人は普通に生きることが一番幸せだ。
それは紛れもない事実であり、揺るがしようもない真実。
世の中には知らなくても良い事と知らなければいけないことがあって、人々は無意識に取捨選択している。
それは俺も同じだ。
窓の外を見ると、運動部が練習をしている。
変わらない日常。
同じことの繰り返しが人生だとすれば、そこから逸脱した人間はまともな人生を送ることも出来ないんだろうか?
....だとしたら、俺は嫌だなと。
何となくそう思っていると、隣の席の髪を掻き上げた男が話しかけてくる。
「というわけで、俺はその子に言ったわけよ。もし俺が猫なら百万回死んででも会いに行くってな。」
「....長々話しているが、なんでフラれたの四文字で済む様な話を延々俺は聞いているんだ?」
俺がそう言うと、彼はかぁっー!と変な声を出しながら指を振る。
「チッチッ、甘いな。俺はフラれてない。今はまだその時じゃないって、彼女が照れ屋だったんだよ。いずれまた会えるさ。」
「相手の女の子は会いたくないだろうけどな。」
コイツはなぜこうも根拠のない自信を持っているのか。
いや、そもそも自信がないとナンパなんか出来やしないか。
隣でそう言うなよと馴れ馴れしく肩を組んでくるガタイの良い男。
俺の友人、佐藤博之。
中学からの腐れ縁だ。
それにしても、俺はここにコイツの下らない話を聞きに来たのではない。
「そもそも今日はオカ研の活動はないのか?ないなら俺はもう帰りたいね。」
そう言うと彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「おいおい、せっかちすぎるぜ。大丈夫だネタはある。なんでも骨粉で麺を作っているラーメン屋があるという.....。」
「普通にテメェがラーメン食いにいきてぇだけだろ。誘うなら普通に誘え。あとそれ、普通に風評被害だからやめとけ。」
少し小腹が空いてきていたし、それに結局家に帰ってもボロアパートに一人。
それならラーメン屋くらい言われれば付き合ってやらないこともない。
すると、彼はへへっと笑う。
「さすが水尾。俺たちは以心伝心だな。まぁでもネタってのは本当にあるんだぜ?....最近、街が慌ただしいだろ?」
「....まぁ否定はしない。」
自分としてもどこか町全体が浮足立っているような感じがする。
不穏なニュースも多いし、些細な事ではあるが引っかかることがある。
「最近増えてきた行方不明。夜に響く金属音。ネタは腐るほどある。どれか一つでも解き明かして部員を増やしてぇもんだぜ。まっ、その為にもまずは腹ごしらえだ。極論教室に居ても俺たち何の意味もないからな!」
「まぁ部活としての体裁を整える為だもんな。ほぼ同好会みたいなもんだけど。....じゃあ、ラーメン屋行くか。」
俺が立ち上がって部室から出ると、彼も笑みを浮かべて立ち上がる。
「おう、ちょっと待ってろ。鍵を職員室に返しに行くから。」
「そうか、ありがとう。下駄箱で待ってるからな。」
俺がそう言うと彼は手を振る。
そんな彼から身体を背けると、廊下を歩いて階段を降りる。
学校に行って授業を受けて、オカ研で下らない話をしながらも友人と寄り道する。
それが俺の普段の日常、変り映えのしない繰り返し。
繰り返しから逸脱したくない。
そんな俺が非日常を探求するような部活に所属している。
友人の趣味に付き合っているのもあるが、もしかすれば俺は意識してないだけで未練があるのかもしれないな。
漠然とそう思った。
◇
「ただいま~。」
築50年の古くて汚いアパート。
そこの錆で真っ黒になっている階段を一歩一歩慎重に昇り、自分の部屋である204室の扉を開けた。
部屋は暗く、畳の縁の緑がぼんやりと見える。
そこで蛍光灯の電気を点けた。
1K8畳の部屋。
机の上にパソコンがあり、壁にはそこそこの大きさの本棚。
そしてシングルベッドがあるだけ。
自分で見ても殺風景で色の無い部屋だ。
これが俺が日頃生活している俺の城だ。
窓の外では夜の帳が降りている。
それもそのはず、今や7時だ。
夕食はラーメンを食ったからいらないが、風呂を沸かす必要があるな。
正直、面倒くさいが。
風呂を洗うと、栓をしてお湯を貯める。
貯めている間に、コンビニで買った軟骨などを摘まんでいる。
今日、勉強はやる気にならない。
面倒臭い。
ガリガリと軟骨を口の中で噛み砕きながらも、今日あったことを考える。
ラーメンは結局可もなく不可もなくと言った感じであり、餃子が旨かった。
全部まずいわけじゃないなら良いじゃないかと俺は思ったが、博之はラーメン屋の看板降ろして餃子屋やれやと怒り心頭だったのを覚えている。
それが普通の反応なのだろうか?
分からない。
風呂が溜まったことを知らせるアラームが鳴る。
それを聞くと、さっさと風呂場へ向かって風呂に入る。
淀んでいないが、進んでも居ない。
停滞した水。
澄んではいるが、それは作られた物。
清流と比べれば格段に劣る。
それに使って身を清めていると思うと、不思議な気分だ。
昨今、周辺で話題になっている失踪事件。
年齢層がバラバラで、雑多であることから複数犯の仕業とか、時勢に従って消えるようにどこかへ行ってしまう人が徐々に増えているだけだという声もある。
それだけじゃない、博之も言っていた金属音。
突風と共に激しく鉄と鉄がぶつかり合うような音。
....それは、俺も聞いたことがある音だった。
うるさくてうるさくて寝られやしない。
騒音被害が出ているにも関わらず、その正体が掴めないと住人の頭を悩ませていた。
そのような背景から町の空気はどこか落ち着きに欠けている。
自分としては早く何もかも決着が付いて欲しいと思うのだが、まぁそれは容易ではないこともわかった。
身体を清めると部屋を出る。
身体を適当に拭いて、部屋に入る。
そしてパジャマを着る。
すると、少し妙なことに気づく。
「...なんか空気が湿っぽい。」
部屋の湿気が流れて来たのだろうか?
いや、それにしては湿気が凄い。
ぺったりと肌に水分が張り付くような感覚。
暑苦しさすら感じる空気を入れ替える為に窓に近づくとパシャパシャと雨の降る音がする。
さっきまでは晴れだったのに、
オイオイオイ、どこか雨漏りでもしてんのか。
いくらボロ住居とはいえ、勘弁してくれよ....。
そう思い、ベッドに座り込んだ瞬間。
背筋に寒気が走った。
虫の知らせ。
ここに居てはいけないと思わせられるような怖気。
しかし、その直後。
バキャバキと破砕音が鳴り響くと共に、頭上から天井が落ちて砂ぼこりが周囲を立ち込める。
咄嗟に頭を抱えると、土砂降りの雨が部屋の中に振り込んだ。
なんだ.....、一体何が起きた!?
顔を上げれば瓦礫によって滅茶苦茶になった部屋の中。
上を見上げれば、天井にぽっかりと大きな穴が開いており、そこから曇天が見える。
絶望的な光景だ、理解が追いつかない。
そしてなによりも......。
白い髪を長く下ろした神秘的な雰囲気を纏う女性。
その女性はこちらを柔らかな目で見つめている。
そして彼女は手を広げると俺に対して笑顔で言葉を紡いだ。
「契約を果たす刻が来た....、分かるかな?君のお嫁さんだよ?」
見覚えはない。
だから発言の意図もよく分からない。
ただ、分かることは彼女を見ていると瞳孔が開く。
そして目が引き寄せられるような感覚に襲われた。