――その日、俺は凄まじいウマ娘を見た。
トレセン学園の模擬レース。芝の2,000m。中距離で8人。新人トレーナーは、この模擬レースで才能あるウマ娘をスカウトするのが通例だ。新人のトレーナーたる俺もその中の1人というわけで。
メイクデビューできるかどうかを見ることができる選抜レースほどではないが、模擬レースのほうがリラックスして走れるという声もある。
走るウマ娘たちもまだまだ成長途中、こちらも新人。うまくコミュニケーションをとって一緒に成長したいところだ。
今回走るウマ娘たちも、流石は学園に来るだけはある。GⅠウマ娘程ではないが、足の筋肉もしっかりとついているし、引き締まっている。誰もが速く走りそうだと感じる。
しかし、俺を含めたほとんどのトレーナーはある1人のウマ娘を見つめている。
「うーん、色があわねーなぁ」
他のウマ娘たちが準備運動で体を温めている中、ルービックキューブで遊んでいる。誰もが集中して静かにしている中、キューブの擦れる音が響くのはなんとも滑稽に見える。他の娘たちより1回りは大きい体格で、モデルのような見た目のウマ娘だ。
こんな自由な娘もいるんだな……世界は広いな、と思ってしまう。うんうんと腕を組みながら見ていると、不意に目が合った気がした。
ほんの少しだけ顔を見合わせると、レース開始の時刻になったため、スタート位置に集合していく。
ルービックキューブをコースの外に置き、銀髪をなびかせて歩いていく彼女を見て、きっと凄いウマ娘なんだろうと。なんとなくそう思った。
「では、本日最後の模擬レースを開始します。位置について――」
7人のウマ娘が体勢を低くし、走り出す構えを取った。しかし、銀髪の娘だけは特に動きもせず、マイペースに首や肩をぐりぐりと動かしていた。
大丈夫なんだろうかと、不穏な空気が漂い始める。
「――よーい、ドン!」
ようやく用意ができたらしく構えを取った瞬間、レースが開始した。案の定他のウマ娘より大きく出遅れて、最後尾だ。
やっぱりな、なんて声が周りから聞こえてくる。そりゃあそうだろう。この模擬レースは、ウマ娘にとってもトレーナーにとっても大事なレースだ。ここでトレーナーが決まるかどうかで自分のノビも変わってくる。
「あの白いウマ娘、いいですね」
隣で立っていた女性のトレーナーから声をかけられる。チラッと見ると、ボブカットの真面目そうな顔が伺えた。
話に出た白いウマ娘を見る。先頭からやや後ろの3番目の位置をキープしながら走っている。見たところ直線もコーナーも得意そうで、スルスルと走っている。
良い走りをしていると話すと、彼女は嬉しそうに頷く。手に持つレース表とゼッケン番号を照らし合わせる。……ハッピーミークか。白毛といい名前といい、珍しいウマ娘だ。
ハッピーミークには光るものがある。しかし、俺が気になるのはやはりあの銀髪のウマ娘。1,000mを越えたところだが、未だに最後尾を走っている。
どのあたりから仕掛け始めるのか……そう考えていると、すっとバ群の外側に出る。左右へのヨレ癖かと思っていたら、そのままゆっくりとだがスピードが上がっていく。
あの位置からスパートなのか……! ゆっくりじわじわとだが、順位が上がっていく。さっきまでやる気がなさそうな雰囲気を出していたのに……すごい気分屋なのかもしれない。
最終コーナーを曲がってウマ娘たちが全員直線に入ると、そのまま大外からズンズン進んでいく。凄まじい力強さで地面を削り、しかも1歩が非常に大きい。
「すごい……なんて力強さ……」
女性トレーナーの言う通り、ドン! ドン! というパワフルな踏み込みから驚異的な末脚でグングンと伸びていく。周りのトレーナーたちも、あまりの力強さにどよめいている。
しかし、他のウマ娘も負けていない。残る体力を振り絞って全力を尽くす。特に、ハッピーミークは直線に入ってから加速し始め、先頭に躍り出た。
大外から銀髪の娘は突っ込んでいくが、ハッピーミークと3バ身以上離れている。ゴール手前で残り1バ身まで詰めたものの、距離が足らず2着でゴールインした。
