先行有利と言われているが果たして……。
年末、中山レース場。
全てのウマ娘ファンたちの応援を受けて優駿たちが集う、有マ記念。
独特の空気感の中、ウマ娘たちがコースへと姿を現す。
大歓声の中、様々なウマ娘たちが注目されていく。
特に歓声が起きたのは、やはり人気の高いウマ娘たちが入場した時だ。まず入ってきたのは、エイシンフラッシュ。
「エイシンフラッシュさん、かなり仕上げてきたようですわね」
「昨年の有マ記念で2着……強敵だね」
隣で話しているのはマックイーンとテイオー。ケガが大分よくなったようで、レースの研究もかねて来たようだ。
もちろん、ゴールドシップの応援もしにきている。
「今年の有マ記念、荒れるかもしれない」
「どうした急に」
近くで話していた観客が突然解説をし始めたので、耳を傾ける。
「3番人気のエイシンフラッシュ。前走のジャパンカップでは9着だったが、その前の天皇賞秋は1着。自分のペースを守って走ることができるウマ娘だ、ペースによっては末脚で飛びぬけるかもしれない」
「確かに、日本ダービーでも見せたあの末脚は凄まじいものだった」
次に入場してきたのは、2番人気のカエサルフラッグ。肩が揺れ、息を強く吐いている。少し興奮気味のようだ。
「2番人気のカエサルフラッグはエイシンフラッシュ以上に爆発力のあるウマ娘だ。直線でジャマが無ければ飛びぬけていくだろう。ただし、スタートが苦手だから出遅れたら厳しいだろう」
「有マ記念での出遅れはかなり辛いだろうな」
そして最後に入場してきたのが、モデル歩きをしながらドヤ顔で歩いてくるゴールドシップだ。
ひと際大きな歓声が聞こえてくる。特に女性の声が大きい。なんで女性人気が高いのだろう、ゴールドシップ。
「1番人気のゴールドシップ。菊花賞で見せたスタミナとパワーは間違いなくトップクラスだ。だが、ゴールドシップもスタートが苦手だ」
「先行が強い有マ記念だ。宝塚記念で見せたような先行策でなければ厳しいな」
「ゴールドシップさんはそのぐらいでは負けませんわよ!」
「「ご、ごめん」」
厳しめの見方をしていた観客にマックイーンがつい声を上げる。
申し訳なさそうに謝られると、所在なさげに耳をぺたっとしながら目を泳がせた。
「あの、すみませんでした。つい声を荒げてしまいまして」
「いや、こっちも悪かった。応援している娘を低く評価されたら怒るよな」
「ニシシ、マックイーンはゴールドシップ好きだよねー」
互いに顔を見合わせて苦笑していた。
ホッと息を吐き、前を向くとゴールドシップがムーンウォークしながらゲートのほうに歩いていった。
うん、控室でも少し話したが、調子はよさそうだ。
ファンファーレが鳴りだした。やはり有マ記念は特別なレースだ、メイクデビューやクラシック一冠目の皐月賞よりもドキドキしてくる。
隣で2人も不安そうにゲートを見つめていた。
『年末の中山レース場、本日は晴れ渡っています。ファンの声に応えて集った16人の優駿たちが火花を散らす有マ記念。各ウマ娘たちがゲートに入っていきます』
『2番人気のカエサルフラッグ、ゲート入りを嫌がっているようですね』
遠目でカエサルフラッグがものすごい興奮しているのが見える。ゴールドシップはゲートでうるさくされるとつられてしまう悪癖がある。
あまり暴れないでほしいが……。
『カエサルフラッグも入ったようです。全てのウマ娘がゲートに入りました』
「始まりますわね……」
「うん……」
――ガタン!
