銀髪長身かつ絶世の美女たるウマ娘。彼女の名はゴールドシップ。
正直言うと、この娘があのゴールドシップだとわからなかった。あの時模擬レースにいたトレーナーたちもそうだろう。新人だけ集められていたし。
ゴールドシップはその完成された体つきや力強さから期待されていたが、トレセン学園でもまれにみる問題児で、ベテラントレーナーたちが匙を投げたと言われている。
言うことを聞かないというのもあるが、一番は気分屋過ぎて調子がよくても走らないことが問題だと先輩トレーナーからは聞いていた。
調子がよければあの模擬レースぐらい走ってくれるのに、やる気がないとまともに走りさえしない。確かに大問題だろう。
そのため、今現在までトレーナーがついていないという話は、新人トレーナーたちの中でも話題だった。走りがヘタでも、言うことの聞くウマ娘をスカウトしたほうがいいと指導されるぐらいだ、本当に問題児なんだろうとその時は思っていた。
そして今現在、その問題の被害にあっているわけだ。
「しっかしおかしいなー……トレーナーってのはもっとこう、緑色で耳がとんがってるはずなんだけどな」
それはもう地球上の生物じゃないんじゃ……。俺は緑色でもないし耳も尖っていない。
そういうと、ゴールドシップは不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「あ? トレーナーバッジつけてんだからトレーナーだろ? 意味わかんねえこといってんなよな!」
理不尽だ! あまりの理不尽に動揺が隠せない。
なんというか、思った以上に会話が成り立たない。はたして俺はトレセン学園に帰れるのだろうか。
「とにかくアタシはお宝探しすっからよ。トレーナーもそのへん探しといてくれ」
そう話すと、ゴールドシップは近くの岩場まで走って行き、石をひっくり返したり海水のたまり場をのぞきこみ始めた。
「ハマグリねーかな。いや、サザエでもいいな!」
……俺はどうしたらいいんだろうか。
とりあえずここがどこかわからない。スマートフォンを取り出そうとポケットに手を入れるが……入っていない!?
思わず周りを見渡すが、どこにも見当たらない。どうやら先ほどの移動中に落としてしまったようだ。
天を仰いでため息を吐く。なんでこんなことに……。
……仕方がない。とりあえずゴールドシップに付き合おう。
「あん? なんだ、トレーナーも探すのか?」
やる事もないし付き合うよ。そういうと、ニカっと笑って立ち上がった。
「よし! じゃあゴルシちゃんの宝探し、いっちょはじめるか!」
ゴールドシップは楽しそうにくるくるとその場で回る。ふわりと舞う銀髪が美しい。……発言さえ変じゃなければな。
何を探せばいいんだ? と聞くと、急に真顔になった。
「そりゃあオメー……お宝っぽいナニかだろ」
……何かしらを探せばいいらしい。
とりあえずゴールドシップと手分けして探してみることにした。
お宝といっても、海岸で見つけられるのは流木やゴミぐらいのものだ。例えば長靴とか、ブイとか。
しかし、ゴールドシップはそれらをみてずっと騒いでいる。
「おお! これは定番の長靴じゃねーか! あの遠洋漁業を思い出すぜ……」
「このブイ! 救命ブイだな! どっかの海底に眠る沈没船を探すトレジャーハンターゴルシちゃんの出番かあ!?」
この通りだ。彼女は一体何を求めているんだ……。
と、目の前に転がっている小さな缶詰に気がついた。これは……サバ缶?
「うおおおおお! そ、そいつを見せてくれ!」
ゴールドシップがすっ飛んできて、手に持っているサバ缶を見て興奮し始めた。
サバ缶を手渡すと、色々な角度から確認していく。とりあえず、賞味期限は過ぎていないようだ。
「すげーなこいつは……流されてきたはずなのに、新品みてーにキラキラしてやがるぜ! しかもまだ食える! トレーナー、いいモン見つけたじゃねーか!」
キラキラした目で見られるが、落ちていたサバ缶を拾っただけなので何とも言えない気持ちだ。
……これ、楽しいんだろうか?
