東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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3 新たな始まり

「起っっっきろ――――――――――!!!」

 

「わぁぁぁぁ!?」

 

 突然の大きな声と共に布団がまくられて、更に目元に光が差し込み、霊夢は悲鳴に似た声を上げて、目を覚ました。そこはいつもと変わらない寝室だったが、布団をまくられているせいで、身体が冷気に当てられているかのように寒かった。

 

「な、なによ……」

 

 霊夢は一気に身体を起こし、周囲を見回した。だが、どこにも自分を起こしたと思わしき人間または妖怪の姿はない。一体何が自分の事を起こしたのか……そう思った時に、背後から声が聞こえてきた。

 

「おー、起きたか霊夢」

 

 声に誘われるように、霊夢は背後に身体を向けた。そこにいたのは、昨日突然やって来た魔理沙だった。いつもと同じ服を着て、両手を腰に当てている。

 

「魔理沙……?」

 

 魔理沙は頷いた。

 

「随分と遅起きだな。今何時だと思ってるんだよ」

 

 霊夢は枕元にある目覚まし時計を手に取り、その文字盤を見つめた。針は午前十時半を示していた。いつも起きる時間よりも、三時間も遅く起きたようだ。……そういえば、昨日は目覚ましをセットしないまま眠ってしまったような気がする。

 

「しまった……目覚まし時計をセットするのを忘れてたわ」

 

「ったく、私が起こさなかったら何時まで寝てるつもりだったんだか」

 

 霊夢は立ち上がり、魔理沙と顔を合わせる。

 

「そりゃどうも。それで、何をしに来たわけ?」

 

 魔理沙は苦笑いした。

 

「とりあえず、早く着替えて居間に来てくれ。そこで待ってるからさ」

 

 霊夢は自らの服装を確認した。寝間着のままだ。

 

「それもそうね。じゃあ早く着替えるから、居間に行ってて」

 

 魔理沙は「おぅ」と言って寝室を出て、戸を閉めた。やれやれ、何をするつもりなのだろうかと思い、霊夢は寝間着を脱いで畳み、いつもの服装を身に纏って、寝室を出たが、その時に気付いた。居間の方から、魔理沙ではない魔力と霊力を感じる。この強さは、大賢者達が持つようなものだ。

 

「大賢者の気配……?」

 

 まさか大賢者が来ているのか。そんな事を考えながら恐る恐る廊下を渡り、居間へ入り込んだところで、霊夢はきょとんとした。察したとおり、そこには地底の鬼の長である伊吹童子、妖怪の山の頂点に立つ存在である大天狗、先々代巫女である博麗霊紗、そして初代博麗の巫女の母親である八雲紫の姿があった。その中に、ひょっこりと魔理沙が混じっている。

 

「だ、大賢者の皆……」

 

 大天狗がまず霊夢に挨拶をする。

 

「おはようございます、霊夢。よく眠られましたか」

 

「え、えぇまぁ」

 

 童子が微笑みながら、腕組みをする。

 

「それは何よりだ。それよりも、いきなり私達が来ている事に、驚いてしまったようだな」

 

「そりゃそうよ。だって貴方達はこの幻想郷の大賢者なのよ。そんなのが起きて早々居間に居たら誰でも驚くでしょうに」

 

 二人の大賢者は苦笑いした。その中、霊夢は紫に気が付き、霊華との戦いとその最期の事を思い出して、少し複雑な表情を浮かべて、紫に近付いた。

 

「紫」

 

 紫はいつもと変わらない、微笑みを含んだ表情で答える。

 

「おはよう霊夢。この時間まで寝てたって事は、随分と深く眠っていたって事ね」

 

 霊夢は頷いた後に、俯いた。

 

「紫、その、ごめんなさい」

 

「どうして謝るのかしら。貴方は私に謝らなければならない事なんてやってないはずだけれど。寧ろ貴方は私達からお礼を言われる立場にあるはずよ」

 

 霊夢は首を横に振った。

 

「私は確かに幻想郷を守り通したわ。だけど、貴方の娘さんを、霊華を守る事は出来なかった。霊華と一緒に、今の幻想郷で生きていく事が、出来なかった」

 

 紫はハッとしたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに首を横に振って、再度微笑んだ。

 

「謝る事ないのよ霊夢。貴方は霊華を殺したんじゃない。霊華を終わらせてあげたのよ。あの子を、苦しみから解放してあげたの」

 