『スタートしました! おおっと! カエサルフラッグ、ゲートにしがみついています! 大きく出遅れました! つられてゴールドシップも出遅れる!』
「ええっ!? カエサルフラッグさん!?」
「ゴールドシップも出遅れたよぉー!? 先行有利なのにぃー!」
「やっぱりやったかぁーっ!」
「有マ記念での出遅れはまずい! 先行策をとったウマ娘が有利すぎる!」
やっぱりやったか! 周囲から悲鳴やどよめきが聞こえてくる。
ゴールドシップも相変わらず出遅れたが、カエサルフラッグはそれ以上だった。ゲートに飛び乗って暴れていたらスタートしてしまい、そのまま慌てて走り出した。
1番人気2番人気の有力ウマ娘たちが最後方という波乱の展開。周りの人たちは大荒れになった! と叫んでいる。
そんなわけがない。ゴールドシップがいるのに荒れないわけがない。俺がそう断言すると、隣の観客もマックイーンたちも驚いて俺の顔を見る。
「あの……トレーナーさん、まさかですけれど……」
おずおずと聞いてくるマックイーンを見て、頷く。
もちろん後方からのレースは、作戦通りだ。
「「ええぇーーっ!?」」
「先行できるのに追込にしたってことか!?」
「なんでそんなことを……!」
有マ記念は先行するウマ娘が有利。それは今までのレースで分かっていたことだ。
だからそれを利用する。菊花賞のように。
「トレーナー……ゴールドシップに似てきたね」
「明らかに影響を受けていますわ……」
ため息を吐く2人の前に、ウマ娘たちが一気に走りこんでくる。
有力バと言われているウマ娘の1人、エイシンフラッシュは中団で脚をためている。ゴールドシップとカエサルフラッグは最後方でゆったり走っている。
大歓声を受けながら走って行く中、ゴールドシップがチラッとこちらを見た。
グッと親指を突き上げて見せて、行け! 俺が大きく叫ぶと、舌なめずりをしながらニヤけていた。うん、最高の状態だ。
「ゴールドシップが舌なめずりをしてるぞ……!」
「まさか、本当に作戦なのか……?」
隣の観客が目を見開いてゴールドシップを見る。
菊花賞と同じだ。常識を吹き飛ばせ、ゴールドシップ!
◆ ◆ ◆
第2コーナーを抜けて向こう正面に入る。
ゴールドシップは未だ最後方でゆっくり走っている……ように見えている。
しかし、彼女と走っているウマ娘たちは気が気じゃなかった。
ゴールドシップは7枠13番という外枠、先行してくれれば他のウマ娘たちがブロックしてくれる。追込なのであれば、先行有利だ。追いつく前に一気に逃げてしまえばいい。
ほとんどのウマ娘たちはそう考えていた。だが、実際に走ってみるとその恐ろしさを痛感した。
怖いのだ。後ろからのプレッシャーが。特にホームストレッチを通過した時、急に圧が増した。
チラッと振り向けば、物凄い笑顔で舌なめずりをしていたのだ。ヒィ、という悲鳴が思わず出てしまう。
「なんなのよ、あいつ……ッ」
「逃げなきゃ! でもこっちもいるのにぃー!」
「オラァ―! 行くぜ行くぜェーーッ!」
カエサルフラッグも叫びながら少しずつ上がってくる。それを目の前にしても、ゴールドシップは動かない。
作戦実行まで距離がある。まだ向こう正面なのだから。
(ただ走ってるだけだっつーのに、夏場のセミかっつーくれー騒いでんな)
中団後方の大わらわを見て、ゴールドシップはそう思っていた。彼女もその騒ぎの原因なのだが、そんなのは知ったことではない。
『さあ先頭集団が第3コーナーにさしかかります!』
遠目に先頭のウマ娘がコーナーに入ったのが見えた。
その瞬間、ゴールドシップはニィっと笑い、大外へと進路を変える。
「ここからはゴールドシップ様のロードだぜえぇーーッ!」
「ヒィっ!? 嘘でしょ!」
「ここからまくる気ィ~!?」
第3コーナーに入る前から、一気にスパートをかけ始める。ドン! ドン! という力強い走りでぐんぐん集団を抜き去り、先頭集団へと近づいていく。
トレーナーからちらっと聞いていた、残り1,000mぐらいから激化する競り合い。なら、その戦いの火ぶたを切るのはやっぱりアタシだろ! 彼女はそう考えていた。
『ゴールドシップが第3コーナーからどんどん上がっていきます! いつもの強い走りだ! 歓声がより一層大きくなりました!』
『中山でここからまくっていくなんて凄いことですよ! これは伝説のレースになるかもしれません!』
第4コーナーに入って、ゴールドシップは少しだけスピードを緩めた。ゴールドシップがいる所は先頭集団の後ろだ。前の方まではたどり着けなかった。
それを見た周りのウマ娘たちは、きた! と笑顔になる。第4コーナーの終わりには下り坂がある。ここで一気に加速して最後の直線に入れば勝てる、そう思ったのだ。
有マ記念で出走するウマ娘たちは、ゴールドシップの弱点を分かっていた。ゲートが苦手であること、そして加速が遅いこと。
どれだけ速くても加速できなければ、足の切れるウマ娘が有利だ。中山の直線は短い。だからこそ、先行で走るのが有利だと言われているのだから。
『さあ第4コーナーが終わりまして直線へ向かう! 中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!』
『勝負どころですね!』
下り坂を走り、先頭集団のウマ娘たちが一気に加速する。エイシンフラッシュも直線へ向けて少しずつ加速し、飛び出す機会を待っている。
ゴールドシップは直線の、ゴールまで残り200m付近まで続く下り坂に脚を1歩踏み入れた。
体がグッと前に傾いたその時、声が聞こえた。
――そこだぁー! 行けぇーっ! ゴールドシップーっ!
