東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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3 『大好き』

 一同から「えぇっ!?」という大声が上がった。

 やがて、紫が霊夢の言葉に答えるかのように、頷いた。

 

「そうよ。これこそが、八俣遠呂智の封印の鍵、草薙剣」

 

 紫の返答を聞いて、霊夢は思い出した。

 前に草薙剣を封印の地で見た時、この草薙剣が抜けてしまうと八俣遠呂智の封印が一気に弱体化すると紫は言っていた。

 その草薙剣がそこにあるという事はつまり、八俣遠呂智の封印が一気に弱体化してしまっているという事だ。

 それがわかるや否、霊夢は噛み付くように紫に言った。

 

「あんた、どうしてそれを持ってるのよ! それを引き抜いたら八俣遠呂智の封印が弱体化してしまい、復活がすごく近くなるって」

 

 紫は首を横に振った。

 

「逆なのよ」

 

 霊夢はきょとんとした。

 

「え? 逆?」

 

「そうよ。草薙剣が抜けてしまったために八俣遠呂智の封印が弱体化したのではなく、その逆……草薙剣が自然と抜けてしまうくらいまでに、八俣遠呂智の封印は時間経過で弱体化したのよ」

 

 紫によれば、大賢者が統治する場所に博麗の札を配って回り、最後に確認のために封印の地の最奥部に向かってみたところ、台座から抜けて落ちている草薙剣が見つかり、同時に八俣遠呂智の封印が最低のレベルまで弱まっている事がわかったそうだ。

 この事から、草薙剣は誰かが抜いて地面に落としたのではなく、自然と抜けて地面に落ちたと判断できるそうだ。その後、紫は抜け落ちた草薙剣を持って封印の地から脱出。博麗神社へとやってきたそうだ。

 それを聞いた霊夢は、挙手をした。

 

「なにそれ? 封印の触媒が勝手に抜けて、封印が弱まるなんて事あるの? 聞いた事ないけれど」

 

 紫は頷いた。

 

「意外とこういう事はあるのよ。ましてや八俣遠呂智の封印とくれば、何が起きたって不思議じゃないわ」

 

 紫は表情を引き締めて、皆に見えるように草薙剣を持った。

 

「けれど、ここに草薙剣と博麗の巫女がいるという事は、どういう事なのかわかるわよね?」

 

 紫の突然の問いかけに、一同はざわざわと騒ぎ出したが、その後すぐに「あぁ!」という声が上がり、その中で再び早苗が挙手した。

 

「わかりました! 八俣遠呂智の封印が、出来るって事ですね!」

 

 紫は顔に笑みが浮かばせて、頷いた。

 

「そうよ。草薙剣、博麗の巫女、かつて異変を起こした事があるくらいに魔力、神力を備えた者達。さっき言った八俣遠呂智の封印の必要な要素は、全てここに揃っているわ」

 

 慧音が腕組みをする。

 

「そうか。それならば、今すぐにでも八俣遠呂智を封印しなおせるな。霊夢、出番だ」

 

 慧音が言いかけたその時、紫が慧音へ声をかけた。

 

「あ、待ちなさい。それは出来ないわ」

 

 一同の注目が紫へ集まり、そのうちの霊夢が言った。

 

「え、なんで? 必要な要素なら全部ここに揃ってるじゃない。

 これなら今すぐに封印の地に行って、封印を施せるんじゃないの?」

 

 紫は首を横に振り、草薙剣をもう一度皆に見せた。

 

「残念だけど、今の草薙剣は本調子じゃない」

 

 一同は首を傾げ、そのうち白蓮が挙手した。

 

「本調子ではない? それはどういう事ですか?」

 

 紫は説明を始めた。

 草薙剣は八俣遠呂智の封印とともに何百年もの間封印の地で眠りについていた。その過程で草薙剣の力は極限まで弱体化しており、このまま八俣遠呂智の封印に使ったとしても、歪な封印になってしまい、すぐに解けてしまう。即ち、博麗の巫女やその他の者達の苦労や努力が全部水の泡となって消えてしまうという事だ。

 それを聞いた妹紅が人混みの中で挙手する。

 

「そんな! じゃあどうすればいいんだ、どうすれば、八俣遠呂智を封印できるんだ」

 

