side:安西光義
流石は三淵さん、気付くのが早い。そして実に強かだ。
タイムアウトを取り三井君温存の認識を共有させたが、その上で選手達にいつも通りにプレーをさせている。
心の準備をさせながらいつも通りのプレーをする…言葉にすれば簡単だが、それをやるのは実に難しい。
メンタルスポーツと言われる程にスポーツの多くは、選手の精神状態によってプレーの質が大きく変わる。
バスケを例に上げればタイムアウトのタイミング1つで選手のモチベーションが変わり、プレーの質が上下する事もあるくらいだ。
三淵さんのタイムアウトのタイミングも見事だが、翔陽の選手達も良く鍛えられている。試合の途中で三井君が全力を出してペースを変えても動揺は少ないだろう。…いいチームだ。
だがこれは試合前からある程度予想出来ていたことだ。問題はない。
予想外だったのは藤真君のパサーとしての素質が開花しつつあることだ。
倉石君も良く藤真君を抑えているが、私の想定以上に点差が広がるペースが早い。
前半一杯は三井君のスタミナを温存する予定だったが、予定を変更せざるをえないだろう。
…引っ張れても前半終了5分前といったところか。
三井君のスタミナが最後まで持つかギリギリだが、それ以上引っ張れば追い付けなくなるだろう。
それに状況次第では三井君にゴーサインを出すのは更に早くなる。
しっかりとタイミングを見極めなくては。
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side:三淵元康
安西が勝負師の顔になっておる。どうやら過去を乗り越えられたようだな。
それでいい。儂達の様な人間は生涯バスケから離れられんのだ。
老いて後進に席を譲るにしても、退き際を見誤ってはいかんぞ。
まぁ、色々なしがらみで退くに退けない時もあるがな。儂の様に。
そう考えた儂は選手達に気付かれぬ様に小さくため息を吐く。
老いたこの身体は大分ガタが来ておる。
直談判しても後任が決まらなかったので医者の診断書を提出したが…それでも後任は一向に決まる気配が無い。
家内も先に旅立っておるので儂はいつぶっ倒れても構わんが、残される教え子達が不憫でならん。
故に今少し踏ん張ってはいるが…後1年持つかどうかといったとこだな。
自分の身体だ。儂が一番よくわかっておる。
コートで躍動する教え子達を見て目を細める。
「うむ、基本に忠実。実に良い。」
どんなスーパープレーもその根底にはしっかりとした基礎と基本があって成り立つもの。
基礎と基本を疎かにしたものは決して大成せぬ。
教え子達から湘北の選手達に目を移す。
「うむ、まだ雑なところはあるが、それは裏返せばまだ伸び代があることの証。実に先が楽しみな教え子達だな、安西。」
湘北ベンチに目を向けると安西と目が合う。
「ふっ、相変わらず目敏い奴だ。」
互いに笑みを交わすとコートに目を戻す。
前半も残すところ5分になろうとしている。
すると…。
「ほう?ここで動くか。いや、良く我慢したと称賛すべきところだな。」
ボールが外に出て試合が止まると安西がタイムアウトを取った。
「仕掛けるのにギリギリなタイミング…勝負の鬼、白髪鬼は健在なようだ。だが…。」
儂はベンチに戻ってくる教え子達に目を向け微笑む。
「そう楽には勝たせてやらんぞ、安西。翔陽が強豪と呼ばれる所以を、しっかりと教えてやるわ。」
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