全身が紅蓮の炎の塊と化した地獄の邪神といった様相の怪物の猛攻を掻い潜り、新たな騎士として転生復活した黄金神が飛び立ち、突き進む。
当初の力の差は怪物――闇の皇帝ジークジオンの方が上回っているかに思えたが、黄金神の後方にいるネコ科の耳を生やした獣人が手にした水晶球から放たれた光に捕らわれ、怪物はその力を抑え込まれていた。
拘束を振りほどき、獄炎の爪で黄金神を引き裂こうとする闇の皇帝。だが、光によって形作られた巨人の手が闇の皇帝の腕を掴み、力を封じた。
怨念の力を源としているジークジオンが、己がかつて利用しようとした巨人の魂によって、力を封じ込まれる。勝機を見出した黄金神は、神器の力を得た騎士剣を掲げ、ジークジオンの核を目掛けて突っ込んだ。
荒れ狂う龍神の息吹。それは怨敵を滅ぼす獰猛さと、気高き神の騎士の魂によって生み出される神々しさが合わさり、幻想的な情景として、背後の獣人の瞳に映った。
せめぎ合う光と業火。やがて、黄金の龍の光が業火を包み込み、怨念の力が消滅していった。それと共に、黄金神はこの世界全体にはびこる暗黒を吸い上げながら、遥か上空へと飛翔していった。
その一部始終を見ているのは、今や獣人の呪いから解放されて本来の人の姿に戻っている、若い金髪の騎士ただ一人であった。
天へと昇る、龍と騎士の融合した黄金神の魂。神となった今、もうかつてのような地上での生活を送ることは叶わない。地上で培った、一人の騎士あるいは龍族としての感情が一抹の寂しさを覚えていた。
それでも、己の役目を全うするために、神世界へと昇華することは厭わなかったが、一つ、心残りがあった。
戦いの渦中、新たに生み出された小さき者。それは黄金神の龍としての側面を色濃く残した、神の申し子。生まれてすぐに多くの思惑に翻弄され、もみ消されていった魂。
黄金神は次元を跳躍する際、ふと、隣り合う世界から伝わってくる、真紅の波動を感じ取った。
龍としての側面を強く引き出させる、聖龍の力。黄金神は決心をした。
黄金神の身体から、小さな黄金の龍が放たれた。黄金龍は空間の裂け目を泳ぐようにして彷徨いながら、その小さき瞳で天空へと昇っていく黄金神の姿を見つめていた。
やがて、黄金神の姿が完全に見えなくなると、小さき黄金龍は隣り合う次元の波にさらわれ、異世界へと流されていった――。
対戦を終え、握手を交わす龍と白矢。二人は親愛の情を露わに、自然と明るい笑顔になっていた。
収束していった世界の残滓が、山の大地に生えた草花に吸われるようにして、キラキラと煌いていた。
「改めて思い返しても、二つの世界は対照的だったね」
「まあな、今生の大幅な変革を願うおれと、秩序によって統制された安定を願うお前とは違うからな」
「……それでも、離れた世界ではなく、混ざり合う世界として調和していた。両方が必要なものなのだと、ぼくは思うよ」
「ああ。それはおれも感じた。……たとえ、目指すべき道が違えど、その先にある世界にとってどちらも必要であるのなら……これからもお前とはかけがえのない仲間としてやっていける筈だな」
人里を離れた静かな山の風は初夏の香りを運び、そこに集った者たちの感情の内部にまで染み入ってくるようであった。霊穴の影響は遠のいていったが、今もなお、この場所が特別な地であるということは、その場に居合わせた誰もが実感していた。
「父上、最後においらを助けてくれたの……」
ドラゴンベビーがぽつりと呟く。エドワキアが不思議そうにドラゴンベビーの顔を覗き込んだ。
「ベビー……早く帰りたいよね、もといた世界に」
エドワキアが尋ねると、ドラゴンベビーは少し逡巡した。
「……帰る方法なんて、わからないビー。だから、今は、こっちのことを知る必要があるビー」
ドラゴンベビーはそう言いつつも、もし帰れたとして、自分が育った世界に居場所があるのだろうかという迷いもあった。
漠然としていたが、蘇った記憶をたどれば、自分は純粋なドラゴン一族でもない、何か別の存在であったような気がしてならなかった。
「ドラゴンベビー殿は異世界からの客人だ。ぼくたちのいるこの世界で露頭に迷わせるわけにもいかないな」
白矢が割って入る。人の眼には異形の存在として映るであろうドラゴンベビーが彷徨えば、その身に危険が及ぶ可能性もあった。
「お前らの世話にはならないビー……」
ふわりと浮かぶ、ドラゴンベビー。慌てて止めようとする白矢を押しのけて、龍が進み出た。