 紫は少し意外そうな表情をした。

 

「あら、思いつかなかった? 力が失われているならば、取り戻せばいいだけじゃない」

 

 一同はきょとんとし、そのうちのさとりが挙手をする。

 

「取り戻すって……そんな方法があるのですか?」

 

「えぇ、あるわ」

 

 紫は再度説明を開始した。

 力を失ってしまった草薙剣を元に戻し、八俣遠呂智の封印の鍵に戻す方法。それは人間に使われて、強力な妖魔を撃破する事だ。そうする事によって、草薙剣は覚醒、本来の力を取り戻し、八俣遠呂智の封印にも使う事が出来るようになる。

 ちなみに覚醒させる人間は別に博麗の巫女である必要はなく、覚醒させた後に博麗の巫女へ渡し、巫女が封印の術を発動させれば、八俣遠呂智を封印できるのだと紫が言うと、その中で一人首を傾げていた霊夢が挙手をした。

 

「人間に使われて妖魔を撃破すれば力を取り戻すって、どういう事なのよ。まるで意味が分からないわ」

 

 紫は草薙剣の刀身を軽く叩いた。

 

「そもそも、草薙剣の力は『失われている』わけではないの。正確には、『眠ったままになっている』と言った方が正しいわ」

 

 咲夜が霊夢と同じように首を傾げる。

 

「眠っている? 神器も生き物と同じように寝るの?」

 

 紫は苦笑いした。

 

「そうじゃなくて、眠っていると言った方が正確って言っただけよ。本当に眠っているわけではないけれど、それに等しい状態にはなっているわ」

 

 それを聞いて、霊夢は紫の言いたい事が分かり、頭の中がすっきりしたような気がした。

 草薙剣は今現在、例えるならば眠っていて、本来の力を出す事が出来ない状態に陥ってしまっている。紫の言っていた事の、人間に使われて、妖魔を撃破をするというのが、恐らく草薙剣を目覚めさせるための方法なのだろう。

 霊夢は思い付くなり挙手し、紫にこれを話した。

 

 霊夢の答えを聞くなり、紫は笑みを顔に浮かべた。

 

「そう、そのとおりよ。私が言った事はね、草薙剣の目を覚まさせるための行動なのよ。わかってくれた?」

 

 紫の言葉に一同から納得の声が上がり、この場にいる全員が目的を理解したと思ったその時、パチュリーが挙手した。

 

「紫、貴方の言うそれが草薙剣を覚醒させるための儀のようなものであることはわかったわ。でも、その『強力な妖魔』って何かしら。っていうか、それの基準って何?」

 

 紫は顎に手を添え、少し困ったような表情を顔に浮かべて上を見た。

 

「そうねぇ……今頃の幻想郷だと……暴妖魔素(ぼうようウイルス)に侵食されて、姿を変えてしまった妖怪が手頃なんじゃないかしら」

 

 それを聞いた咲夜はハッとしたように呟いた。

 

「お嬢様……」

 

 永琳が頷く。

 

「そうね……今のところ確認できている暴妖魔素で変異した妖怪はレミリアただ一人だけ。もし草薙剣の覚醒を図るなら、レミリアと戦うのが先決ね」

 

 永琳の言葉を聞いて、霊夢は頷いた。

 草薙剣の覚醒に必要な『強力な妖魔』は、紫曰く暴妖魔素に感染して変異した妖魔が一番いいという。

 もしこれが本当ならば、暴妖魔素に感染して変異したとされるレミリアを探し出し、戦うのが草薙剣の覚醒に最も近い道のりとなるだろう。

 

 それだけではない、もしレミリアと戦い、撃破し、衰弱させる事に成功すればレミリアの体内にある暴妖魔素を死滅させ、レミリアを元に戻す事だって出来るはず。そうならば、草薙剣を覚醒させる事もでき、レミリアを元に戻す事もできる。まさに一石二鳥ではないか。

 霊夢は思い付き、考えをある程度纏めると、紫に向けて声をかけた。

 

「あんたの言う通りだわ。草薙剣の目は、レミリアとの戦いで覚まさせましょう」

 

 直後、咲夜が驚いたように霊夢を見た。

 

「ちょっと待って! あの状態のお嬢様と戦うの!?」

 

