ゴールドシップとの3年間   作:あぬびすびすこ

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11,皐月賞

「真面目に走ってくれるのでしょうか……」

 

 中山レース場でそう心配しているのは、俺の隣で不安そうにするマックイーン。

 ゴールドシップが皐月賞に出ると話をしていたため、応援に来てくれたのだ。

 テイオーも来ているらしいが、シンボリルドルフと一緒に見るとのことで、ゴール前にいる俺たちとは別の場所にいるようだ。

 

 やる気満々だったし、走ってくれるよ。そう言うと、彼女は不思議そうな顔をする。

 

「ゴールドシップさんがレースに対して熱意があるのは知っていますが……あなた、どうやってやる気をださせたのです?」

 

 マックイーンの言う通り、ゴールドシップはレースを走ることに積極的だ。やる気があればだが。

 そのやる気を出させるのが大変なのでは、という話だ。確かにデビューからの1年間、非常に苦労してきた。どうすれば楽しく前向きに走ってくれるのか色々考えた。

 今回、面白そうな作戦を考えてゴールドシップに提案することで皐月賞への熱を上げてもらったが、この方法が俺たちにとっていいのかどうか……。

 とりあえず、今回のレースではしっかり楽しんでもらえるようにした。後のことは後から考えよう。

 

 色々やってみたんだよ。マックイーンにそう伝えると、納得いかないと表情に出ていた。

 本当に素直な子だ。

 

「もう……変にはぐらかすのはゴールドシップさんと同じですわね」

 

 不機嫌そうにぷいっと顔をそむけるのを見て、ごめんよと苦笑しながら謝る。

 そうこうしているうちに、続々とウマ娘たちが入場してきた。観客たちが大きな歓声を上げ、ウマ娘たちもそれに応える。

 

「……いいですわね」

 

 きゅっと胸の前で手を握り締めている。マックイーンはまだ本格的に走ることは叶わない。リハビリ中の身だ。思うところはあるのだろう。

 しかし、悲観することなく、次は私の番だという強い意志を持った目をしている。……何度折れても立ち直って走っていける子なんだな。

 

『今年もやってまいりました、皐月賞です。1枠1番、リボンララバイ』

 

 実況解説によるウマ娘の紹介があり、手を振ったり、緊張で深呼吸していたり、目を閉じて気持ちを整えたりしている。

 そんな中、ゴールドシップはというと。

 

『7枠14番。4番人気、ゴールドシップです。ホープフルステークスでのマクりは見事でした……何をしているのでしょうか?』

『直立して動きませんね……何かのアピールでしょうか?』

「ゴールドシップさん……あの人は本当に……!」

 

 黒いサングラスをかけ、観客の前で直立してビシッと固まっていた。

 本当に全く動かない。他のウマ娘も不思議そうに見たりしているが、一切気にせず、不動。

 俺たちからすると、まあいつものことかと思っていることだが、マックイーンは静かに怒っていた。

 

 そろそろゲートインという時間になったところで、たっぷりと時間を使いながらサングラスをとって俺のほうに投げ飛ばすと、そのままキビキビとゲートのほうに歩いていった。

 何だったのだろうかと思いながら、マックイーンにサングラスをつけてあげたのであった。

 

「ちょっと! 私につけないでくださいます!?」

 

 まあまあ怒られた。

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響き、ゲート前でウマ娘たちが肩や足をぐりぐり回し、走る準備を整える。

 緊張した面持ちでゲートに入っていく中、ゴールドシップだけはのほほんとした顔でゲートをしみじみと観察していた。何か思うところがあるのだろうか?

 周囲のウマ娘たちは1番人気のウマ娘、モールトよりもゴールドシップを気にしている。ホープフルステークスでのマクりのインパクトが強すぎたからだろうか。

 

『さあ各ウマ娘ゲートイン』

 

 全員がゲートインし、走る体勢を取る。ここにきて真剣な顔つきになったゴールドシップ。すっと体勢を低くして、スタートダッシュの構えを取る。

 

 ――ガタン!

