A、今面白く生きなきゃ意味ねーだろ!(ゴルシ談)
日本ダービーで負けて死ぬほど泣きながらヤケ酒をした次の日。
二日酔いと自己嫌悪で気分が悪く最高に絶不調な状態で学園に着く。
「おはようございます、トレーナーさん」
校門でたづなさんが挨拶をしてくれる。おはようございます、と挨拶をし返すと、まあと口元に手をやった。
「顔が真っ青ですよ! 大丈夫ですか?」
「おはようございます、たづなさん、トレーナーさん……あら? どうしましたの、そのお顔」
たづなさんが近寄ってきてくる。うーんと唸っていると、俺の後ろからマックイーンが歩いてきて、俺の顔を見て驚いていた。
朝鏡でも確認したが、今日の顔色は本当に真っ青だ。自分で思っている以上にショックだったらしく、酒を飲む歯止めがきかなかった。
ちょっと飲みすぎてしまいまして……そう言うと、マックイーンが厳しい視線を向けてくるが、たづなさんはああ……と苦笑していた。
「トレーナーさんはゴールドシップさんが初めてですものね……ゆっくり気持ちを整えましょう」
そうですね、と力なく笑うと背中をぽんぽんと優しく叩かれる。
ようやく合点がいったとマックイーンが耳をピクピクと動かし、優しい笑顔を見せてくる。
「あなたは良いトレーナーさんですわね。そこまで気持ちを入れているのは素晴らしいです」
でもお酒はほどほどにしませんと、と苦言を呈された。
気をつけるよ、と話していると、元凶の我がウマ娘がやってきたのが遠目から見えた。
……何かに乗っている?
「おっすー。3人して何してんだ? 悪の組織集結か?」
ヴィーンと音を立ててセグウェイに乗ってきたゴールドシップ。お前、ウマ娘なのにそれはどうなんだと思ってしまうところ。
ケガはしてないよな? と一応聞いてみると、するわけねえじゃん! と朗らかな笑顔で答えられた。
「あなたという人は……昨日もそうでしたが、少し気もそぞろなのではないですか? 日本ダービー、集中を欠いていたようですけれど」
「だってよぉー、隣のやつがすっげーうるさかったんだぜ? やる気も空気もまずまずっつーわけよ。最後に横並びで走った時は面白かったけどな!」
レース後に聞いてみたら、隣の出走ウマ娘が緊張しすぎて般若心経をスタートするまで延々と唱えていたらしい。
それが気になりすぎてイライラしていたらしく、レース中ずっとしかめっ面だった。最後の直線だけは何故か楽しげにしていたけれど。
なんともまあ気分屋らしいレースではあったが、それでも俺にとって初めての敗北だったわけで。
大分泣いてヤケ酒した顔を見た彼女は、まじまじと俺の顔を見て、腹を抱えて大笑いしていた。
「あっはははははは! おもしれー顔! 深海魚みてーだな!」
「んふっ! も、もう、ゴールドシップさん!」
俺の顔を指さして大笑いするゴールドシップをマックイーンが注意しようとするが、彼女の発言がツボだったのか笑いをこらえている。
半笑いでお前のせいだぞ! と言うと、目を細めてへーんと言いながら肩をすくめる。
「ゴルシちゃんは知らねーぜ? だってアタシ、カヨワイ女の子だもん☆」
きゃるるんと人気ウマスタグラマーのカレンチャンのようにかわいいポーズをするが、やや腹が立ったので俺は無視してたづなさんを見ていた。
「……おい、ちゃんと見ろよ」
目の前に真顔のゴールドシップがすっと現れた。
「アタシの渾身の魔法少女ウマキュアの変身ポーズを見ねーとか世界的損失だぞ! トレーナーならアタシをちゃんと見とけよな! 1秒後にはどうなってるかアタシだってわからねーんだからよ!」
「ウマキュア……?」
「あの、そろそろ授業はじまりますよ?」
3人で談笑していたらもうそんな時間のようだ。
マックイーンが慌てて走り出し、ゴールドシップはセグウェイで我関せずと進んでいく。
勝とうが負けようが全然変わらないな、と改めてその精神性に偉大さとおかしさを感じるのだった。
◆ ◆ ◆
「トレーナー、さっき理事長からこれもらったぜ」
トレーナー室で昼食を食べながらトレーニング内容を考えていたある日、ドロップキックによってトレーナー室の扉が蹴破られるという恒例の風景が見られた。
またか……と、いつものように扉を直していると、ゴールドシップから封筒を渡された。理事長から……なんだろうか。
いつも扉を破壊したりしているからついにお怒りが……? 恐る恐る封を開けて中を見ると、なんとレースの参加要請だ。
「宝塚記念? オペラオーと8時間耐久美ヂカラバトルか!? アタシの紙やすりで磨かれた美パワーを見せつける時がきたようですことよ!」