「解放……?」

 

「そうよ。あの子がずっと苦しみながら生きて、戦っていたのは貴方も知ってるはず。貴方は霊華に勝ち、霊華の胸の紋様を消した事で、霊華をその苦しみから解き放ったのよ。そして、私も貴方に救われた」

 

 霊夢が首を傾げる。

 

「幻想郷を守った事?」

 

「違うわ。私はね霊夢……ずっと負い目を感じながら生きていたのよ。霊華をあんなふうに封印して、そのまま、あんな狭くて暗いところに一人にして……いつも余裕そうにしていたでしょう私は。そうでもしなきゃ、あの子を追い詰めた事と、あの人、凛導を狂わせる原因を作った事に押し潰されそうだったの。貴方はそんな私も、一緒に救ってくれたのよ」

 

 霊夢は驚いた。まさか紫のあの胡散臭さが、霊華を封印し、凛導を狂わせる原因を作った負い目のせいだとは、思うってもみなかった。そしてそれがなくなったためなのか、紫の微笑みはいつも以上にすっきりとして、透き通っているように見えた。

 

「私が、貴方を救った……」

 

 霊夢は呟いた後に、苦笑いをした。

 

「……救われたのは私もよ紫。もし貴方が『変革』を考えなかったら、私は今頃凛導に『人形』にされたままだったかもしれない。貴方が『変革』を計画して、凛導を止めようとして、そして幻想郷の皆に教えてくれたおかげで、幻想郷の博麗の巫女のルールは変わって、私はこんなふうに、普通の『人間』として生きて行けるようになった」

 

 霊夢は大賢者達を見回し、頭を下げた。

 

「大賢者の皆と幻想郷の皆、ありがとう。」

 

 霊夢の声に他の者達が微笑むと、霊紗が言った。

 

「いや、私達は君に救われた。私達だけでは霊華を苦しみの坩堝から救ってやる事は出来なかっただろう。結局はすべて、君のおかげなんだ」

 

 童子が霊夢に声をかける。

 

「そこでだ、博麗の巫女よ。その礼も兼ねて、私達はお前に一つの権限を与えたいと思う」

 

 霊夢は顔を上げて、首を傾げる。

 

「権限?」

 

 大天狗が言う。

 

「これから貴方には、慧音さんのいる寺子屋に向かってもらいたいと思います。今日は寺子屋は休学日なのですが、寺子屋の一室を貸し切って、ある事を行っています。そこへ赴き、そこで起きる事情を考えて……決定する権限を貴方に与えます」

 

 霊夢が眉を寄せる。

 

「寺子屋で起きる事情を決定する権限? 何を決定する権限よ」

 

 魔理沙が霊夢の肩に手を置く。

 

「それは寺子屋に行ってからのお楽しみだぜ。こいつらは寺子屋で起きる事情の全てに口出ししない。寺子屋で起きる事をどうするかは、お前の自由だよ霊夢」

 

 霊夢は『考える姿勢』を取り、これから起きるであろう事情について考えようとしたその時に、魔理沙は顎に手を添えられた霊夢の腕を掴んで、首を横に振った。

 

「おっと、考えるのはなしだぜ、霊夢。何も考えないで、寺子屋に行ってくれよ。まず入り口で慧音が待ってるからさ、慧音に会って話を聞いてくれ」

 

 霊夢はもう一度眉を寄せて、何だか腑に落ちない複雑な気持ちを胸の中で渦巻かせながら、頷いた。

 

「わかったわ。とりあえず寺子屋に行ってみるけれど……あんた達はどうするの」

 

「私達はこれから帰るよ。大賢者の皆はお前に礼と要件を言いたくて来ただけだからさ」

 

 魔理沙の言葉に頷き、霊夢は一同に声をかけた。

 

「それじゃあ……お言葉に甘えて行ってみるけれど、まさか罠とかじゃないわよね?」

 

 一同は一斉に首を横に振った。その光景に霊夢は苦笑いしながら、玄関の方へ身体を向けた。

 

「それじゃあ、行ってみるわね」

 