 

『スタートしました! ゴールドシップ、出遅れたか!』

『他のウマ娘たちはそろってスタートできていますね』

「あ、もう! ゴールドシップさんったら!」

 

 いや、これでいいんだ。そう言うと、マックイーンはギョッとした顔でこちらを見た。

 わざと出遅れる。これは皐月賞に出る前から決めていた作戦だった。というのも、枠順が決まった時にゴールドシップは7枠14番、外側だ。

 この稍重のバ場なら本当は一気に先行して走りやすいところに、というのも考えていた。スタートから上り坂が一気にくるから、ゴールドシップなら一気に駆け上がれる。

 だがしかし、そう説明したところで納得しないだろう。だから、発想を逆転させた。

 

 マックイーン、逆に考えるんだ。出遅れちゃってもいいさと。

 そう話す俺の顔を、まるでUMAを見たかのような目つきで見つめてきた。

 

「あなた……大分染まってきてますわね」

 

 その自覚はある。思わず頭をかく。

 

 スタートで出遅れたゴールドシップは、第1コーナーに差しかかるころには既に最後方、一番後ろだ。外枠で出遅れればこうもなる。代わりに()()をしっかり走れている。

 走っている顔つきを見るに、問題なく走れているようだ。

 

『さあ第2コーナーを過ぎまして、向こう正面に入ります。ペースは平均といったところでしょうか』

『稍重のバ場ですが、影響は少なそうですね』

 

 外は問題なく走れるからか、コーナーを回っているところを見ると、どのウマ娘もあまり内に入らないように走っている。

 ここから見ても、バ場は荒れている様子は見られない。少し外を回るように走れば、いつもの走りができるからだろう。

 

『先頭から見ていきましょう。ハナを走るのはマツタケウメ、続いてワンズ、プロファウンド。イヴトーク並んでコズミックスカイ。ヴィジットとロードスケール――』

『――そして最後方にゴールドシップです。一番後ろにいますが余裕そうな顔です!』

『彼女は一気に上がっていくマクりがありますからね!』

 

 実況解説の言う通り、ゴールドシップの強みはスタミナを武器に中盤から一気にスパートをかけていくマクりだ。向こう正面に入り残り半分のところから、少しずつスピードを上げ始めている。

 しかし今回はそれを気にしているウマ娘たちがいる。ゴールドシップの前で走っている彼女たちは後方を意識しているようで、外側には出させまいとプレッシャーをかけている。1人は交わしたが、中々前に進めていない。

 やはり、外側から抜くのはかなり難しい状況のようだ。走りやすいコースを強い相手に譲るわけにはいかないからな。

 

「トレーナーさん、このままだとゴールドシップさんは外に出られませんわ」

 

 確かにそうだ。このプレッシャーの中突っ込んでいけば、ウマ娘たちにブロックされて加速できずにずぶずぶ沈んでしまう。

 マックイーンはハラハラしながらゴールドシップの走りを見ている。観客たちも後方にプレッシャーをかけたり、中団で内の娘を外に出さないよううまくブロックしたりと走りの技術の応酬に沸き上がる。

 

「……あなたはやる気を出させることをしたのですよね? なら、何か手があるのでしょう?」

 

 不安そうに俺を見るマックイーンに、力強く頷く。

 ワンズが先頭に立ち、そのまま突き放していくが……作戦は順調だ。

 頼んだぞ、ゴールドシップ!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ――面白いレースだな。ゴールドシップはそう思った。

 自分に注視して前に行かせまいとうまく邪魔をしてくるヤツ。前のほうで外に出たがるのを体でブロックするヤツ。先頭でぶっちぎって走りやすいところを占領するヤツ。

 誰もかれもが、思った通りに走ろうと、全力を尽くしている。ゴールドシップにとって、闘争心剥き出しにしているこのレースは最高に楽しいものだ。

 

「面白くなってきたぜ……!」

 

 思わずニィ……! と口角が上がり、舌なめずりして歯がむき出しになるほどの笑顔を見せる。後方を確認したウマ娘たちがヒィ! と小さく悲鳴を上げたが、興奮しているゴールドシップには些細なことだった。

