オルクス大迷宮の入場口から外に出ると、既に日は沈みかけ、黄昏時に空が染まっている。
その景色を見て、ようやく自分たちがあの地獄から脱出できたのだと実感出来た者たちが、肩を抱き寄せながら涙を流してその場に崩れ落ちる。
周りにいた通行人たちはチラりと視線を向けるが、このオルクス大迷宮前では時たま見かける光景である為、さして興味を示さず通り過ぎてゆく。
未だ生きて帰って来た感動で立てない者が多いが、いつまでも道の真ん中で勇者一行を地べたに座らせておくのは問題である為、メルド団長は皆に立つように命令する。
「今日は大変申し訳なかった。お前たちをあんな危険な目に合わせたことを謝罪する。坊主のことは……あれは、俺たちの責任でもある。守ってみせると豪語したというのに、逆に守られてしまった。本当に不甲斐ない!」
「「「「…………」」」」
地面にメリ込むほどの勢いで謝るメルド団長に、死地へ送り込まれたという怒りもあった皆は複雑そうな目で見ていた。
「今日のところは昨日の宿でそれぞれ疲れを癒してくれ。私は一足先に城へ戻って今回の出来事を報告しなくてはならない。お前たちも今日はもう疲れ切ってる筈だが、勇者たちの警護を頼む!」
「はっ、お任せください団長!」
「うむ。……ところでなんだが、また五条の姿が見えなくなっているんだが……清水!!! また言伝を貰ってないか!!!」
「っうぇ!!! ……その、『金になる魔石めっちゃ手に入れたから換金して豪遊してくんぜ!』って言って消えました」
大声で名指しされた清水は、案の定五条から預かった伝言を話すと、メルド団長は溜息を吐きながら分かったと言って城に戻るために去って行った。
そうして残された生徒たちは、今後、本当に戦争に参加して無事に生き延びられるのか、そんな悲壮感に塗れた考えをしながら、ひとまず騎士たちに連れられて昨日の宿へ向かって歩き出した。
一方その頃、そんなことは関係ない五条と荷物持ちのマルクはギルドにて今日の成果の報酬を受け取っていた。
「こちらが換金された魔石分の金額500万ルタでございます」
じゃら! と大量の金貨が詰まった袋をテーブルの上に置くと、周りがざわめきながらこっちを見てくる。
「ほ、本当に500万ルタなんですね!?」
「ええ、本当に500万ルタでございます」
「本当の本当に500万ルタがこの袋の中に入っているんですね!?」
「ええ……、ですので! そろそろお引き取り下さい!」
「なら、まずその袋を握った手を離して貰えませんか?!」
グギギギ! と受付嬢との小さな攻防を終え、五条が座って待っているテーブルに駆け足で近づいて行った。
「大量だよ五条! もうしばらくは働かなくて済むほどの金貨だよ!」
嬉しそうに駆け寄って来るマルクを見ながら、五条は注文していた赤ワインを飲み干して立ち上がる。
「うし、それだけあるなら何処か高級店にでも飯食いに行くとしますか」
「ええ、本当に!? ……ああ、でもボクそんな店に行けるような服は持ってないし……」
「あ〜、確かになんかマルクの服ってボロっちいよな。よし、この五条お兄さんがマルクの為の服を買ってあげようじゃないか!」
「そ、そんな!!! 飯を奢って貰うだけでも悪いのに、その上服まで買って貰うなんてそんな……」
「はっはっは♪ 遠慮すんなって、俺がどうやって金を稼いだか知ってるだろ? あの程度で稼いだ金だ! ドブに捨てても構いはしないよ。だからさ、時間も勿体しさっさと行くぞ!!!」
「……はい!」
うじうじ考えて遠慮しても意味はないと悟ったマルクは、開きなおって腹一杯食べようと思い至り、さっさと食いに行こうと足を動かす。
だが、そんな浮かれた気分で前を見ずに走り出した為、普段では絶対にしないことをしてしまった。
「イテッ!?」
「あっ、すみません。前を見てなくて」
「見てなくてで済むはずねぇだろうが!? お~イテェ!!! こっちは明日も知れね冒険者稼業をしてるっつうのに、こんな事で怪我させられっちまうとはな……」
