そして感想ありがとうございます。
「おっしぇーい!」
ウィナーズサークルにてドロップキックを受けて転がる恒例行事をやってから、インタビュー台にそそくさと誘導する。
露骨に嫌そうな顔をするが、ファンに応えてあげてと言うと、しょうがねーなーと言いながら台の上にあがる。もちろん俺も後ろで控える。
「ゴールドシップさん! 有マ記念制覇、おめでとうございます!」
「アーリマンとの戦いに勝ったぜ……悪魔じみた唐辛子焼きそば早食い競争は熾烈だったな」
難しいレースでしたが勝ててよかったと言ってます。
「はい、ありがとうございます。最初は出遅れてしまいましたが、大丈夫だったのでしょうか?」
「後ろから進むのはお嬢様のたしなみでしてよ。じいや、お紅茶をお持ちなさい」
想定内だったので問題はなかったです。
「そうだったのですね。では、後ろからのレースになっていましたが、こちらも作戦通りだったのでしょうか」
「おう! 楽しいレースになったろ? クセになっちまうよな!」
ゴールドシップの言う通り、作戦通りの走りでした。
「なるほど……最終コーナーで一度止まったように見えたのですが、それも?」
「ゴルシちゃんエネルギーを体に溜めとかねーとな! おまえらー! アタシに元気を分けてくれー!」
あそこで一息入れるところまでが作戦でした。最終直線前で先行勢と合流できれば、実質先行策と同じ走りになりますからね。
「聞いたこともない、すごい作戦ですね! 最後の末脚も見事でした!」
「そこのお前! レモン一個に含まれるビタミンCはレモン一個分だぜ!」
凄かっただろう、と言ってます。
ゴールドシップは前が空いていれば止まらないので、最終直線で先行勢の後ろにつければ抜け出して勝てる、そういう走りでしたね。
「全て計算通りだったのですね……すばらしいレースでした! では質疑応答に……」
「はいっ!!!」
大きな声で手を上げたのは、いつも通り乙名史さん。いつも以上に目をキラキラさせている。
「このクラシック級、全てのレースで結果を残しています。そして、作戦というワードがどのレースでも出ています。この作戦を考えたのはトレーナーさんでしょうか?」
そうです、と頷くと記者たちが少しざわつく。
「トレーナーさんはトレーナー歴2年目で、ゴールドシップさんが初の担当ということですが、本当でしょうか?」
「あん? なんか問題あんのか?」
「いえいえ! 本当にそうだとしたら、トレーナーさんは天才です! 経験を積んでいないにもかかわらず、ウマ娘をあそこまで自由に走らせる手腕! すばらしいことですよ!」
「ふーん。トレーナーって新人なのか?」
ゴールドシップが俺に聞いてきて、その場にいた俺以外の全員がガクっとコケた。
知らなかったのか……と声が聞こえてくる。そうだよ、と話すとふぅーんと神妙な顔で何度か頷く。そして、ニィっと笑った。
「アタシが最初のウマ娘でよかったな!」
はっはっはと笑うゴールドシップを見て、この娘が初めての担当でよかったなと改めて思った。
◆ ◆ ◆
「では、本日はよろしくお願いします!」
有マ記念の次の日。クリスマスイブ。
乙名史さんから是非特集を組みたいということで、トレーナー室で取材を受けることになった。俺が。
ゴールドシップじゃなくていいんですかと聞いたのだが、今回は俺の特集をしたいということだった。
なんというか、微妙な気がするんだが……。
「とんでもない! 今のトレセン学園の新人トレーナーで、いえ、トゥインクルシリーズでもトップを走るぐらいです!」
「ゴールドシップさんの戦績を見てください! 7戦6勝、内GⅠ5勝です! クラシック級で考えたら塗り替えられない程の記録ですよ」
数字で言われると、確かに凄い戦績だなと改めて感じる。
どれもこれもゴールドシップが走ってくれたから勝っただけです、そう話すと、乙名史さんがぷるぷる震え出した。
「す……」
す?
「すばらしいです!!!」
「うおっ!」
後ろでトランプタワーを作って遊んでいたゴールドシップがびっくりしてタワーを崩していた。背中が少し悲しげだ。
それに反比例するかのように、乙名史さんは興奮し始める。
「担当ウマ娘に全力で走ってもらうために自分のすべてを投げ出しているということ! たとえ火の中水の中であっても身を削り戦うそのお覚悟! 感服しました!」
「おいトレぴっぴ、スペードの7見てねーか?」
自分の世界に入りこんでいる乙名史さんをよそに、マイペースに散らばったトランプを探すゴールドシップ。
なんというか、こういう空気感も慣れたなと思いながらこちらに飛んできたトランプを渡す。
で、どういった取材なんですか?
