バトスピ☆明けの星町は大騒ぎ   作:来星馬玲

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五月雨の夢の中 後編

 病院の玄関に面している大広間。そこには数列になって紺色の布で覆われた椅子が並んでおり、人影はまばらであった。

 

「あ、おじいちゃん。ごめんね、待たせちゃって」

 

 萌架が声をかけた相手は、椅子に腰を掛けていた、一人の白髪の年老いた男。その老人は両手とあごを樫の木で作った杖の上に乗せたまま、萌架の方を見やった。

 

「何か、見つけたのかね?」

 

 老人の言葉の意味を、萌架はすぐに察した。

 

「はい。創界石と金星の干渉によって見えたあの世界……遠い日に夢見た未来を、改めて垣間見た……気がする」

 

「ふむ。なら、お前にもあの子にも意味ある決闘であっただろう」

 

 老人が杖に乗せていた手に力を込め、ゆっくりと腰を上げた。萌架が手を貸し、助け起こそうとする。

 

「よせ。一人で立てるわい」

 

 老人はそう言ったが、萌架の華奢な手を払いのける気にはなれず、そのまま支えられて立ち上がった。

 

「おじいちゃん、無理はしないでね。このまま家まで送っていくから」

 

「ふん……」

 

 萌架と老人はそのまま連れ立って、玄関に向かって歩き始めた。

 

 ふと、二人の合間を潮っぽい風がすーっと通り過ぎていく。萌架は訝しんだが、老人は口元に小さく笑みを浮かべていた。

 

「……さて、役者は揃いましたね」

 

 二人の背後から投げかけられた、鈴を転がすような声。萌架と老人が振り返ると、そこには一人の小柄な少女が立っていた。

 

 褐色の肌の幼い顔立ち。年の頃は十二、三歳ほどであろうか。一目でわかる、アラビア風の民族衣装――アバーヤと呼ばれる長衣を着ており、色彩はさざ波を連想させる青色であった。顔は隠しておらず、丁寧に結わえられている、長いおさげ髪が背中に垂れ下がっていた。

 

「東間重郎さん、それに蒼樹萌架さん。直接お会いするのは、これが初めて、でしたね」

 

 名前を呼ばれて、萌架は少し戸惑った。少女は外見に反して、顔つきや喋り方は大人っぽく、達観した態度であった。

 

「そうだのう」

 

 老人――東間重郎は頷いて見せた。

 

「話に聞いていたお嬢ちゃんが、会ってみればこんなに可愛らしいとはの。こうして顔を見ることができて、良かったわい」

 

 可愛らしい――と呼ばれて、少女は一瞬表情をほころばせた。萌架は「おや?」と思う。どうやら、内面は年相応のものなのかもしれない。

 

 少女はすぐに顔を引き締め、語り始める。

 

「そちらの萌架さんも知っての通り、既にリエルさんが現世への直接干渉を開始しました。それに、リエルさんと手を組んでいる、スピリット世界の追放者にも動きがあります。すべてはあなた方の主たるロンバルディアの思惑通り……と思われるかもしれませんが」

 

 どうやら、相手はこちらの素性も、龍帝の適合者たちがロンバルディアに雇われ、召集されていることもお見通しらしい。萌架は相手の正体が掴めず、不安を覚えていたが、萌架から見て、重郎は妙なくらいに落ち着いていた。

 

「ほう、嬢ちゃんは何かわしらの認知していない者が干渉してくる、と?」

 

「ええ。……でも、その口ぶりからすると、重郎さんはある程度感づいているご様子、ですね」

 

「あの……おじいちゃんは、この女の子のことを知っているの?」

 

 とうとう、萌架は疑念を口にした。重郎は「ああ」と言いながら、萌架の方へ振り返り、しわで覆われた顔を緩ませながら、説明する。

 

「このお嬢ちゃんはわしら七龍帝の探究者と、ホロロ・ギウムの従者の双方を導く者。かの世界の創手の者だよ」

 

「創手……。この子が」

 

 萌架は驚きを隠せず、アラビア風の民族衣装を身にまとった少女の全身をまじまじと凝視した。

 

 萌架と目の合った少女は微笑んだ。 

 

「申し遅れましたね。わたしはシェハラザード様の弟子の一人。サシャ、と申します。以後、お見知りおきを」

 

 サシャと名乗った少女は長衣の左右の裾を掴み、れいをした。

 

「それでは……手短に要件をお話ししますね」

 

「せっかく、会えたのにのう。もう少し、ゆっくりしてはいけぬか」

 

 重郎の言葉を受け、少女は少し困ったような表情になった。

 

「申し訳ありませんが……あまり長居をすると、シェハラザード様からおしかりを受けますので」

 

「そうか……残念だの」

 

 重郎は、ふう、とため息をついた。

 

「……実は、わたしは、あなた方に警告するために参ったのです」

 

 サシャの言葉を聞き、重郎は真顔になった。

 

「警告、とは穏やかでないの」

 

 サシャはこくりと頷き、両手を広げる。そして、まるで演説をしているかのような口調で語り始めた。

 

「心してください。間もなく、スピリット世界より昏きラッパの音色が鳴り響き、地の底より深淵の王が再び蘇るでしょう。それは、世界を愛し、等しく憎む者」

 

 深淵の王――その名を聞き、萌架は動揺した。重郎も何かに感づいているらしく、低い唸るような声をもらした。

 