「えぇそうよ。まぁどんな状態は知らないけれど、今のところ確認できてる暴妖魔素に感染した妖魔はレミリアだけ。だからレミリアと戦うしかない」

 

 霊夢は目つきを鋭くして紅魔館の者達を見た。

 

「それにね、レミリアと戦うのは、あんた達のためでもあるわ」

 

 紅魔館の者達は首を傾げ、その内の美鈴が尋ねた。

 

「どういう事?」

 

 霊夢は暴妖魔素に感染した妖魔の事と、その妖魔を倒した場合の事を全て話した。

 霊夢の話に紅魔館の者達は少しきょとんとし、パチュリーが呟いた。

 

「撃破する事によって、レミィを元に戻す事が出来る……?」

 

 霊夢は頷く。

 

「そうよ。これまで、リグル、大妖精、ルーミアが暴妖魔素に感染して、別な妖怪へ変異したけれど、どれも私達に撃破されることによって元に戻っていたわ。だから今回も同じ要領で行けると思う。

 レミリアと戦って、撃破する事に成功すれば、草薙剣は本来の力を取り戻し、レミリアは元の姿に戻るわ。これって一石二鳥だと思わないかしら」

 

 紅魔館の者達と一同の間から「確かに」と声が上がったが、永琳が霊夢へ声をかけてきた。

 

「待って頂戴霊夢。暴妖魔素によって変異した妖怪は、倒される事によって元に姿に戻るっていうのは、本当なの?」

 

 霊夢は永琳の方へ身体を向け、頷いた。

 

「えぇ。現に私は今言った通り、そうやって暴妖魔素によって変異した妖怪を倒して、元に戻してきたわ。だから今、リグル達は元の姿に戻り、いつも通り過ごせているわ」

 

 早苗が挙手する。

 

「霊夢さんの言っている事に嘘はありません。実際、暴妖魔素に感染し、変異したルーミアさんは、あるものに倒された事によって、元の姿を取り戻しましたから」

 

 永琳は腕組みをした。

 

「それは本当に信用できる情報かしら? 何か証拠は?」

 

 魔理沙が首を横に振る。

 

「証拠なんてないよ。実際に戦ってもらうしか信じてもらえる方法はない」

 

 パチュリーが目を半開きにして、霊夢達に言う。

 

「それに、レミィの居場所を特定する手段は? あの子、(ドラゴン)になって空のどこかへ消えたから、今頃どこにいるのか見当がつかないわよ」

 

 直後、紫が声を出した。

 

「見当を付ける方法ならあるわ」

 

 全員の注目が紫に集まった。

 レミリアの居場所を探す方法。それは、草薙剣を使えばいい。

 草薙剣には博麗の力場が持つ調伏の力と、魔を滅する力、そして強力な妖魔を探し当てる力が備わっている。これらを駆使すれば、暴妖魔素に侵されて変異したレミリアの位置をすぐに探し当てる事が出来る。

 紫の話を聞いた一同は驚きの声を上げ、そのうち霊夢が小さく呟いた。

 

「調伏と魔を滅する力を持ち、しかも強力な妖魔がいる場所を探し当てる力か……まるで妖魔を滅するために作られた兵器みたいね」

 

 紫は答えなかった。しかし、すぐに口を開いた。

 

「草薙剣の覚醒は早い方がいいわ。草薙剣の使い方は後々皆に教えるから、レミリアを元に戻すための戦いへの準備をして頂戴。皆の準備が整い次第、この中にいる『人間』の誰かが草薙剣を使い、レミリアのいる場所を特定し、向かって頂戴」

 

 紫が今後の事を話すと、人混みの中から輝夜が挙手した。

 

「ちょっと待って頂戴。まさか、私達も出るの?」

 

 紫は頷いた。

 

「今、暴妖魔素は自己増殖し、暴妖魔素に感染した妖魔に力を与えているわ。

 だから、この中の少数で挑むのではなく、ここのほぼ全員で挑むのが先決よ。そうでなければ、その少数が瞬く間にやられてしまう」

 

 輝夜はむぅと呟いた後、黙った。

 これで質問は終わったかと思われたその時、続けて妹紅が挙手した。

 

