に生える蝶の翼を羽ばたかせて空へ舞い上がり、そのまま一同目掛けて突進した。迫り来る<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を回避しろと霊夢が指示を下す前に一同はその場から離れて<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の攻撃を回避。そのうちの一人である魔理沙が減速した<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に狙いを定めて、スペルカードを発動させた。

 

「魔符「ミルキーウェイ」!!」

 

 魔理沙の宣言の直後、ミニ八卦炉から星屑のような形をした光弾が無数に発射され、夜空を埋め尽くす天の川のようになり、そして天から地へと降り注ぐ豪雨のように<独占欲の<黒獣(マモノ)>>へ襲いかかった。……と思いきや、光弾は発射された直後に軌道を変えて、滅茶苦茶な方向へ飛び始めた。結果、普段隙間のない光弾の豪雨にはムラが出来、大きな穴が開いた。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は光弾の豪雨に空いた穴を潜り抜けて回避。軌道を狂わされた光弾は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>ではなく、周りを飛ぶ霊夢達に流れ飛んだ。魔理沙の光弾の豪雨の間を焦りながら抜けて、懐夢が魔理沙に言う。

 

「魔理沙、何でぼく達を攻撃してくるの!?」

 

 懐夢同様に焦りながら、魔理沙は光弾の発射をやめる。

 

「た、弾が制御出来ないくらいに滅茶苦茶に飛ぶんだよ!」

 

 霊夢は辺りを見回して、気付いた。今、この辺りは<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の放った鱗粉によって暗く染まっている。あの鱗粉には弾の軌道を狂わせる妙な力があり、あの鱗粉を展開する事によって<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は一同の放つ弾幕やスペルカードから身を守っていた。先程は一部にだけ放たれていたが、今はここ全域に展開されている。だから、魔理沙の放った弾幕は発射された時からおかしな軌道を描いたに違いない。この鱗粉の霧に包まれた状態では、どんな弾幕も穴が開いて、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に回避されてしまい、使い物にならない。

 ならばこの鱗粉の霧が広がっていない場所まで離れればいいではないかと思ったが、この鱗粉の霧がどこまで広がっているのかわからないし、この霧を脱したとしても、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に追撃されて鱗粉を再びばらまかれれば意味がない。鱗粉の霧の中から脱出して戦うのは無理だ。

 ならばどうするか。考えられる手段は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に接近し、攻撃を仕掛けて、あの異形の腕より展開されている蝶の翼を破壊し、鱗粉を止めたところで弾幕やスペルカードを撃ち込み、撃破する、だ。あの異形の腕の翼が鱗粉の霧を発生させているのだから、それを破壊してしまえば、この霧は止まる。そうすれば、一見勝ち目がないように見えるこの戦いにも勝機が見えてくるはずだ。

 しかし、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の攻撃力は今まで戦ってきた<黒獣(マモノ)>の中で最強。しかも形態を変化させて、異形の腕という二本の武器をあの<黒獣(マモノ)>は得ている。あの異形の腕がどのような攻撃に利用されるか、そしてその攻撃力は、異形の腕の凶悪な外観とその大きさから想像するに容易い。恐らく、あの異形の腕が繰り出す攻撃を受けたならば、一瞬にして先程の幽香のようになってしまう事だろう。

 

(遠距離を封印し、接近した者は粉砕する……)

 

 単純だが、強力で巧妙な布陣だ。逃げ出せるならば逃げ出したい気持ちだが、そんな事が出来る立場でも状況でもない。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の敷いた布陣を玉砕し、倒さなければ懐夢が<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に何をされるかわかったものではないし、後々幻想郷に多大な被害を出されるに違いない。

 この場には一応接近戦に強い幽香と、歴代の巫女の中で最強と呼ばれる実力を誇る霊紗もいる。この二人に何とかあの腕を壊してもらって、鱗粉を封じたところでスペルカードをぶつければ……。

 霊夢は頭の中に渦巻く考えを一つにまとめ上げると、皆に話しかけた。

 

「皆、聞いて! あいつの放った鱗粉のせいで、弾はうまく飛ばないし、弾幕には穴が開くわ! だから遠距離戦を仕掛けるのは無意味よ」

 

 慧音が霊夢に問う。

 

「ではどうすればいいのだ。接近戦で挑めとでもいうのか」

 

 霊夢は頷く。

 

「そうよ。でもきっとあいつの攻撃力は並大抵じゃない。一撃もらっただけでどうなるか、全く想像がつかないわ。だけど、接近戦を仕掛けなければあいつを倒す事は多分できないわ」