「やりました! ハッピーミーク!」
隣の女性トレーナーが手を合わせて喜んでいる。ハッピーミークに注目していた分、1着を取れたのが嬉しかったようだ。
全員がゴールインし、周りのトレーナーたちはウマ娘たちをスカウトしにコースまで降りていく。俺も行かなくては。
やはり人気だったのは1着をとったハッピーミークと、2着の銀髪の娘。既にスカウト合戦になっているが、あの女性トレーナーがハッピーミークを獲得するだろう。他のトレーナーとは熱意が違う。
銀髪の娘は様々なトレーナーから話しかけられているが、話を聞く気がないようだ。チラッと顔を見たと思えば、レース前に投げ捨てていたルービックキューブでまた遊び始めた。凄いクセウマだ。
これは俺もダメかもしれないなと思い、逃げで健闘していた4着の娘に話をしようと銀髪の娘たちの集団を横切った。
「ん?」
ふと、また目が合った気がしたが、特に話しかけられることもなかった。
◆ ◆ ◆
4着の娘と話をしたが、模擬レースで力を出し切れなかったからもう1度走ってから考えると話され、結局スカウトはできなかった。
ハッピーミークは無事、あの女性トレーナーがスカウトできたようだ。他のトレーナーに話を聞いたが、彼女は名門の桐生院のお嬢さんらしい。新人ながら注目されているんだとか。
今後のレースが楽しみだなとひとしきり話し合い、今は別れて1人で歩いている。昨日の模擬レースではスカウトできなかったから、今日のレースの予定を確認しなければならない。1度トレーナー室まで戻ろう。
「お、いたいた! 野良トレーナー発見!」
何やら大きな声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、大きいズタ袋を手に持った先ほどの銀髪の娘が立っている。
……何故ズタ袋?
「トレーナーゲットだぜ! どりゃああああ!」
目をキラーンと光らせると、袋を振り回しながらこちらに突進してきた!
あまりの勢いに驚いて、思わず逃げ出してしまう!
「おいおい『にげる』を使っていいのはトレーナーだけだぜ! あ、お前トレーナーか」
何を言っているかわからないが、とにかく恐ろしいことだけはわかる。とにかく学園に向かってひた走る。
しかし、ウマ娘にスピードで勝てるわけもなく。
「えー、ゴルシちゃん警察、28時13分、逮捕ー!」
あっさりと掴まり、ズタ袋を被せられてしまった。そのまま担ぎ上げられて、どこかに連れ去られていく。
ど、どこにいくんだ!? 彼女がものすごい勢いで走っているのだけはわかるが、外の状況が一切わからない。
「ゴールシは続くーよー、どーこまーでーもー」
歌を歌いながら機嫌よく走っている彼女だが、いったい何のために誘拐しているんだろうか。
というか何故こんな形で持っていかれているんだろう。何故袋詰めに?
疑問は尽きないが、この後何をされるのかがわからないのが一番恐ろしい。やる気がなさそうなウマ娘だと思っていたのに、凄いアグレッシブだ……!
「うっし、とうちゃーく!」
ふわりと浮遊感。そして肩が腹部にめり込む衝撃。ぐふっと息が勝手に漏れる。
そしてもう1度浮遊感。今度は足から地面にぽいっと置かれ、思わずふらついてしまう。
慌てて袋を脱ごうとするが、膝ぐらいまであるせいでうまく脱げない。
「なんだ? 海底でゆれてる昆布みてーだな」
脱げなくて暴れているだけなんだけど……。そういうと、つまらなそうな雰囲気を出しながら袋をはぎ取ってくれた。
視界が広がり、辺りを見渡すとそこは海岸だった。
……どこの海岸だ!?
「お、カニがいるじゃねーか! カニはいいよなー、足がいっぱいあるからよー」
こっちの焦りをよそに、彼女はしゃがんでちょこちょこと動くカニを見て盛り上がっている。
この状況はどういうことなんだと思って話しかけると、あん? と言いながら立ち上がる。
「なにって見りゃわかるだろ? 宝探しだ!」
両手をバッと上にあげてニコニコしている顔を見て、ひとつ思った。
凄まじいウマ娘と出会ってしまった――!