 そう言って、霊夢は玄関で靴を履き、境内へ出て地面を蹴り上げ、空へ舞い上がり、寺子屋のある街の方へと向かった。もうすっかり行き慣れているから、どこをどういけばいいのか、見たり考えたりしなくても寺子屋の位置は把握できている。しかし何故よりによって慧音のいる寺子屋なのか、どうして寺子屋以外の場所が洗濯されなかったのか、霊夢は魔理沙に言われた事を破り、考えながら街へと飛んだ。

 

 空を駆けていると、幻想郷の空気が身体を包み込み、胸の中に流れ込んできたが、霊夢は不思議と、それらが透き通り、穏やかになっているように感じた。きっと、今まで襲っていた異変が全て終わったからだろう。自分達を脅かす異変が過ぎ去った事に、幻想郷、そしてその民達が安堵し、この穏やかな空気を作っているのだ。

 

(ようやく、平和になったのね、幻想郷は……)

 

 そんな事を考えていると、耳元に街でよく聞く、にぎやかな声が届いてくるようになった。思わず我に返って急停止し、真下を見てみれば、もう既に街の上空へとやって来ていた。考え込んでいるうちに到着したらしい。

 

(おっと……通り過ぎるところだったわ)

 

 霊夢はそのまま降下し、賑わう街の中へ着地。行き交う人や妖怪の間を縫うように進み、寺子屋を目指した。しばらくすると、懐夢の事とかですっかり行き慣れ、見慣れた寺子屋が見えてきた。隣には霊華が経営者となった武道場があるし、何よりこの寺子屋はとても幸運な建物だ。

 

 前に<黒獣(マモノ)>がこの街を襲った時、沢山の建物が焼かれ、崩壊してしまったのだが、この建物と隣の武道場は焼けず、崩壊せずに済んだのだ。代わりに、沢山の子供達が<黒獣(マモノ)>の攻撃にさらされて、命を奪われてしまったのだが、街の子供達の倍の数に当たる天志廼の子供達が移民してきた事により、寺子屋の経営は続行される事になった。寧ろ、子供達の数が一気に増えたために、慧音は更に大忙しとなり、休学日はとても貴重な休日になったらしい。

 

「さてと……何が待っているかしら、って」

 

 霊夢は早速、寺子屋の前できょろきょろとしている人物がいる事に気付いた。誰かと思って目を細めてみれば、その人物は寺子屋の経営者であり、自分に様々な助言をくれた恩人である、慧音だった。

 

「慧音!」

 

 霊夢が声をかけると、慧音は霊夢に気付いたように、手を振った。

 

「霊夢、霊夢―!」

 

 霊夢は慧音の元へと駆け寄った。

 やってきた霊夢に、慧音は笑んだ。

 

「霊夢、よく来たな」

 

「えぇ。魔理沙と大賢者の皆に言われてね。一体何が待っているかしら」

 

「大賢者の人達には何と言われた」

 

「これから寺子屋で起きる事情を決定していい権限をあげるって。慧音、それって何なの?あんた何か知ってる」

 

 慧音は笑んだまま頷いた。

 

「そうか。そう言われたんなら、いいな。じゃあ早速、一番手前の教室に入っていてくれないか」

 

「一番手前の教室?」

 

「そうだ。とにかくそこで待っていてくれ。そんなに待つ事もないか知れないが」

 

「なんだかわからないけれど、あんた達、本気で何しようとしてるの。まさか私を罠にはめる気とか言わないでよね?」

 

 慧音は首を横に振った。

 

「それだけはないよ。さぁ、とにかく入って待っててくれ」

 

 霊夢はひとまず頷き、慧音の指定した、寺子屋に入り込んで一番手前にある部屋に入り込んだ。部屋の中、と言うか寺子屋全体がまるで森の中のように静まり返っている。この建物には普段、街……今となっては天志廼を加えた、大勢の子供達が出入りし、慧音と阿求の授業を受けて、休み時間になったら騒いでいるところだ。そんなここが、まるで森の中のように静かなのが、どこか複雑に思えた。

 

 霊夢は周囲を見回した。辺りには机と教台、黒板があるだけで人影は見当たらない。まだ、誰も来ていないようだ。そして、ここで何が起きるのか、さっぱり見当が付かない。ひとまず何も起きないようだから、罠であるというのはなさそうだ。

 

「なんなのよ。事情って……」

 

 何もないではないかと思って、畳の上に座ろうとしたその時に、霊夢は気付いた。足音がする。大きさから察するに、廊下を歩いているようだ。そして、慧音位の大人だ、歩いているのは。いや、これは紫くらいか? 少なくとも、成人した女性である事は間違いない。

