ゴールドシップとの3年間   作:あぬびすびすこ

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Q,レースでラフプレーはありなの?
A,極端にひどくなければ許されている節があります(アニメより)


16、宝塚記念

 宝塚記念当日。阪神レース場の控室にて、精神統一をするゴールドシップ。

 イスの上で座禅を組み、被っている帽子の上に紙コップを置いて目を閉じている。紙コップの中には何も入っていない。

 

「ふんぐるいふんぐるい」

 

 謎の呪文を唱えながらイスの上に立ち上がり、かっと目を見開いた!

 

「ちぇりゃああぁーっ!」

 

 頭に乗せていた紙コップを俺に投げ、椅子から飛び降りて三点着地。ゴツンと鈍い音がした。

 投げられた紙コップをキャッチしていた俺は、近くのウォーターサーバーで水を入れてゴールドシップに渡す。

 

「お、さんきゅーべりーまっちんぐ!」

 

 素直に受け取ってぐっと一気飲みし、うひぃー! と息を吐きながら紙コップを握りつぶした。相変わらず行動が読めない。

 気合は十分? そう聞くと、おう! と元気よく返事をしてくれる。

 

「いやー、思ってた以上にすげーいっぱいいるな! こいつはおもしれ―ことになるぜ!」

 

 ……ホープフルステークスや皐月賞以上にやる気に満ち溢れている!

 やはり、たくさんの観客に見られていると燃えるようだ。ダービーではこの宝塚記念と同じく2番人気だったはず……何が違うのだろうか。

 右回り左回りとかそういうのじゃないと思うが……ゴールドシップのバイオリズムが合わないとかそういうのだろう。

 

「ところでよ! 今日はなんかねーのか?」

 

 なにか? 何、とは?

 

「何っておめー、作戦だよ作戦。皐月賞のときはすっげーおもしれーの考えてただろ?」

 

 どうやら奇抜な作戦の打診のようだ。

 皐月賞の時はバ場から予想できたが、今回はバ場が良好だ。そしてゴールドシップには不利……のように思える。

 阪神レース場は起伏が激しいわけではないというのが理由だ。そして、スタートの下り坂で全員好きに加速できるからハイペースになることが多い。加速の遅い彼女にとってはあまり嬉しくない。

 

 ……言えばやってくれるだろうか? 作戦をお願いをしてみると、にぃっと笑みを浮かべた。

 

「流石はアタシのトレーナーだな! ゴルシ劇場をよくわかってんじゃねーか!」

 

 肩をバシバシ叩かれ、そのまま首に腕を回される。

 

「うっし、これでいくからな! 地球上の生命体全部がゴルシちゃんに釘付けになるぜ!」

 

 ゴールドシップの満面の笑みを見て、俺もつられてにぃっと笑う。

 俺も彼女に染まってきたな……そう感じる瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響き、ゲートにウマ娘たちが入っていく。

 その姿を、隣のウマ娘たちは心配そうに見つめていた。

 

「大丈夫かなー? ゴールドシップってスタート苦手なんでしょ?」

「スタートというか、ゲートが嫌いなのでしょう。蹴り開けられないかと話していましたもの」

 

 テイオーとマックイーンだ。今回のレースの応援に来てくれたわけだが、ゴールドシップのスタートを気にしている。

 彼女のスタート出遅れは相当なもので、今までのレースでは全て出遅れから始まっているのだからこのゲート難は凄まじい。

 皐月賞ではそれを逆に利用する作戦を立てたわけだが、あの時と同様に他のウマ娘からは警戒されているはず。内から外から前に出にくくなってしまうだろう。

 

 だからこそ今日話した作戦が通る。最初が肝心だ……頼んだぞ。

 

『3枠3番には3番人気、フェノメノン。2番人気、ゴールドシップは8枠10番です。1番人気のフェミノーブルは8枠11番』

『私の一押しはゴールドシップです。今日もやってくれると思いますよ!』

『さあ、全てのウマ娘がゲートに入りました!』

 

 ――ガタンッ!