あんまりにもな大根演技だったが、相手は見た目でも分かる屈強な冒険者だ。周りで酒を飲んでいた冒険者たちが『ありゃ死んだな』『あの銀級冒険者のガルドにぶつかるなんて……』っという声が聞こえてくる。
普段のマルクなら絶対にしないようなミスだが、よほど高級店での飯が嬉しかったのか、周囲への注意が散漫になってしまった。
だが、高級店もそうだが、五条悟というマルクが知る限り一番強い者の庇護下にいるというのが一番の理由だろう。
事実、五条はマルクと銀級冒険者であるガルドの間に割って入る。
「こりゃウチの連れが悪いことをしたな。でも、あれれ~、おっかしいぞ? 見た感じ怪我なんてしてないようだし、あの程度の事で怪我するなら冒険者なんて辞めて大人しく農民でもやってれば? いい筋肉してるし天職かもよ!」
まさにこれ以上ない挑発だった。某小学生探偵のモノマネをする五条に対して、見るからにわかるほどガルドは怒りの表情をしているが、流石に銀級冒険者、ここで暴れればマズいということは分かっているようで、手は出さずに交渉に乗り出す。
「いやいや、見た目じゃ分からんかもしれんがな、俺の腕は酷い痛みを訴えかけているだよ! 今なら慰謝料……そうだな、300万ルタほどで手を打ってやる」
「あれ、俺の話聞こえなかった系? そんなに打たれ弱かったら冒険者なんて辞めて農業でも始めたらって言ったんだけど、もしかして耳まで悪い系?」
ん~? と煽ってるのが丸分かりな態度に、ブチリ! という音が聞こえた気がするほど、ガルドの顔は憤怒で染まりきっていた。
それを見た他の連中は巻き込まれないように席から移動したり、静かにギルドから出て行ったりとするが、五条はまるで変わらない。
目の前に立つガルドは五条の倍近くある身の丈で、その筋肉は決して見せる為ではなく実戦で使用するものだと分かる程の筋肉だというのに、五条はまるで動揺していない。
このギルドにいる大抵の冒険者は知っていることだが、ガルドは素行さえ良ければ金級冒険者になっていても可笑しくないと噂される程の実力者なのだ。
そして、今のガルドは理性が残っていないのか、怒りの形相のまま拳を握りしめて五条に攻撃してこようとする。
まず声を上げたのは受付嬢の『キャー!』という悲鳴だった。そして、次に声を上げたのはガルドの苦痛による『うがぁ!?』悲鳴だった。
周りにいた者たちは信じられないものを見たという表情で呆然と固まっている。
なにが起きたのかというと、まず五条は当然の如くガルドの拳を片手で受け止めた。ここまでは今日の五条の活躍を見ていたボクだけでなく、昨日もここで五条に会った他の冒険者たちも理解出来ていた。
本当に理解できないのはその後の事だった。まずガルドは掴まれた拳を引き剝がそうと腕をいくら引っ張てもビクともせず、その状態のまま五条は握力のみで岩のように固く閉ざされたガルドの拳を無理矢理こじ開けた。
「ぐっおおおぉぉぉ!!!」
「あっはっはっは♪ なんだよ握手したいのか?」
そのままこじ開けた手に無理矢理にでも握手を決める。両者の手の大きさはまさに大人と子供程に違っていた。だというのに、苦悶の表情で膝を折っているのは大人のガルドであった。
あんな細見で倍の体格を持つガルドを片手で、それも握手だけで跪かせるのはとても現実感が無かった。
「まあ、今後は同じ冒険者として仲良くしていこうぜ」
「うっ……、わっ分かった!? もうふざけたこと言わねぇから許してくれ!!!」
「やだな~、許すだなんて人聞きの悪い! これからもさ、な・か・よ・く・してくれればいいからさ」
「そ、そうだな。今後も仲良くするよ! だからもう離してくれ!!!」
了解っとようやく握手してた手を離す。するとようやく痛みから解放されたガルドは握手されてた手を抑えて立ち上がり去ってゆく。
「さ~て、お友達も増えたし、飯に行こうぜ飯に!」
「お友達って……、あれどう見ても脅迫じゃんか」
ボクのツッコミに周りの冒険者たちもウンウン! と頷いて同意する。
