本来ならば五条が次の街に行くという迷宮無双編が一区切りしてから投稿したかったのですが、書けば書くほど話が長くなってしまう悪癖が発生してしまい、終いには予定になかった帝国の閑話にまで手を出すという愚行を犯してしまった為に、さっさとこのIFストーリーを書くこととなりました。
『現実は小説よりも奇なり』という有名な言葉が存在する。
そして、その言葉を強く意識したのはこの異世界に強制的に転移させられた時のことだ。
あの時はまだ心のどこかでラノベみたいな展開だな。と少しばかし楽観的な考えをしていた。
だが今回は違う。目の前に広がる地獄を見てこう口をこぼした。
「ああ……、やっぱり超次元サッカーってバトルでも大活躍するんだ……」
今から少しばかし時を巻き戻すとしよう。
「それでは、これよりオルクス大迷宮へと入る。迷宮に挑む前に言っておくが、これは訓練であると同時に実戦である。ふとした気の緩みで大怪我を負った者を俺は数多く知っている。諸君らが強いのはこの2週間で知ってはいるが、その慢心を突いて殺しにかかるのが迷宮だ。各自油断せず気を引き締めるように!」
「「「「はい!」」」」
「へ~い」
元気よく返事する彼ら(1人を除く)にやる気は充分だなと満足し、迷宮へと足を踏み入れる。
生徒達はあらかじめ決められたパーティに従って隊列を組んで奥へ進んでいくと、人生で初となる魔物と遭遇する。
「慌てるな! 普段の訓練を思い出して戦えば苦戦するような魔物じゃない」
メルド団長は初めての魔物との遭遇で動揺する生徒達を落ち着かせようと、声を出して今までの訓練を思い出せと言うと、生徒達も幾分か落ち着きを取り戻し、光輝が筆頭となって魔物と戦っていくことで自信がついてゆき、やがては勇者一行の雰囲気には楽勝の空気感が漂っていた。
特に、問題児とも言うべき五条は武器すら持っておらず、支給しようとしても荷物になるから邪魔だと言ってポケットに手を突っ込んだまま迷宮を散歩するかのように進んでいる。
「ここら辺に擬態している魔物がいるぞ! 警戒を怠るなよ!」
メルド団長の注意した通り、岩に擬態したロックマウントが正体を現し襲い掛かってきた。
それも、醜悪な見た目でルパンダイブなんてかますものだから、女子たちは皆悲鳴を上げて立ち竦んでしまう。
それを見た光輝が己の正義心が燃え上がらせ、最強の必殺技を放つ。
「万翔羽ばたき、天へと至れ──〝天翔閃〟!」
光輝の持つ聖剣から眩いばかりの聖光がロックマウントを引き裂くばかりか、迷宮の壁に亀裂を生じさせる勢いであった。
「ふぅ、みんな、もう大丈へぶぅ!?」
「この馬鹿者が! こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
考えなしの無鉄砲な行動に、メルド団長が拳骨を喰らわせて 叱りつける。
それを見ていた龍太郎がドンマイと慰めているなか、香織がさきの光輝の攻撃で崩れた岩盤の上の方に、キラキラと輝く鉱石を発見する。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。こんな浅い階層に珍しいな」
どれどれと香織の指差した方を見てメルド団長がアレが何なのか説明してくれた。
どうやら、グランツ鉱石とはその涼やかな色合いは貴族の令嬢や貴婦人に人気で、加工された装飾品は贈り物として大変喜ばれるのだとか。
その説明を聞いた香織はあれを南雲くんからプレゼントされたら♡なんて甘い妄想を考えて乙女な表情でグランツ鉱石を眺めていると、檜山が調子に乗って壁をよじ登っていく。
「だったら俺達で回収しようぜ!」
「おい、勝手な事はするな! すぐに戻れ!」
「チッ、うるせえな……ダイジョーブっすよ、俺こういうの得意なんで!」
「そういう問題じゃない! 安全確認もしてないんだぞ!」
メルド団長の忠告も無視してひょいひょいと壁を登っていく檜山はグランツ鉱石に手を伸ばす。
その直後に、下の方で罠を見破るマジックアイテムでグランツ鉱石を確認していた騎士団員の焦った声が響く。
「団長! あれはトラップです!」
その叫び声と同時に、鉱石に触れた檜山を中心に転移の魔法陣が展開された。
「ようやくイベントの開始かな♪」
ずっと退屈そうにしていた五条が転移する直前に嬉しそうに呟いていたのをその場にいた全員が耳にした。
そして、転移した場所は本来の世界線ならば幾度も訪れたあのベヒモスがいる空間だった。
転移直後は見知らぬ場所に飛ばされたことで混乱する生徒達だったが、メルド団長がいち早く上層への階段を発見し、撤退の指示を出すが時遅しとばかしに魔物が出現する。
「まさか……ベヒモス……なのか……」
橋の上に出現した魔物の姿を見たメルド団長が絶望したかのような声色でその名を口にする。
更に絶望はとどまることを知らず、上層へ続く階段の前に大量の骸骨の魔物が出現した。
「こっちはトラウムソルジャーか!? くっ……!? 俺たちがベヒモスを抑える。お前たちはトラウムソルジャーをどうにかするんだ!!」
意を決したかのように剣を持つ手に力を籠めて部下たちと共に、生徒達がトラウムソルジャーを殲滅するまでの時間稼ぎを決行する。
だが、そのメルド団長の意図を汲み取れずベヒモスに挑みかからんとする光輝が横に並び立つ。
「俺も一緒に戦います。あのデカブツが一番ヤバい奴なんですよね。なら、勇者である俺が戦わないと!!!」
逃げるとい選択肢は
このままではここで魔人族と戦う前に全滅の恐れがある。そうなってしまえば人類に未来はない。
ならば、今ここで光輝と論争を繰り広げる時間は無い。ならば、せめて勇者の変わりとなるであろう
それはすぐ見つかった。大量のトラウムソルジャーの死骸と共に……。
「おいおい、折角のイベントだってのに、今までに出くわした魔物と強さとか全然変わんないじゃん。これじゃスライムがドラキーに変わったようなもんじゃん」
つまらなさそうにトラウムソルジャーの頭部を足でサッカーボールみたくリフティングする五条は、