 

『スタートしました! ゴールドシップ少し出遅れたか!』

「あっ、もう! ゴールドシップさんったら!」

 

 相変わらずのスタート下手でゴールドシップは出遅れる。隣にいたフェミノーブルは好スタートでゴールドシップの前を行き、先行の位置を取ろうとしている。

 よし、予定通りだ。そう言うと、テイオーとマックイーンが目を見開いてこっちを見てくる。

 

「トレーナーさん……あなた、またですの!?」

「出遅れって作戦だったの!?」

 

 出遅れは作戦じゃない、と苦笑しながらゴールドシップを見る。フェミノーブルが先行してゴールドシップの前に出るのが予定通りなだけだ。

 

「では、ここからどういう……」

 

 今わかるよ。そう言って、大きく息を吸う。

 ――ゴールドシップ!

 声をかけると、彼女はニヤリと笑い、舌なめずりをして一気に加速した!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『ご、ゴールドシップが前に詰めた! 先行の形をとるようです!』

 

 実況解説、そして観客のどよめきを聞きながら、ゴールドシップは前に前にと走りこむ。スタートが出遅れたのに、ここで加速して先行の位置まで追いかける。

 相変わらず誰も想像しない作戦を実行させてくるトレーナーだな! 思わずニヤけながら、フェミノーブルの隣にまでたどり着く。

 ちらっと確認したフェミノーブルの驚愕している顔が見え、さらに笑みを深くする。

 

「なっ……」

「ゴルシちゃんはなんだってできるんだぜ!」

 

 彼女のトレーナーは、控室でこう言っていた。

 ――出遅れてもなんでもいい。必ず先行で走ろう。

 アタシが先行ぉー? そう言うと、こう返してきた。

 ――スタート以外、なんだってできる。そうだろ? ゴールドシップ。

 あんな信頼された目で見られたなら、やってやらないわけにはいかない。だってゴルシちゃんだから!

 

 そんな話し合いの末、この作戦が決行された。

 やることは非常に簡単だ。どれだけ遅れても、必ず最初に先行の位置を取る事。もっと言えば、フェミノーブルにびっちりとくっついて最終直線まで行くことだ。

 トレーナーは阪神レース場の作りを考えた上で決めた作戦だった。平坦なレース場な上、逃げ先行が調子よく飛ばすと縦長になりやすく、マクりにくい。

 先行したままスピードを維持して駆け抜けるウマ娘が勝ちやすいため、ゴールドシップがやったことはないが先行でもやれるだろうと考えていた。

 

 しかし、ゴールドシップは違った。彼女が先行策の作戦を取ろうと思ったのは、面白そうだったからだ。

 まず、オラつく相手のフェミノーブルが先行する。なら自分も先行したら面白そうだということ。

 次に今まで追込しか見せてなかった自分が先行したら、周りから注目されるだろうということ。

 最後に。トレーナーが全幅の信頼をよせてきた、ということ。

 

 自分の走りたい気持ちを優先してくれているおかしなトレーナー。ダービーを走り終わって次の日、顔を見たら大泣きした跡があった。

 そんなにも勝てると信じてくれてるんだな。それなら、少しぐらいこいつの話を聞いてやるか。ゴールドシップはそう思った。

 だから、好き勝手に走るが、勝つ。フェミノーブルがオルフォと走れずに悔しい気持ちでいるとか、フェノメノンがやる気バッチリで勝ちにいこうと張り切っているとか、そんなものは関係ない。

 

「主役はアタシなんだからよおぉー!」

「くっそ……!」

 

 最初のコーナーを曲がりながら、外に膨らもうとするフェミノーブルをブロックするゴールドシップ。

 良バ場とはいえ内側は今日のレースで走りに走っているため荒れている。あまり内に入りすぎずに走りたいフェミノーブルだが、隣を走る芦毛の猛獣の圧が強すぎた。外に行こうにも、前も後ろも詰まっているし、横に膨らむなんてもってのほかだ。

 ギリギリと歯軋りをしながら、内側を走って行く。最終直線で見ていろよ、とゴールドシップを睨みつけるが、彼女はニヤニヤしているだけ。時折舌なめずりまでしていて、本当に野獣のようだ。

 

『コーナーを抜け、向こう正面に入ります。先頭は変わらず大きく大きく逃げましたウマ娘、リボンアリア。後方大きく距離を開けてジャラジャラ。その後ろにフェミノーブルとゴールドシップです』

 

 先頭にいるリボンアリアは、阪神レース場という走りやすく一気に逃げることができる好条件を最大限活かそうとしている。

 しかし先行策も同じく、スピードをつけて一気に駆け抜けることができる。後方の集団で走るウマ娘たちは最終直線で一気に抜け出すのを狙っている。

 