その瞬間、ゴールドシップは弾けた。
「おっしゃああああぁぁぁ!!!」
ドォン! 爆音が聞こえ、黄金の不沈艦は抜錨した。
◆ ◆ ◆
俺がゴールドシップに話した作戦。それは無茶苦茶な作戦だった。
まず、ゴールドシップが先行策を取れば、周りのウマ娘たちは何が何でもブロックしてくる。ゴールドシップは自分で進路を考えて走るということをしたことがないから、もし内に入れられてブロックされたら止まってしまう。
なら、自由に走る状況を作ればいい。有マ記念では有効でない追込で走り、後半の800mで先行で走ったかのように先頭集団付近に近づく。
この時大外に出すぎてはいけない。抜ければそれでいいが、警戒されすぎて早めにスパートをかけられると、ゴールドシップの加速では足りない可能性がある。
そこで、先頭集団の後ろについて、下り坂の前で少し息を入れる。最終直線前で何をと思われるかもしれないが、これが最後の差しに繋がるのだ。
最終直線を前にした先頭集団は、後ろにいるゴールドシップを気にして走らない。走れないのだ、残り300mもない直線で力を出し尽くさなければならないのだから。
だからこそ、残りの800mで先行策となったゴールドシップを。有マ記念で有利と言われる走りをしたゴールドシップを、誰も止めることはできない!
これが俺たちの作戦、『追込先行』だ!
『残り200mだ! 後ろからゴールドシップだ! ゴールドシップが突っ込んでくる! エイシンフラッシュも前に出ているが伸びない! カエサルフラッグも後ろから来ているぞ!』
「ゴールドシップさーん! 行けー!」
「行けぇー! 走れえぇーっ!」
「「ゴルシー! 行けぇー!」」
誰もが思わなかっただろう最後方から駆け上がり、最終直線で凄まじい勢いをつけて突っ込んでくる芦毛の戦艦。
最後の200mは上り坂だ。周りのウマ娘たちが苦し気に走る中、ゴールドシップだけが上り坂でぐんぐん加速していく。
ドォン! ドォン! と爆発する踏み込みでまだまだ加速し、先頭に躍り出た。
ゴールドシップー! そのままぶっちぎれー!
「ったりめーだろおおおおぉぉー!」
目を見開き、満面の笑みで吠えたゴールドシップは、最後まで加速し続けて走り抜く!
もう誰も彼女には追いつけない!
『強ォーい! シニア級ウマ娘たちを一気に撫で斬り! ゴールドシップ堂々の1着です!』
ゴールまで駆け抜けた彼女はスピードを緩めながら、観客たちに向けてこぶしを突き上げた。
その瞬間、中山レース場が地響きするかのように歓声が爆発するのだった。
というわけで第57回有馬記念(2012)のゴールドシップでした。
お馬さんのゴールドシップくんって追込に見せかけた先行みたいな走り方に見える時ありませんか?
最終コーナー前でいつのまにか先行勢とほぼ同じところにつけて、そこから末脚で加速するみたいな。
最後方から一気にぶっちぎるみたいなレースをするイメージが強くないんですよね。多分、皐月賞のワープとか菊花賞の上り坂進出とかのせいだと思いますが。
2012年の有馬記念上り最速の末脚は見ていてすごく楽しいので、見る機会がありましたら是非!