side:高頭力
「牧が抜けんか…。」
この試合二度目の牧のアタックも三井は防いでみせた。
序盤から牧は熱くなっているが、それでもパスの選択肢は忘れていない。
どれほど熱くなってもチームの勝利のために動ける男が牧なんだ。
三井を抜き去れない牧だが、目敏くパスコースを見付けて下村にパスを出す。
下村がマッチアップするのは土橋。
このマッチアップは明らかに下村の方が格上だ。
下村は余裕を持ってミドルシュートを撃つ。
外した。だがしっかりとオフェンスリバウンドを制した兼田がそのままゴールを決める。
これで4ー2とリード。
三井がボールを運び牧とマッチアップ。
ディフェンスでは牧を防いだが果たして…。
…っ!?3Pシュート!?
それも3Pラインから離れたディープスリー!?
それがスウィッシュで決まると思わず立ち上がってしまった。
「…ふぅ、これは予想以上の3Pシュート能力だな。」
頭を冷やす様に扇子で扇ぎながら座る。
牧は何度か三井を抜き去るがその成功率は決して高くない。
それに対して牧は三井のクロスオーバーを一度も止める事が出来ない。
その光景には唸らざるを得ない。
「確かに三井は予想以上の選手…だが、チームの勝利には問題ない。」
エースの存在は確かにチームの活性剤となるが、それもエースについていけるだけの地力があるチームに限る。
だから如何に三井が奮闘しようともうちの勝ちは揺るがん。
まだ得点の均衡は保たれているが、試合が進むに連れて点差は広がっていくだろう。
事前のプランの1つとして三井にダブルチームをつける案もあったが、今しばらくは牧に経験を積ませるとするか。
目先の勝利だけでなく先を見据えて選手を育てるのも監督の役目だ。
腰を据えて試合を見守っていくと牧と三井の勝負は続いていく。
その内容はどれだけ身内贔屓をしようとも明らかに三井が上だ。
だというのに牧の奴はなんとも楽しそうにプレイをしていく。
やれやれ…可愛げのない教え子だ。
そんな2人の勝負とは別に、試合が進むに連れて両チームの点差は徐々に広がっていく。
もちろん海南が優勢の形でだ。
前半が終わった時には11点差でうちが勝っていたが…
(思ったよりも点差が広がらなかったな。)
理由は2つ、三井の3Pシュートと赤木のベビーフックだ。
驚くことに三井の前半の3Pシュート成功率は40%を超えていた。
牧が怪物だとするなら三井は天才シューターと言ったところか。
美しささえ感じさせる三井のあのシュートフォームは、バスケの教本に載せたいぐらいだ。
そして赤木のベビーフックは兼田でもそう簡単には防げない代物だ。
もし兼田がリバウンドを制する事が出来ていなければもっと苦戦していただろう。
まぁ、それはそれとしてだ。後半は牧をベンチに下げる。
試合開始直後から全開で三井とやりあっていたからな。このまま使い続けたら如何に牧でもスタミナが持たん。
ベンチに牧を下げた代わりに控えの北川を投入する。
北川は牧ほどの突破力は無いが丁寧な仕事をするPGだ。
チームのオフェンス力は多少下がるが大きな問題はあるまい。
さて、マッチアップも変更しなくてはな。
ディフェンス時には下村に三井に張り付くよう指示を出す。
これは三井を止めるよりも、三井のスタミナを奪う事が目的だ。
如何に三井が才能溢れる選手でもまだ1年。牧とあれほどハイペースでやりあって、後半もパフォーマンスを維持し続けられるほどのスタミナは無いだろう。
三井のスタミナが切れれば湘北の得点能力は激減する。
三井のスタミナが切れた時には一気に点差が広がるだろう。
ふむ、安西先生が木暮と倉石を投入し、PGを三井から土橋に変えてきたがこれは想定内。
選手達に試合前のミーティング通りにマッチアップをさせる。
後半が始まって5分が過ぎたところで三井が肩で息をする様になった。
そう遠くない内に三井のパフォーマンスは下がるだろう。
そう思っていたのだが三井のパフォーマンスが下がらない。
いや、足が止まってきているので正確にはパフォーマンスは下がっているのだが、シュート能力は下がらないどころかむしろ上がっている気がする。
倉石が下村にスクリーンを掛けてフリーになった三井は、土橋からパスを受け取ると躊躇なく3Pシュートを撃つ。
…これで後半3本連続で3Pシュート成功か。
また同じ様な場面が来る。
まさかと思ったが三井は4本連続で3Pシュートを決めてみせた。
思わず立ち上がって声を上げる。
「下村!三井をフリーにするな!しっかりとマークに付け!」
その直後、また三井にボールが渡ると下村はシュートフェイクに引っ掛かかって跳んでしまい、冷静に一歩下がった三井にまた3Pシュートを決められてしまう。
「なにをやっとるかぁ!…あっ。」
気が付けば扇子を折ってしまっていた。
いかんな。優勢の状況から相手チームに追い上げられると、どうしても熱くなってしまう。
俺の悪い癖だ。
落ち着く為に大きく息を吐く。
まだ点差は5点ある。だが勢いは湘北…。
「牧、身体は冷えてないな?」
「はい!」
「よし、次試合が止まったら行くぞ。」
北川も悪い選手ではないがここは牧の突破力が必要な場面だ。
息が上がっている三井では牧を止められんだろう。
ボールがコートを出て試合が止まったので牧を投入する。
そして折ってしまった扇子を胸ポケットにしまうと、腰を下ろして試合展開を見守る。
安西先生は倉石を牧のマークにつけてきた。
流石に安西先生も今の三井では厳しいと見たか。
牧が仕掛けた。倉石を抜き去る。そのまま切り込んでいきレイアップを決める。
よし!