 

 霊夢は少し遠くを飛んでいる幽香と霊紗に声をかける。

 

「幽香に霊紗! そこで接近戦に優れてるあんた達の出番ッ! あいつに接近して、鱗粉をばら撒くあの翼を破壊して頂戴! もし出来るなら、あいつの背中から生えてるあの腕を引きちぎるか、壊すかして無力化させて!」

 

 幽香はふっと鼻で笑う。

 

「あいつに怪我させられた私に、あいつにもう一度挑めなんて、無茶を言うわね霊夢」

 

 幽香は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>へ目を向けて、口角を上げる。

 

「でもいいわ。あいつにぼこぼこにされてから、どういうリベンジをしてやろうかと考えていたところだしね。その作戦、乗ったわ」

 

 霊紗が霊夢に目を向ける。

 

「私の力をもってすれば、それくらいは容易いかもしれないが、如何せんあいつの強さがどれほどのものなのかわかっていない。もしかしたらその作戦は通じないかもしれないが、それでもいいのか」

 

「ごめん。それ以外の戦法が今のところ思いつかないんだわ。危険な賭けになるかもしれないけれど、どうにかして頂戴」

 

 霊夢の回答に霊紗はふっと笑って、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に身体を向け、身構える。

 

「努力しよう」

 

 霊夢が頷いた後に、傍を飛んでいた懐夢が霊夢へ顔を向けた。

 

「接近戦ならぼくも出来る。だからぼくも、霊紗師匠と幽香さんと一緒に」

 

 霊夢はバッと懐夢に近付いて、懐夢の肩を掴んだ。いきなり近付かれてきょとんとした懐夢の顔を見つめながら、霊夢は首を横に振った。

 

「それは駄目よ懐夢。貴方は私の傍で戦い続けて。チャンスが来たら一緒に攻撃して、リグルを取り込んでいるあの<黒獣(マモノ)>を倒すのよ」

 

 でも、と懐夢は言いかけたが、霊夢は首を横に振って、もう一度言った。

 

「言う事を聞いて頂戴、懐夢。貴方に守られる私からのお願いよ」

 

 懐夢は少しの間霊夢の目を見つめた後に頷き、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の方へ身体を向けて身構えた。続けて、アリスが霊夢に指示をこう。

 

「霊夢、私達は何をすればいいのかしら。私達は遠距離攻撃しか出来ないわ」

 

 霊夢はアリスに目を向けて、思考を巡らせた。確か、アリスのスペルカードの一つに槍や剣といった武器を持たせた人形を対象に突撃させるものがあったはず。それらを発動させて幽香や霊紗と共に攻撃させれば、効果はあるはずだ。アリスはそれで行ける。

 

 一方で魔理沙だが、魔理沙の代名詞ともいえるマスタースパークはその超威力と出力故に鱗粉の霧の影響を受けずに、直進できる代物だ。即ち、この霧の中で唯一<独占欲の<黒獣(マモノ)>>にダメージを与えられるのは魔理沙だけ。幽香と霊紗がどのような攻撃を仕掛けるのかはよくわからないが、二人が作った隙にマスタースパークを撃ち込む事が出来れば、相当なダメージが期待できる。魔理沙は自分達と同じく、遠距離からの攻撃を担当してもらう。

 

 そして慧音。慧音は魔理沙のような超火力スペルカードも、アリスのような接近戦もこなせるスペルカードを使えるわけでもなく、ただ弾幕を張る事ができるくらいだ。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の守りが崩れたところに熱弾と光弾の豪雨を浴びせるくらいが、彼女が出来る事柄だろう。それに、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の元になったのは、慧音の大事な学童の一人であるリグル。教師として、学童を攻撃するのは非常に辛い事のはず。慧音にはなるべく攻撃をしないようにしてもらおう。

 

 最後に、懐夢。懐夢は自分を守る事を使命としているから、引き続き自分の傍で戦ってもらい、時が来たら自分と共に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を攻撃してもらおう。修行で他者を攻撃する事に慣れて、どんな相手でも平然と攻撃できるようになっているように見えるが、本心では大切な友達であるリグルを攻撃する事を苦痛に思っているはずだ。なるべく、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を攻撃させないようにしよう。

 

 一通り頭の中で作戦を考えると、霊夢は素早くまとめて、まず最初にアリスに声をかけた。

 

「アリスは人形を突撃させるスペルカードを使って、幽香と霊紗を援護して頂戴。あんたのスペルカードの中にはこの霧の中でも動くものがあるはずだから」

 

 続けて、魔理沙に指示を下す。

 

