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見てもらえるのは嬉しいですね
夏合宿を終え、菊花賞まで残り2週間というところに差し掛かっていた。
スタミナをさらに鍛え上げるトレーニングをしてきたが、ここからはコースへの理解も深めなければならない。
というわけで、練習場にあるホワイトボードに菊花賞のコースの写真を張り付けてゴールドシップと一緒に見ていく。
「すっげー粉落ちるなこれ。ボソボソ祭りだ」
ホワイトボードを軽く叩き、プロテインバーを食べる彼女の視線を向けさせる。
菊花賞は京都レース場で行われる、芝3,000mの長距離レースだ。
皐月賞が「最も速いウマ娘が勝つ」、日本ダービーが「最も運のいいウマ娘が勝つ」。そして、菊花賞が「最も強いウマ娘が勝つ」。そう言われている。
3,000mという長距離を走るというのもそうだが、最大の特徴として坂を2回も上り下りする。高低差は4mで、しかも中々に急だ。
そして何より、クラシックのすべてのウマ娘にとって、3,000mというのは未知の領域。菊花賞より早い時期にそんな長距離レースは存在しない。
だからこそ、この過酷なレースを勝ち抜いたウマ娘にはクラシックにおいて「最も強いウマ娘」という称号を手にすることができるわけだ。
そう説明すると、ふぅーんと興味なさげにプロテインバーを食べきり、手に着いた粉をウェットティッシュでふき取っていた。
結構難しいレースになると思うぞ? そう言うと、あん? と眉をひそめた。
「刺身の上にたんぽぽ乗せるより簡単だろ? あれはすげー難しいんだぜ……」
天を仰ぎながら遠い目をするゴールドシップ。長距離だというのにかなり余裕そうだ。
正直に言うと、俺もかなり余裕だと思っている。今のクラシック世代の中で、ゴールドシップのスタミナとパワーは明らかに突出している。
そもそもまだクラシック級なのに、宝塚記念でトリプルティアラウマ娘のフェミノーブルに勝っている時点でまず負けることは無い。そう考えられるぐらいの実力がある。
もっとも、やる気があればの話だが。
今のところあまりやる気がなさそうなので、とっておきの作戦を伝えてみる。
「お? 作戦があんのか? よし、聞いてやるぜ! 面白くなかったらゴルシ神拳だからな!」
楽しそうにするゴールドシップを見て、少しはやる気が出てきたかな、と思う。
俺はホワイトボードに張ってあるコースの写真のある部分を指さしてこう言った。
――ミスターシービーってウマ娘を知ってる?
「ミホノブルボン、行きます」
「よっしゃあーっ! 夕日に向かって走るぜー!」
「夕日は上り坂とは逆方向です、ゴールドシップさん」
作戦説明を終えてから、ブルボンのトレーナーたる先輩にお願いして、連日のように坂路トレーニングに参加させてもらう。
ここのところ毎日会っているが、相変わらず表情が固く機械然としていて、ゴールドシップのいつもの言動にも訂正をする。
「次は、菊花賞だったか。どうだ、いけるか?」
先輩がトレーニングを見ながら話しかけてきた。
ゴールドシップは最も強いウマ娘ですよ。そう断言すると、先輩はフッと笑みをこぼした。
「そうか」
短く答えて、手元のストップウォッチとブルボンの走りを見比べた。
ミホノブルボンはスプリンターだったが、鍛えに鍛えて無敗で菊花賞まで走り抜いた努力の天才だ。菊花賞でライスシャワーに負けてしまったが、それでも凄まじい戦歴だと思う。
先輩は菊花賞に対して思うところがあるのだろう。少しだけ寂しそうな雰囲気だった。
自分の担当ウマ娘が坂を上り切ったところでストップウォッチを止めて確認する。
うん、かなりいいタイムだ。
「ブルボン、同じペースで走れているな。いい調子だ」
「はい、ありがとうございます。マスター」
ブルボンは精密機械かというレベルで、同じペースで走り切っている。坂路でペースを落とさないで走るというのは、余力を持って走るのと同じぐらい怖い。
しかし、ゴールドシップはゴールドシップでかなり調子がいい。
作戦がバッチリ決まりそうだ。そう言うと、あったりめーよぉ! と大笑いしていた。
2人とも既に5本目だが、スピードもパワーも落ちることなく走れている。
水分補給をしてもらい、また坂を下ってもらう。
ゴールドシップのタイムをノートに記入していると、先輩がそれを見て信じられないものを見るような目で見てきた。
「……お前んとこのゴールドシップ。本当にクラシック級か?」
「坂路4ハロンでそのタイム……シニア級でもそんな走りができるやつはいねえ」
坂路4ハロン、約800mでの平均タイムは53.3秒。このタイムが速いほど脚力に優れている証明になる。
特に最後の1ハロン。平均12.6秒なのだが、この最後の上りのタイムが速いと坂を上り切っても余力があるということだ。
ゴールドシップのタイムは……うん、どちらとも平均越えだ。しかも、5本すべてで。
「しかも、坂路を5本走ってるのに息切れも起こさねえ。慣れているブルボンでさえ息の乱れはある」
「去年、稀代の癖ウマ娘と言われていたとは思えねえほど完成した走りだ」
「お前……どんなトレーニングしてきたんだ?」
先輩にも驚かれるほど、今のゴールドシップは強いようだ。
正直、俺のトレーニングの効果というより彼女の天性の肉体という部分が大きい、と思っている。
そもそも最初のメイクデビューの時も全く練習しないで勝利している。しかも追込で。
肉体と走りを含めた元々の総合力の高さ。それがゴールドシップの強みなんだ。
「なるほどな……おっと」
「ゴールゴルゴルゴル! やっぱ走ると地面が吹っ飛ぶのおもしれーな!」
「その走りは周囲に傷をつける確率、大。可及的速やかに修正を」
ウッドチップを吹き飛ばしながらゴールドシップが登り切り、次いでブルボンも追いつく。
タイムを確認し、ノートに記入。うん、すごいスタミナだ。全然タイムが落ちない。
様子を窺うが、少し息を整える程度で息切れもなく、足も震えや疲れは見られない。うん、まだまだ余裕そうだな。
ボトルを渡して水分補給をしてもらう。飲み口からシャーっと出てくるスポーツ飲料を美味しそうに飲む。
飲み終わってからボトルを返してもらうと、ちょっと滑ってくるぜ! と言ってダンボールを取り出した。
坂を駆け下り、そのスピードのままダンボールを敷いてその上に乗り、ウッドチップの上を滑っていった。
子供のころやったなーと思って見ていると、ブルボンと先輩がこちらを見ていた。
「ゴールドシップのトレーナーさん。あれはなんでしょう」
「おい……前にも言ったが、ブルボンに変なことを教えるな」
俺のせいではないです! 決して!
