5/21追記
セイウンスカイを二冠ウマ娘として描写していましたがその部分を修正しました。
理由は今後の話の流れ的に描写が変になってしまうからです。
有マ記念まで残り1週間。
菊花賞の体へのダメージは完全に抜けているため、レース本番の練習をしていきたいところ。
有マ記念は芝2,500mのレースだ。菊花賞ほどではないにせよ、長い距離を走ることになる。菊花賞であの走りをしてスタミナを切らせていないわけだし、体力的には問題はない。
気になる点はどこでスパートをかけるかということだ。基本的に残り1,000m付近からすさまじい攻防が繰り広げられ、走行技術の差が出てくる。
ロングスパートで一気に前に出るゴールドシップの走りは強いのだが、スパートが遅めだと単純に間に合わない可能性がある。どれだけ加速してもゴールに間に合わなければ意味がない。
「ほーん? コーナー前でイワシの群れみてーになるってことか」
トレーナー室でくつろぎながら興味深そうにしているゴールドシップ。相変わらず素直に納得しきれない発言をしてくるが、強いウマ娘しか出ないのだから後半はバ群がぎゅっとなることがよくあると説明する。
中距離であればどのコースでも残り1,000mからでもいいと思うが、中山だと、特に有マ記念だとそうはいかない。
まず、中山レース場での2,500mというのは最後の直線が短いのだ。直線から加速するのでは遅いし、かといってコーナーから加速すると外に出てしまう。そうすると挽回できる距離が残っていないため、そのまま差しきれない。
第4コーナーで先頭集団から離れると勝つのは厳しい。そのため、先行勢にどれだけついていけるかが勝負のカギとなる。先行で走るウマ娘が勝ちやすい、そういうレースなのだ。
だから先行がいいっていうのが常識なんだけど、どう?
「つまんねー」
そう言うと思ったので追込で走るプランを考えておいた。そう言ってホワイトボードに中山レース場の図を張り付けると、後ろからニシシと笑い声が聞こえた。
振り向くと、ゴールドシップが楽し気にゆらゆらと揺れていた。
どうかした? そう聞くと、ニマニマしながら別にぃ、と返される。何かおもしろいところがあっただろうか?
「へへ、おもしれーやつ」
ところ変わって練習場。練習場は芝2,000mのトラックであるため、1周と4分の1を走ってもらう。どの位置でのスパートが有効かを確認するトレーニングだ。
そして、いつも通りこの練習も併走トレーニングで行う。でないと2回ぐらいで飽きてしまうからな。
「今日はよろしくね~」
今回併走に付き合ってくれるウマ娘はセイウンスカイ。レースをコントロールすることに長けた逃げウマ娘だ。
走りが参考になるということで、是非にと頼んだら快諾してくれた。
「こっからでいいのかー?」
併走トレーニングとは言ったが、実際は併走ではない。
セイウンスカイとゴールドシップには10バ身差を作って走ってもらう。身もふたもないことを言ってしまうなら、ゴールが決まっている鬼ごっこだ。
最初から速めに走って追いかけても逃げが上手なセイウンスカイは捕まらない。かといって後半巻き返そうと思っても、彼女はレースコントロールが非常に上手い。ゆるゆるスローペースにされて脚を残されてしまう。
有マ記念でぶつかるエイシンフラッシュは自分のペースで走ることに長けているから、こういった駆け引きは効かないだろう。去年の有マ記念でも2着だったから、その実力は証明されている。
「じゃあいくよ」
「よろしく、トレーナー」
「よーい、ドン!」
セイウンスカイのトレーナー、先輩がスタートさせると、2人が一気に走り出す。
ゴール前まで歩きながら走りを見る。うん、やはりセイウンスカイの走りは凄く上手だ。フォームだけ見ていると明らかに飛ばしているような気になる。しかし、実際のペースはそこまで速くない。
まさに策士、トリックスターだ。派手な逃げに見えて、実際は計算された走り。ゴールドシップとは違った素晴らしい走りだ。
「いいトレーニングだね。これならレースの練習にもなるし駆け引きも覚えられる。夏合宿から思っていたけど、君は創意工夫が素晴らしいね」
ありがとうございます。先輩に褒められ、頬をかきながらそう返す。ゴールドシップが飽きずに楽しくトレーニングできるように考えていただけだったが、それが評価されるのは嬉しいことだ。やっているのが間違いじゃないんだと思えるから。