オーッホッホッホ! と高笑いするのを無視して内容を確認する。
宝塚記念はファンによる投票で上位に入ったウマ娘だけが走れる、言わば推しウマ娘の祭典。トゥインクルシリーズで活躍している全てのウマ娘たちに投票されるため、走りたてのクラシック路線のウマ娘たちが投票されることは少ないはずなのだが……。
意識していなかったためにチェックをしていなかったが、最終結果が書かれた紙を見ると、予想していた以上に人気ウマ娘になっていたようだ。
1位:70,519票 オルフォ
2位:57,539票 ゴールドシップ
3位:53,738票 フェミノーブル
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1位は稀代の暴れウマ娘と言われるオルフォ。凄まじく切れる脚をもち、抜け出したら止まらない。シニア級では今のところぶっちぎりで強い。
3位は非常に体幹が強く、力強い走りでファンを魅了するフェミノーブル。1位のオルフォと戦った昨年のジャパンカップでは、オルフォたちに進路をふさがれかけたのに、オルフォを体で弾き飛ばして先頭に立ち、そのまま1着を取るなど非常に体が強い。
そして何より、オルフォは皐月賞、ダービー、菊花賞を取った3冠ウマ娘、フェミノーブルは桜花賞、オークス、秋華賞を取ったトリプルティアラウマ娘だ。
そんな2人に挟まれるかのようにファン投票2位というのは……何故なんだ!?
「なあトレーナー、最近ノリ悪くねーか? 無視すんなよー、ゴルシちゃんつまんねーよ」
ゆさゆさと服を掴んで揺さぶるゴールドシップに悪かった、と謝って投票結果の紙を見せる。
「なんだこれ? ファン投票……おぉ! ゴルシちゃん2位じゃねーか! 白米の脇にあるぬか漬けのきゅうりぐれーの人気だな!」
何調べの人気なのかはさておき。
正直レースへ参加するかどうか、非常に悩ましい。というのも、今狙っているレースは菊花賞。3,000mという長い距離のレースだから、それに合わせたトレーニングをしなければならない。
宝塚記念は2,200mと中距離だ。800mも差があると、レースで感覚を、というのもなかなか難しい。できれば早いうちから調整していきたいからな……。
一番の懸念は、皐月賞から日本ダービーというレースへの流れとほぼ同じ間隔での出走になることだ。この前はそれで大失敗したわけだし、慎重になってしまう。
たった1ヶ月でレースへのやる気を出してくれるのだろうか? そう思ってゴールドシップの顔を見てみる。
「へへ、おもしれーじゃねーか。こいつらぶっちぎりゃあ最高に気持ちよさそうだな!」
……すごいやる気だ! 一体どうしたんだろうか。
走る気満々なのはなんでだと彼女に聞くと、いい笑顔でファン投票の紙を見せてくる。
「ここに書いてあるやつは、みんな選ばれてんだろ? レース場で見てるインドの人口かっつーぐれーの客にさ」
そうだよ。そう答えると、不敵な笑みを浮かべながら、腰に手を当てた。
「だったらよ……走るしかねーだろ! ゴルシちゃんを見たいって言ってんだからな!」
はっはっは! と笑うゴールドシップを見て、俺はハッと息をのんだ。
ゴールドシップがファンのことをきちんと想っている……!? 今まで自分の好きに走りたいという想いが強かった彼女が、ファンのために走りたいなんて。
……今までレース中、歓声を浴びるとやる気がでている節がある。普段の言動を考えると、注目されるのが好きなのかもしれない。
目立ちたがり屋と単純に言えないだけの破天荒さがあるわけだけど。
宝塚記念、申請出すよ。そう言うと、おう! と元気良く返事された。
出走のサインをして封筒にしまっていると、ゴールドシップが体に力を入れながらガッツポーズを取り出した。
あ、まずい。
「よっしゃああぁ! このレースに勝つのに必要なのは宝塚パワー! つまり歌と踊りだ! 見せてやるぜ、ゴルシちゃんダンスを!」
「せいせいせいせーい!」
凄まじいスピードのコサックダンスをし始めたゴールドシップがトレーナー室の椅子やテーブルを蹴り飛ばすのを全力で止める俺なのだった。
2013年の宝塚記念をベースに書いてます。
オルフォはもちろん最強の暴れ馬ことオルフェーなんとかくん。
フェミノーブルは当時ぶっちぎりで強かった牝馬のジェンティルなんとかちゃん。
実際のゴールドシップはクラシックの時期に宝塚記念は走っておらず、次年度の出走になってます。
というわけで、育成ストーリーでの隠しイベントをやる意味も込めまして、出走です。