まだ蕾の君に
私はきっとこの日の事を一生涯、忘れはしないだろう。
「な、なんという事でしょうかぁああ!?ハルウララ!!ハルウララが来たぁあ!!」
まるで声の津波のような大歓声の中、満開に咲く桜のようにウララは駆け抜けていく。
誰よりも速く、後ろから追い縋るウマ娘達を置き去りにウララは駆け抜ける。
ウララ頑張れ!ウララ頑張れ!! この三年間、アナタが何度も泣き、何度も悔しがり、何度も打ちのめされたのを見てきた。 でも、それも今日で終わり。
「ウララァァァァァァ!!行けぇえええー!!」
私の声が届いたのか分からないが、ウララは一瞬だけどニコッと微笑んだように見えた、そして。
「ハルウララ!!今!!ゴォォオオオオル!!」
その瞬間、会場は声の大嵐に飲み込まれ、レース場にはハルウララという満開の桜が咲いていた。
****三年前****
桜の舞い散る四月、私は1人のウマ娘と出会った。 彼女の名はハルウララ。
とても明るく、いつも笑顔を絶やさずニコニコと楽しそうに走っている子だった。
お世辞にも成績はいいとは言えず、私が初めに思ったのはまるで才能の無い子だった。
しかし、どこか彼女に惹かれるモノを感じた私は、ウララをずっと見ていた。
その頃の私は、教えていたウマ娘が引退してしまい燃え尽きていて、トレーナーを辞めて学園を去ろうと思っていた。
お世辞にも私は良いトレーナーとは評価されていなかったのを知っていたし、前の担当していたウマ娘の子だけしか私に着いてきてくれなかった。
裏でハズレトレーナーやら、鬼トレーナーやら、ウマ娘に無理な練習をさせるサディストと呼ばれているのも知っていた。
実際、私の指導は厳しい。桐生院君や東条さんからもやり過ぎじゃないのか?と言われるほどだし、前に少しだけ預かって指導したゴールドシップに至っては私の顔を見るだけで逃げていく。
別に、私も彼女らが憎くて厳しくしている訳では無いのだけれど……な。
むしろ愛しくて勝ってほしい気持ちが強すぎるからこそ、私も指導に熱が入るのだ。
最後に担当した子からは、リスティーは勘違いされやすいからねープークスクス〜! っとよく揶揄われていたものだ。
事実、あの子の後に2人ほどに指導をしたのだが、見事に逃げられてしまった。 理事長にも既に退職届けを提出済みなので、後は私物を片付けて去るのみである。
なのだが……どうしてもあの子、ハルウララが気になってしまいなかなか片付けが終わらずにいる。
「ふぅ……なぜか目があの子を追ってしまうんだよな……」
なんて良く笑う子だ。
なんて愛らしく笑う子だ。
なんて……才能が無い子だ。
知れば知るほど不思議な子だ。 既に去るのみの私には関係無いはずなのだが、どうしても気になる。 気になって夜も眠れない。
つい、東条さんや桐生院君にハルウララについて聞いてしまったりする。
彼女は良いトレーナーに出会えるだろうか? 彼女を少しでも先に連れて行ってくれるトレーナーに恵まれるだろうか、などなど。
気になる。気になって、気になって仕方ない。
そして、ある日。 私は最悪の形で彼女の姿を見てしまった。
彼女を担当するトレーナーが決まったと東条さんから聞き、どこか悲しいような気がしたが、彼女もやっとトレーナーに出会えたのだと納得し、自分の気持ちは内にしまった。
さて思い残しも無くなった事だし、最後の片付けをと向かった練習場で私は見てしまった。
ただ1人で、黙々と練習する彼女に……。
どういう事だ? なぜトレーナーがいない? なぜ、彼女は1人なんだ?
何か嫌な気持ちが湧いてきた、まさか? 彼女は……。
気づいた時には、私は彼女の担当トレーナーを探して駆け出していた。
しばらく練習場を探していると、見つけた。 ヘラヘラとした笑みを浮かべ、数人のウマ娘達と一緒にいた。
すぐに私はなぜ、ハルウララのトレーニングを見てやらないのか? と問い詰めた。
すると、奴は言った。
「あー、あの子ですか?あれはダメですよ、才能が無い。あの子、正直言うと押し付けられたから仕方なく受け持っただけなんですよねー」
私の頭は真っ白になった。 もちろん怒りでだ、そして次の瞬間にこの
「才能が無い?押し付けられたから仕方なく受け持った?貴様!!ふざけているのか!!もういい、あの子は……ハルウララは私が受け持つ!!貴様は一生、そのまま寝てろクズが!!」
私に殴られ倒れた無能者は怯えたように私を見上げているだけだった。 そして、私は無能者の返事を待たずにその足で理事長室へと向かった。
途中でスピカのトレーナーとすれ違ったが、何故か引き攣った顔をされた。 非常に不愉快ではあったが、今はハルウララのトレーナー変更が優先であったため無視をして足を早めた。
********
---理事長室---
「理事長!!話があるのだが!!」
勢いよく扉をこれでもかと破らんばかりに乱暴に開けて入ってきた私を、理事長とたづな君は目をまん丸に見開いて驚いていた。
「ど、どうしたんだい?」
理事長は驚きながらも対応をしてくれた。
「理事長、すまないが退職の件を撤回させて頂きたい!」
私の発言が想定外の事だったのか、理事長は一瞬、目を見開き驚きを露わにしたが、すぐにわかったと私の退職撤回を認めてくれた。
「それともう一つ、ハルウララのトレーナーを私に変更して頂きたい」
これまた予想外だったのだろう、え!? っと声に出して鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をした。
「しかし……ハルウララくんは確か、新人の……」
「問題ない、話はすでにつけてきた。たづな君、ハルウララのトレーナーを私に書き換えておいて」
理事長の言葉を遮り、私は有無を言わせずにトレーナー権利を移させた。理事長とたづな君はまだよく状況を飲み込めずにいるようだが、私の強引な勢いと熱量に押されてかすぐに書類の制作をしてくれた。
そして、出来上がったトレーナー交代の書類を貰うと私は居ても立っても居られず、練習場で1人でいる彼女の元へと駆けていった。