会場の空気が変わったのを感じて拳を握り締める。
残り8分で7点差…決して安心出来る点差ではないが、3Pシュートを2本決められても逆転されないこの絶妙な点差が欲しかった。
牧、よくぞ決めた!
下村が三井に張り付き続ける。土橋はフリーになった木暮にパス。
木暮が3Pシュートを撃つ…外れろ!
よし!リバウンド争いだ!兼田、取れ!
ぬっ!?ここに来て赤木が取るだと!?
赤木が押し込んで点差は5点に戻る。
今の三井は3Pシュートを撃てば確実に決める様な雰囲気を持っている。
危険だ。直ぐに点差を広げろ!
牧が仕掛ける。倉石をぬ…けない!?だがパスコースが開いた。兼田にボールが渡る。
兼田がシュート…っ!?ここで赤木がブロック!?
赤木にブロックされてボールが転々と転がる。
そのボールを拾った土橋が既に走っていた三井にパス。
だが三井に追い付いた下村がファールをしてでも止める勢いで跳び…いかん!
三井は小憎らしい程に冷静にシュートフェイクを1つ入れると、バスケットカウントを貰いながら3Pシュートを決めてみせた。
俺は直ぐにタイムアウトを取る。
今の湘北には凄まじい勢いがあるが、それ以上にうちのメンバーが熱くなり過ぎてプレーが雑になっている。
一度頭を冷やさなければならない。俺自身もな。
「落ち着け。5分残っている。まだ慌てる様な時間じゃないぞ。」
…うむ、いい顔になった。
「警戒すべきは三井の3Pシュートだ。パスコースが開かない様に注意しろ。」
「「「はい!」」」
「いいか、1つ1つのプレーを丁寧に、相手のペースに付き合うな。そうすれば勝てる相手だ。」
「「「はい!」」」
「よし、行ってこい!」
教え子達を送り出すとドカッと椅子に腰を下ろす。
試合が再開した。
三井の神憑り的な3Pシュートの精度は非常に危険だが、その三井にボールが渡らなければ意味は無い。
牧は土橋からの三井へのパスコースを潰すように動く。
すると土橋は木暮にパスを出したがそれは悪手だ。
木暮が3Pシュートを撃つが外れて兼田がリバウンドを制すると、俺は安堵の息を吐く。
そうだ、3Pシュートはそう簡単に決まらない…いや、この場合は三井が異常なのか。
まさかこれほどのクラッチシューターだったとはな。わかっていたつもりだが、まだまだ過小評価していたか。
倉石が兼田にスティールをしに来ていたが、兼田は冷静にハンズアップをして倉石のスティールを避ける。そしてそのまま牧にパスを出す。
そして牧が速攻を決めて点差を3点に広げると俺は大きく息を吐いた。
「ふぅ…冷や汗をかいたが、これで一息つけるな。」
その後、教え子達が三井にボールが渡らぬ様に細心の注意をしながら試合を進めると、両チームの地力の差が出て点差は前半の様に徐々に広がっていく。
三井は懸命に足を動かしてボールを貰おうとするが、残念ながらその足では下村を振り切れんよ。
かといって最初から三井にボールを持たせても、今の三井ではボールを運べるだけの体力は残っていない。
最早勝負あったが、教え子達に最後まで手を緩めぬ様に檄を飛ばす。
そして試合終了の笛が鳴った。
97ー83と結果だけを見たら順調な勝利にも見えるが、その内容は文字通りに冷や汗ものだった。
試合が終わった後の教え子達の湘北の選手を見る目も、弱小相手ではなく好敵手に向けるものになっている。
ふふっ、長らく神奈川の王者として受けて立つ立場だった故にどこか大人しくなってしまっていたが、どうやら貪欲に勝利を求める気持ちを取り戻したようだな。
「安西先生、感謝しますよ。この1勝はとても価値のあるものになりました。おかげで全国が楽しみです。」
決勝リーグ1位通過を確信した俺は上機嫌に会場を後にする。
「…帰りに新しい扇子を買わんとな。」
◆北川(きたがわ):拙作オリジナルキャラ。
海南の2年生で控えPG。
堅実なプレーが持ち味でパスワークに長ける。しかし牧ほどの突破力が無いため、現在はレギュラー奪取の為に別のポジションへのコンバートを検討中。
ウインターカップではレギュラー奪取なるか?
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。