 

 耳を澄ましていると、足音はどんどん遠のいて行って、やがて戸が開くような音が聞こえてきた。遠くの戸が開いたような音に霊夢が首を傾げると、今度は開いた戸が閉まる音が聞こえてきた。その後、扉が開く音と閉まる音が何度も連続し、徐々にその大きさを増して行った。誰かが扉の開け閉めを繰り返しているのかと、目を半開きにしながら音を聞いていると、ついに、自分が入ってきた戸が開いた。

 

「遅れてしまって、申し訳ございません!」

 

 直後に、廊下から慌てた様子の人が入ってきた。いったい何事かと霊夢は驚いたが、その事よりも、入ってきた人物に驚き、言葉を失ってしまった。入ってきた人物は、黒に近い茶色の髪をショートヘアにし、少し豪華な、青と白の着物を身に纏った、藍色の目の女性だった。歳は、二十代後半くらいだろう。

 藍色の瞳。懐夢と同じ、藍色の瞳をした女性。それはまさしく、懐夢の母親であり、死んだはずなのに生きていた百詠愈惟だった。

 

「愈惟さん……?」

 

 愈惟はびくりと反応し、霊夢の方へ顔を向けたが、その途端に、ひどく瞠目したような無表情となって、動かなくなった。

 

「え……」

 

 お互い黙り込み、しばらくした後に、霊夢がその沈黙を破った。

 

「百詠愈惟さん、ですよね」

 

 愈惟は我に返ったような顔をして、首をぶんぶんと横に振った後に、霊夢に近付いた。

 

「貴方が……博麗霊夢さん」

 

「あ、はい。そうですけれど……」

 

 愈惟は「あぁぁ……」と言って微笑み、霊夢の頬に手を添えた。いきなり触れられて、霊夢はびくりとしたが、愈惟の手は柔らかく、暖かくて、嫌な気を感じなかった。

 

「そう……貴方があの時の霊夢ちゃんなのね……懐夢がまだ赤ちゃんだった頃から、博麗神社にいた……」

 

 霊夢は思い出した。愈惟は自分が懐夢くらいの歳の時に博麗神社を訪れて、自分と会っている。そしてその時に、名前が思いつかなくて困っていた赤子への名前を思い付いたのだ。霊夢に似ている、懐く夢、懐夢と言う名を。

 

「それに、驚いてたんですか」

 

 愈惟はハッと我に返り、霊夢から手を離した。

 

「ご、ごめんなさいね。私は、百詠愈惟。こうしてお話をするのは、初めてよね?」

 

「小さい時の事を含めないのであれば、初めてです」

 

「そうね……しかし、いきなり驚かされたわ。まさかあの時の霊夢ちゃんが、今の博麗の巫女で、私から離れてしまった懐夢をあんなに立派にしてくれた人だったなんて……」

 

 霊夢は目を見開いた。

 愈惟は続けた。

 

「懐夢から全て、聞かせてもらいました。貴方が懐夢のために一生懸命になって、大きな怪物と何度も戦って、懐夢を守ってくれて、懐夢を養ってくれて、育ててくれた事を。そして、懐夢を博麗懐夢として、家族にしてくれた事を」

 

 霊夢は縮こまった。

 

「それは……全部私が勝手にやった事ですから……」

 

 愈惟は首を横に振る。

 

「いいえ、私は貴方に数えきれないくらいの回数、お礼を言わなくちゃいけないわ。ううん、もうお礼だけじゃ足りないくらい、貴方には恩義がある」

 

 愈惟はもう一度、霊夢の頬に手を添え、笑んだ。

 

「ありがとう博麗霊夢さん。行き場を失った懐夢を拾ってくれて、そして育ててくれて……一人ぼっちになったあの子の家族になってくれて」

 

「それに、懐夢や魔理沙さん、大賢者の皆さんから貴方の事を全部聞かせてもらったわ。貴方もまた、あの子のように家族を失って、化け物や異変との戦いを強いられて、ずっと苦しめられていた事を。ずっと、寂しい思いをしてた事を」

 

 霊夢は瞬きを数回した。

 愈惟は更に続ける。

 

「そんな貴方に、私達幻想郷の民はずっと助けられ、守られてきた。私達幻想郷の民は、貴方にお礼じゃすまされないくらいの恩義があるって、大賢者の皆さんから、懐夢から教えてもらったの。当然、私もその一人よ、霊夢さん」