「まあまあ、さっさと飯屋に……の前に服屋か」
ボロっちい服を着たマルクを見て、先に服屋へ行くことを思い出す。
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この街で一番大きいであろう服屋に入ると、にこやかな笑顔で接客しに来る店員がマルクを見て一瞬しかめっ面になるが、隣に立つ五条を見た瞬間、目をハートにしてすり寄ってくる。
「いらっしゃいませ! 本日はどの様な御用ですか?」(へぇ! 結構いい男じゃない。変な眼鏡してるけどそれを差し引いてもイケメンね♡)
心の中では涎を垂らして五条を評価する女であるが、それをおくびにも出さずに接客する様はまさにプロである。
「ああ、とりあえずこいつに似合いそうな服を見繕ってくんない? 金ならほら糸目はつけないからさ」
ポンと金貨が入った袋から一枚取って投げ渡す。
「わっわっわ!? か、かしこまりました!!! スグにご用意しますので少々お待ち下さい!!!」
「へっ!? ちょっ、うわわわぁぁぁ??!」
金貨を渡された途端、目をハートから$に変えて、マルクの腕を引っ張って店の奥へと消えていった。
「ああいう感情に素直な子は好感が持てるから俺は好きだな。さて、待ち時間中は俺も暇だし、折角だから異世界の服でも何着か買って行こうかな?」
ふんふ~ん♪ と鼻歌まじりに店内を物色するが、特段異世界だからといった変わった服等は見つからず、元の世界の古臭い品しか置いてなかった。
「う~ん、やっぱ異世界といっても中世ヨーロッパ時代のような場所じゃこれが限界かな? ……ん? お、おおお!?」
五条は棚に置かれていたある物を手に取り、レジにまで持っていって会計を済ます。
それから5分もしないうちに、奥へ消えていった店員とマルクが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらどうですか?」
「ええっと、似合ってるかな?」
「おお、馬子にも衣裳だな! 見た感じそこそこ金を持ってそうに見えるぞ」
「酷いよ! もっと他に言い方ってもんがあるだろ!?」
「すまんすまん! でも結構似合ってるよ」
マルクが着させられているのは白をメインとした貴族風のお洒落な服だった。
流石はこのレベルの店の店員をやっているだけあって、この手の仕事はお手の物といったところか。
「んじゃ、服も問題感じだし、さっさとこれ買って飯食いに行こうぜ! じゃあ店員さん。これいくらくらいすんの?」
「そんな! 別に店員だなんて堅苦しい。キャリーって呼んでください♡」
「OK! それじゃキャリーちゃん。これいくらくらいすんの?」
「はい! こちら全部合わせて20万ルタになります!」
店員──もといキャリーの口から出た金額にマルクは文字通り目が飛び出るほど驚いた。
20万ルタなんてただの平民がどれだけ働いて稼げば溜まる金額なのか、頭の中で計算しようにも、天文学的数値が阿波踊りしながら邪魔してくるのでマルクには理解出来なかった。
そんな驚きの金額にマルクがフリーズしている間に、五条は手持ちの袋から金貨を22枚取り出して渡す。
「服のセンスも結構良かったし、お釣りはチップとしてあげるよ」
「まあ♡ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております!!!」
なんとも素晴らしい笑顔で、フリーズしたまま固まっているマルクを背負って店から出て行く五条を見送る。
その後、なんとかフリーズから戻ってきたマルクは、この服を汚す前に返品しないと!? などと騒ぐが、五条は無理矢理マルクの手を引っ張って、ようやくお目当ての巨大なステーキの看板が掲げられてある飯屋に入ってゆく。
「いや~、異世界にはコロナとかないから、営業時間の短縮とかで店に入れないってことが無くて助かるよ」
「う~ん。ボクにはよく分からないことだけど、五条が何か言ってはいけないことを口にしているってことだけは何となく分かるよ」