「魔理沙はマスタースパークやらブレイジングスターやら、幽香と霊紗の攻撃を見計らって撃ち込んで頂戴。あんたの火力はこの鱗粉の霧を貫通するから」

 

 魔理沙は「任せておけ!」と自信満々に言い、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>から離れた位置へと飛んでいった。

 続けて、霊夢は慧音に指示を下す。

 

「慧音は……あいつから離れて、攻撃できる機会やスペルカードを探って頂戴。でも、できるだけ攻撃しないでほしいかな」

 

 慧音が驚いたような顔になる。

 

「な、なぜだ」

 

「あんたにとってリグルは大事な学童。そんな子を攻撃しなきゃいけないのは、教師のあんたは辛いでしょうに。だからあんたは出来るだけ攻撃しないで、チャンスが来た時にだけ攻撃を仕掛けて頂戴」

 

 慧音は少しの間俯いた後に顔を上げて、「わかった」と言って頷き、魔理沙と同じように<独占欲の<黒獣(マモノ)>>から離れた位置まで飛んで行った。続けて、懐夢に作戦を放そうとした直後に、懐夢の方から言葉が飛んできた。

 

「ぼくは霊夢を守るよ」

 

「えぇ。そうしてもらうつもりだったわ。貴方は私を守りながら戦って、私のスペルカードと一緒に、スペルカードによる攻撃を仕掛けて」

 

 懐夢は頷いた。

 

「わかった。霊夢もしっかり戦って。幽香さんと霊紗師匠だけじゃ難しい時もあるはずだから」

 

「わかっているわ。さぁ、作戦開始!」

 

 霊夢の掛け声とともに、幽香と霊紗は一気に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>へ接近。幽香が最初に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の元へたどり着き、先手必勝と言わんばかりに、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の露出した横腹目掛けて回し蹴りを放った。しかし、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はそれを読んでいたと言わんばかりに一瞬で異形の腕を幽香の脚が迫る右横腹に動かした。幽香の強靭な脚は異形の腕に直撃し、どどぉんっという固くて重いものが衝突したような、強くて低い大きな音が鳴った。異形の腕に衝突した脚の中の骨がミシミシと嫌な音を立てて、強い痛みを幽香の足に走らせ、幽香の顔を歪ませる。

 

「か、固いじゃないの……!」

 

 幽香は歯を食い縛って身を翻すと、異形の足より生えている、忌まわしい鱗粉をばら撒く翼に狙いを定めて、右手で拳を握った。そして、ほぼその直後に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の翼を殴りつけた。ぐしゃあっという柔軟性のある薄いものが破れるような嫌な音が鳴り、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の翼には大きな穴が開き、土煙が舞うように黒い鱗粉が翼の周囲を暗く染め上げた。

 ……まだだ。穴を開けたくらいでは鱗粉は止まない。引きちぎるか、全壊させるかして、完全に壊さなければ、あの鱗粉と霧は止まらないのだ。そう判断するや否、霊夢は幽香に更に指示を下す。

 

「幽香、まだ駄目! 翼を完全に破壊して頂戴!」

 

 幽香はばら撒かれた高濃度の鱗粉に咳き込みながら、頷く。

 

「そのようね……ッ!」

 

 そう言って、幽香が再度拳を握って穴の開いた翼を殴りつけようとした次の瞬間、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は手に力を込めた。直後、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の手にどこからともなく黒い光が集まり、やがて一枚のカードの形を作り上げ、カードとなって出現した。幽香は一瞬驚いたような反応をしたが、すぐに表情を戻して、穴の開いた翼への攻撃を続行した。

 

「貴方のスペルカードなんて、ぼろきれも当然よッ!」

 

 幽香の言葉の直後、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はカードを光にして吸収した。

 

[魔蟲「インセクトバン」!]

 

 幽香の周囲に突如として黒い霧が集まり、一つの球を作り上げた。幽香が球体の出現に驚くと、球体は突如として破裂し、爆発四散。幽香は爆発に飲み込まれて、弾幕を形成する際に発射される光弾の如く吹っ飛ばされて、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>から大きく距離を開けてしまった。一同が幽香の名を呼ぼうとした次の瞬間に、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は吹っ飛んで姿勢を治せない幽香に突撃し、背より生える異形の右腕の三本の指を握り、幽香の身体を上から殴りつけた。どすんっという轟音が鳴り響き、とんでもなく重い一撃を受けた幽香の身体は風に吹かれた紙の如く更に吹っ飛ばされ、地面へ急降下。土の塊を周囲に飛び散らせながら地面へ衝突し、轟音と共に分厚い土煙を巻き上げた。