それを見た生徒達が、続々とこの場から助かろうと五条の後ろに隠れていった。
「どうやら、あっちは俺が心配する必要は無さそうだな。問題はこっちか……」
「グルァァァァァアアアアア!!」
凄まじい咆哮と共に、ベヒモスがその巨体を活かしてこちらへと突撃してくる。
あんなものにぶつかれば人間なんぞ容易く轢き殺されてしまうだろう。
そうならぬように、ベヒモスの前に魔法で多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず──〝聖絶〟!!」」」
全力で張られた多重障壁にベヒモスが衝突すると、その瞬間凄まじい衝撃が起こった。
これには流石の障壁も破られるのではないかと危惧したが、その通りにはならず変わりにベヒモスの足元の地面が陥没した。
とはいえ、先ほどの衝突で障壁に僅かではあるが亀裂が生じた。このまま何回もベヒモスが衝突を繰り返せば、近いうちに障壁は木っ端微塵に砕けることは容易に想像できる。
幸いなことに、後ろのトラウムソルジャーの大半は五条によって殲滅されており、生徒達の撤退は容易に行えるだろう。
だが、やはり問題はベヒモスだ。この怪物を倒すことは恐らく不可能だろう。
理想はこのまま障壁を張ったまま押し出される形で階段まで後退するのがベストなのだが、それを可能にするのは素質や才能ではなく、戦場を歩み続けた実戦経験だ。
それが足りていない光輝はこの場にいても邪魔なだけなのだが、それでも光輝は自分ならベヒモスを倒せると少々自らの力を過信してしまっている。
いや、過信だけではないだろう。恐らくはあの男──―五条への対抗心からもきているのだろう。
そうこうしているうちに、障壁のヒビは深くなっていった。
これ以上は本当にマズい! 何としてでも光輝をこの場から離脱させねばと覚悟した時、後ろから走ってきた雫が光輝の説得を試みた。
「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
だが、そんな雫の努力を水に流すかのように光輝の親友である龍太郎が割り込んできた。
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
どんどん悪くなる状況に舌打ちを打つ雫に、不安そうな声を上げる香織。
その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。
「皆大丈夫!?」
「なっ、南雲!?」
「南雲くん!?」
非戦闘員であるハジメがやってきたことに驚愕する一同に、走って息が少しあがっている以外は平常そうなハジメが全員の安否を確認する。
「いつまでもこんな所にいたら危険だよ! 早く階段の方まで避難しないと!」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない!」
「なんでって、五条君に頼まれて来たんだけど……」
「はぁ?」
光輝から言外に戦力外通告されたハジメは困ったよな顔をして五条に頼まれてやって来たと告げる。
そう言われて五条がいるであろう後方を見ると奴はトラウムソルジャーで……サッカーしていた?
「ファイヤートルネード!!!」
何故か五条は日本一サッカーじゃないことで有名なサッカーの代表級の必殺技をトラウムソルジャーの頭部を使って再現していた。
その威力は本物で、ボールであるトラウムソルジャーの頭部は蹴られた瞬間に炎に包まれ、階段前に立ち塞がるトラウムソルジャーの群れを爆散させる。
「うっしっ! 一点ゲット♪」
何がどうなって一点なのかは不明だが、結果として出現したトラウムソルジャーは全滅し階段までの邪魔者はいなくなった。
その光景にあっけにとらわれた生徒達はポカーンとした表情で固まっているが、生徒の誰かが「ああ……、やっぱり超次元サッカーってバトルでも大活躍するんだ……」という言葉に納得した数秒後にハッ! と我に返った者が階段へ殺到したのを皮切りに、五条の後ろに隠れていた生徒達が我先にと階段まで退避した。
「うわぁ~、本当に五条君はデタラメだな。今の完全にウケ狙いの技だったろうね」
「いや、えっ、──―やっちゃダメだろ今のは!?」
あまりにもなことをした五条に対してハジメは達観したように口にするが、光輝は何とか文句をつけようとして少しズレた指摘をしてしまう。
そんな五条のバカな行動に一挙一動していると、メルド団長が悲鳴のような声を上げる。
「下がれぇ──!」
その声に反応すると同時に、遂に障壁がベヒモスの攻撃によって砕け散った。
暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……
舞い上がる砂埃の中からズシン! と足音をたてながらこちらへ近づいてくる様相はラスボスのような風格を漂わせていた。
そんな状況下で、先ほどの障壁が破られた際に襲った衝撃波でメルド団長達は倒れて身動きが取れず、動けるのは辛うじてハジメの錬成によって出来上がった石壁の後ろにいた光輝達だけだった。
「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」
光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。
「やるしかねぇだろ!」
「……なんとかしてみるわ!」
二人がベヒモスに突貫する。
「香織はメルドさん達の治癒を!」
「うん!」
光輝の指示で香織が走り出す。ハジメは既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。
光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。
「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! ──〝神威〟!」
詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。