そのまま席についた2人は、店員の持ってきたメニューの中で、一番高い物を注文する。すると、奥からぶ厚い肉汁がよく弾ける見ただけで旨そうなステーキが運ばれてきた。
「こ、これ……、マジで喰っていいの?」
「遠慮すんなって、こんなご馳走を目の前にして、そんなつまんねえ質問は野暮ってもんだぜ。ほんじゃま、いっただっきまーす♪」
先に五条が目の前の切り取られた超ドデカステーキにかぶりつく。そうすると、持ち上げられたステーキから漂う匂いをダイレクトに喰らったマルクは、遠慮という理性をかなぐり捨てて、ただひたすらに食欲に支配されてむさぼり喰らう。
「う、うめぇ!!! ぶ厚いから固いイメージがあったけど、メッチャ柔らかい。しかも、歯で嚙み切ろうとすると、勝手に肉が溶けて簡単に嚙みちぎれる!?」
「マジそれな! 流石は高級店の肉だよ。元の世界でも同じような店には何回かは行ったことがあるけど、流石は異世界なだけあって、まず肉からして違うってハッキリ分かんだね!!!」
そこからは一切の会話はなく、ただ黙々と肉を口に運ぶ単純な作業を繰り返すロボットになったかの如く、2人はステーキをむさぼり喰らった。
「ふぅ~、満足満足。やっぱこんだけ量があったら食いでがあるな!」
「そうだね。多分ボクじゃ今後一生来れないだろうし、充分満足だよ!」
夜空が照らすなか、そこそこ明るい夜道を歩きながら、膨れ上がった腹をさすりながら談笑する。
「そんじゃ、俺の宿はこっちだから。じゃ、また明日ギルドでな!」
「うん。分かった! それじゃ、また明日!」
こうして2人は別れたが、マルクの視界から五条が消えたと同時に、建物の死角からコソコソと動き出す者たちがいた。
「よし、あの化け物が離れたぞ」
「け、けど、大丈夫なのか? もしバレたら俺たち無事じゃ済まないぞ!?」
「へっ、問題ない。手筈通りにいけば上手くいく。心配すんな!」
そんな夜闇に紛れて悪事を働こうとする者がいるが、そんな自分たちを見張る者がいることに気づいていない。
「う~ん、やっぱりどこの世界でもああいう輩はちゃんと痛い目にあわさないとダメだな♪」
誰の眼も届かない屋根の上から、ひっそりと事の顛末を見届けようと立つ五条がいるが、それに気づく者は誰一人としていない。
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「うわっ!?」
「へっへっへ、今日は随分と楽しんでいたようじゃねぇか? なあ、マルク!」
「お、お前ら!?」
人通りの少ない裏路地にマルクが入った瞬間、後ろから強烈な衝撃がマルクの背中を襲い倒れてしまう。
一体どこの誰が仕掛けてきたのかと振り返って見てみると、そこには昼間に五条にやられたいつものチンピラたちが立っていた。
もう絡んでこないと思っていた。あの五条が目の前で直接脅したのだ。
こいつらにそんな度胸があるとはとても思えなかったからだ。
今までこいつらのことは嫌でも目についていたが、敵わない相手には近づかない・喋りかけない・切っ掛けを作らないの3つを徹底的に守っていたというのに、今回のこいつらの行動はあまりにも不自然で、絡まれている恐怖よりも困惑が先に出てポカーンとしたアホ面になってしまっている。
そんなボクの顔を見てバカにされていると思ったのか、チンピラの1人がもう一度蹴りつけてきた。
「なんだその面は!? 俺たちのことをバカにしてんのか!!!」
「うぐっ! バカになんて……いや、してるかもね。こんなことして、五条との約束を破るなんてバカみたいだと思うよ」
完全な正論だった。五条悟という男の恐ろしさを知っている者からすれば、今のチンピラたちの行動は自殺行為に他ならない。
事実、3人のチンピラたちのウチの1人はマルクの言葉に同意しているかのように、辺りを頻繫に警戒している。
「ぷっ、バ~カ! あの化け物がわざわざテメェみたいな何の価値もない奴の為に本気で動くかよ。それに、今からテメェは口もきけねぇぐらいにボコボコにされるんだからよ!