 土煙が晴れると、過度の爆発と衝撃によって、博麗神社に倒れ込んできた時のようになった幽香の姿が見えてきて、一同は顔を蒼褪めさせた。ずたずたになった幽香の姿に懐夢は悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

「幽香さんッ!!」

 

 アリスがごくりと息を呑む。

 

「スペルカードを宣言なしで発動させた……どうなってるのよ一体……」

 

 霊夢は思わずアリスの方を見つめて、驚いたような顔になった。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>が宣言なしでスペルカードを発動させた? そんなわけがない。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は、しっかりと宣言してスペルカードを放った。魔蟲「インセクトバン」と宣言して、あの爆発を発生させて幽香を吹っ飛ばしたのだ。

 そもそも、先程から妙だ。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はしっかりとしゃべっているのに、叫んでいるのに、皆は聞こえないという。そして今のスペルカードの宣言だって聞こえていないような反応をしている。皆の様子がおかしい。聞こえるはずの音が聞こえないなど、おかしい。

 考えていると、霊紗が<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の背後に回り込んだ。

 

「よそ見をするな、<黒獣(マモノ)>め」

 

 <独占欲の<黒獣(マモノ)>>が振り向こうとした次の瞬間に、霊紗は素早く接近して<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の翼に回し蹴りを仕掛けた。霊紗の足より放たれた強烈な一撃は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の両翼に直撃、幽香の攻撃を受けて穴が開いていた右の翼ももちろん、左の翼もスパッと切られたように<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の異形の腕から離れ、空しく鱗粉を撒きながら地面へと落ちて行った。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は翼を切り取られても落ちる気配を見せず、怒り狂い、霊紗に異形の腕を振りかかった。

 

「霊紗!」

 

 霊夢が悲鳴を上げると、霊紗に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の異形の腕の先端が直撃した。どぉんという大きな音が鳴り、異形の腕が霊紗の胸の前で静止した。懐夢が霊夢に続くように悲鳴を上げる。

 

「霊紗師匠!!」

 

 その時、霊夢は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に目を向け、気付いた。霊紗に直撃した異形の腕は変わらず動かないでいて、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は異形の腕を動かせずに戸惑っているような表情を顔に浮かべ、焦っている。一体何が起きてるのかと思ったその時に、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の攻撃を受けた霊紗の姿が見えて、霊夢は驚いた。霊紗は迫り来た異形の腕を胸の前で、右手一本で押さえ込んでいた。顔を見てみれば、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>とは真逆といえる、非常に落ち着いた表情が浮かべられている。

 まさか、幽香を数回の攻撃で叩きのめした異形の腕を片手だけで押さえ込んでいるとは思いもよらなくて、一同はほぼ同時に唖然としてしまった。

 しかし、そのすぐ後に、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はもう片方の異形の腕で霊紗の頭目掛けて殴りかかった。今度こそ危ない!と一同が思った次の瞬間、霊紗は迫ってきたもう片方の異形の腕も、残った左手で掴み取り、そのままがっちりと固定してしまった。その光景に一同がもう一度唖然とすると、霊紗は脚を上げて、目の前にある<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の顔に蹴りを繰り出した。霊紗の足は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の顔に食い込み、霊紗に押さえ込まれていた異形の腕の力が弱まると、霊紗は目の前の少女の姿をした<黒獣(マモノ)>の顔から足を離したかと思いきや、間髪入れずに、その頭に回し蹴りを放った。

 霊紗の鋭い回し蹴りは<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の頭ではなく、右側に生える、触覚が凝固して出来上がった真っ直ぐに上へ伸びる角を直撃。バキッという骨が折れるような嫌な音を放って角はへし折れ、角を折られた痛みに<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は悲鳴をあげて、動きを止めた。

 咄嗟に、霊紗は顔を上げて霊夢達に指示を下す。

 

「皆の者、今だ! こいつの異形の腕を狙え! 異形の腕の根元は、脆い!」

 

 霊夢はハッとし、急いでアリスに指示を下した。

 

「アリス! 人形を使ってあいつの異形の腕を切り落として!」

 

 アリスは「了解!」と言って霊夢の支持を承り、スペルカードを発動させる。

 

「戦符「リトルレギオン」!!」

 