先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。
龍太郎と雫は、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。
放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。
「これなら……はぁはぁ」
「はぁはぁ、流石にやったよな?」
「だといいけど……」
龍太郎と雫が光輝の傍に戻ってくる。光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。
先ほどの攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。
そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。
その先には……
無傷のベヒモスがいた。
「そ……そんな……」
自身の持ちうる最大最強の技をぶつけたというのに、まるで傷ついていないベヒモスに光輝の自尊心が大きく傷つけられ放心する。
そんな絶好の隙をベヒモスが見逃すはずもなく、先ほどの仕返しにとばかりに頭の角がキィ──ーという甲高い音を立てながら赤熱化させ、棒立ちになっている光輝に突進する。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「光輝ぃぃぃぃ!!!!」
「キャアアアアアア!!!」
殺されそうになる光輝に手を伸ばして叫ぶ雫に、その後ろで見ていられずに目を塞いで叫び声を上げる香織。
誰もが勇者の死を想像してしまった。
ただ1人を除いて──―
「おいおい、こんな雑魚戦で勇者が速攻死ぬなんてクソゲーだぜ♪」
「グラァ!?」
「ご……五条……!?」
光輝とベヒモスの間に壁となって立つ五条に、光輝とベヒモスどちらも有り得ないとばかしに声を上げる。
それは他の者たちも同じで、先程までトラウムソルジャーの死骸から適当に魔石を回収していたはずの五条が、一瞬の間に光輝の目の前まで移動したことに驚きを隠せずにいた。
「ま、待て五条! 早くここから逃げるんだ! そいつは強い、俺の攻撃をものともしない化け物なんだ!!」
光輝にしてみれば勇者である自分の攻撃が一切通用しない化け物に同じクラスメイト、それも訓練などロクに参加しなかった五条が勝てる筈がないという善意からくる言葉であったが、最強を自負する五条からすればその言葉は侮辱に捉えられる。
「カッチーン! そんなことを言われて、はいそうですかって逃げ出す五条さんじゃないぜ。……まあ、俺の実力をまだ全然理解していないようだし、ここいらでちょこっとだけこの
オイッチニサンシ♪ と目の前にベヒモスがいるというのに、吞気にストレッチを始める五条に光輝が立ち上がってその腕を掴もうとすると、後ろから肩を誰かに掴まれて止められる。
「待て光輝」
「メルドさん!? でも、早くしないと五条が!!」
「いいからひとまず落ち着くんだ。確かに五条の行動は無謀に思えるが、俺には奴に勝算があるように感じる。実際に、さっきのベヒモスの攻撃もあいつが間に入って止めた。ひょっとすると、奴は俺たちが思っている以上に強いやもしれん!」
そう真剣な目で力説するメルド団長に、光輝は渋々の納得と自身も認識できていない嫉妬心が腹の底で湧かせながら、ベヒモスと五条の戦闘に巻き込まれないように階段まで退避する。
「さ~て、邪魔者は遠くへ行ったし、そろそろ動いていいよ」
「グルァァァァァ……」
ベヒモスは
だからベヒモスは無防備に見える五条に対して攻撃をすることもなかった。
そんなベヒモスの心境など知ったこっちゃないとばかしに、攻めてこないベヒモスに待つだけ無駄かと判断した五条が動き出す。
「折角先手は譲ってやろうと思ったんだけど、かかってこないならコッチから行くしかないでしょ♪」
ニコニコと歩きながらベヒモスとの距離を縮めていく五条に、無意識に一歩足を下がらせるベヒモス。
その光景を見ていた者たちはハラハラしながらも、五条を恐れているように見えるベヒモスに困惑しながら、もしや五条は本当にトンデモなく強いのではという考えが浮かんできた。
「やれやれ、この俺がバトルを面白くする為に術式を解除した状態で近寄ってんだぜ? それでビビッて襲ってこないならもうお前に興味はないよ」
「グラァッ!!?」
やれやれと言わんばかりにため息をついた次の瞬間には五条の姿が消え、それと同時にベヒモスが苦悶の声と共に真上に吹っ飛んだ。
何が起きたのかというと、「蒼」の術式による超スピードで動いた五条がベヒモスの腹元まで移動し、呪力で強化した身体能力で真上へと蹴り上げたのだ。
その証拠として、先程までベヒモスが立っていた場所に、真上に片足を上げた五条がI字バランスの態勢で佇んでいた。
「図体がデカイ割には軽い軽い♪ さて、いったいどういった技でトドメを刺そうかな?」
足を戻してその場から数歩後ろに下がると、さっきまで五条が立っていた場所に当然のことながら上空に蹴り飛ばされたベヒモスが重力に従って落下してきた。
そんなベヒモスをどんな技でトドメを刺すか悩んでいると、ベヒモスもこのままでは何もできずに死ぬと理解し、自身の持つ一番殺傷能力の高い技である赤熱化した兜を掲げ、跳躍からの頭突きを五条へとぶつける。
「キャアアアアアア!!!」
「何をしている!? 早く避けるんだ!!?」
そんな大振りな技に対して避ける素振りも見せない五条に、それを見ていたクラスメイトやメルド団長たちが一斉に悲鳴や叫び声を上げる。
だが、心配することなかれ。五条悟と書いて最強なのは常識のこと、本人は極めて冷静にこちらへ飛んでくるベヒモスを見つめながら片手を前に出してデコピンの構えを取る。
「呪力による強化に加えて魔力による身体能力向上を追加。魅せてやるよ、
「グガァァァ!!!!」
ドッゴオオォォォォォンン!!!!