チンピラが声を上げて旦那! と呼ぶと、曲がり角から先ほどギルドでぶつかった銀級冒険者のガルドが現れた。
「おうよ! テメェのせいで今日の俺様の機嫌は最高潮に不機嫌だ!!! まずはテメェが着てるその服を今日の慰謝料替わりに貰って、残りはテメェの家族にでも払ってもらおうか!!!」
「げひゃひゃひゃひゃ!!! こりゃ旦那も相当機嫌が悪いぜ。残念だったな、お前もお前の家族もな!」
納得がいった、こいつらがこうも自信満々なのはガルドがバックにいるからで、ボク自身に何の価値も無いと決めつけてるからだ。
だけど、確かにこいつらの言う通りだ。ボクは五条にとってただの荷物持ちで、同情で助けて貰っただけの、ただの一般人なんだ。
でも、家族に手を出すと言うこいつらを許すわけにはいかない。そう思い立ち上がるも、目の前に立つガルドは見上げるほどの体格差で到底勝ち目などありはしない。
ああ……、分かってるんだ。ボクにはこいつらを倒す力も無ければ拳を握って闘う勇気もない。けれども、こいつらに一矢報いたい。
だから、それが男としてとても惨めで悔しくて情けない行動であろうとも……。
こいつらが今一番怖がっていて、ボクが今一番頼りにしている者──―
「助けてくれ!!! 五条!!! 」
五条へと大声で助けを求めて叫ぶ。
ボクの叫びに、全員が後ろを振り返って五条がいるのかと身構える。
「っっ!!? び、ビビらせやがって! 誰もいねぇじゃねぇか!? 本当に五条かと思っちまったぜ」
「だ、旦那、これ以上騒がれて人が来る前にやっちゃた方が良くねぇですか?」
「分かってる! これ以上騒がれる前に、テメェの歯を全部へし折って「そしたら、お前の骨を全部へし折んぞ」──―っ!!?」
ガルドが拳を上げてマルクに殴りかかろうしたその時、ゾッとするような殺意が込められた声が裏路地に響いた。
「まさか、あの化け物野郎か!?」
「ど、どこだ!?」
「あ……あそこだ!」
チンピラの1人が後ろの家の屋根を指さすと、そこには月明かりをバックに屋根の上に腰かけている五条がいた。
「よう、よく俺に助けを求めたな。もう大丈夫、お望み通り俺が助けてやる!」
五条は屋根の上から立ち上がり、下にいるガルドとチンピラたちに目を向ける。
「お前らは少し調子に乗り過ぎた。だから、お気楽モードの五条さんではなく、この
サングラスを取った五条が言い終わると同時に、五条の姿が全員の視界から搔き消えた。
「さて、まずは約束を破った君たちにお仕置きをしなくてはね」
「「「ひっ!!」」」
いつの間に後ろに回り込んだのか、五条がチンピラたちのすぐ後ろに立っていた。
ついさっきマルクを蹴飛ばしたチンピラが急いで離れようとしたら、その頬に五条の鋭いパンチが突き刺さる。
「ぐほへっ!!?」
「これで終わりじゃねぇぞ」
吹っ飛ぶチンピラの飛んだ先には既に五条が立っており、片足を上げて吹き飛んできたチンピラの全身にくまなく蹴りを叩き込む。
「がぁっ!!!?」
「まあ、こんだけ叩きのめせばトラウマは確定かな」
ボロ雑巾のようになって地面に叩きつけられるチンピラの姿は悲惨の一言でしかなかった。
それを見て、残りの2人は腰を抜かしてガタガタと震えてしまっている。
「残りの2人も同じ目に合わせてやる……って思ったけど、お前らはマルクの奴に直接手は出してないし、特別に俺からは手を出さないでやる。その代わり、……お前ら互いに殴り合え」
そう五条が命令すると、2人は何の躊躇もせずに、互いが全力で血が出るほど殴り合った。
その光景は異常の一言に尽きる。互いを憎んでるわけでも、殴り合いを楽しんでいるでもない。
ただ義務感で、命令されたから、もっと怖いものがあるから、殴り合う2人の雰囲気からそういった思いがビシバシ伝わってくるのが分かる。
そんな異常な光景を止めさせたのは、同じくその異常な光景を作り出した五条だった。
「やめろ」
たった一言で殴り合っていた2人はその手を止めて五条に向き直った。
その時点での2人の姿は息も絶え絶えで、顔が腫れ上がり、口や鼻から血を垂れ流し、ポカンと開いた口からは前歯がグラついているのが見えた。
「ふむ、君たちは充分痛い思いをした。これで約束を破ったらどうなるか、身に染みて理解しただろう。だから、ボクは君たちを許そう」
『許そう』その一言が五条の口から出た時の2人の表情といったら、心底ホッとしたという顔だった。