ただ、レースの駆け引きについては身につけなくてもいいんですけどね、と俺が言うと、先輩はギョッとして俺の顔を見てきた。
「駆け引きの練習でスカイを呼んだんじゃないのかい!?」
セイウンスカイはさっきも述べたように、駆け引きでレースに勝つ走りの上手なウマ娘だ。彼女の協力を申し出たなら、駆け引きのトレーニングだと思われるだろう。
しかし、俺はそんなこと一切考えていなかった。それには理由があるのだ。
俺が走っている2人を指さすと、先輩はそれを見て驚いていた。
ゴールドシップが楽しそうに追いかけている中、セイウンスカイはかなり焦った顔で走っているのだ。
「どういうことなんだ……?」
残り800mといったところで未だ10バ身は離れている。しかし、セイウンスカイの表情は苦しいままだ。
先輩は口を開けて戸惑っている。それもそうだろう、距離が詰まっているわけでもないのに焦っているのだから。
第3コーナー手前で加速し始めたゴールドシップは、ぐんぐんと距離を詰めていく。直線に入ったころには残り5バ身程度。
だが、セイウンスカイは実力のある逃げウマ娘だ。スピードをぐんぐん上げていくゴールドシップ相手にとにかく粘りに粘った。
「う、わあああー!」
「うぇーーーいっ!」
先にゴールにたどり着いたのはセイウンスカイ。かなり詰めていったが、残り1バ身半を差し切れなかった。今回はスパートが遅かったのかもしれない。
先輩が疲れた様子のセイウンスカイにドリンクを渡しているのを見て、俺もゴールドシップに炭酸を抜いたコーラを渡した。息切れもしていない様子でニコニコしながら受け取る。
「やっぱこれだよな! ぐびぐび」
「ちょっと、トレーナー……聞いてたのと違うんですけどー……」
どうやら先輩からは駆け引きのトレーニングということで連れてこられたようだ。
じっとりと睨まれている先輩は、苦笑いしながら助けを求めるようにこちらを見てくる。今回のトレーニングについて説明したほうがいいようだ。
今日のトレーニングは、スパートをどこでするかの確認だと言うと、2人はキョトンとしていた。
「本番に向けた実戦的なトレーニングとかじゃないの?」
「ん? アタシは鬼ごっこだと思ってたけどちげーのか?」
「鬼ごっこ……」
先輩がどうしたらいいんだろうと何とも言えない表情をしている。
実戦的なトレーニングではあるが、駆け引きとかそういうのは関係はない。あくまでスパート位置の練習だ。
というか、ゴールドシップは元々駆け引きはすごく得意だと話すと、先輩は驚いていた。セイウンスカイはああーと納得していたが。
いつもの奇行で誰もが騙されているが、そもそもゴールドシップは頭がいい。いつも将棋やらオセロやら頭を使うボードゲームで遊んでいるからか、頭の回転はかなり速い。
頭がよくなかったら、そもそも作戦通り完璧に走る事なんてできない。今までゴールドシップは、俺が話した作戦を100%こなして勝っている。これは本当に凄いことだ。
それでいて、圧倒的なパワーやそのひと回り大きい体から発されるプレッシャーを存分に使って走るから、走りたいように走らせると周りが委縮してヨれる。
舌なめずりをしながら爆発音を奏でるウマ娘が後ろから走ってきたら、誰だって恐怖を覚える。しかも、フェミノーブルみたいにぶつかりにいっても弾き飛ばされる始末。一度ノってしまえばもう止められないのだ。
「10バ身も離れてるのに、ずーっと圧かかってるから走りにくくってさー。困っちゃったよー」
「捕まえねーとアタシが鬼のまんまだからな。ケイドロとドロケイの派閥争い……終わらせねーといけねーからよ」
指をぽきぽき鳴らしながら真面目に話すゴールドシップを見て、2人が苦笑いしている。
トレーニングの説明を改めてしたところで、もう一回よろしくと言うと、セイウンスカイが嫌そうな顔で歩いていった。ゴールドシップはその後ろを楽しそうに追いかけて配置に戻る。
「なんというか……スゴイね」
どこか放心している先輩を見て、自分も前はこうだったなーと思うのであった。
ゴールドシップはそもそも賢い娘なのです……。
あの奇行は計算なのか素なのか。元のお馬さんの暴れも頭が良すぎる故という説もありますし、賢すぎるのも困りもののようです。