「まあ待ちな。おれたちにとってもあなたの世界のことは大変興味深い。どうだ? ここは一つ交換条件ということで。おれたちはあなたの身の安全を保障し、この世界について知りたいことがあれば何でも教える。その代わり、あなたのいた世界やドラゴン族のことを、おれたちも教えて貰う。それなら、真っ直ぐに筋も通るだろう」
「…………」
浮遊していたドラゴンベビーがゆっくりと降りてきた。
「わかった。お前の話、乗ってやることにするビー。ドラゴン一族の皇子と対等に交渉できること、有難く思うことだビ」
「素直に応じてくれて、感謝の極みだぜ」
そう言う龍の様子を見て、どちらかという単純な性格でもあった龍がまとめ役に選ばれたことを、改めて納得する白矢であった。
ここは明けの星町にあるアパート、猫柳荘。以前、月坂小夜も訪れていた、エドワキアの借りている部屋がそこにあった。
エドワキアは自室に入るなり、上着をフックに引っ掛け、荷物を床の隅に置くと、服を脱いで狭い浴室の中で軽くシャワーを浴び、タオルで身体を拭くと、手早く新しい衣服に着替えた。
それらの過程で、エドワキアは今日の一連の出来事を思い出していた。
早朝から生業にとりかかろうとした矢先に、龍からの召集の連絡があった。あまり気乗りはしなかったが、創界石の件に関する話という旨を聞かされ、思うところがあったので、集合場所の喫茶店『ポニサス』へ向かうことにした。
結果として、創界石の真新しい情報は得られなかったが、ドラゴンベビーと出会うことができて、エドワキアはあの霊穴に向かって良かったと満足していた。
あの後、ドラゴンベビーは龍の住まいで厄介になるという話で落ち着いた。エドワキアとしては寂しかったが、自分がこれから行うことを考え、内心ホッとしていた。
エドワキアは机の上でノートパソコンを立ち上げると、長時間の作業に適した、ふちが青紫色の黒いゲーミングチェアに腰を下ろした。
エドワキアが英数字を並べたパスワードを打ち込むと、ディスプレイに、藤の花が鮮やかな壁紙が映った。
その後も手早くキーボードを打ち、暫しの時間が経過した後、とあるネットワークに入り込む。
「輝石ネットワーク……アクセス……」
霊穴では創界石の情報は得られなかったが、目ぼしい情報はあった。輝石のカードバトラー、それに創界神の話。
ふいに、ディスプレイに大きな画像が映し出された。画面にあるのは、紫色の空間に浮かぶ八面体の物体。周囲には素人であれば意味不明としか映らないであろう数字やアルファベットの羅列。
「……魔術皇の大創界石」
八面体の一面が微かに薄まり、その中で蹲っている、紫色の肌を持つ人影が浮かび上がる。
エドワキアの口がその者の名前を紡ぎ出す。
「魔術皇ア=ズーラ」
一瞬、画面上の存在がこちらを見透かしているような気配を感じ、エドワキアは軽い寒けを覚えた。
「……あなたの同類みたい、オプス・キュリテ」
パソコンの傍らに置かれた、闇帝オプス・キュリテのカード。エドワキアはそのカードを通じて、向こう側の世界に潜んでいる紫の龍帝に直接話しかけていた。
僅かではあるが、闇帝から意思の波動が送られてくる。それが闇帝の返答であると理解しているエドワキアは、小さく頷いた。
「それなら、何としても、こっちに繋ぎとめないと、ね」
そう言うエドワキアの青い瞳に、紫色の光が妖しく揺らめいた。
深夜の月に照らされている、町外れの一軒家。
度々改築は行われているが、築百年を越える木造建築には、それまでの長い年月を彷彿とさせるものがあった。
建物は一階建てで、平屋にしてもあまり大きなものではない。ここが明けの星町に移り住んだ龍の拠点となっている、貸家であった。
ふいにその家の窓が開け放され、小さな赤い翼を広げたドラゴンベビーの姿が月明かりを反射した。
人目の付かない夜間に、この町の夜景を観て廻りたいと言ったのはドラゴンベビーであり、龍も了承済みであった。これが白矢であったなら、ドラゴンベビーが迷子になることを危ぶんでいたことであるが……。
ドラゴンベビーは窓辺に目印となる魔力の塊を配置した。赤い炎の塊といった形状の、実体も熱もない物。これは言わば、ドラゴンベビーにとっての灯台の明かりで、この魔力を感知すればいつでも帰路につくことができる目印であった。
そのまま、夜空へと飛翔するドラゴンベビー。その姿は、さながら蝙蝠を思わせ、遠目から見ても異世界のドラゴンの存在に気付く者は、まずいなかったことであろう。
下には、夜の街の情景が広がっている。多くは暗かったが、街灯や夜遅くまで起きている人の住居の明かりが点々と繋がっていた。