 

 愈惟は手を霊夢から離した。

 

「駆け足だったけれど、懐夢から沢山の話を聞かせてもらって、私は、私と懐夢は話し合って、そして魔理沙さんや大賢者の皆さんと話し合って、決めたの」

 

 愈惟は廊下の方へ顔を向けて、大きな声を出した。

 

「懐夢、いらっしゃい」

 

 懐夢。よく聞き慣れた名前を耳にして、霊夢はきょとんとし、思わず廊下の方へ目を向けた。直後、愈惟が開けっ放しにした廊下と部屋を繋ぐ場所から、人が一人入り込んで来た。

 

 その人は、大人ではなく子供であり、髪の毛と瞳の色が愈惟と同じだが、髪の毛が背中の中心に届くほど長くて、一目で霖之助が作ったとわかる特徴的な、巫女服に少し似た衣装を身に纏った少年だった。

 

 その少年の姿を見て、霊夢は頭の中が麻痺したようになった。その少年は、もう手を伸ばす事も、話をする事も、会う事も出来ない事も出来ないと思っていた、自分の義弟である、懐夢だった。

 

「懐夢……」

 

 か細い声で言うと、懐夢はそれに反応したように歩き、愈惟の隣に並んで、霊夢を見上げた。その顔には愈惟のそれに似た、無邪気な微笑みが浮かんでいる。

 愈惟は少しだけ腰を落とし、霊夢と目の高さを同じにして、その両肩に手を置いた。

 

「ねえ霊夢さん。すごく突然な事を言って、混乱させたり、怒らせたりしてしまうかもしれないけれど……私達と家族になりませんか」

 

 その言葉に、霊夢は驚愕したようになって、愈惟の瞳を見つめた。

 愈惟は苦笑いしながら、顔を下に向けた。

 

「あぁ、既に懐夢とは家族だから、私とか」

 

 愈惟は顔を上げて、もう一度笑んだ。

 

「……懐夢のお姉ちゃん。もしよかったらではあるけれど、私と家族になりませんか」

 

 愈惟は笑みながら、霊夢の頬に両手を当てた。

 霊夢は無意識に愈惟の手に自らの手を被せる。

 

「……貴方達と、家族に?」

 

「そう。貴方は身寄りを失った懐夢の家族にしてくれた。私が貴方に出来る事って言ったら、それくらいの事しか思いつかないの。私達三人で博麗神社に住んで、私は寺子屋の武道場で霊紗さんと一緒に子供達に授業をして、懐夢は寺子屋で授業を受けて、霊夢さんは異変の解決だとかをする。

 それで、お休みの日は三人で朝昼晩一緒にご飯を食べて、懐夢は少し難しいかもだけど一緒にお風呂に入って、夜になったら三人一緒に寝る。それでたまに三人で出かけたり、三人で外食したりして……暮らしていくの」

 

 愈惟は続ける。

 

「それにね霊夢さん。貴方は亡くなった私のお姉ちゃんによく似ているの。そして、懐夢が誰よりも大好きで、懐夢をここまで強く、たくましく、優しい子に育ててくれた。もうなんていうか……赤の他人だなんて思えないの」

 

 その時に、霊夢はようやく気付いた。これだ、大賢者達が言っていた権限は。愈惟の話を聞き、考え、そして決断をする権限……愈惟達と話し合い、打ち解けあい、やがては家族になるかどうかを、決定していい権限……それを彼らはくれたのだ。そして、これこそが、大賢者や魔理沙達の言っていた、事情だ。

 

「ねぇ霊夢さん。どうかしら。嫌なら、やめてもらっても構わないわ。だってこれは、普通に考えたらとんでもない無茶ぶりだし、貴方を混乱させるだけの話だもの」

 

 愈惟の言葉を震えながら聞いた後に、霊夢は答えた。

 

「私は……私は貴方から懐夢を奪った……懐夢をこんな危険な役所に置いた……きっと、私と出会わなければ、安全なところに居られただろうし、愈惟さんとももっと早く再会できてた」

 

 それまで何もいう事が無かった懐夢が、その口をようやく開いた。

 

「それは違うよ。霊夢」

 

 霊夢はきょとんとして、懐夢の方へ顔を向けた。

 懐夢は笑みながら言う。

 

