彼女に挨拶をしないとな、と意気込んで向かった私の目に写ったのは、悲しそうに泣いていたハルウララの姿だった。
前の無能者がいかに彼女を見ていなかったが、一目瞭然であった。
所々にできた擦り傷、あんなに花が咲いたような明るい笑顔をしていた彼女が泣いているのだ。
俯き、今にも壊れてしまいそうな彼女を見ていられなくて、つい大きな声で出してしまった。
「ハルウララ!!」
彼女はビクリと身を震わせながら、虚な目で私の方に視線を向けたきた。
いきなり名前を叫ばれ、初対面である私に困惑しているのだろう、オドオドしている。
とりあえず、あの無能者からトレーナーを交代した事を伝える事にした。
「今日からお前の新しいトレーナーになった、桜井リスティーだ!」
告げた瞬間、ウララは一気に血の気が引いたように真っ青な顔になり、その場に座り込んでしまった。
「どうした!?」
突然の事に私は焦ってしまい、慌ててウララの元へ駆け寄った。
するとウララは搾りだしたようなか細い声で聞いてきた。
「大丈夫、です……あの、前のトレーナーさんは……」
一応、ウララの口から大丈夫だと聞いた事で安心はしたが、あの無能者の事が気になるのか……なぜか面白くない気分だ。
「あの無能者か、あいつならば私が成敗しておいたぞ。まったく、あのような無能を迎え入れるなど言語道断だ、嘆かわしい!!」
あんなに満開の花のような、太陽のような笑顔をしていたこの子にこんな顔をさせおって!! 怒りが込み上げてきたが、すぐに怒りよりも近くで見たウララの擦り傷だらけなのが気になった。
すぐに治療すべきであると判断して、私はウララを抱き上げ保健室に向かう事にした。
「ひゃっ!?」
いきなり抱き上げられた事に驚いたのか、ウララは大きく目を見開き困惑を露わにした。
ふむ、近くで見れば見るほど擦り傷が多いな……むぅ。
「まったく、傷だらけじゃないか。あの無能者は治療すらしてくれなかったのか……すぐに保健室で治療してやるからな」
ウララはこんなに小さな体で耐えていたのか……そう思うとなんとも切なくなり、無能者への怒りが更に強まった。
とりあえず治療をしなければなと、思いふとウララの顔に視線を向けた瞬間、私は心臓が凍りついたかのようにゾクリと寒気がした。
「あ、れ……あれ?」
ウララが泣いていたのだ。
ポロポロと大きく美しい瞳から止めどなく涙を溢れさせている。
まさか!? 私の運び方が悪くて何処かを痛めたのか!?
「な!?どうしたんだ!?どこか痛いのか!?ま、さか、私の運び方が悪かったのか!?」
突然の事に私は冷静さを欠いてしまい、我ながら情け無いがオロオロと狼狽してしまった。
なんとか涙の理由を探らねばと思うのだが、上手い言葉も方法も浮かばない。
「う、ぅう……ぐすっ」
くっ!? 泣くほどに痛いのだろうか? 早く治療をしなければと焦るものの、あまり急いで揺らす事で更に痛みを与えるのでは? と思うと走って向かう事もできず、なんだがモヤモヤしながらも少しだけ早足で保健室へと向かった。
結局、保健室に着いてからもウララは泣き止まなかった。
私の胸元に顔を埋め、嗚咽を漏らし先程よりも酷くなっていた。
すでに私の服はウララの鼻水と涙でベトベトになってはいたが、そんなことは些細な事であるから構わない。
しかし今は兎に角、ウララがどうすれば泣き止んでくれるのかが重要である。
むぅ、こんな時は確か……こう、だったか?
遠い昔、母が泣きじゃくる妹にしていたように、私も記憶を思い出しながらウララを出来るだけ優しく抱きしめて、頭を優しく撫で続けた。
どのくらい撫でていただろうか、ふと気づくと胸元のウララから小さな吐息が漏れていた。
「寝て、しまったか……困ったな、治療をしないといけないんだが」
治療のために、ウララを起こさないようにゆっくり優しくベッドに降ろした。
まずは涙と鼻水まみれの顔を優しくハンカチで拭き、次に水道で保健室にある置いてあったタオルを濡らしてから、優しく傷口を拭きあげてから治療をした。
治療中、ウララがうーと唸る度、起こしてしまったか?と思いながらも、恐る恐る慎重に治療を続けた。
そして30分程で治療を終えた。その後、時計を見るとすでに時刻は18時を過ぎていたため、起こして帰そうかとも思ったが、グッスリと寝ているウララを見ると起こすのはかわいそうに思った。
「仕方ない、背負っていくか」
起こさないよう、慎重に抱き上げ寮に向かったのだが……。
「む?……ウララは栗東寮と美浦寮のどっちだ?」
しばらく悩んでみたが、知らないものをいくら悩んでも無駄であると判断し、とりあえずフジキセキが寮長をしている栗東寮へと連れて行く事にした。
なぜ、ヒシアマゾンでなくフジキセキの方を選んだかと言うなら、リスティーが過去にヒシアマゾンを数日預かった際にゲボるくらいトレーニングをさせてしまったので、未だに会うと顔を引き攣らせる為である。
栗東寮の前に着き、フジキセキを呼び出すベルを鳴らした。
そして、すぐにやってきてフジキセキに事情を話すと、フジキセキは心良くウララを部屋まで運ぶのを引き受けてくれたので、ウララの事を任せて寮を後にした。
しばらく歩いた後、ふいに振り返り自然と言葉がでた。
「よく眠りなさいウララ、おやすみ」
なぜだろうか……今日はよく眠れる気がするな、などと思いながら自宅へと帰る私の足はとても軽かった。