「はい! URAファイナルズが開催されるということで、現在活躍されているウマ娘のトレーナーさんにお話をお聞きしているんです。質問をしますので、それについてお答えいただければと!」
……こういうのって1対1でやるものじゃないのかな。後ろにゴールドシップいるんだけれども。
ちょっとやりにくいが、まあ仕方がない。
「では1つ目の質問です。ゴールドシップさんとの出会いについて教えていただきたいです。どのような経緯で担当になったのでしょう」
ああー……と声を出して天を仰ぐ。
もしかしたら一番答えにくい質問なのかもしれない。次のレースはと聞かれたほうがもっと滑らかに答えられる気がする。
言いにくくて口をもごもごするが、乙名史さんは今か今かと待っている。……答えなきゃダメかぁ。
ゴールドシップに海に連れていかれて、そこで意気投合しました。その後レースを見て、その走りに魅せられたのです。
ものすごくマイルドに答えると、ほうほう! と頷きガリガリとメモを書き出す。
自分で言ったのだが、なんというか変な答えだなぁと思う。走りに魅せられて意気投合じゃなく、海が先? という話だ。まあ、事実だが。
「続きまして、普段のトレーニングは主に何をされていますか?」
うん、また答えにくいなぁ! 思わずゴールドシップに目線を向けてしまう。
ええと、併走トレーニングがメインです。レースが近くなると、コース取りのトレーニングをします。
「併走トレーニングなんですね! 走りこみや筋力トレーニングと仰る方々が多い印象なのですが、何か理由が?」
深く突っ込んでこないでほしいのですがっ。ははは、と苦笑いしていると、はっと何かに気づいたようにメモを書き始めた。
「そこに何か秘密があるのですね! ああいえ、全ておっしゃらなくても大丈夫です!」
秘密なんてない。ゴールドシップがトレーニングに飽きてしまうから、毎回違うウマ娘と競争することで楽しくやってもらっているだけだ。
最近はそれですら飽きはじめたけど!
「次の質問です。自分の担当ウマ娘の強みはなんだと思いますか?」
ようやく答えやすい質問がきた。
スタミナとパワー……と思われるかもしれませんが、実際のところ一番の強みは柔らかさだと思っています。
ゴールドシップの耳がピクリと動いたような気がした。……いや、気のせいか。
「柔らかさ? 関節ということでしょうか?」
いえ、関節というか、体全体というか。一番わかりやすいのは筋肉です。
筋肉が柔らかいとパワーが出ないものですけど、彼女の場合柔らかいのにパワーがあるんです。それで大きなストライドで走るから、ぐんぐん加速できるわけです。
「なるほど! 走る技術もそうですが、体のつくりがすばらしいのですね!」
……ゴールドシップの耳がピコピコ動いている。流石に体の話を本人の前でするのはよくないかな。ちょっと話をずらそう。
そうです。ゴールドシップ以上に強いウマ娘には会えないのかも、と思うぐらいです。まだまだ2年目の新人ですけどね。ひよっこですよひよっこ。
「そう、そうです! トレーナーさんはまだ新人! それなのに1人目の担当でクラシック二冠、そして宝塚に有馬記念とグランプリ制覇! すばらしいです!」
ああ、ありがとうございます。
勢いに飲まれそうになりながらも、なんとか応答していく俺だった。
あのあといくつか質問を受け、やる気満々になった乙名史さんを見送った。
どっと疲れて椅子に座ると、目の前に水が入ったコップを置かれた。
「ほら、ゴルシちゃん特製キンキンに冷えたお湯」
珍しい。ちょっと驚きながらありがとうと話して一気に飲み干す。冷たい水が喉を通り、体を冷やしてくれる。
ほう、と息を吐くとニシシ、笑った。
「トレぴっぴがアタシの体をアツアツのおでんぐれーに語るとは思わなかったぜ」
恥ずかしかったな、ごめん。そう謝ると、またニシシと笑う。
「思ったより見てんのな、トレーナーってよ。いつも暇してると思ってたからなー」
隣に座りながらそんなことを話してくる。俺がトレーニングを見てるのは暇だからと思ってたのか……。
思わず苦笑いしていると、からから笑いながら肩を叩かれた。
「ま、ゴルシちゃんは見てておもしれーからな!」
自信満々に話すゴールドシップを見て、しょうがない娘だなぁと思った。
「アタシから目を離すなよな。次にはどーなってるかわかんねーからよ」
ニッと笑った笑顔は、いつも通り綺麗な顔なのだった。
お馬さんのゴールドシップくんの柔らかさというのはビッグレッドファームの代表の方が話されていたことを引用してます。サンデーサイレンス系で強いサラブレッドの特徴らしいですね。ディープインパクトもそんな感じらしいです。
ゴルシの育成ってGⅠしか走らないので、普通に考えたらおかしいですよね。そしてそれで連勝するものだからもう、ね。というお話でした。