「待ってくれ。今の幻想郷には暴妖魔素が溢れかえっているんだろう? この中にいる妖魔が外に出てしまったら、暴妖魔素に感染して、発症してしまうのではないのか?」

 

 続けて妖夢が挙手をする。

 

「それに、人間の誰かとは、どういう事なのですか? というか、草薙剣が今どういう状態なのか、わからなくなってきたのですが……」

 

 紫は二人の問いかけに答えた。

 まずの問いかけ。今の草薙剣は八俣遠呂智を封印する力は失っているが、それでも暴妖魔素に感染して変異した妖魔を圧倒するくらいの力は持っている。だから、暴妖魔素に感染して変異した妖魔との戦闘に持ち込む事によって戦闘を大きく有利にする事が出来る。

 

 そしてどうして人間が草薙剣を使わなければならないかというと、草薙剣は神器の一つで、神器は元はと言えば神が作成し、人間に使わせるために改良を施し、人間の世界へ持ち込んだ代物。

 だから、人間ならば使う事が出来る。人間が草薙剣を握れば、今言った草薙剣の力を使う事が出来る。一方妖魔は神器の対応対象からは外れているため、握ったところで何も起きないし、草薙剣の力を使う事も出来ない。だから、草薙剣を使うのはこの中にいる人間の誰かである必要があるのだ。

 紫は説明を終えると、溜息を交じらせて呟いた。

 

「ようするに、私達妖魔の類は神器のサポート外だってこと。なんて差別的なんでしょうね」

 

 紫が目線を早苗の後ろで話を聞いている守矢神社の神、八坂神奈子とその隣で同じように話を聞いていた、髪型が金髪のショートボブにし、白と青を基調とした壺装束と呼ばれる装束に身を包み、頭に目玉のようなものが付いた市女笠を被った少女の姿をした、神奈子と同じ守矢神社に祭られている神、洩矢諏訪子がむっとした。

 

「なんだよ。私達のせいにするな。文句なら作った(やつ)に言え」

 

 諏訪子が続く。

 

「っていうか、この国がまだ『葦原の中つ國』だった時、あんた達妖魔は地上を脅かす存在だったんだけどね。だから神器もそういう仕様に作られたの。まぁ今のあんた達は約一匹を除いて違うけれど……」

 

 紫はふっと鼻で笑い、もう一度一同に声をかけた。

 

「よし、それでは解散よ。準備を進めて頂戴」

 

 直後、割り込むように幽々子が挙手した。

 

「待って頂戴。貴方はどうするの? こういう時こそ、大賢者の一人である貴方が行くべきなんじゃないの?」

 

 紫は首を横に振り、事情を話した。紫は他の大賢者が守っていない、幻想郷最大の人間の里、『街』に張られた結界を見続け、必要となれば強化し、守るという役目に就かなければならないらしく、一同に加わってレミリアを元に戻す戦いに参加する事は出来ないという。

 

「でも大丈夫よ。貴方達が手を合わせれば、私達大賢者を超えるくらいの力を出せるのだから。それじゃ、解散! 私が集合というまで準備なさい。あと、博麗神社からは絶対に出ない事」

 

 紫の言葉を皮切りに一同は散会。それぞれの場所へ向かって行った。

 

 

      *

 

 

 解散から二十分ほどで、紫は集合をかけた。居間にバラバラになっていた一同が再び終結すると、そこで霊夢は驚くべき出来事に出くわした。

 紫から、「貴方はここに残りなさい」と言われたのだ。

 霊夢は訳が分からず、紫に問いかけた。 どうしてこんな幻想郷の一大事に自分がここに残らなければならないのか。

 紫は答えた。これを考えたのは魔理沙、アリス、早苗、文、慧音、白蓮の六人、そして懐夢の友人であるチルノ、リグル、ルーミア、ミスティア、大妖精の五人であり解散が終わった直後に紫の元に投げかけてきたという。彼女らの言い分はこうだった。

 

「霊夢は唯一の懐夢の家族に等しい者だ。懐夢が弱ってしまっている今、霊夢は懐夢の傍にいてやるべきだ。霊夢を、博麗神社に残させるべきだ」

 