それはもう、ズタボロで満身創痍でありながら、今の2人ならスキップして喜びそうだと思うほど心から安堵しているといった感じがヒシヒシと伝わってくる。
そんなチンピラ共にはもう用事は済んだとばかりに背を向けてコチラに向き直る。
「さて、残りは君だけだけど。一応聞いておくけど、なんでこんなことしたの?」
「──―っ!? 俺たち冒険者は舐められたら終わりなんだよ。面子がつぶれりゃ依頼は減る。下に見られりゃ出し抜かれる。だからさ!」
「なら俺を狙ってこいよ。こいつに手を出してもお前の面子が回復する訳じゃないだろ?」
「ああ、そうさ。俺様だって本来ならそうしたいさ。だがこれでも伊達に冒険者を何十年も続けている訳じゃねぇ。ギルドでテメェに押さえつけられて実力の差が分からねぇほど耄碌はしちゃいねぇ! だから、最初に原因を作ったそいつにケジメをつけさそうと思ってあの雑魚共を連れて待ち伏せしたんだよ!!!」
「ほお! なるほど納得。けどさ、こいつはボクの荷物持ち兼仲間なんだよ。だからさ、コッチもそれなりにケジメをつけなくちゃならない。ほら、かかって来いよ」
「──―っ!!! クソがぁぁぁ!!!」
ガルドは破れかぶれになって得意の武器である大剣を持って振り回すも、五条はそれを避ける・捌く・受け止める。この3つの動作で完璧にガルドの攻撃を無力化させていく。
「へぇ、やっぱ銀級なだけあって、それなりには強いんだ。でも、やっぱりそれなり程度かな? もう夜も遅いし、そろそろ終わりにしようか」
「うるせぇ! 終わりにするのはこっちだ!!!」
頭から真っ二つに切り裂いてやろうと渾身の一撃を叩き込もうとするが、五条はそれを避ける素振りもみせず、あろうことか素手で大剣の刃の部分を掴み取る。
「っ!!? ば、バカな!!! これの切れ味はその辺に売られている安物の武器とは違って本物だぞ! それを素手で掴むか!?」
まあ、実際には素手ではなくボクと剣との間にある無限があるから、直接は触ってないんだけどね。
「そんじゃ、痛めつけるのもかわいそうだし、一発で終わりにしてやるよ」
「なにっ!? ぐあああああ!!!!?」
大剣を掴んだまま、五条はガルドの大剣を持つ両腕に蹴りを放つ。その際、ボキッ!!! という骨が折れた音が全員の耳に確かに届いた。
「い、いてぇぇぇ!!! 腕が! 腕が折れたぁぁぁ!!!」
地面に倒れたガルドは、折れて曲がった腕を見ながら、痛みで泣き叫ぶ。
いくら銀級冒険者であろうとも、骨折の痛みは耐えられるものではなく、我慢できずに涙を流して泣く姿は同情を誘うが、五条はそんな寝転がって泣き叫ぶガルドの尻を蹴飛ばして立ち上がらせる。
「おら! 男が腕の骨へし折られた程度でピーピー泣きわめいてんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
「お、鬼だ……」
五条のあまりにもな態度に、ガルドに痛めつけられそうだったマルクもドン引きしていた。
「に、人間じゃねぇ。こんな冷たい奴が人間なもんか!!! 髪だって爺みたいに白髪だし、眼の色なんかなんだよそりゃ!? お、お前、さては魔人族だろ!?」
痛みに耐えながら立ち上がったガルドは五条に向かって魔人族だろと言い放つ。
「それは面白い発想だね。で? だったらどうする。もし俺が魔人族なら、目の前の敵対者に対してどうするか……想像は出来るだろ?」
「……た、助けて」
ガッと頭を鷲掴みされたガルドは最悪な未来を想像し、ガタガタと震えながら、涙を流して命乞いをする。
「ぷっ、アッハッハ♪ そんな怯えなくても大丈夫だよ。俺は人間なんだから、このくらいで許すって」
パッと手を離すと、ガルドは荒く息を吸いながら、芋虫のように這いつくばって五条から距離を取る。
「そこでボーっと突っ立てるお前らも、今日はもう遅いしさっさとこの怪我人共を連れて帰んな」
「「はっ、はい!!!」」
地面に転がっている五条にボコられたチンピラと、尻餅をつきながら今もガタガタと震えているガルドを背負って逃げようとすると、五条が待ったをかける。
「あっ! ちょっと待てお前ら。これ持っていきな」
投げ渡したのは今日の稼ぎが入った金貨一杯の袋だった。それを受け取ったチンピラは何故といった困惑の表情を浮かべて五条を見る。