(今でもこうして、自由に飛べる……)
生まれて間もないころのドラゴンベビーはなかなか空を飛ぶことが上達せず、やきもきしていたものであるが、一時的に父を失ったのち、仲間だったジオン族から不甲斐ないと見下されたドラゴン一族の王の後継者として、日々自己流の鍛錬をしていった結果、長時間の飛行も可能となったドラゴンベビー。今となっては、誰の助けも借りずとも、生きていけるという自信はあった。
しかし、こうして見知らぬ世界に飛ばされてみて、自分という存在が世界の奔流の中ではちっぽけなものであるということを思い知らされる。
(もうしばらく、あいつらと過ごしてみるのも悪くないかも……)
ドラゴンベビーの心中に真っ先に浮かんだのはエドワキアの笑顔。エドワキアのところで居候したかったのが本音であるが、甘えたがりな自分の本性を知られるのが嫌だったので、龍の進言に従い、あのボロ家に住み込むことにしたのだ。
ドラゴンベビーは、月を見上げた。幼い竜の瞳に映る月は、黄金色の輝きを放っており、異世界同士の狭間を彷徨っていた頃の黄金龍の姿の自分に関する記憶が、少しずつではあったが、甦りつつある。
(まだまだ思い出さなくちゃいけないことはたくさんある……ぽくは救ってもらった命を大切にしていきたいから……父上、見ていてビー)
いつしか、月と黄金神、その向こうにいる黒い龍の姿が重なってドラゴンベビーの脳裏に映し出されていった。
それから約一時間後。
一軒家の窓辺でぼうぼうと燃えている炎の存在を認識した通行人が大騒ぎし、消防車が駆り出された。
あまりの騒ぎに睡眠から起こされた龍は、その発端が自分の住んでいる家の窓にある魔力の目印であると知り、慌ててどうにかしようと、炎の幻影に触れてみたが消すこともできない。
結局、ボヤ騒ぎは通行人の勘違いであったとして騒ぎは落ち着いたが、あれこれ説明をするのに疲れて、龍はくたくたになってしまった。
「おれは朝から仕事なんだぜ……今度はもっと目立たない手段にしてくれよな」
朝日が昇る寸前の頃に帰って来たドラゴンベビーに対して、龍はそう言った。
★来星の呟き
「闇帝オプス・キュリテ」の系統は龍帝・魔神ですが、何気に大創界石のスピリットに関連する系統を二つも持っているんですよね。
煌闇帝になって死竜が追加されても、魔神は残っておりますし……。(「煌空帝ル・シエル」は何故に空魚を失った……)
エドワキア絡みの話で魔術皇の大創界石(魔術皇ア=ズーラ)が出てくるのはそういう関連性があったりします。
因みに、背景世界における「魔術皇の大創界石」は堕天使がドルイド僧に手渡したものみたいでして、
「堕天使モノクレール」が「魔石の堕天使キアーヴェル」を通じて送り届けた模様。
そのため、「魔術皇ア=ズーラ」は魔神ですが、「魔術の皇」と称されているだけあって、系統:「導魔」との縁が深いみたいです。
その一方で、バトスピ史上初の堕天使スピリットである、「堕天使アゼル」の系統が魔神・天霊というのが大変興味深いものでして……。
マジック「ルナースラッシュ」によると、「天剣の勇者リュート」が手にする、大天使たちの羽から作られた天剣ルナーは、かつては堕天使の所有物でした。
カードにおいて、導魔を持つ堕天使の開祖たる「堕天使ミカファール」は「ルナースラッシュ」の次の弾で登場しますが、
ミカファールは黄の世界に訪れてから「おもいっきりグレた」と思われるので、おそらく天剣ルナーの持ち主では無いです。
(ただ、ミカファールの羽も天剣ルナーの材料に使われた可能性は大いにあり、
「忌避され、神の泉に沈められていた」という天剣ルナーが取り出されたこととミカファールの堕天使化に関連性があるのでは? と、自分は思っております。
堕天使化は、元の「大天使ミカファール」が禁止カードにされたというメタ的な意味もあると思われますが、
やはり、背景世界において何らかの事件があったことはまず間違いないと考えます)
「堕天使アゼル」のフレーバーテキストでは、おそらく語り手の「レディ・フランケリー」が自分たち(道化)のあり方を言っていると思われます。
「本当にただ見てるだけ」の傍観者としての「堕天使アゼル」ですが、こちらも初期の背景世界において、何か重要な意味がありそうですね。。
そういうわけで、今後、自分が背景世界の「魔術皇の大創界石」を考察する際、「堕天使アゼル」を何らかの形で絡めることは必至でしょう……。。
次回は☆1以来出番の無かった狩野美都にスポットを当てた回。
創界石の使い手も登場します。