 紫はこの意見に賛成し、霊夢に気付かれないように一同に声をかけて回り、賛成か反対かを問いかけた。皆が返してきた答えは、ほとんどが賛成であり、反対と唱えるのは極少数だった。

 しかし紫は反対派も何とかして納得させなければならないと思い、どうにかして霊夢抜きでも戦いに自信が付くように説得。反対派を全て納得させた。

 結果として、霊夢を暴妖魔素にやられて変異したレミリアを討伐する戦いに参加させず、博麗神社に残させるという魔理沙達の計らいが成功したというわけだ。

 

 霊夢はこの話が腑に落ちず、反対であると言ったが、慧音に「お前の事だ、どうせ戦いに赴いても懐夢の事が気になってそれどころではなくなるだろう」と痛いところを付かれてしまい、反論できなくなってしまった。

 

 それに、慧音の言っている事も図星で、話を聞いている最中も懐夢の事が気になって仕方がなかった。恐らく博麗神社を出てしまったら、余計に気になって異変の解決だとか戦闘だとかそれどころではなくなっていただろう。そう思うと、余計に皆の行動には反対できなかった。

 結局、霊夢は皆の意見を受け入れ、博麗神社に残る事を決めた。そこでようやく、皆が首を縦に振ってくれた。

 一方、覚醒させる草薙剣を使うのは現人神である早苗に決まり、今回の戦いが早苗の主導で行われる事が決まると、それまで居間に集まっていた一同および懐夢の看病をしていたチルノ達は霊夢を置いて博麗神社より出て、まるで群れを成して飛ぶ白鳥のように早苗を先頭にして暴妖魔素が渦巻き、占拠している幻想郷の空へと飛び立っていった。

 

 霊夢は皆の事を送り出した後、まっすぐ懐夢のいる本堂へ戻ってきて、懐夢のすぐそばで立ち止まった。

 懐夢は友人であるチルノ達に看病されていたが、一向に具合がよくなっているようには見えない。

 ただ苦しそうに、目を閉じて、忙しなく息をしているだけだった。

 

「懐夢……」

 

 霊夢は小さく懐夢の名を呼んだ後、辺りを見回した。

 そこはあまり使う事のない本堂だったが、見まわしているうちに段々と懐夢をここに寝かせておくのは拙いのではないかという気がしてきた。

 そもそも、ここ本堂は人が寝る部屋ではないうえに、あまり使われていないせいか、若干埃っぽくて湿っぽい。そんな場所に懐夢をいつまでも寝かせておくのは、懐夢のためにならない。

 

「懐夢、ちょっと待ってて」

 

 霊夢は立ち上がると本堂を出て、寝室の方へ向かい、やがて寝室へ入ると、さきほどまで自分が寝ていた布団をきちんとした形へ敷きなおした。その後、霊夢はすぐに本堂へ戻り、懐夢の元へ行くと、その身体へ手を伸ばして抱きかかえた。

 寝室の方へ戻り、自分の布団に寝かせて、掛布団をかけてから、霊夢は隣に座った。

 

「どう? ちょっとは楽になった?」

 

 声をかけてみたが、懐夢は答えを返さなかった。

 霊夢は重い溜息を吐いた。

 

「……聞こえてないか……」

 

 霊夢は懐夢の頬に手を当てて、思った。

 どうしてこの子ばかり、こんな目に遭うのだろう。

 考えてみれば、突然襲われて村を失い、博麗神社に来たと思えば突然スペルカードと空を飛ぶ術を取得し、紫によると半妖にしてはおかしな変化をして、ついには半妖が感染しないはずの暴妖魔素にまで感染してしまった。

 

(……何故)

 

 この子にはこんなに良くない事ばかり降りかかるというのだろう。しかも、どれこれも原因がわからない。自分はこの事を、懐夢の身体の中にいると思われる妖魔のせいだと考えたが、それも自分が勝手に考え出し、推測した事であって、真実とは限らない。つまり、懐夢の異変は、どれもこれもわからないのだ。何が正しくて、何が間違っているのか、何もわからない。

 そうだ……何もわからないのだ。

 

―――……僕……もう……博麗神社に……いられない……霊夢の傍に……いられない……

 

 いや、()()()()()のではない。何も、懐夢の事を()()()()()()()のだ。

 だから、あんな事になってしまった。懐夢の居場所を、奪い取ってしまった。そして、懐夢をこんな目に遭せてしまった。きっと、この子はもうここに戻ってくる事などないのだろう。