◆ ◆ ◆
トレーニングも終わり、ゴールドシップ行きつけのラーメン屋で夕食を食べていた。
マックイーンを連れて。
「なんで連れてこられているんですの!?」
「まあまあ細かいことはいいじゃねーか! 奢ってやるんだからよ!」
「奢るのはゴールドシップさんではなくトレーナーさんだと思うのですが」
部屋で休んでいたマックイーンを連れてきたようで、同室のイクノディクタスも一緒に連れてきた。
俺が奢るのは確定のようだが、ゴールドシップと食事に行くと大抵奢りになるから慣れたものだ。
「まあとりあえず食べよーぜ。おっちゃん! アタシいつもの!」
「では私は野菜マシマシラーメンウマ並でお願いします」
「普通に頼むのですね、イクノさん……」
先輩に聞いていた通り、顔に似合わずノリがいい。
俺が角煮ラーメンを頼むと、最後におずおずとマックイーンが頼んだ。
「では、豪華盛り合わせラーメンウマ並でお願いいたします」
「あいよ!」
「マックイーンさんが一番高いのを選ぶのですね」
「はっ!? いえその、違うのですトレーナーさん!」
イクノの指摘にわたわたし始めるマックイーン。彼女はなんというか、お嬢様故の天然が見え隠れしているのが可愛いところだ。
別にいいよ、と話すと顔を赤くしながら小さくなってしまった。
「ところでゴールドシップさん。菊花賞に出走予定と聞いていますが、調子はどうでしょうか」
「そうですわね。ここのところ坂路トレーニングを毎日していると聞いていますが、大丈夫なのです?」
「特に問題ないぜ? 坂滑りを禁止されたのは痛かったけどな……ダンボールよりボード派だったか?」
坂路でダンボール滑りをやりすぎてコースの整備が大変だとトレセン学園からお叱りを受けたため、禁止になってしまったのだ。
ゴールドシップは滑るのをあきらめていないらしい。明日はランニングコースの土手に連れて行こう。
「坂滑り……また何かしたのですね……」
「坂路のウッドチップコースでダンボール坂滑りをしていたと聞きましたね。ターボがすごい速かったと言っていました」
「何をしているのですか!」
「へへっ、次も見せてやるぜ……アタシの中に眠るジャンガリアンハムスターをな!」
わけのわからないことを言ってはいるが、特に問題なくトレーニングをできているし、やる気も十分だ。
マックイーンもそれがわかったのか、全く……と言いながら笑みを見せる。
そんなこんなで話をしていると、ラーメンが運ばれてきた。
俺の角煮ラーメンは普通サイズ。マックイーンとイクノはウマ並というウマ娘専用のサイズ。大盛だが具が多めで栄養を考えて作られている。ラーメンだからカロリー多いわけだが。
そしてゴールドシップ。ラーメンは大盛りで、それと一緒にチャーシュー丼の大盛りを頼んでいる。
「うっし! いただきます!」
「いただきますわ」
「いただきます」
いただきます。自分のラーメンから角煮を1つとってゴールドシップのラーメンに入れる。彼女もチャーシュー丼から肉を1つ俺のラーメンに入れてくれる。
いつもの流れで具を交換して食べ始めたが、マックイーンとイクノが何とも言えない顔でこっちを見てきた。
「なんだお前ら? 目からビームでも出すのか?」
「いえ、その……」
「仲が良いのですね」
イクノが柔らかい笑みで俺たちを見た。思わずゴールドシップと顔を見合わせてるが、まあいいかと彼女はラーメンを食べ始めた。
チラッとテレビを見ると、菊花賞の特集をやっていた。
絶対に勝たせるぞ! そう思って、角煮にかぶりついた。
ウマ娘のいる世界って外食はどんな感じなんでしょうね。いっぱい食べるイメージはありますが、うまよんだとキングヘイローがメガ盛りっぽいのでお腹パンパンでしたし。
この小説では普通の人よりはいっぱい食べるぐらいのイメージにしております。ウマ並というのも、大盛り+具だくさんという感じです。