ゴールドシップとの3年間   作:あぬびすびすこ

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 メインストーリーで、レース前に公開練習や記者会見がきっちりあるというのが描写されているので取り入れてみました。


15、ヅカの前

 宝塚記念への出走を決めてトレーニングを始めて2週間後の6月中旬。

 のこり半月に迫っているため、レース本番に向けた調整を始めている時にそれは起こった。

 

「オルフォが出走しねー?」

「はい、そうなんです」

 

 たづなさんが練習場まで走ってきて、オルフォの出走取消を連絡してきた。

 俺も周りの人たちも驚いていると、ゴールドシップが不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「あいつこの前調子よく走ってただろ? 急にどうしたんだ?」

「それが、EIPHが起きてしまいまして……」

「なんだそれ? エンドレスアイランドピースフルか?」

 

 いつも通り意味不明なことを話してうーんと唸る彼女に、オルフォの病状を説明する。

 EIPHとは運動誘発性肺出血。つまり、激しく運動しすぎて肺が傷ついて出血してしまう病気のことだ。

 恐らくレース前ということでトレーニングで負荷をかけすぎたのだろう。実際、この前練習場で見た時はオーバーワークギリギリのトレーニングをしていた。

 

 この病気はウマ娘がよく発症するもので、鼻血がでるのが特徴だ。激しい運動で体に酸素を取り込まなければならないウマ娘にとって、鼻呼吸ができないのは死活問題だし、肺が傷つくなどもってのほか。

 おそらく長期療養になってしまうだろうな……そう言うと、後ろにいたウマ娘がフン! と鼻息荒くトレーニングに戻った。

 

「自己管理できないとか、ホントバカなんだからっ」

 

 寂しさが混ざった怒りを言葉に出しながら走り出したあのウマ娘はフェミノーブル。

 ジャパンカップで戦うこともあったから、きっとライバルのように感じていたのだろう。

 

 誰もが何とも言えない思いを抱く中、ゴールドシップが動いた。

 

「あいつがフェミノーブルか。よし、いっちょやってみっか!」

 

 えっ、と声が漏れた時には既に走り出していた。

 軽く走っていたフェミノーブルに襲い掛かるかの如く猛スピードで追いかけていく。

 

「へいへいへーい! そこの高貴なるお嬢ちゃんよおー!」

「……はっ? あんた何――」

 

 ゴールドシップが追いつき、フェミノーブルが振り向いた瞬間。

 勢いがついたラリアットがヒットした!

 

「ぶっ!?」

「かっとばせー! ゴ・ル・シー! マックイーン並みの応援じゃーい!」

 

 そのままフェミノーブルを片手で抱えながら練習場を爆走。ゴールドシップの腕が首にひっかかってどうしようもなくなっている彼女は必死にしがみついている。

 一体何がしたいのかわからないが、とりあえずフェミノーブルのトレーナーに謝るため、ぽかんとしている彼の元に足を運ぶのだった。

 

 

 

 宝塚記念前日。

 あの日からトレーニング中、同じ場所にいるとフェミノーブルに絡みまくっていた。トーセンジョーダンに対しての扱いと同じぐらいだ。

 何でそんなにやるんだと聞いたら、オラつくからと答えられた。どういうことなんだ……。

 ゴールドシップのハジケっぷりは他のトレーナーたちもわかっているからか、フェミノーブルのトレーナーにもそこまで言われていない。

 しかし、当のフェミノーブルは違った。

 

「あんた、いい加減にしなさいよっ! ジャマなのよ、トレーニングの!」

「あん? アタシはジャーマンポテトじゃねーからな! よく見てしゃべれよな!」

「~~~っ!?」

 

 追走するゴールドシップが煽りに煽り、彼女は顔を真っ赤にしながら走っている。

 この後記者会見も控えているというのに、この子たちは大丈夫なのだろうか……。というか、レース前日にあまり走らないでほしいと話をしてあるのに、すごい走っているし。

 なんだかなぁ、とフェミノーブルのトレーナーと一緒に苦笑する。

 

 ブチギレたフェミノーブルにタックルをくらって吹き飛ばされたゴールドシップを引きずりながらトレーナー室に戻る。

 制服に着替えさせて記者会見の準備をさせていると、室内から声が聞こえた。

 

「宝塚っつったらやっぱヨーグルトだろー? ホエイプロテインマシマシ練りわさびに生わさびマシマシでからしもマシマシ固め濃いめ多めでいくか!」

 

 ……ルドルフに言われているから、なんとか無事に記者会見をやらせなければ!