「その怪我じゃ、しばらくは冒険者活動なんてできないだろ? それだけあれば治療代にもなるし、しばらくの生活費にもなるだろうしな。あ~、一番の理由としてはな。ほら、そこのガルドとはさギルドでお友達になったからな」
「えっ! あれ本気だったの!?」
確かに、五条はガルドに仲良くしようと言ったが、あれはただの脅しと挑発行為だと思ったが、どうやら五条にとってはマジだったらしい。
チンピラの2人も理由を聞くとペコリと頭を下げ、袋を受け取って去って行った。
「あの、ありがとう。本当に助けに来てくれて」
「別に気にすんなって。言ったろ? 俺とお前は仲間なんだから、助けることぐらい当たり前なんだよ。っていうか、お前の方こそいいのか?」
「いいのかって何が?」
「ほら、大抵の奴はさっきの見ると結構怯えて距離を取りたがるんだよ。いいのかってのは俺が怖くないのかってことさ」
「……?」
──―マルクはこいつ何を言ってんだって顔でコッチを見つめる。
「えっ、何その顔? 俺そんなにおかしいこと言った覚えはないんだけどな」
まるで会議中に議論とは的外れな回答をして場の空気を壊した気分だな~っとポリポリと頬をかきながら苦笑いする五条にマルクは言う。
「あのさ、確かにさっきの五条は酷かったし、怖いとも思ったよ。……でも、五条は仲間を傷つけるような悪い子じゃないでしょ?」
あっけからんと答えた理由に、五条は一瞬思考がストップして、マルクの言葉を嚙み砕いて理解した。そして、理解できた五条の胸に湧いた感情は──―
「―ぷっ、アッハッハッハ!!! マルクお前! お、俺を相手に! 悪い子じゃないでしょって!!! もうねぇ……アッハッハッハ♪」
「はぁ!? ちょ、ちょっと、そこまで笑うことないだろ! ボク的には全然おかしなこと言ったつもりはないんだからね!!!」
ヒーヒーっと笑い過ぎて過呼吸に陥り欠けた五条は、なんとか落ち着かしてマルクに向き直る。
「いやいや、結構おかしなこと言ったぜ。前の世界でもこの世界でも、俺を相手に悪い子じゃねぇなんて真っ正面からこんな堂々と言った奴は存在しないよ。大体の奴らは俺のことを非常識だとか理不尽とか負の感情が混じった言葉か、おべっかでご機嫌取りの上っ面な言葉でしか表現しなかったってのに、……ぷふっ!? いや~、マルクには敵わないわ!」
降参降参っと両手を上げて降伏のポーズを示す五条に、恥ずかしくなったマルクは顔を真っ赤にして否定する。
「いやいや、そんな持ち上げないでくれる!? だってあんな散々助けて貰ったし、奢っても貰ったんだから当然のことだよ!!?」
「あ~、そりゃそうだけど。でも、普通の奴らならさぁ、悪党であっても人を相手にやり過ぎる俺を見て怯えて距離を取るのが普通だからさ、やっぱしお前変だわ♪」
「酷い! 人がせっかく普通に接してあげてるというのに、その言い草はないと思うんだけど!!!」
「アッハッハッハ♪ ごめんごめん。……本当にごめんな」
「えっ、なんですか突然急に神妙に謝りだして。なにか変な事でも考えた?」
「そっちも普通に酷いねぇ!? ああ……、ほらあれだ。最初お前があのチンピラ共に絡まれてた時にさ、お前の事をハジメっていう知ってる奴に似てたから、ちょっとした善意で助けた訳なんだわ」
これは事実である。マルクを助けた理由としては一番は面白半分ではあるが、ハジメというクラスメイトにそっくりだったから助けたというのも確かな理由だ。
「けれどさ、ハジメとマルクは全然違ったよ。生まれた世界が違うからなのか、育った環境が違うからなのか、やっぱし他人だから違うのかは分かんないけど、あいつは……ハジメは誰かに助けを求めるなんてしない。孤高といえばカッコイイけど、実際には自分一人耐えれば全て丸く収まるなんていう楽観主義者な面があるんだよ。けどさ、マルクは違ったよ。お前はちゃんと俺に助けを求めた。思えば、最初に会った時だってそうさ、お前はただ黙ってたんじゃなくてあのチンピラ共に反抗……いや、抵抗していた。そこがお前とハジメの一番の違いだったなぁ~って今ようやく気付いたよ」
「五条……」
「だからさ、なんか失礼っていうか侮辱してたっていうか……。言葉にしにくいんだけど、心の中で他人の筈のハジメと同じ一括りにして悪かったかなって思ったから謝っただけなんだから! そこんとこ勘違いしないでよね☆」