その日、その場にいた者達は知った。五条悟のデタラメな強さと、ただのデコピンで怪物も吹っ飛ぶ衝撃波が生み出せるということを……。
勇者最大の一撃ですら無傷であった伝説の魔物ベヒモスは2転3転と空を踊り、その額から大量の出血と共に泡を吹いて橋の上にダウンした。
「う……ウオオオオオオォォォォ!!!!」
「す、スゲェ!? なんだよ今のは……」
「助かったんだ俺たち……」
「まさか、噓だ。五条がこんな……これだけ強けりゃ戦争だって……」
「こりゃ、上に何て報告すりゃいいんだか?」
五条の圧倒的実力に興奮する者、呆然とする者、助かった事実に喜ぶ者、プライドをへし折られた者、上への報告内容に頭を悩ます者と皆が十人十色の反応で返す。
「っち! 遊びに夢中でやっちまったな……」
不満そうに口にする五条の手の中には、先ほど吹き飛んで地面に叩き付けられたベヒモスのせいで飛んできた破片がぶつかって一部破損してしまったサングラスが握られていた。
「仕方ない。お~い、ハジメ! ちょっと来てくれない?」
「え? 僕が!?」
突然五条に名指しで呼ばれたハジメは困惑しながらも、とりあえず言われた通りに五条の元へと走り寄る。
すると、唐突に無言で手渡されたのは一部が破損したいつも五条が身に着けていたサングラスだった。
「へ?」
「いや~、ちょいさっきの雑魚との戯れの最中に珍しくポカやっちゃってさ、普段ならアマゾンでワンクリックなんだけど、ここ異世界じゃん。つ~わけで、錬成師のハジメならその壊れたサングラスを直せるだろ? 頼むよ~♪」
「いや別にいいけど……」
どんなトンデモを言い渡されるかと内心ビクビクしていたが、その内容がお気に入りのサングラスの修復なのだから、ホッとしたようなガクッと落胆したような何とも言えない気分だったが、僕を頼りに任せてくれたのだから自分に出来る精一杯を尽くさねばならないだろう。
慎重に壊れたサングラスへ錬成を使用する。
「──〝錬成〟!」
破損していたサングラスは無傷の状態でハジメの手の中には収まっていた。
それを見ていた五条も、その結果に満足そうに頷きながらハジメに礼を言ってサングラスを受け取る。
「いや~、これが壊れた時にはちょっと焦ったけど、ハジメがいてくれて助かったよ♪」
そう笑いながらハジメの頭に手を伸ばして撫でまわす。
「ふぇ!? ちょっと、五条君!」
突然撫でられたことに驚くハジメだったが、別段悪い気はしないのでそこまで強く怒ることもなくされるがままになる。
何か後ろの方から女性の『キマシタワー』という腐った声が耳に入ったが気のせいだろう。
もう用事も済んだし帰ろうと階段へ向かおうとすると、後ろから何かが立ち上がる音が聞こえてきた。
「グルッ──―オオオォォォ!!!」
「ヒュウ~♪ タフだね。死体の剝ぎ取りの為に原型を留めておこうと手加減したけど、まさか死なずに生き残るとはね。やっぱ俺って手加減が苦手だわ……」
なんと弱りきってフラフラな状態ながらも、五条からトドメの一撃を喰らったのに立ち上がったベヒモスに称賛の声を上げ、自らの苦手分野を再確認する。
「いや、言ってる場合!? なんかあの魔物メッチャ暴れているよ!」
「ブロロォォォォ!!!」
死ぬ前の悪あがきか、ベヒモスは闇雲に暴れまわりながら橋の上を破壊していった回る。
「いや、あれは悪あがきというよりかは痛みと大量の出血による一種の錯乱状態に陥っているだけだな」
「落ち着いて言ってる場合!? さっきからあいつが暴れ回ってるせいでもう橋が限界だよ!!!」
ハジメの言う通り、ベヒモスが橋の上で闇雲に暴れ回るせいで元々五条がベヒモスを吹き飛ばしていたせいでボロボロになっていた橋が崩れ落ちかけていた。
それを見ていたメルド団長の判断は早く、このままではベヒモスごと五条と南雲が奈落へ落ちると判断したために部下に魔法による遠距離攻撃でベヒモスの動きを止めろと指示する。
それは雫も同じで、急いで魔法が使えるクラスメイトにメルド団長たちと一緒に五条と南雲の撤退の支援を命じる。
そうして、地水火風の様々な魔法が流星の如く暴れ回るベヒモスに殺到する。それは対して効いてはいないが、煩わしい虫を振り払うように暴れ回るのを一旦止めて身をくねらせる。
この隙にと南雲が階段まで走り出す。それに続いて五条も南雲の後ろについて走る。
別にハジメを抱えて「蒼」の術式を用いた超高速移動でこの場から脱出してもいいが、目的地である階段の前にはメルド団長やクラスメイトたちが立っている。使用すればぶつかって木っ端微塵で間違いなく即死だろう。
それに、ベヒモスの動きも魔法攻撃のお陰でマシになった。このままいけば問題なく撤退できるだろう。
「あ?」
ベヒモスに向かっていった魔法の1つがクイッと軌道を僅かに曲げてこっちに流れてきた。
それには覚悟もなく低俗な感情が入り混じったお粗末な殺意が籠められていた。
勿論、五条にとってはこの程度の火球など無下限術式で防がずとも一切傷を負うことは無いため、火球の対処ではなく犯人の特定に意識を向ける。