 いいぞーと言われて室内に入ると、既に椅子でくつろぎながら生中継の記者会見を見ていた。

 

「ゴルシちゃんの着替え覗いたか?」

 

 覗くわけない。

 

「あん!? この美の体現者たるゴールドシップ様を見ねーだと!? 見ろっ!!!」

 

 理不尽だ!

 だがまあ、いつも通りの調子なので明日のレースはいけそうだ。

 隣に座って会見を眺めていると、先ほどまで血管が切れそうになっていたフェミノーブルが現れた。

 

「なんつーか、やっぱオラつくんだよなー。ジョーダンの姉妹か?」

 

 うーんと顎に手をやりながら考えこむゴールドシップ。

 ビワハヤヒデとナリタブライアンという全然名の違う姉妹はいるが、フェミノーブルはジョーダンの姉妹ではない。

 

『宝塚記念、1番人気に推されています。どうお考えですか?』

『ファンの皆様に期待していただき、感謝しかありません。燃え上がるようなレースをお見せすることを約束します』

 

 トリプルティアラウマ娘の名に恥じない、堂々とした姿だ。

 ゴールドシップも無言で画面を見つめている。

 

『オルフォさんが出走取消になりましたが、いかがでしょう』

『彼女と走ることができないのは残念です。次のレースで戦えることを楽しみにしてもらえるよう、全力で走ります』

 

 オルフォのことを聞かれても冷静だ。本当はとても悔しいだろうに。

 ゴールドシップ、こういう記者会見をしてほしいんだけど。そう言うと、ブスッとした顔をする。

 

「つまんねーだろ、それじゃあよ。あいつみてーに、言いたいこと言わねーとか面白くねー!」

 

 ヤダヤダと椅子に座りながら暴れ始める彼女を見て、やっぱり無理かーと思いながら画面に視線を移す。

 

『2番人気のゴールドシップさん。まだクラシックのウマ娘ですが、皐月賞を取った強敵です。どうお考えでしょう?』

『クラシックでの活躍、素晴らしいと思います。ですが、私は負けません』

 

 強い意志を持ってそう話すフェミノーブル。やはり、手強い相手になるだろう……。

 

 改めて気合を入れなおしていると、たづなさんが順番だと呼びに来た。

 ゴールドシップを連れて、会見をしている教室に移動する。

 

「くれぐれもよろしくお願いしますね、ゴールドシップさん」

「おう! 任せとけ!」

 

 たづなさんに念を押されているが、全く聞いている様子が見られないゴールドシップ。

 とりあえず後方に立ってフォローする態勢に入る。

 

「ゴールドシップさん、クラシック路線ながら宝塚記念でのファン投票2位。すばらしいですね」

「ゴルシちゃん大勝利だな! ネアンデルタール人も祝福してくれてるぜ! ブラジルのおまえらー! 聞こえてっかー!」

 

 大変喜んでます。

 

「あ、はい、ありがとうございます……ええと、2番人気となりましたが、いかがでしょう?」

「2って数字いいよな。腕にくっつけたら海賊になれんじゃねーか? アタシ船長やるからトレーナーオウムやれよな!」

 

 2番人気をもらえて嬉しいそうです。

 

あっ、こういう感じなんだ……。1番人気のフェミノーブルさん。強敵だと思われます」

「アテクシの走りはノーベル平和賞をとれますことよ? 今は効かねーけどそのうちガンにも効くだろ!」

 

 全力で走って勝ちます、と言っています。

 

「う、うん、はい、ええ。日本ダービーでは5着でした。間が1月でしたが、今回調子はいかがですか?」

「夏場に鳴きまくる6日目のセミぐれーだな! ミーンミンミンミンミン!」

 

 ゴールドシップ、もう少しわかりやすく。

 

「んだよー。浅漬けのキムチのほうがよかったか? それともクジラに食われかけてるイワシか?」

「う、うーん、とにかく調子がいいということですか?」

 

 体調もやる気もバッチリです。

 

「あ、ありがとうございます。では最後に、宝塚記念への意気込みをお聞かせください!」

「ゴルシちゃんから目を離すなよな! ヅカの主役はアタシなんだからな!」

 

 最後の最後になんとか決めてくれたようだ。ホッと一息つく。

 明日の宝塚記念、全力で走れるように調整してきた。楽しみに待とう。

 

 なお、この会見は"宝塚漫才"としてSNS上で話題になり、ゴールドシップと何故か俺の人気が上昇するという珍事があった。

 後に生徒会室に呼ばれることになるのは、この時の俺は知りもしなかったのだった。




 ゴールドシップをいっぱい喋らせると、ハジケと賢さを両立しなければならないのですごく気を使います。楽しいですけどね!

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