「そして、あなた方は既に、その者の化身と一度接触している。……ロンバルディアは、リエルさんと同様に、かの者をも利用しようと画策しているようですが、かの者は常に人の心の隙を探っています。決してお気を許さぬよう」

 

 サシャはふうと一息つき、続きを語る。

 

「スピリット世界の追放者は、冥府の血族にして、深淵の従者です。それが表舞台に現れるのは、王の帰還が近い証明となるでしょう。……わたしが話せるのは、ここまでです」

 

 語り終えたサシャの足元から、青白い蛍のような無数の燐光が立ち込めた。萌架が慌てて引き留める。

 

「あの、待って。あなたの言う、深淵の王の化身とは……もしかして」

 

「どうやら、お察しになられているようですね。……ならば、わたしも安心して帰ることができます。では、さようなら……また、お会いしましょう」

 

 サシャの全身が青白い光の粒子となって、中空に消えていった。

 

 不思議なことに、大広間内にいる他の人物は、サシャの存在に気がついていなかったらしい。椅子に腰を掛けていた一人の人物が、番号を呼ばれ、何事もなかったかのように、会計の方へと歩いていった。

 

「おじいちゃん……やっぱり、あの子が言っていたのは」

 

 重郎は片手を挙げて、萌架の口を制した。

 

「ヤシの実の話……覚えているかな」

 

「え?」

 

 萌架は一瞬戸惑ったが、すぐに返答する。

 

「そのお話、もう五十回くらいは聞いたよ」

 

「ふむ、そうかそうか。だが、大事な話だから、もう一度話そう」

 

 このやり取りも何度目だったろうか――萌架は過去の重郎との会話に思いを馳せた。

 

「南国のジャングルの中、二度と故郷の土を踏むことはないと思うた若い男。彼は故郷へ己の想いを伝える手段を模索し、遠い異国から故郷の岸へ流れ着く、ヤシの実の話を思い出した。そこで、己の想いを、生涯をたった一つの椰子の果実に込め、母なる海へと託したのだ……」

 

 萌架は重郎の話す光景を、脳裡に浮かべていた。幾度も繰り返されてきたことであったが、それは常に大きな意味をもって、心中に入り込んできた。

 

「故郷との膨大な距離を隔てる海は、生命を突き放す一方で、純粋な想いには応えてくれるものなのだ。……わしも海に抱かれ、あの椰子のように命を救われた。だからさ、わしは海に生き、海に殉じる道を選んだ」

 

 重郎は懐から、一枚のカードを取り出した。院内の蛍光灯を受け、白く反射する、蒼い翼を持つ龍の姿。そのカードには「海帝クラン・マラン」と記されていた。

 

「海なくしては、森林の恵みも成り立たず、森林なくしては、海の生命も枯れ果ててしまう。陸と海のそれぞれに生きる者は互いを助け、支え合って成り立っているのだよ。故に、両者は常に相方の想いに応える。……わしら、人と人の関係のように、の」

 

「おじいちゃん……」

 

 萌架は樹魔の創界石によって映し出された、豊穣の大地を夢見ていた。そして、そられ緑の向こうには、澄んだ蒼き大海が延々と広がっていく……。

 

 

 

 病室の中。狩野美都は窓辺に置かれている、オレンジ色の眩いプリザーブドフラワーを見つめていた。中央に明るい色彩のオレンジのバラの花が二つ添えられ、複数種類の鮮やかな緑色の葉がその周りを飾っており、優美なコンストラクションを描いていた。萌架が去り際に置いていってくれたのだ。

 

 このプリザーブドフラワーは萌架の手作りなのだという。美都は、花と緑の中に込められている萌架の想いを感じ取り、自分が深く元気づけられているのを実感していた。

 

 午後の陽ざしが室内に差し込み、バラの花がぼんやりと光って見えた。心なしか、暖かなぬくもりが身体の奥底まで浸透していくような気がした。

 

「いつも、見てくれて、応援してくれる人がいる……だから、わたしも頑張らないと、ね」

 

 美都の脳裡には、複数の人物――萌架や母親の美香の姿が浮かんでいき、最後に小夜の笑顔が焼き付いた。

 

 美都は傍らに置かれていた編みかけの黄色い毛糸球を手に取った。

 

 何か……わたしだけのものを創ってみたいな――そう思い、美都は想像の中に浮かんでいるものを形にしていった。




★来星の呟き

かな~り遅くなりましたが、久々の更新です。
最近、他所で準・定期的な連載などを始めておりまして、二次創作に関しては、当初予定していた速さで更新していくのが困難となりました。
それでも、クリスマス回などの書きたい話のプロットがあるので、時系列をある程度無視した番外編とするかもしれません。

深淵の王とか、思わせぶりな単語が出てきますが……漫画版のバトルスピリッツを知っている方なら、何のことを言っているのか、想像がつくと思います。
まあ、七龍帝を一年目の主題に持ってきているので、その関連ともなりますね。。


次回予告。
次回は6月に発表予定の作品だったため、季節外れな内容となります。
(というより、一年目の最終話までの構想が途切れ途切れながらできつつあるので、季節遅れを引きずりそうであります。。。

小夜と美都の母親が登場。
色々あって、両者はそれぞれ、魔犬ゼロ、堕天使ミカファールのデッキで対決します。
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