果たして、それはすぐに見つかった。六眼など使用せずともこちらをほの暗い笑みを浮かべながら見つめる檜山を捉えた。
だが、ここで1つ五条は思い違いをしていた。普段、五条は誰かを無意識に守る──―というよりも、自身が戦闘する際に足手まといを連れて行かない。
だからこそ、殺意の籠った火球の標的は己だと無意識ながらに思い込んでいた。
もし後1秒早く火球が軌道を変更していたならば五条も檜山の標的が誰なのか気づいて行動出来ていただろう。
だけどそれは既に後の祭りとなった。
「なんで?」
五条が自身の思考で檜山の目的にたどり着く前にハジメにへと火球がぶつかったことによって1秒にも満たないが、その思考に不可解という名の空白が生まれてしまった。
その為に、火球の着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶハジメをキャッチすることが遅れてしまい、崩れ落ちている橋の上にハジメを吹き飛ばされるという失態を演じてしまった。
「キャアアアアアア!!!」
「グウァアアア!?」
(ああ、僕死ぬんだ……)
クラスメイトの悲鳴と奈落へと落ちていくベヒモスの断末魔を聞きながらハジメは自身の死を直感した。
「…………ふざけんなよ」
既に崩れ落ち奈落の底へと落ちていった橋が存在した場所を見ながら、五条は誰もが底冷えするような静かな怒りを含んだ声を漏らす。
しかし、そんな声を搔き消すような甲高い悲鳴のような声を上げながら香織が飛び出してきた。
「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
そんな騒動がすぐ隣で起きているというのに五条は一切動く気配をみせず、静かに奈落の底を見つめ続ける。
その間に奈落の底へと向かおうとする香織を止めようとメルド団長がその首筋に手刀を落として意識を落とさせる。
ぐったりと力を失った香織を抱きかかえたメルド団長は光輝に睨まれ雫に礼を言われながら茫然自失と立ち尽くす五条に声を掛ける。
「……五条、級友を目の前で失って失意の念に襲われるのは俺も痛いほど分かる。だが、あいつの犠牲を無駄にせぬ為にここは一刻も早く地上へと戻るんだ!!」
最後には語尾を荒げながら奈落を見つめながら立ち尽くす五条に叱責する。
すぐに動くのは難しいと思っていたメルド団長だったが、五条はその次の瞬間に奈落まで一直線に走り出した。
「っな!? 待て五条、はやまるなぁぁぁ!!!」
メルド団長の静止の声も届かず、五条はそのままハジメが落ちていった奈落の闇へとその身を投げ出した。
♦
(この俺が近くにいながらまんまと出し抜かれた? それもあんなカス野郎なんかに……)
奈落の底へと落ちながら自身の失態とその原因であるカス野郎への増悪を募らせる。
五条にとって最強とはただ強いだけではなく、あらゆる状況下であろうと絶対にして圧倒的な勝利を勝ち取る者を指す言葉である。
それが今はどうだ? あの場にいた誰もが手も足も出せなかったベヒモスを相手に圧倒した。その後の手加減のミスはまだいいだろう。
完全な完璧は五条もそこまで求めていない。ほんの少しの想定外は人生を楽しむスパイスだと自身も豪語しているからだ。
だが、先程の失敗はなんだ? 目の前にいながらみすみすと
非常に許し難い事実だ。あれが強敵が策を用いて実行した作戦ならば五条は即座に意識を切り替えて戦闘へと移っただろう。
だが認めがたい事に、あの一連の出来事は檜山のお粗末すぎる覚悟も決意もない悪意と殺意が籠められただけの攻撃だった。
今も五条が怒りの感情に支配されて無茶苦茶に暴れ回らないことが奇跡と言い換えても問題はないだろう。
こうして五条が檜山を殺すよりも先にハジメを救出に動いたのは怒りよりも最強というプライドが勝った為だ。
あそこで檜山を殺している間にハジメが墜落死してしまえばこの世界で転生した
それに、今あそこで殺さなくてもこの迷宮から出た後にそんなチャンスはいくらでもある。
「見つけた」
遥か下の位置ではあるが、奈落へと落ちているハジメの姿を視認することが出来た。
そのまま五条は「蒼」の術式を使った高速移動でハジメの傍に近づき空中でキャッチする。
「息は……よしあるな」
保護する対象であるハジメが息をしていることにほんの少しばかしだが溜飲が下がる。
そうしていると足元に地面が見えてきた。普通ならばこのまま着地すれば潰れて死ぬようなものだが、五条は自身の術式で落下速度を弱めて難なく着地に成功した。
「さて、本当ならちょっくら探索しているところだが、俺に恥をかかせて五体満足にいられるのはムカつくな」
保護すべき対象を確保した五条は、怒りの矛先である檜山を殺す為にハジメを背に背負い奈落から姿を消した。
♦
ベヒモスという最悪の魔物との遭遇によって南雲と五条を失ったクラスメイト達は意気消沈しながら上へと続く階段を昇り20階層へと戻ってきた。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