 アリスの宣言の直後、アリスの周囲に剣を持った人形が六体出現し、一斉に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に突撃を開始。人形達は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の背後に回り込むと、一斉に霊紗の指示した<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の異形の腕の根元の脆い部分を手に持った剣で攻撃し、口角をかち割り、中の筋肉を切り裂いた。人形達の鋭くて強力な攻撃を受けた異形の腕の根元は脆く裂け、『黒い血』を噴き出しながら<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の身体から離れた。異形の腕を片方切り裂かれた<独占欲の<黒獣(マモノ)>>はかっと目を開いて、光を放つ口で断末魔に等しき悲鳴を上げる。

 その様を見るなり、魔理沙は歓声に等しき声を出す。

 

「よぉし! 異形の腕がもげ落ちたぞ!」

 

 いや、まだだ。まだ一本残っている。霊紗が押さえ込んでいるとはいえ、二本とも落とさなければ意味がない。そう思うなり、霊夢はアリスに続けて指示を送る。

 

「アリス、続けてもう一本! 異形の腕をあいつからなくすのよ!」

 

 アリスはもう一度頷き、人形を操る仕草を起こす。しかしその直後に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は霊紗の拘束を解き放ち、乱暴に異形の腕を振るった。暴れ狂う異形の腕の攻撃を、霊紗は距離を取る事によって回避したが、人形達は巻き込まれ、大きく吹っ飛ばされた後に消滅してしまった。人形達が消滅したのと同時に、アリスはその場で姿勢を崩した。

 

「じゅ、術を破られた……!」

 

 懐夢が刀を構えて、呟くように言う。

 

「ならぼくが代わります。ぼくがあの<黒獣(マモノ)>に突撃して、あの腕を斬り落とせば……!!」

 

「駄目って言ってるでしょ! あいつの狙いは貴方なのよ! あの状態のあいつに近付いたら……!」

 

 霊夢が焦りながら懐夢に言ったその時だった。

 

「そのとおりよ懐夢。ここは私に任せなさい」

 

 聞こえてきた声は、非常に聞き覚えのあるものだった。しかも、どうやら上から聞こえてきたらしい。

 一体何事かと思って上を見てみれば、そこには、何かが遥か上空から急降下してきている光景があった。その何かの姿がはっきりした時に、二人は驚いた。急降下してきているのは、ついさっき<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に打ちのめされたはずの幽香だった。しかも、服がぼろぼろになっている事が以外には傷は見られない。

 

「ゆ、幽香!?」

 

 二人の驚く顔を見た幽香はにぃっと笑って、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に向けてスペルカードを発動させた。

 

「花符「幻想郷の開花」!!」

 

 幽香の宣言の直後、地面より無数の植物の蔓が飛び出して伸び、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の腕や足に巻き付いて、瞬く間に拘束した。あのような拘束などすぐに破られると、霊夢は思ったが、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は蔓に拘束されたまま動かなくなってしまった。どうやら異形の腕を斬り落としたのが<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に大きなダメージとなったらしく、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は蔓に抵抗する事すらも出来なくなっているらしい。その隙を逃すかと言わんばかりに幽香は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の背中目掛けて急降下を続行し、やがて隕石の如く<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に激突。幽香の衝突を受けた<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は黒い血を吐き出して歪な悲鳴を上げ、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を拘束する蔓は激しく波打つように動いたが、千切れずに<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を拘束し続けた。

 幽香は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の背中に立つと、力なくぶらさがっている<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の残った異形の腕を両手で掴み、持ち上げた。

 

「さてとリグル……随分とやってくれたものね。仕返し(リベンジ)させてもらおうじゃないのッ」

 

 幽香は底知れぬ怒りをはらんだ笑みを浮かべると、思い切り力を込めて、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の異形の腕を引き抜いた。ぶちぶちっという肉が裂ける嫌な音と、大量の黒い血を出しながら<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の最後の切り札である異形の腕は身体から離れ、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>が悲痛な叫び声を上げる。

 幽香は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>から千切り取った異形の腕を投げ捨てるや否、霊夢達を見上げた。

 

「さあ、こいつはもう死に体よ。さっさと止めを刺しちゃいましょう」

 

 言われて、霊夢は気付いた。辺りを覆っていた鱗粉の霧が、すっかり消え去っている。発生源である翼を破壊した事と、衝撃波や暴風が辺りに吹き荒れたせいで、濃度が一気に薄くなったようだ。今ならば、光弾も熱弾も通常通りに飛ぶ。すなわち、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に遠距離攻撃を仕掛ける事ができる。霊夢は周りの者達へ声をかけた。

 

「みんな、幽香の作ってくれたチャンスを生かすわよ! あいつに、止めを刺す!」

 

