動き出した時冠 前編
青と赤の星々を砕いて散りばめた万華鏡のような輝きに満ちた情景が広がり、朧げな星が煌く赤い空と、緑がかった青色の水平線が合わさる境目に、日の光が没しようとしていた。
海岸沿いの森林には、風に運ばれてきた潮の匂いが深く染み渡っていた。海が見渡せるところの森林の隅に、暮れ行く日の光を浴びて朱に染まった東屋があり、その屋根の下の椅子に腰を下ろしている貴婦人と思しき者の姿があった。
長い真紅の髪が潮風に撫でられ、怪しく揺らぐ。艶やかな瞳は、彼女が手にしている、一冊の本に向けられていた。
開かれた本のページは白紙であった。ところが、彼女が何事かを呟くと、赤い小さな灯がページに浮かび上がり、その灯になぞられた白紙の部分に、青黒い文字が浮かび上がっていった。
彼女の言葉によって紡がれるものは新しい一つの物語。物語は書物に書き記されていくことによって記録される。それが自分の役目であると、彼女は自覚しており、誇りに思っていた。
天空より、ごろごろと大きな音が響いた。雷のような、あるいは火山が噴火したかのような激しい音。それに続いて、何かが空気を切り裂いて落ちてくる。
貴婦人は、パタンと本を閉じた。澄んだ藍色の瞳で、空を見つめる。
巨大な赤い火の玉が飛来し、海面に飛び込んだ。海の形が目まぐるしく変わり、万華鏡のような世界全体が慟哭するかのように激しく振動した。
「訪れましたね」
貴婦人の口から、艶やかでありながら、やや冷たい印象を人に与える声が響いた。
東屋の外から、一人の作業着を着込んだ人物が現れた。その人物は犬の頭部を持ち、大きな茶色い耳が左右の頬を覆っていた。片方の目があるべき部分には、黒光りするレンズをはめた機械が埋め込まれていた。
犬の頭を持つ者は貴婦人の前で跪き、恭しく頭を垂れた。
「良いのですよ、クロロクロロ。ここにいる間は、わたしもあなたも同じ一人の創手。どうか気楽に、ね」
クロロクロロと呼ばれた人物は、顔を上げ、貴婦人と顔を合わせた。
「へえ、シェハラザード様。そういって頂けるとあっしも気が楽なもんで」
クロロクロロは貴婦人と比べると無骨であるが、大分温和で人懐っこい様子であった。
「いよいよ、やってきましたね。あれが噂に聞く聖龍帝が宿るという大創界石。こりゃあ、ホロロ・ギウムの旦那も、ロンバルディア殿も黙っちゃあ、いられないでしょうなぁ」
「また新しい創界石がこの世を訪れたからには、わたしたちも仕事に取り掛からねばなりません。クロロクロロ、準備は宜しいですね?」
シェハラザードの問いに、クロロクロロが答える。
「ご心配には及びませんよ。あっしらも創手として、世界創造に尽くしましょう」
クロロクロロは喉をゴロゴロと鳴らしながら、海中に没した火の玉のあった方を見やった。
「あっしとしては、旦那を応援してやりたい気持ちもありますがね。先日はロンバルディア殿に先を越されちまいましたが、ロンバルディア殿は少々乱暴なところがあるもので」
「クロロクロロ、念を押しておきますが……わたしたちはあくまで中立。求められれば、双方に同じものを提供するのです。片方に肩入れするなど、あってはなりませんよ」
「わかっておりますよ、シェハラザード様。その点はどうかご安心を」
クロロクロロは満面の笑みで応えた。
赤と青の色彩に彩られた不可思議な世界で起こった創界石の出現。その余波は隣り合う世界にも伝わっていき、多くの者たちが変化に感づいていた。
今、新たな時冠が動き出す。
★来星の呟き
本作品はバトルスピリッツの背景世界とは特に関係ありません。
多少、意識しているところはありますけど、ね。 (想いが形になる世界、とか)
作中ではシェハラザードなどの系統創手が重要な役目を担っておりますが、
これは、元々、5年ほど昔に、自分がバトスピ広場内でのバトスピ小説企画に参加した際に考えた設定が元になっております。
(なお、企画はバトスピ広場の閉鎖とともに、有耶無耶の内に頓挫しております……勿体ないなあ)
その設定とは、
世界は創造によって創られた。そのため、創造力が潰えた時、世界は崩壊へ向かう。
それ故、創手たちはそれぞれの創作によって世界を発展・維持させていくことによって、世界を滅びから遠ざける役目を持つ。
といった感じ。
もっとも、本作でその設定をそのまま使っているわけではありませんが、
(今では創界神もいますし)
世界創造に携わる者として、関わっていくという部分は継承してあります。
(ラヴクラフトを始めとする創手たちによって異合が創られたとか、導魔のグリム姉妹は元は創手だったとか、そんな設定もあったもので……)
ホロロ・ギウムとロンバルディアはどちらも時の監視者という肩書が共通しておりますが、この辺は後々関連してくる予定であります。