「うわぁ……。途中まで良いこと言ってたのに、最後の最後で台無しだ」
ツンデレ女風に謝罪する五条に、途中までらしくないと感じていたが、ここでふざける態度にやっぱりいつも通りの五条だと思い直す。
「そんじゃ、言いたいことは言えたし、あいつらも流石にもう手出しはしてこないから帰るとするわ」
「そうだね。これを言うのも2回目だけど、それじゃまた明日」
「おうまた明日」
これで本当にまた明日と別れる際に、ふと渡す物がある事を思い出した五条が懐からそれを取り出して、家へ帰ろうとするマルクへ投げ渡す。
「ヘイマルク、パス!」
「えっ、おわぁ!?」
急に声を掛けられ物を投げ渡されたマルクは、慌てながらもなんとかキャッチする事に成功する。
「あれ? これってもしかして」
「ああ、本当なら明日渡そうと思ってたんだけど、今のタイミングで渡せば心象が良いと思ってな」
五条が投げ渡したのは新品のバックパックだった。それも今日マルクが使用していた物よりも遥かに上等な物だと一目で分かる。
「それで明日もよろしく頼むぜ」
「うん! 明日も一緒に頑張ろうね!」
そう笑って大事そうにバックパックを抱えるマルクに苦笑して、五条は自分が泊まる宿へと帰って行った。
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月明かりが差し込む部屋の一室で、五条は備え付けのベッドに寝転がりながら、今日の事を振り返る。
「いや〜、今日は色々あったなぁ。まさか、いきなり死人がでるなんて思ってもいなかったけど、現実なんだし当たり前だよな♪」
あの最近のラブコメ系主人公が死んだのはビックリしたが、死因の原因が学生の恋愛によるイザコザが原因じゃ納得だわな。
まあ、オタクと馬鹿にしてた相手が片想いしてる女と寝たとあれば仕方ねぇよ。檜山のちっぽけなプライドとはいえ、それを逆撫でされりゃ殺しの動機には充分だろうしな。
それにしても、あの雫があんなに怒るとは……、いや、元の世界でもあれは遅かれ早かれ何処かで壊れていたな、そんで、中途半端に強いから自分で立ち上がってまた挫ける。
「俺もああいうタイプの人間はよく見てきたけど……。強いから助けろ……か……」
ふと、元の世界で出会ってきた人間たちの言葉を思い出す。
『なあ五条、それだけの強さがあるのなら何故この世界に憂いて本気を出さない?』
『五条よ、お前の力があればこんな世界どうとでも出来る! 私の手を取れ!!!』
『あんたなんか生まれてこなければ……!!!』
『助けてくれ! あんたならそれくらい簡単な筈だろ?』
自分勝手で、好き勝手に俺の事を知った風な口をきく奴らや、自らの弱さを棚に上げて罵ってくる奴、強いから弱い者を守れとワガママを喚く奴。
「へっ、誰が助けるかバ〜カァ♪ 勝手にくたばってろ」
そんな大っ嫌いな奴ら全員に向けて侮辱の言葉を吐き捨てて、五条は明日の為に眠りにつく。
また今回も長くなってしまった。次回は何文字まで書いて投稿するか作者でも分からん。
次のIFで五条が飛び込む世界
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ゼロの使い魔
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七つの大罪
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スレイヤーズ
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オーバーロード
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HUNTER×HUNTER
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蜘蛛ですが、なにか?
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この素晴
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ダンまち
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転スラ