◆ ◆ ◆
あれから数時間が経過した。あの後、謎のビンを持ってきたゴールドシップが、手刀で叩き割って中身を飲もうとしたため慌てて止めたり、2人でカニの散歩を眺めたりと小学生のような時間を過ごした。
今はその辺の流木に座って、夕日が沈んでいく光景を眺めながらゆっくりと休んでいる。俺は黄昏ているだけだが。
そんな俺の顔を見て、彼女はふーんと顎をさすった。
「なんだ、いい顔になったじゃねーか。海から飛びあがったマンボウみたいだな!」
それはいい顔なんだろうか……?
数時間同じ場所で同じ時間を過ごしたせいか、彼女の奇行があまり気にならなくなってきた。海の音や景色が綺麗だということもあるだろう。
結局何がしたかったんだ? そう聞くと、ゴールドシップは腕を組みながら話し始めた。
「なんとなくだな。やりたかったから宝探ししてんだよ」
「自分の時間って大事だろ? 筋肉だって休まねーと強くなれないんだからな」
「だからアタシは好きに時間を過ごしてるってわけだ」
とにかくやりたいようにやっているだけらしい。結果として、宝探しになったというのが今回の事件みたいだ。
ふぅんと頷くと、彼女は穏やかに笑いながら海を見た。
「……レースってさ、なんつーか、熱いんだよ」
「どんだけ大人しいヤツでもさ、レースの時はバリバリにオラついてくるんだ」
「その闘争心とか野生とかが剥き出しになったところで、アタシも全力全開で走ると、体が熱くなるんだ」
「それで走り切った時、すげースカッとするんだよな」
……ゴールドシップは、ただの問題児や気分屋というわけではないみたいだ。
自分の時間を大切にしていて、好き勝手にやっているが、レースにかける思いは他のウマ娘同様強いものだ。
レース、好きなんだな。そういうと、彼女はニカっと笑う。
「おう! 宝探しもレースのためだからな!」
何を言っているんだと思ってしまったが、彼女の行動や心情は自分では読み取れないし考えられない。
きっとゴールドシップが必要なんだというならそうなんだろう。昨日今日の言動だけで、なんとなくそう感じた。
結局、宝ものは見つかったんだろうか。
「いやー、いろいろ見つかったぜ? 一番いいのはこれかな」
そう言ってどこからともなく取り出したのはヤシの実だ。きっとどこからか流されてきたんだろう。今いる浜辺にはヤシの木はなかった。
おもむろにヤシの実を地面に置くと、ゴールドシップが手を大きく上に掲げた。
「うおっしぇええぇぇい!」
凄まじい速さの手刀! 近くで見ていなければ見逃してしまっただろう!
ヤシの実がパカっと真っ二つに割れ、ころころと転がる。中には随分と美味しそうな果汁が入っている。
ゴールドシップが片方を手に取り、中身の果汁をぐいっと飲む。
「うまいッ」
目から光を放ちながら感想を言って、ゴクゴクと飲む。何故目が光るのだろうか……。
そういえば、彼女に連れてこられて何時間も経っている。少し喉が渇いた。
そう思っていると、落ちているもう片方を手渡された。顔を上げると、にししと笑っている。
1口飲んでみると、常温ではあるがココナッツの香りと優しい味でいくらでも飲めてしまう。思わず一気に飲み干すと、体に染みわたっていくようにも感じた。
「水で戻した昆布ぐらい元気出たじゃねーか。じゃ、帰ろうぜ! 明日レースだしな!」
聞き捨てならない一言を聞いたと思ったら、またズタ袋を被せられて担がれた。
「シャアーーッ! どんどんフラストレーションがたまってきたぜェーー!」
何故か興奮し始めているゴールドシップは、最初に連れてこられた時よりも激しい振動と風圧と共にどこかへ爆走し始めた。
飲み物を飲んですぐだから、もう少し優しく走ってほしいと思うのであった。