無事に元いた階層へ戻って安堵するクラスメイト達だったが、メルド団長の 責によりすぐさま地上への脱出の為に足を動かす。
20階層の魔物は転生者たちにとっては大した敵ではなく、メルド団長を筆頭に騎士団員たちが率先して討伐し、ついに一階の正面門まで辿り着き地上へと帰還することが出来た。
あの地獄から抜け出せた事実に完全に安堵して、正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒や、生き残ったことを喜び合う生徒がいる。
だが、先の戦いで死んでしまった南雲と五条──―特に五条が死んでしまったという事実は重く、一部の生徒は暗い顔をしながら立っていた。
「全く、ようやく出てきたのかよウスノロ共!」
聞き覚えのある声が広場に木霊した。だがそんなことはあり得る筈がなく、その声の持ち主は南雲を追って奈落へと消えて行ってしまった筈だ。
そんな考えを完全否定するように、声の先には奈落へと落ちていった南雲を背負った五条が立っていた。
「五条! お前生きていたのか、それに坊主も一緒にいるってことは身投げしたんじゃなくて救助に向かったのか!?」
初めに反応したはメルド団長で、その後にクラスメイト達も更に明るい顔になって次々と五条に向かって走り寄ろうとした。
「──―邪魔だ!!」
今で陽気で明るい印象の五条とはほど遠い怒りの声が五条の口から飛び出してきた。
それに怖気づいたクラスメイト達はその場で足を止めて立ち尽くした。
カツカツと足音を立てて不機嫌な表情を浮かべた五条は檜山の目の前に立ちはだかった。
「──―っ!!」
鬼のような形相を浮かべている五条に、心当たりがある檜山が大量の冷や汗を垂れ流しながら足をガクガクと震わせながら目尻に涙を浮かべて言い訳を述べようとすると──―
「──―がっはっっっ!!?」
有無を言わさぬ五条の腹パンが檜山に突き刺さった。
簡単に殺さぬように手加減に手加減を重ねた一撃だったが、それは吐しゃ物を吐き散らかして悶絶するには充分な威力だった。
「おら、誰が膝をついていいって言った?」
「ぐぇっ──―、お、俺が悪かった許してくれ!!」
「ま、待て五条! 何してるんだお前!!」
突然の檜山への暴行に光輝が止めに入るが、五条はそんなことをまるで意に返さずに檜山の首を握りしめて持ち上げる。
どんどんと檜山の顔色が赤から青へと変化していき、このままでは窒息死するのは確実であった。
当然のことながら、勇者である光輝は五条の腕を掴んで引き離そうとするが、まるで彫刻のように一切微動だにしない。
そうしている間に檜山の口から涎が垂れ流され泡を吹きだしてきた。
「もうよせ五条! そのままいけば本当に死んでしまうぞ! もう気は晴れただろう。結果として全員が生きているお前が手を汚す必要などない!!」
メルド団長は五条の突然の暴行の意味に感づいており、下手に止めるよりも少しだけでも鬱憤を晴らさせた方がいいと判断してしばらく様子見をしていたが、檜山の首を絞める手を緩める様子が一切なく、このまま本当に殺しかねないと判断して止めに入った。
「気が晴れた? 全員が生きている? っぷは♪ もし勘違いしてるんなら今のうちに訂正しといてやるよ。俺が今こうしてキレてんのはハジメが殺されそうになったからじゃない。俺の中のプライドに傷をつけられたからだ。まさか俺が目の前で何もできずに見送っちゃうだけになるなんて予想外も予想外だよ♪」
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように楽しそうに語る五条に今の状況との違和感を感じながらも、このまま話させて満足してもらえればといった考えがメルド団長の頭に浮かんだが、
「だからこそ、俺のプライドに不出来な傷をつけたコイツを殺すんだよ!! 」
「「っかひゅ!?」」
ベヒモスとの戦いで感じた恐怖など一瞬で塗り替えられるような最強からの
それは少し離れた位置で事態を見守っていた生徒達も同様で、五条の後ろの背景に死の象徴であるドクロを幻視しながら地面に倒れ込んだ。
当たり前だが、そんな殺気を首を絞めつけられた状態で浴びた檜山は意識を失って白目を剝いた。
「おっといけないいけない。こんなに呆気なく死なれちゃうと俺の怒りが全然収まんないからね。ちゃ~んと苦しんで苦悶で悲鳴を叫びながら死んでもらわなくっちゃ」
檜山を絞めつけていた手を放して地面に落とすと、仰向けになった腹に足を踏みつける。
「がふっ──―!!?」
「お~い! 起きましたか?」
「ひっひぃ~!! 許してください。許してください」
最早言い訳を並べることもせず、アルマジロのように丸まってひたすらに謝罪の言葉を積み重ねる。
「おいおい! 謝罪ってのはさ、相手の目を見て言うもんだろうがよっ!!」
「ぐぼぉ!」
空いている隙のある横っ腹に爪先から蹴りを入れられて苦悶の声を上げて転げまわる。
「おら、もう謝罪の言葉は終わりか?」
「──―っ!! もうやめろ五条!! これ以上檜山に手を出すって言うなら俺が相手になるぞ!!」