 おおよそコースの半分を走り切ったところで、フェミノーブルはゴールドシップを見た。ゴールドシップは残り半分ぐらいの距離からロングスパートをかけることは知っていた。

 様子を窺うも、全くスパートをかける様子はない。慣れない先行策で脚を使ってしまったのだろうか。しかし、それなら好都合。コーナーで吹っ飛ばしてやる。彼女は歯をむき出しにしてニィっと笑った。

 ――隣の猛獣がそれ以上に笑っていることを知らず。

 

『向こう正面を抜け、第3コーナーに入ります。ここから仕掛けるウマ娘たちはいるのでしょうか!』

 

 第3コーナーに入り、第4コーナーに入る直前、フェミノーブルは仕掛けた!

 

「うしゃああぁーーッ!」

『フェミノーブル仕掛けました! どんどん差を詰めていきます!』

 

 ターフを蹴り上げ、ぐんぐん加速していく。直線でこの加速を使い、一気に先頭に出る!

 そう考えて、膨らむのを承知で仕掛けた。膨らんだところで、うまく走れていないゴールドシップなどぶつかっても弾き飛ばせる。そう考えていたのだ。

 

 しかし、それは全てフェミノーブルの主観だった。

 

 ドンッ! ドンッ!

 自分が加速し始めた隣で、凄まじい爆音が聞こえてくる。思わず横目で確認すると、そこにいたのは目を見開きこちらに狙いを定めているゴールドシップだった。

 

「ッ!?」

 

 肉食獣。捕食者。そんな眼光だ。思わず体がビクリと震える。

 だが、フェミノーブルはプレッシャーで負けるウマ娘ではない。ゴールドシップを睨み返し、ぶつかりにいく勢いで加速しながらコーナーを曲がっていく。

 ゴールドシップはフェミノーブルに体をぶつけられているにもかかわらず、全く気にもせず真横にビタッとくっついて走る。完全にマークしていた。

 

『最終直線に入りました! 後ろの娘たちは間に合うか!』

『先頭のリボンアリア、ペースが落ちています! パワーの限界でしょうか!』

『後ろから猛然と追い上げるのはジャラジャラ! そしてぶつかり合うようにフェミノーブルとゴールドシップが上がってきました!』

 

 ずるずると中団に落ちていくリボンアリアをよそに、ゴールドシップたちは一気に追い上げる。

 フェミノーブルは一気に駆け抜けたい。しかし前にはジャラジャラがいるため、横に躱したいのだが隣のゴールドシップがジャマでうまく走れない。

 コーナーからの応酬に痺れを切らしたフェミノーブルが、ついに動いた。

 

「ジャマなのよ!」

 

 ゴールドシップを押し出そうと、右足で思いきり踏みこみながら左に体を寄せる。

 体がぐっと接触するが、ゴールドシップは全く動かない。

 こいつ! フェミノーブルはもう一度踏み込み、体を寄せた。

 そして、体が接触した瞬間、ゴールドシップがギロリとフェミノーブルを見た。

 

「ッ!?」

「じゃあな、お嬢ちゃん」

 

 ドンッ!! 今までで一番大きな爆発が起き、ゴールドシップは飛ぶように駆け出した。

 フェミノーブルは強い踏みこみで弾かれてよろけ、慌てて体勢を整えた時には既に遅かった。

 ゴールドシップはぐんぐん加速し、既に先頭に躍り出ていたのだ。

 

「くそ! 戦艦かってのッ!」

『ゴールドシップが一気に先頭へ躍り出ました! どんどん差を広げていきます! これがクラシックウマ娘の力なのでしょうか! 他の追随を許しません!』

 

 一気に駆け抜けたゴールドシップは下り坂を利用して加速していく。フェミノーブルを振り切った時点で、既に追いつけるウマ娘はいなかった。

「いっけー! 走れー!」

「いけますわよー!」

 ――走れー! ゴールドシップー!

 

「ったりめーよおぉーーっ!」

 

 ドン! ドン! レース場に爆音を奏で、観客の視線と歓声を一身に受けながら、ゴールドシップは1着で走り抜いた。




 皐月賞のワープも好きですが、宝塚記念のような明らかに頭一つ抜けた勝ち方も好きです。強い。素直にそう感じます。

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