「今後は気をつけなさい」
はい、すみませんでした。
頭を下げながら、合宿所の部屋から退室する。
この前の○×ゲームトレーニングについて、先輩トレーナーから注意を受けたのだ。
あまり周りのウマ娘たちを巻きこむな、ということだった。ナカヤマやチケットなどのトレーナーには事前に許可を得てトレーニングに参加してもらったのだが、その後にやりたいと言ってきたウマ娘たちは許可などもらっていない。
ケガや不調で運動せず休養を、という指示のウマ娘もいる。勝手にトレーニングをさせたとなれば大事件にも繋がるのだから、気をつけるようにとのことだった。
ゴールドシップが楽しんでくれていたから少し調子にのっていた、と肩を落とす。
俺はまだ2年目の新人トレーナーだ。たまたまゴールドシップが強くて良い評価をもらっていたが、まだまだひよっこ。
理事長に認められたと思って、張り切りすぎたか……とぼとぼ歩いて合宿所を出ると、突然体が宙に浮いた。
な、何っ!?
「ようトレぴっぴ! ばあちゃんの漬けたしょっぱい梅干しみてーな顔してねーでさっさと行くぞ!」
ど、どこに。そう言おうとする前に、ゴールドシップは走り出した。
今日はトレーニングはなしで1日オフにすると言っておいたのに、何故ここに……?
「すっすめー、すっすめー、どっこまっでもー」
相変わらず担がれて誘拐されていると、ふと気づいたことがある。
一番最初に掴まった時より、はるかに揺れが少ない。体幹とパワーを鍛えた結果が出ているようだ。
調子にのっていたと反省していたが、こうして結果が形でわかると嬉しくなってしまう。
目的地に到着したのかひょいっと置かれる。ゴールドシップの肩を持ちながらすっと降りると、夏合宿中トレーニングで使っている砂浜だ。
山に連れていかれるものだと思っていたが、どういうことかと思っていると、後ろから声をかけられた。
「よく来たな、ゴルシのトレーナー!」
「あ、どもども」
ツインターボとナイスネイチャだ。その後ろではイクノディクタスとマチカネタンホイザ、メジロパーマー、ダイタクヘリオスもいる。
先ほど合宿所で話をしていた人とは違う先輩のチームのメンバーだったと思うが、何故連れてこられたのだろうか。不思議に思っていたら、先輩が声をかけてきた。
「お疲れ様です。少し手をお借りしたくて、僕がゴールドシップさんに頼んだんです」
「おう! 頼まれたからには、八面ゴルシの働きをしねーとな。つーわけでトレーナー、給料くれ」
手を差し出されたのでポケットから苦い飴というふざけた味の飴を渡す。
「さんきゅー、んぐ。くぁーっ、苦ぇーーっ!!!」
満面の笑みで暴れまわるゴールドシップをよそに、どういう経緯で呼ばれたのかと聞いてみる。
先輩が言うには、昨日の○×ゲームトレーニングをやってみたいとターボに言われたのでやらせたいということだった。
もちろんどうぞということで、ゴールドシップにん、と手を差し出すと、悶えながらロープとボールを渡してくれたので先輩と一緒に準備する。
「阿吽の呼吸ですね」
「ああいう人たちだから勝てるのかなぁ」
イクノとタンホイザが何か話しているのが遠くに見える。ロープで線を引き終えたので、いいぞーと声をかける。手を振っているゴールドシップがスタートの号令をしてくれるみたいだ。
マスの横で走ってくるのを待っていると、先輩が穏やかな顔で話しかけてきた。
「君はこの1年半で随分成長したね」
驚いてまじまじと顔を見てしまう。理事長やウマ娘たちに褒められることはあったが、先輩などのトレーナーには褒められることは無かったから。
むしろ、いつも注意されていた。9割はゴールドシップの暴走を止めろという話ではあったが。
ゴールドシップに教えてもらっています。そう言うと、先輩は笑う。
「僕もみんなに教えられてばかりです。パーマーさんとヘリオスさん、爆逃げという走りもありなんだと思いましたよ」
先輩が言っているのは、パーマーとヘリオスが走った有馬記念だろう。他にもテイオーとライスシャワーもいたはずだ。
パーマーとヘリオスが15バ身以上も引き離しながら先頭でぶっちぎり、そのままパーマーが逃げ切ってしまったレース。テレビで見ていた時は開いた口がふさがらなかった。
完全に併せウマしてるのかという走りだったからな。でもすごく面白いレースだった。
俺も、ゴールドシップみたいな走りもありなんだなって思いました。お互いにいいウマ娘を担当してますね、と笑いあった。
「ここだぁーっ!」
「うぇーい!」