 一同がおおっと霊夢に答え、それぞれのスペルカードを発動させようとした次の瞬間、懐夢が大きな声を出した。

 

「待ってください!」

 

 一同はきょとんとして、懐夢を見つめた。

 慧音が懐夢に恐る恐る声をかける。

 

「ど、どうしたのだ懐夢」

 

 懐夢は振り向き、一同を見回した後に深呼吸をして、言った。

 

「<黒獣(マモノ)>への止めは、ぼくにやらせてくれませんか」

 

 一同は驚きの声を上げて、そのうちの魔理沙が懐夢に噛み付くように言う。

 

「な、なに言ってんだよ懐夢!」

 

 アリスが続く。

 

「そうよ! 貴方の一人の力で足りるわけがないわ!」

 

 懐夢は静かに答える。

 

「ぼくには霊夢と同じ博麗の力が宿っています。だから、あそこまで弱った<黒獣(マモノ)>くらいなら倒せます」

 

 懐夢は更に続ける。

 

「あの<黒獣(マモノ)>の中には、リグルがいます。リグルはきっと、あの<黒獣(マモノ)>の中で苦しんでいるはずです。

 リグルは、ぼくの大切な人です。だから、せめてぼくの手で、あの<黒獣(マモノ)>の中から助け出したいんです」

 

 懐夢の曇りのない藍色の瞳を見て、霊夢は息を呑んだ。懐夢は今、心の底からやらせてくれと訴えている。どのような考えがあるのかは、詳しくはわからないけれど、だいたいはわかる。懐夢は、リグルを心の底から助け出したいのだ。こういう時には、邪魔をしてはいけないと、今まで懐夢と共に過ごして学んできた。

 

「……わかったわ。懐夢、やりなさい」

 

 霊夢の言葉に、幽香と霊紗と懐夢を除いた一同が驚き、慧音が霊夢に怒鳴る。

 

「お前まで何を言っているのだ、霊夢!」

 

 魔理沙が続く。

 

「そうだよ! ここは私たち全員の力を合わせて、あいつに止めを刺すべきだろ!」

 

 アリスが続ける。

 

「第一、懐夢が止めを刺しきれなかったらどうするのよ」

 

 幽香が提案するように言う。

 

「その時は私達が急いで止めを刺せばいいわ。今は彼にやらせてみない?」

 

 霊紗が続く。

 

「同感だ。懐夢は私が育てた<博麗の守り人>。あそこまで弱った<黒獣(マモノ)>に止めを刺す事は可能だ」

 

 二人の言葉に、霊夢に反論していた者達は黙り込んだ。直後、魔理沙が溜息を吐いた。

 

「……懐夢のお師匠且つ霊夢の祖母ちゃんに言われちゃ、仕方ないな」

 

 アリスが同じように溜息を吐く。

 

「仕方ないわね。懐夢、やってみせなさい」

 

 慧音が懐夢の近くまで飛び、その肩に手を乗せた。

 

「しくじるなよ。お前の大事な人だろう?」

 

 懐夢は「はい」と頷き、やがて霊夢と顔を合わせた。「行ってきてもいいか?」という意思表示だ。

 霊夢は懐夢の意思表示に頷き、微笑んだ。霊夢の微笑みを見るや否、懐夢はもう一度頷いて、霊夢達から離れて、虫の息のまま拘束されて動けないでいる<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に近付いた。

 そして、ゆっくりと深呼吸をした後に、一枚のスペルカードを懐から取り出して、光に変えた。目の前には、哀れな姿となった<独占欲の<黒獣(マモノ)>>が植物の蔓に拘束されている。その<黒獣(マモノ)>に狙いを定めて、懐夢は刀を構える。周囲に光が集まり、やがて矢じりのような形をした槍の形を形作る。そして槍の数はどんどん増えていき、懐夢の完全に囲む。

 そのまま懐夢が刀を上に向けると、光の槍は刀の刃先に集まり、合体して巨大な光の槍となった。懐夢が一息置いて、刀の先端を<独占欲の<黒獣(マモノ)>>に向けると、巨大な光の槍の刃先もまた、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>へ向けられる。

 

「目を覚まして、リグル」

 

 懐夢は静かに呟くと、続けてスペルカードの名を囁くように言った。

 

「神霊「夢想封槍」」

 