「霊夢は行き場を失ったぼくを拾って暮れて、見捨てなかった。ずっとずっと守ってくれて、色んな事をやらせてくれたし、この幻想郷について色んな事を教えてくれた。もし僕が霊夢に出会わなかったら、ぼくはきっとあのまま野垂れ死んでたかもしれないし、もし生きていたとしても、何の出会いもしないまま八俣遠呂智に取り込まれて、死んでいたかもしれない。

 今のぼくがあるのは全部霊夢のおかげ。魔理沙や早苗さんやチルノ、慧音先生達と会えて、幻想郷がこんなに広かった事を教えてくれたのも、何もなかったぼくに役目を与えてくれたのも、全部霊夢。そして霊夢は……」

 

 懐夢はにっこりと笑った。

 

「兄弟がいなかったぼくの、お姉ちゃんになってくれた。だから、()()()()()と出会わなかったら安全だったとか、おかあさんと会うのが早くなってたとかは、全部間違いだよ」

 

 懐夢の笑顔を見て言葉を耳にし、視界が一気にぐにゃりと歪んだ。更に、愈惟の言葉が耳に届く。

 

「今の懐夢がいるのは、今ここに懐夢がいるのは間違いなく貴方のおかげよ霊夢さん。そして、懐夢は見違えるほど強くなった。それも全部霊夢さんのおかげであったからこそんなの。そんな貴方に、私が出来るお礼、感謝って言ったらそれくらいしか思いつかないの」

 

 霊夢の視界は更に歪んだが、愈惟の顔に笑顔が浮かんでいる事は理解できた。

 

「だから、そのお礼として、私を家族に」

 

「私」

 

 霊夢は愈惟の言葉を途中で止めた。そして、涙をぼろぼろと零しながら、言った。

 

「わたし……おかあさんがいきなり居なくなってから、ずっと悲しくて、寂しかった。貴方は、そんなわたしの、家族に、おかあさんになってくれるの」

 

 愈惟は微笑んだ。

 

「霊凪さんよね、貴方のおかあさんの名前は。その人には届かないかもしれないけれど、それでも、貴方のおかあさんが勤まるように努力するわ。貴方におかあさんって思われるように、博麗神社で貴方達と暮していこうと……」

 

 その言葉を聞いた霊夢の瞳からは大粒の涙がぶわっと溢れ出し、霊夢はたまらず愈惟の胸の中に飛び込むように、抱き付いた。

 

「母さん……かあさん……おかあさんッ!!!」

 

 そのまま、霊夢は大きな声を出して泣き出した。

 愈惟は驚きながらも、やがて霊夢の身体を抱きしめ、懐夢もまた、霊夢の身体に横から抱き付いた。わんわんと泣く霊夢に、愈惟は静かに声をかける。

 

「これからは三人で暮らしていきたいの。……それを認めてくれるのね」

 

 霊夢は何度もうんうんと頷いて見せて、愈惟の胸にむしゃぶりついた。

 愈惟は微笑みながら目を閉じ、霊夢の身体を抱き締めて、その頭を優しく撫でた。

 

「幻想郷を守って、懐夢を育てて、ずっと一人で……ずっと一人ぼっちで辛かったでしょう。よしよし、頑張ったね。ずっとずっと、がんばったね、霊夢」

 

 霊夢に抱き付きながら、懐夢が言う。

 

「これからも、ずっと一緒だよ、お姉ちゃん」

 

 霊夢はこれから家族となる者達に抱き締められながら、大きな声を出して泣き続けた。身体と心には、母を失ったその時から受ける事のなかった、懐かしくて、これ以上ないくらいに心地の良い温かさが、満ちていた。

 

 『一人で暮らし、孤独でいる事が基本であると定められているのが博麗の巫女』という規範が破棄され、引きずり続けていた幻想郷の忌まわしき歴史に終止符が打たれて、新たな幻想郷の歴史が始まった瞬間だった。

 




次回、ついに最終回。ここまで続いてきた物語の終焉となります。
最後の時まで、どうかお付き合いください。











































この小説に出てくる登場人物達は魅力的でしたか? それとも普遍的でしたか?

懐夢はどんな子でしたか? いい子でしたか? 嫌な子でしたか?

その子達が紡ぐ物語は、くだらないものでしたか? 面白いものでしたか?
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