あまりにも悲惨すぎる檜山への仕打ちに耐えかねた光輝が五条に向かって口を開く。
「ふ~ん、結構カッコイイこと言ってるけど、そんな震えた足で威勢を張られても怖くはないよ光輝♪」
「っぐ! それでも……俺は……勇者なんだ!」
「へぇ~、──―!!!」
「──―っひぃ」
自分を鼓舞して勇気の一歩を踏み出すと、五条から殺気の塊を投げ飛ばされる。
全身の毛が逆立ち、背骨に直接氷柱を突き刺されたかのような感覚に恐怖の声を情けなく上げて尻餅をついた。
「それでいい、実力差を考慮しない無謀な挑戦は勇気とはいわず蛮勇っていうのは常識だぜ」
出来の悪い教え子に物事を教え込む教師のように優しく説明しながらも、その足で涙を流してうずくまっている檜山の頭を潰さんばかりに踏みつける五条に、光輝は理解できない怪物を見るような目で固まってしまう。
「さて、そこそこ檜山のいい声も聞こえたし、派手にぶっ殺すか♪」
笑顔の裏には恐ろしいまでの殺意が籠められており、迷宮で檜山が南雲へ向けたお粗末もお粗末な笑っちまうくらいの殺意じゃない本物を真っ正面から受けて、檜山の顔は何十年も生きた老人のように枯れていき、髪から色素が毛髪と共に抜け落ちてみるみるうちに白髪に染まっていった。
「楽に……殺してくれ……」
その目からは生きることを諦めた亡者の虚ろさが見えた。
「OK! こっちも拷問とかはそこまで好きじゃないし、痛みを感じる暇もなく殺してやるよ」
サングラスの奥から養豚場の家畜を見るようなどこまで冷ややかな目が檜山を見つめており、そっと檜山の頭を掴み取ろうとしたその時──―
「ちょっと待って五条君!」
誰もが口を開けずにいたこの局面で、命知らずと言えるような行動に出たのは気絶状態だった南雲であった。
実は南雲が目を覚ましたのは実はそこそこ前で、五条から発せられた殺意に反応して意識を取り戻したのだ。
それから断片的にだが気絶する前の記憶を思い出し、今の現状を照らし合わせて火球をぶつけた檜山に対して五条が死の制裁を与えようとしていると推理し、五条を止めようと起きあがって声を掛けたのだ。
「およ、起きたんだハジメ。一応言っとくけど邪魔すんなよ。お前もコイツに「殺されかけた。そうでしょ?」……正解。どうやら、状況は把握してるみたいだね」
「断片的だけど大体はね……」
「なら口を出すなよ。目には目を歯には歯を──―ハムラビ経典にも書いてある通り、コイツには死ぬべき理由がある」
「──―それでも、僕は君を止めるよ!」
「ふ~ん、──―!!!」
ハジメとの問い問答を面倒に感じた五条は光輝にしたように殺気の塊をぶつける。
本来ならそれで黙らして終わる筈だった……。
「──―っ、僕は……檜山君を殺すのを認めない!」
「……ほぉ! 驚いたね。まさかハジメが耐えるなんて。でもさ、光輝にも言ったように実力差を考慮しない無謀な挑戦は勇気とはいわず蛮勇って言うんだぜ」
「そうだろうね。確かに僕と五条君とじゃ天地がひっくり返っても勝負にすらならない。けど、今のこの状況下でなら君に勝てる切り札が僕には1つある!」
「……へぇ、ハジメが! この俺に!! どんな手段で勝つっていうんだい!?」
面白そうに、バカにするように、大袈裟なリアクションで近づきながらハジメに問う。
最強の魔物であるベヒモスですら相手にならず、こと戦闘で戦うならば勝機は一切存在しないだろう。
だが、戦いの世界は暴力だけではない。
「僕は君に1つ貸しがある!」
そう! それは交渉戦である。ハジメが戦おうとしたのは武力ではなく話術による交渉力であった。
「俺がハジメに貸し……? ああっ、そういえばサングラスを直して貰ったっけ」
「そうだよ。あの時は君のお願いを僕が叶えた。ならその報酬を今ここで檜山君との命と交換してもらいたい!」
その身を震わせながら五条に真っ正面からぶつかっていくハジメに五条は面白いと心の中で笑うが、それだけではまだ足りない。
「なるほどなるほど、確かにハジメの言う通りだ。けどさ、ハジメは気を失ってたから知らないだろうけど、奈落へ落ちていったハジメを救ったのは俺だぜ! サングラスの修繕とお前の命、本来なら釣り合いの取れていないというのに俺はお前の為を思って黙ってたんだぜ。そこからさらに報酬の上乗せは──―虫が良すぎるだろ」
「──―っ!?」
再び呼吸も出来ない程の強烈な殺気に倒れ込みそうになるハジメは、強く唇を噛んで血を流して耐える。
「そ……れは……、五条君があの場所に呼んだのが原因だったんだ。目には目を歯には歯を──―五条君が言った台詞を今ここで使わしてもらう! 君の失敗は君が尻拭いするべきだ!!!」
「ハジメ……」
ハジメはとうに限界を迎えており、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚しながらも五条に指差して自らの主張を伝える。
そんなハジメの姿に檜山も涙を流して今までしたことの後悔と庇ってもらった感謝の気持ちでハジメの名前を口にする。
(ああ……、もうダメだ。死ぬ! でも、僕は言ったんだ自分の思いを! 悔いは──―ない!!!)