パーマーとヘリオスが突撃しながらボールを置くのを見て、思わず笑ってしまうのであった。
◆ ◆ ◆
夏合宿も残り1週間。水上ござ走り、○×ゲーム、砂上コサックダンス、竹馬海渡りなど色々なトレーニングをやってもらっていたが、ついにネタが尽きた。
といっても、次に走る菊花賞は10月末。長距離のレースであるため、しっかりと調整しておきたいから、そろそろ別のトレーニングもしていきたいところだった。
なので、スタミナトレーニングをしてもらうために沢山泳いでもらうことにする。
「バナナボート! オン! マックちゃん!」
「どういうことですの……?」
「ボクもよくわからないよ……」
ゴールドシップが楽しそうに持っているのは3人乗りのバナナボートだ。これを腰に括り付けて泳いでもらう。
バナナボートにマックイーンとテイオーに乗ってもらうことで重くなり、力強く泳がないと前に進めないため、負荷の強いトレーニングになる……はず。
どれぐらい効果があるかわからないので、早速やってもらうことにする。
「よっしゃ、行くぜ! 犬かきマスター!」
泳ぎ方は特に指定しなかったが、何故か犬かきを選択したようだ。凄まじい水しぶきを上げながら泳いでいるが、あまり前に進めていない。
「……進みませんわね」
「ターフの上ならともかく水の中は難しいんじゃなーい?」
全然進めてないぞー、とみんなで声をかけているとムムッと唸りながらこちらを見た。
「見とけよトレーナー……これがゴルシちゃんの、バナナシンクロスイミングじゃああぁぁーーい!」
一度海に潜ると、水面から跳びあがった。イルカみたいだ。それにつられてバナナボートも飛び上がる。
「きゃあああああああ!」
「こんなの聞いてないよぉー!?」
綺麗なフォームで着水すると、大きな水しぶきが上がる。次いでバナナボートが着水すると、ゴールドシップは力強い手足の動きでもって、思いきり泳ぎ始めた。今度はクロールだ。
先ほどの遅さはどこに行ったのかというぐらい速いスピードで海を泳ぎまわる。水上スキーの牽引もかくやというスピードだ……ウマ娘とは言え、凄いパワーだ。
「イエーイ! 凄く速いよ、ゴールドシップ!」
「こういったレクリエーションは初めてですが、楽しいものですのね!」
「ゴルシちゃん号抜錨だぜぇーーっ! ごぼぼっ!」
海水が口に入ってごぼごぼ言いながらも、勢いそのままにバナナボートは走っていく。周りにいたウマ娘たちも思わずボート上のマックイーンとテイオーを見てしまっている。
その先で泳いでいるゴールドシップを見て、あぁ……と納得顔をしているが。あ、おい、こっちを見て呆れた顔をしないでくれ。
「トレーナーさん」
声をかけられ振り向くと、エアグルーヴが腕を組みながら立っていた。
どうにも怒っているようなそうでないような顔だ。首を傾げていると、バナナボートを指さされた。
「あなたの指導でしょう、あれ」
そうだ、と頷くとため息を吐いた。
「迷惑だとは言いませんが、もう少しおとなしいトレーニングはないのですか?」
「なんというか、注意するほどではないけど扱いに困るトレーニングばかりされると……我々もその、対応に困るのです」
どうやらふざけているわけではないというのは理解してもらえているようだ。
奇抜なトレーニングばかりですまない。エアグルーヴは返答を聞いてうぅんと頭を振る。
「……正直に言いますが、あなたが考えたトレーニング。あれは画期的かもしれません」
「闘争心を煽る遊びのように見えて、トレーニング効果は見込める。アスリートに必要な息抜きにもなります」
「ですが、こう……お、おい、笑うな! 貴様、なにがおかしい!」
エアグルーヴが褒めながら、気をつかいながらどうにか話をしようとしてくるのを見て、あまりのいじらしさに思わず笑ってしまった。
顔を赤くした彼女に詰められることになってしまったが。
まあ、ほどほどにするよ。そう言うと、フン! とそっぽを向かれた。
「おっしぇえええええぇぇぇい!」
「跳び上がるのはやめてくださりませんかーっ!」
「ボートに乗ってるのもつらいよー!」
着水したボートの水しぶきがこっちまで飛んできて、隣に立っているエアグルーヴにばしゃっとかかる。
ぷぁっ! と息を吐く彼女に、物凄い目力で睨まれた。
……今度からほどほどにします。
「今すぐほどほどにしろっ!」
ひどく怒られた。
トレセン学園生徒会ではとにかくエアグルーヴが厳しくて会長とブライアンはそこそこみたいなイメージがあります。自分に厳しくて結構冷たい話し方だからでしょうか。