 懐夢の宣言の直後、光の巨槍は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の身体を貫いた。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の身体は完全に静止し、身体のあちこちから黒い血が流れ落ちる。霊夢達はまだ動くのではないかと思って、スペルカードを発動させる準備を行うが、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は一向に動く気配を見せず、光の巨槍に貫かれたままだった。やがて、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を貫く光の巨槍は消滅し、その身体を縛り付ける植物の蔓も退いたが、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は地面へと落ち、ぐしゃっという音を出して地面へ激突したまま動かなかった。この様子を見て、一同は懐夢が止めを刺す事に成功したと判断。スペルカードを懐に仕舞い込んで、懐夢へと近付いた。

 霊夢が役目を終えた懐夢に声をかける。

 

「やったみたいね」

 

 懐夢は何も言わずに頷く。

 霊紗が懐夢の頭に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でる。

 

「よくやったぞ、懐夢。よくぞ使命を果たした」

 

 懐夢はもう一度何も言わずに頷く。

 直後、魔理沙が幽香に目を向ける。

 

「<黒獣(マモノ)>に止めを刺したのは懐夢だが……その状況を作ったのは幽香だ。一体、何をやったんだ」

 

 幽香はふふんと笑んだ。

 

「私は花の妖怪。花があれば時に分身を作る事も出来るし、花の力を使って傷を癒す事も出来る」

 

 アリスが腕組みをする。

 

「なるほど、私達が目を離した隙に花のある場所に飛んで回復し、高速で戻ってきたって事ね」

 

 幽香は「そういうところ」と言って、背伸びをする。

 

「やっと仕返しが出来たわ。あぁ、すっきりした」

 

 慧音が心配そうな顔をして、地面に横たわる<独占欲の<黒獣(マモノ)>>へ目を向ける。

 

「ところで、<黒獣(マモノ)>はどうなった」

 

 霊夢はハッとした。そうだ、<黒獣(マモノ)>は倒れたが、中のリグルがまだ出てきていない。近付くのは危険かもしれないが、あの<黒獣(マモノ)>の様子を確認せねば。そう思って、霊夢は皆に<黒獣(マモノ)>に近付くと指示。高度を落として地面へ着地し、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の亡骸に近付いた。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の身体には大きな穴が開き、だくだくと黒い血が流れ出ていて血腥い臭いが放たれているように見えるが、全くと言っていいほど臭いがしてこない。

 懐夢が恐る恐る、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の中にいると思われるリグルへ声をかける。

 

「リグル」

 

 直後、全く動こうとしなかった<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の頭が突如として動き出し、霊夢と目を合わせた。

 一同はびっくりして、一斉にスペルカードを構えた。霊夢も同じようにスペルカードを発動させようとしたが、声が聞こえてきて、それをやめた。

 

[このこは、かえしてあげる。だいじょうぶ、このこのほんたいはきずついていないから。でも、これでおわりじゃないよ]

 

「なんですって」

 

 一同の視線が霊夢へ向く。

 <独占欲の<黒獣(マモノ)>>は続ける。

 

[わたしたちは、こころからうまれる。わたしたちをたおすあなたは、きっとしんじつにたどりつく]

 

「真実……?」

 

[そう。それがいつになるかはあなたしだい。わたしはこれできえる。こんなかたちでおもいをつげちゃったこのこは、どうするんだろうね]

 

 霊夢は<独占欲の<黒獣(マモノ)>>を引き留めようとしたが、次の瞬間に<独占欲の<黒獣(マモノ)>>は力尽きたように横たわり、そのまま完全に動かなくなってしまった。直後、<独占欲の<黒獣(マモノ)>>の身体はどす黒く染まり、気化するようにして消滅。<独占欲の<黒獣(マモノ)>>が横たわっていた場所には呑み込まれていたと思われるリグルの姿が現れた。

 リグルの出現に、懐夢は少し驚いてから、声をかけた。

 

「リグル」

 

 懐夢の声に反応したように、リグルは叫んだ。

 

「来ないでッ!」

 

 懐夢は驚いた。

 リグルはその場に蹲った。

 

「私は化け物になった。化け物に飲み込まれた。そんな事になるくらいに、危ない事を考えてる奴なんだよ。だから、もう懐夢と会う権利だって、ない」

 

 懐夢は静かに言った。

 

「……じゃあ、好きな人がいるっていうのは」

 

 リグルは涙声になった。

 

「貴方だよ。私が好きになった人は、懐夢、貴方なんだ。

 最初に会った時は何とも思わなかった。でも、貴方が勉強を教えてくれたり、慰めてくれたりして、一緒に過ごしていくうちに、どんどん貴方への思いが変わって行って……気付いたら貴方の事が誰よりも好きになってた」

 

 リグルは自分の身体を抱きしめる。

 