歯を食いしばってガタガタと震えながらも、自らの勇気と行動に後悔はしていないハジメを見て五条はふっと笑って檜山の頭を掴もうとした手を仕舞い込み、その場から立ち去っていく。
「今回はお前の勝ちだよハジメ。大人な五条さんは大人しく悪役としてこの場はクールに去るぜ」
そう言うと五条はあっという間に姿を消していなくなってしまった。
「助かった……?」
五条が消えて緊張の糸が解けたハジメは、はぁ~という大きなため息と共にその場にへたり込んで倒れ込む。
そんなハジメにクラスメイト達が起き上がって近寄ってきた。
「スゲェよ南雲!」
「俺お前のこと見直したぜ!」
「今までお前に冷たくして悪かったよ! これから仲良くしようぜ」
次々と話しかけてくるクラスメイト達にてんやわんやしていると、みんなを押しのけてメルド団長がやって来た。
「坊主……いや、ハジメ。俺はお前に謝らなければならない。本来ならば大人である筈の俺たちが五条を止めなければならなかった。だというのに、俺たちは怯えて動くことはおろか口出しすることすらできなかった。すまない! この通りだ許してくれ!!!」
「い、いいですよそんなの! あれは僕が勝手に行動しただけで、それも五条君に勝てる勝算があったから動けただけで、もしそれがなかったら僕もメルド団長みたいに動けなかったですよきっと……‼」
深々とハジメに対して深い謝罪の言葉を投げかけるメルド団長に、ハジメは抜けた腰を入れ直して起き上がり、謝罪するメルド団長に謙遜の言葉を吐く。
「ハジメ……俺……俺……」
すっかり容姿が老人のようになってしまった檜山が泣きながら必死に言葉を紡ごうとするが、嗚咽が混じって非常に聞き取りにくい。
けれど、その様子と言葉の節々からこれまでの謝罪と命を助けて貰った感謝を口にしているのは分かる。
「別に……、ただあのまま檜山君が死んだら僕も目覚めが悪かったから助けただけで……。そうやって謝ってくれるなら、……これからよろしくね」
「うん……!! うん……!!!」
涙をボロボロと零しながらハジメの握手に両手で答える檜山に、周りで見ていたクラスメイト達がもらい泣きをしていた。
1人立ち上がることもせず、拗ねた子供のように体育座りで足に顔を埋める光輝に雫が近寄って声を掛ける。
「あっちに混ざらないの?」
「混ざれるわけがないよ。俺は勇者なんだ……、本当なら俺が助ける筈だったのに、俺は……怖くて何もできなかった」
足に顔を埋めたまま弱音を吐く光輝の前に立った雫が黙って聞いてあげる。
「南雲は……不真面目で協調性もやる気もない、ただのオタクだったはずだ……」
「そうね。そして、誰かのために動ける優しい人」
元の世界の南雲は自分よりも劣っている劣等生という印象だった光輝に、雫が肯定と一緒に光輝が知らないハジメの一面を口にする。
「ねぇ知ってる? 香織がなんであんなに南雲君にあんなに頻繁に話しかけているか?」
「それは……、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことじゃないのか?」
「ええ全然違うわ。南雲君と香織はね、高校生になる前に出会ってるの。っといっても、香織が一方的に知っているだけなんだけどね」
「…………? そんな話聞いたことが……」
「ええそうよ。だって光輝には言わなかったもの」
「なんで?」
「──―はぁ、あのね、幼馴染だからって乙女の恋を男子に話す訳ないでしょ」
「いやそれは……、えっ!? 恋!! 香織が南雲に!!!」
「あっ! 言っちゃった。……はぁ、言っちゃったもんはしょうがないか。いい光輝今から話す事を聞いても絶対に暴走しないでよ!」
それから雫は光輝に香織と南雲が初めて出会った日のことを話した。途中何度も光輝が「おかしい!?」と文句を言ったりしてきたが、雫は正論で光輝の言い分を全てねじ伏せていった。
「そんな……、それじゃあ本当に香織は南雲のことを……」
「ええそうよ、言っとくけど! もしこれで南雲君に変なちょっかいをかけたら──―」
「うん分かってるよ。あの姿を見てちゃんと理解した。南雲は俺なんかよりもずっと勇気のある優しい奴だって、香織が惚れるのも……正直言って嫌だけ納得するよ」
「──―っふ、よくできました。ほら、勇者のあんたがこんな所でいつまでウジウジと座ってちゃカッコ悪いわよ。ほら、手握ってあげるから」
「……ありがとう雫。俺これからはもっと頑張るよ! あの南雲に負けないくらいカッコよくなるために!!」
「なら期待しとくわよ! 未来の勇者様♪」
雫に手を引っ張られたまま光輝は南雲を胴上げしているクラスメイト達の輪に入っていった。
この先の未来で勇者がどう変化し、どう成長していくのか、それは分からないが、きっとその先にはハッピーエンドが待っているだろう。
書いている途中(ハジメが奈落へ落ちていくシーン)で本来ならばハジメを颯爽と助けるシーンだったんですが、奈落からの救出したいということで五条にポカさせてしまったら、「あれ?これ今作の五条ならメッチャ怒るじゃね?」となってしまい、急遽路線を変更して檜山ぶっ殺すマンへと変貌してしまったんです!
お陰で文字数が爆発的に増えて人殺しはマズいと思って書くのが止まったんですが、このIFストーリーを書く切っ掛けとなった感想を読み返してたら、その感想からこの窮地を脱するアイデアが閃いたんです。
そうだ!ハジメにサングラスの修繕させてたんだ!と、そうしてハジメに主人公ムーブして貰って窮地は脱したんですが、奈落で覚醒してないのにこんな風になるか?と悩んだんですが、流石は主人公とばかしに落ち込んだ勇者を慰めると同時に、南雲の行動力を裏付けできるシーンが原作にあってどうにか辻褄合わせに成功しました。
本作で一番長い話になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
次のIFで五条が飛び込む世界
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ゼロの使い魔
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