 あの時に、完全に自分を嫌いになってしまったのだろう。

 全部……自分のせいだ。自分が何かも悪いのだ。

 

「……ッ」

 

 考えていたら、涙があふれ出てきた。

 全部、自分のせいだとは思うが、こんなの、腑に落ちない。

 こんなの、納得出来やしない。

 

(こんなの……)

 

 こんなの嫌だ。

 こんなの、絶対に嫌だ。

 また懐夢と暮らしたい。

 また懐夢と仲良くしたい。

 だけど、どうすればいい。

 どうやって、元の関係を取り戻せばいい。

 

「どうしたら……どうしたらいいの……」

 

 歯を食いしばり、嗚咽を混ぜながら泣いていたその時だった。今まで一向に動く気配を見せなかった懐夢の口が、動きを見せた。

 

「……む……」

 

 霊夢はきょとんとして、懐夢の顔を見た。

 懐夢の口はもう一度動き、声を漏らした。

 

「……れ……いむ……」

 

 その言葉を聞いた途端、霊夢は思わず目を見開き、涙を引っ込ませた。

 今、自分の名前を呼んだ気がする。嫌いになったはずの自分の名を、懐夢は今、自ら譫言(うわごと)で口にした気がする。

 

「懐夢……今なんて……?」

 

 霊夢の問いかけると、懐夢はまるでそれに答えるかのように、譫言を口にした。

 

「……霊夢……」

 

 それを聞いた途端、ぶわっと涙が出てきた。

 嫌いになったはずなのに、しっかりと懐夢は自分の事を呼んでいる。

 どうしてかはわからないけれど、まだ自分の事を……呼んでくれている……。

 

「懐……夢……ッ」

 

 霊夢は思わず懐夢の手を掴み、両手でしっかり覆い、自らの額に付けた。

 そして、今ので自分の中にある混乱していた気持ちが一つになり、やがてそれが決意へ変わったのを感じた。

 

「私……私……」

 

 霊夢は顔を上げて、懐夢の顔を見るなり、しっかりと言った。

 

 この異変が終わって、八俣遠呂智と暴妖魔素を封印して、貴方が目覚めたら、貴方に全部謝るわ。

 これまで嘘を吐き続けてきた事を、事実を皆隠してた事を、全部貴方に謝る。

 許してもらえるかどうかはわからないし、許してもらえなくたっていい。

 でももし、許してもらえるんだったら、私はもう貴方に嘘を吐かない。

 いつだって、真実だけを貴方に言う。

 

 そして、貴方に伝える。

 確かに嘘は吐いていたけれど、色んな事を隠してはいたけれど。

 

 私、心の底から貴方の事……大好きよ。

 私しか知らない寂しがりなところも、たまに見せる頑固で意地っ張りなところも、大人ぶってるくせに私の前じゃ急に子供っぽくなるところも、みんな大好き。

 

 そして貴方はね、誰にでも優しくて、素直で、自分の事を隠さないで、よく身の程知らずな事をして、酷い目に遭っても諦めないで立ち上がり、いつも誰かのためにお節介を焼き、怪我をしたって気にしない、誰よりもまっすぐで頑張り屋の、私の……自慢の弟よ。

 

 だから私、もう一度貴方との生活をやり直したい。また、貴方と一緒に暮らしたい。

 この博麗神社で、自慢の弟である貴方と、また暮らしていきたい。

 

 もし、これをわかってもらえなくても、これだけはわかって。

 

「私は、本当に貴方が大好きよ、懐夢」

 

 言い終えた直後、霊夢はくすっと苦笑いした。

 

「私ったら……聞こえてないのに……何言ってんだか……」

 

 直後に、霊夢は涙をぬぐい、表情を引き締めた。

 

「……でも、言えるように、伝えられるように頑張らなきゃね」

 

 霊夢は立ち上がり、戸を開いて縁側から外を眺めて、呟いた。

 

「あんたなんか、すぐに封印の中に戻してやるんだから。

 待ってなさいよ……暴妖魔素なんてものをばら撒く蟒蛇(ウワバミ)……!!」

 

 

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