「でも、それを貴方に打ち明ける事なんて出来なかった! そんな事をしたら、貴方を戸惑わせて、貴方に嫌われると思ったから! 貴方に嫌われるのが、何よりも怖かった。貴方と一緒に過ごす時間が、何よりも、どんな時よりも幸せだって思えたから……」

 

 懐夢は目を見開く。

 リグルの声は小さくなる。

 

「そしたら私の目の前に化け物が現れて、私を呑み込んで、貴方を襲った。あの時私が言ってたのは全部本当の事。貴方と一緒に大きくなって、貴方と一緒に過ごしていきたいって、思ってた……。

 それを、全部、あんな形で、貴方に告げちゃった……」

 

 リグルは自分の身体に爪を突き立てる。

 

「あんな姿になった後で……あんな化け物になった私に……懐夢の目の前に出ていい、懐夢に会っていい資格なんかないんだ!!」

 

 やがてリグルは泣き出した。懐夢はしばらくリグルの事を見つめていたが、やがて静かに深呼吸をしてからリグルへと近付き、リグルの身体に手を伸ばして起こし、そのまま抱き締めた。リグルは突然の事にきょとんとして、泣くのをやめた。懐夢は囁くような声で言う。

 

「……ごめん。ごめんねリグル。ぼくの、ぼくのせいだよね」

 

 リグルが目を丸くする。

 懐夢は続ける。

 

「ぼくがリグルに気付けなかったから、リグルはずっと苦しんでて、<黒獣(マモノ)>に呑み込まれた。だからリグルがあんなふうになったのは、ぼくのせいだよ。ごめんねリグル。本当に、ごめんなさい」

 

 懐夢はリグルの髪の毛に顔を埋めた。

 

「でもねリグル。ぼく、リグルの事大好きだよ」

 

 リグルは「え?」と言う。

 懐夢は更に続ける。

 

「ぼくは友達とか家族とか、全部失ってる。だから、あの時リグルがぼくを一番の友達だって言ってくれたのが、何よりも嬉しかった。ぼくの事を思ってくれてるのが、すごく嬉しかった。リグルがぼくの事好きだって言ってくれた時、あの時は怖かったけれど、今は、すごく嬉しい」

 

 懐夢はリグルの身体を抱きしめる。

 

「だから、ぼくもリグルの思いに応えようと思える。一緒に過ごしていきたいって、思ってる」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 懐夢は頷いて、リグルと目を合わせた。

 

「一緒に大きくなって、一緒に過ごしていこう、リグル」

 

 懐夢が笑むと、リグルは目に大粒の涙を浮かべて、顔を懐夢の胸へと埋めた。

 

「ありがとう……ありがとう懐夢、ありがとう」

 

 そして、これ以上にない大きな声で、リグルは泣き出した。懐夢はリグルの背中と頭を摩りながら、リグルの事をずっと見ていた。

 やがてリグルが泣き止むと、懐夢は小さく言った。

 

「でもねリグル。今すぐはちょっと難しい。今は<黒獣(マモノ)>の異変が起きてて、幻想郷が全然穏やかなじゃない。異変を解決して、幻想郷が穏やかになってからで、いいかな」

 

 リグルは頷いた。

 

「大丈夫だよ。私、待ってられる」

 

「そう。ありがとうね、リグル」

 

 懐夢はもう一度リグルの事を抱きしめてから、リグルの身体を離した。

 

「さてと……これからどうするの、みんな」

 

 振り返って、懐夢は驚いた。いつの間にか、周りにいた一同が姿を消している。どこを見ても、霊夢や魔理沙達の姿が見当たらないのだ。

 

「あれ……みんな?」

 

 さっきまでそこにいたのに、いつの間にいなくなったのだろう。そう思って辺りを見回していると、地面に一枚の紙が落ちているのを、懐夢は見つけた。なんだろうと思って拾い上げてみると、見慣れた文字で、「リグルとの話が終わったら博麗神社に帰ってきなさい。霊華が御馳走を作って待ってるわ。霊夢より」と書いてあった。どうやら霊夢がここを去る際に書き残していったものらしく、みんな既に帰っていたようだ。

 

「みんな……急に帰っちゃうなんて……」

 

 懐夢は振り返って、リグルと目を合わせる。

 

「リグルはこれからどうする? 一緒に博麗神社に来る?」

 

 リグルは頷いて立ち上がり、頷いた。

 

「一緒に行きたい。みんなに謝らないといけないし」

 

「わかった。一緒に博麗神社に行こう」

 

 リグルは頷いて、笑んだ。打ち明けたい事をすべて打ち明けたような、澄んだ笑顔だった。

 

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