 

 向こう正面から第3コーナーに差し掛かり、体を傾けながら走る。

 トレーナーの言っていた通り、ターフは稍重でちょっと走りにくい。内なんか荒れ放題で、走りにくいったらない。だけど、アタシは問題ねーな。ゴールドシップは自問自答して頷く。

 

(おもしれーやつだよな。アタシのトレーナー)

 

 第3コーナーが終わり、第4コーナーに差しかかるところで彼女は不意に思った。

 このすっとぼけた作戦はこの第4コーナーから始まる。この作戦は、普通に考えたら絶対にやらない。何故なら自殺行為だからだ。

 こんなことをしたら勝てないだろうということを、これなら絶対勝てる! と言ってすすめてきたのだ。アタシのご機嫌とりもあるんだろーけどな。へへっ。そんなことを考えていると、声が聞こえた。

 

 いけええぇ! ゴールドシップッ! そこだァーーッ!

 

 ――トレーナーは、あんなバカげたことを本気でできると、それで1着になれると思っているらしい。ならばこうするしかない。

 

「やぁぁぁってやるぜええぇぇ!」

 

 叫びながら足に力をこめ、()()()()()()()()()()()()

 走りやすいように考えてくれてるっつーならもっと走りやすい場所を作戦で考えろよな! そんなことを思いながら、ゴールドシップはズンズンと加速していく。

 

『第4コーナー越えて直線に入ります! 先頭はワンズ! ワンズが突き放していきます! 後ろからはマツタケウメ! マツタケウメがきている!』

 

 誰もかれもが外に膨らみ、最後の直線に望みをかけて先頭で大きく差をつけて突っ走るワンズを追いかけていく。

 しかし、気づかないうちにヤツがワンズをまくりにかかる準備を済ませていた。コーナーをガラ空きの内側から一気に突っ込んできたヤツだ。

 

『あ! ゴールドシップです! ゴールドシップがきているぞ!』

 

 実況も解説も、観客もわからなかった。最後尾で走っていたゴールドシップがマツタケウメとぶつかり合うように2番手に来たのだ。まるで、ワープしたかのように。

 こうなることをわかっていたのは、ゴールドシップとそのトレーナーだけだ。マツタケウメもなんでこいつが!? とギョッとした顔をして、あまりの衝撃にヨレてしまう。2番手が崩れたなら、残りは前にいるあのウマ娘だけだ。ゴールドシップを応援する観客たちの大声援を聞いて、ゴールドシップの瞳がギラリと輝いた。

 ドン! ドン! と荒れたターフを駆け抜ける。その音を聞いたワンズは何で!? ワープしたの!? と言わんばかりに目を見開き、必死に逃げていく。しかし、音はどんどん近づいていく。

 

「おらおらおらあぁーー! ゴールドシップ様のお通りじゃあーいっ!」

 

 ゴールドシップはマツタケウメが走りたかった走りやすい直線コースを思いきり走る。ワンズは直線で逃げ切るためにコーナーで最内を走りそのまま直線にきてしまった。逃げ切りたいのに思うようにスピードが出ない。

 もっとも、今のゴールドシップを見れば、走りやすいところで競っても勝てるかどうかだ。

 

 ワンズも抜き去り、先頭に躍り出る。そのままどのウマ娘も置き去りにして走り去る。

 

「ゴールドシップさーん! いけぇー!」

 

 ゴールドシップー! 突っ込めーッ!

 

 マックイーンとトレーナーの声援を受け、ゴールドシップはニヤリと笑った。頭を下げ、さらにさらに、もっともっと加速していく。ここからまだ伸びるのか! 誰もが思ったことだろう。

 スタミナ切れなど一切しないと言わんばかりのスピードアップに、レース場の視線と声援を全てかっさらう。ギラギラした笑顔のままゴールまで走り抜いていった。




ゴールドシップはワープするので実質宇宙船です。
というわけで皐月賞でした。実況解説を少なめにゴールドシップの心境を多めにしてみました。
ただ、実際の実況解説も素晴らしいので、加筆するかもです、はい。

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